曖昧な境界
「これほど凶悪なマリスは初めてだ。仕留めるのは惜しいけど――外に出すわけにもいかないね」
ヨミは次のナイフを手に取った。
ぼくは構わず触手を振るう。ヨミの背後にあった石柱がへし折れ、支えを失った天井から巨大な石材が降り注いだ。
ヨミはわずかに横にずれ、それらをやり過ごす。
ぼくは間髪入れず、ヨミへ攻撃を叩き込むが、それも読まれていた。触手が届く寸前に身をかわし、落下する瓦礫の隙間を縫うように走りながら、ヨミがナイフを放つ。
――ドッ!
もう一つの刃が、一つ目に深々と突き刺さった。
今度はぼくの視界が完全に消えた。
「完全に目を潰した。これで詰みだろ」
暗闇の向こうから、ヨミの声が聞こえる。
確かに何も見えない。だが、関係ない。
ヨミを狙ったところで、動きを読まれて避けられるだけだ。
ぼくはそのまま、触手を振り回し続けた。
何を壊しているのかも分からない。ただ、触れたものを片っ端から破壊する。
「おいおい……目が見えないのに、まだ暴れるのかよ!」
何かが砕け、足元が大きく揺れた。
さらに触手を振るう。硬いものをへし折る感触。直後、頭上から大量の石が崩れ落ちる音がした。
「これは……まずいな。毒まで回ってきたか……」
ヨミの声から、さっきまでの余裕が消えていた。
これだけ暴れたことで、マリスの毒が周囲に撒き散らされたらしい。
その直後、頭上で何かが崩れる。
凄まじい轟音。
地面が大きく揺れた。
「天井の崩落か……全部……見えてたんだけどな……」
それきり、ヨミの声は聞こえなくなった。
「あ……ああ……」
代わりに、マドカの怯えた声が聞こえてくる。
「ヨミ……? どうなりましたの? ヨミ?」
すぐ近くだ。
「誰か……助けてくださいまし。落ちてきた石に足を挟まれて……動けませんの……」
ぼくには何も見えない。
「カナタ……そこにいるのでしょう? わたくしは、あなたの主人ですのよ。ですから、わたくしの命令を――」
その時、ぼくはもう巨大な黒い体を支えきれなくなっていた。
「ちょっと……何ですの? 何が――」
その声の方へ、ぼくの体は倒れていった。
「いや……待って……やめて――!」
巨大な黒い体が、その声に覆い被さる。
ジュウッ――。
「きゃあああああっ!」
悲鳴が地下牢に響き渡った。
やがて、それも聞こえなくなり、地下牢は静寂に包まれた。
融合した体も限界を迎えていた。
全身から力が抜け、巨大な黒い体が輪郭を失っていく。
――ハルカ。
――カナタ……さん……
良かった。まだ、繋がっている。
それだけで充分だった。
意識が遠のき、ぼくとハルカの境界さえ曖昧になっていく。
それでもハルカと一緒なら、悪くない。
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