ヨミ
ヨミは自分のこめかみを指で軽く叩いた。
「俺の能力は、先を読むこと。周囲にある物体の動き、人間の動作、空気の流れ――そういう情報から、数秒先に何が起こるのかを予測できる」
先を読む。なるほど、だから『ヨミ』と呼ばれているのだろう。
「君が走り出した瞬間には、どこに向かうのか見えてたよ。だから、その場所にちょっと足を出しただけ」
やはり、こいつもただ者じゃない。
未来をシミュレートする強化者か。
だが、ここで大人しく従うつもりはない。
ぼくは床を蹴って跳ね起き、そのままヨミへ体当たりした。
だが――。
「だから無駄だって」
ヨミは半歩ずれ、ひらりと身をひねった。
ぼくの体は空を切る。
「俺には見えてるんだよ」
背中にヨミの手が触れた。
軽く押されただけだった。
それなのに、勢いを利用され、ぼくは大きくバランスを崩す。
「どこを、どのタイミングで攻撃すれば一番効率がいいのか。それも全部分かる」
「くはっ……!」
ぼくは激しく転倒し、背中を鉄格子へ打ちつけた。
ガシャン!
背後で鉄格子が大きく鳴る。
その向こうでは、何体ものマリスが蠢いている。
「逃げ出そうとするなんて、悪い子ですの」
そこへマドカの声。
ぼくは咄嗟に目を閉じた。
これなら操られない。
そう思った直後だった。
閉じた瞼の向こうが赤く染まり、体が重くなる。
「残念でしたわね」
マドカの声が近づいてくる。
「目を閉じたくらいで、わたくしの力を防げるはずがありませんの。瞼を閉じていても、明るいか暗いかくらいは分かるでしょう? わたくしの光が少しでも届けば十分ですの」
体は重いが、まだ自分の意思で動かせている。
目を閉じれば、完全には防げなくても力を弱めることはできるようだ。
ぼくはさらに強く目を閉じる。
それに合わせるように、瞼の向こうの赤い光がさらに強くなっていった。
「さあ――目を開けて、わたくしを見なさい」
ぼくは全身に力を込めて抵抗する。
「嫌だ……ハルカに危害を加えるくらいなら、ここで死んだ方がましだ!」
「そうはいきませんの。あなたには、まだ働いていただきますもの」
「ハルカとトワは……必ず守る!」
ぼくは叫んだ。
「諦めなさい」
コツ、コツと足音が近づいてくる。
どんなに力を込めても、ぼくの意思に反して瞼が少しずつ開いていく。
「くっ……!」
止められない。駄目だ……
「カ……ナタ……さん……」
その時、またあの声が確かに聞こえた。
聞き間違えなんかじゃない。
「ハルカ……?」
次の瞬間――。
「きゃああっ! 熱いっ!」
マドカの悲鳴が響いた。
同時に、ぼくの体を縛っていた力が消える。
体が自由に動く。
ぼくは恐る恐る目を開けた。
「なっ……」
目の前に、信じられない光景があった。
鉄格子の隙間から伸びた細長い腕が、マドカの頭を掴んでいる。
マリスの触手だ。
「離しなさい! その汚らわしい手を――いやっ、熱い! 溶ける……!」
マドカが悲鳴を上げる。
やがてマリスが手を離すと、マドカは両手で顔を覆い、その場にうずくまった。
「痛い……目が……目が開けられませんの……!」
触れられた目の周りは赤黒く変色し、焼け爛れたようになっている。マリスの毒だ。
これならもうあの力は使えない。
ぼくは鉄格子の向こうへ目を向けた。
暗闇の中に、大きな赤い一つ目が浮かんでいる。
「カナタさん……生きて……」
この声を、ぼくは知っている。
「お前……あの時の……?」
間違いない。
以前、地下洞窟で出会った、人の言葉を話すマリスだ。
どうやら、他のマリスたちと一緒に、マドカに捕えられていたらしい。
あの時も、こいつはぼくを助けてくれた。
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