一瞬の機会
「いやいや、俺の意向も少しは尊重してよ」
ヨミが横から口を挟んだ。
マドカの視線が、ぼくからヨミへ移る。
「あら。わたくしは、あなたの配下ではありませんのよ? 目的が一致しているから手を組んでいるだけ。方向性が変わればいつでも協力関係を解消しますの」
「それは困るんだよなぁ……」
ヨミが頭を掻いた。
「それにしても、まさか君がここまで大きな存在になるとは思ってなかったよ。正直、昔はそこまででもなかっただろ?」
マドカの眉がぴくりと動いた。
「君が操れるのはマリスだけ。そして以前は、マリスなんて滅多に現れなかった。一体見つけるだけでも大変だったし、それでも確かに強いけど、腕利きが数人いれば倒せない相手でもない」
「ずいぶんな言いようですのね」
そこでヨミの口調が少し変わった。
「ところが、最近になって状況が変わった。突然、マリスが大量に発生するようになった。今なら百体でも簡単に集められる。つまり、君は一人で巨大な軍隊を動かせるようになったってことだ」
「ようやく、わたくしの価値がお分かりになりました?」
「嫌になるくらいね。正直、ここまで化けるとは予想外だったよ」
二人の会話は続いている。
今はぼくのことを見ていない。
ぼくは牢の入口へ目を向けた。
マドカが入ってきた時から、そのまま鉄格子は開いている。
逃げられるチャンスは今しかないかもしれない。
ハルカとトワは守る。
絶対に、ここを出て二人のところへ帰る。
ぼくはマドカとヨミの位置関係と、出口の場所をしっかりと確認した。
「しかも、君は人間まで操れる可能性が出てきた」
ヨミがぼくへ顔を向けたので、ぼくは慌てて視線を戻す。
「どのくらい効果があるのかはまだ未知数だけど、もしその力が本当なら、これほど強力なレムウォーカーは他に知らない」
マドカがヨミへ向き直る。
「でしたら――少しは口の利き方にお気をつけになった方がよろしくてよ。今のわたくしなら、あなたの力など借りなくても、この世界を丸ごと支配できますもの」
「……言うね」
二人の間に、険悪な空気が流れる。
動くなら、今だ。
ぼくは目を閉じた。
マドカの力は、いつもあの赤い瞳を見た直後に発動している。
なら、目を合わせなければ操られないかもしれない。
ぼくは目を閉じたまま、一気に駆け出した。牢の出口の位置は覚えている。
ガンッ!
肩が鉄格子にぶつかる。
構わず、そのまま駆け抜けた。
おそらく、もう牢の外には出たはずだ。
ここから先の道は分からないが、とにかく真っ直ぐ――
そう思った瞬間、体がふわりと浮いたように感じた。
「――っ!?」
次の瞬間、背中から激しく床へ叩きつけられる。
「かはっ!」
一瞬、息が詰まった。
「いやあ、油断したよ」
すぐ近くからヨミの声がする。
「孫子曰く、『兵に常勢なく、水に常形なし』。戦いに決まった形なんてない。何が起きるか分からないから、いろんな状況を想定しておくべきなんだ」
ぼくが目を開けると、ヨミが倒れたぼくを見下ろしている。
「だから俺、こういう時のシミュレーションは欠かさないんだよ」
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