衝動
ぼくの体はすっかり黒い影へと変わり、鉄格子の向こうのマリスに吸収されるように、融合していた。
そして今なら分かる。このマリスが誰なのか。
間違いない。ぼくを助けてくれたこのマリスは、ハルカだ。
なぜハルカがマリスになっているのか、それは分からない。
この世界には、レムウォーカーのハルカと、マリスウォーカーのハルカ。その両方が存在している。
『レムウォーカーは、何か強い願いを抱いてレヴェリアへ来る者です。ですが、マリスウォーカーは、現実世界での強い未練が形になったものだと言われています』
以前、ハルカから聞いた話を思い出した。
願いと、未練。
ハルカにはその両方がある、ということかもしれない。
けれど、はっきりとした答えは今は出せない。
マリスのハルカと融合したことで、ぼくはさっきまでとは比べものにならないほど巨大な体を得ていた。
「マリスと人間が……一つになった?」
状況を把握したヨミが驚きの声を漏らす。
「そんな現象、聞いたことがないぞ……」
ぼくが黒い体へ意識を集中すると、マリスの細長い腕を手足のように動かせた。
その腕を鉄格子に巻きつけ、一気に力を込めた。
ギギギギッ――!
太い鉄格子が歪み、天井に亀裂が走った。
ガッ! ガアンッ!
さらに腕を力任せに叩きつけると、轟音とともに、鉄格子が固定されていた天井の一部ごと引き剥がされた。
「何が……何が起きていますの!?」
目の見えないマドカが狼狽した声を上げた。
「これはまた、とんでもないことになったね」
ヨミだけは、まだ冷静だった。
「孫子曰く、『正を以て合い、奇を以て勝つ』。まさか君自身が、俺にも正体の分からない『奇』になるとはね」
ヨミの放ったナイフが、真っ直ぐぼくの目へ飛んでくる。ぼくは腕を振り上げ、それを弾き飛ばした。
だが、その時にはもうヨミは動いていた。
腕を叩きつける。ヨミはすでにそこから離れている。
ぼくは引き剥がした鉄格子を掴み、そのまま横薙ぎに振るうが、それも身を沈めてかわされた。
「まあ、君が何になろうと、物理攻撃は俺には当たらないけどね」
ぼくの動きが完全に読まれているなら、ヨミを狙っても意味はない。
ぼくは力任せに腕を振るった。
石壁も、床も、天井も、手当たり次第に破壊する。
石床が陥没し、地下牢の床全体に大きな亀裂が走る。さらに腕を振るえば鉄格子が千切れ、石柱が折れ、天井から石塊が降り注いだ。
「おいおい……」
ヨミはそのすべてを紙一重でかわしている。
それでも構わない。
この体を動かすことはできても、まだ戦い方なんて分からない。ヨミのような能力もない。
あるのは圧倒的な力だけ。
ならそれを発揮するしかない。
――ハルカ、力を貸してくれ。
――もちろんですわ。
マリスの体の中で、ぼくとハルカは完全に一つになっていた。
不思議なほど心地いい。昂ぶっているのに、同時に深い安らぎもある。
ぼくは湧き上がる衝動のまま、力を解き放った。
轟音が連続して響き、壁が砕け、剥がれた天井が落ちる。
地下牢そのものが崩れそうな中を、ヨミはゆっくりと歩き、振り回される腕と、降り注ぐ瓦礫をかわし続けていた。
「これは手に負えないな」
――ドッ!
ヨミの放った刃が、ぼくの一つ目に突き刺さり、視界の一部が消えた。
そこは、マリスの急所だ。
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