支配者マドカ
「……ん」
ゆっくりと目を開けると、薄暗い石造りの天井が見えた。
体を起こして辺りを見回す。
窓はない。石壁に囲まれ、正面には太い鉄格子。
どうやら地下牢のようだ。
あれは何だ?
鉄格子の向こうに、何かが見えた。
通路を挟んだ反対側にも鉄格子があり、その向こうで大きな影が蠢いている。
目を凝らした瞬間――。
「……っ!」
闇の中に、大きな赤い目が浮かび上がった。
マリスだ。しかも、一体ではない。
闇の中に、赤い目がいくつも浮かんでいる。
異様なのは、マリスが牢に入れられたまま、暴れずにただじっとしていることだった。
まるで飼い慣らされた犬のように。
コツ、コツ――。
石造りの通路に足音が響き、やがて一人の人影が現れる。
鉄格子の扉が開いた。
「お目覚めですね。ご気分はいかがかしら?」
聞き覚えのある女の声だった。
女は牢へ入ると、頭を覆っていたフードを脱いだ。
「……え?」
ぼくは思わず、その顔を見つめた。
長い黒髪に、整った顔立ち。どことなくハルカに似ていた。
だが、微笑んでいるのに、ハルカのような柔らかさは感じない。
「誰だ?」
「あら。そういえば、まだ自己紹介をしておりませんでしたわね」
女は優雅に一礼した。
「わたくしは、天宮円香。マドカとお呼びください。あなたと同じ、レムウォーカーですの」
「天宮……」
ハルカと同じ苗字だ。
偶然なのか。それとも、ハルカの親族なのか。
聞きたいことは山ほどある。
だが、まず確かめなければならないことがあった。
ぼくは向かいの牢を指さした。
「あれはどういうことなんだ?」
「あれ?」
「どうしてこんなところにマリスがいる?」
「ああ、あの子たちですか。わたくしの忠実な僕ですわ」
マドカは何でもないことのように微笑んだ。
「僕……?」
「ええ。わたくしの言うことなら、なんでも聞いてくれますの」
その言葉で、ミコの予知が蘇った。
「お前が……マリスを操っているのか」
「ご名答です」
つまりこいつが、ミコの言っていた支配者だ。
「そして――あなたも、わたくしの大切な僕ですの」
マドカは笑顔でぼくを見た。
「何を言ってる?」
「わたくし、人間の僕も欲しかったのです。でも、なぜかこの力が通じるのはマリスだけ。これまで人間には、一度も効きませんでした。でも――あなたは違った」
「……!」
「初めてですわ。わたくしの言うことを聞いてくださった人間は」
「ぼくを……操ったのか?」
「ええ。先日、霧の街でお会いした時に」
あの空白の二時間……
「ぼくに何をさせた?」
「何って……街について、いろいろ教えていただきましたの。ハルカさんがどうやって街を創っているのか。そして――」
マドカが一枚の紙を取り出した。
それは、街を描いたハルカの絵だった。
「これも、あなたが持ってきてくださいました」
「ぼくが……?」
「ええ。あなたなら霧の塔へ自由に出入りできますもの」
絵を盗んだ犯人は、ぼくだった。
「わたくし、困っていましたの。ハルカさんが創った壁があまりにも立派で。あれでは、わたくしの可愛い子たちが街へ入れませんでしょう?」
「まさか……」
脳裏に、川へ積み上げられた家々が浮かんだ。
「あの家は、お前が?」
「ええ」
マドカは絵を眺めながら答えた。
「最初は、わたくしもこの絵に描き加えてみたのです。でも、何も起こりませんでしたの」
それは当然だ。
絵から街を創り出せるのは、ハルカの能力があってこそだ。
「そこで、少しやり方を変えてみました。絵の一部を切り取り、別の場所へ貼り直してみましたの」
マドカは楽しそうに、切り貼りされた絵を広げて見せる。
「そうしたら、驚きました。本当に移動してしまったのですから」
消えた家。
川に積み上げられた家々。
そういうことだったのか。
ぼくが盗み出した絵を使って、マドカはあの橋を作った。
ぼく自身が、マリスを街へ招き入れる手助けをしてしまったのだ。
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