未来
翌朝、ぼくとミラは再び神殿を訪れた。
畳の部屋で待っていると、昨日と同じ白を基調とした和装のミコが現れる。
「おはようございます。カナタさん、昨日は素敵な一夜でしたね」
ミラが引きつった顔をしている。
「確かに楽しかったですけど、誤解を招くような言い方は勘弁してください。それより、予知の夢は見られましたか?」
「はい……」
そこで初めて、ミコの表情から笑みが消えた。
「今回の予知は、私がこれまで見てきた中でも、最も衝撃的な内容でした」
昨日までとは違う声音だった。
「それでは、お伝えします」
ミコがまっすぐにぼくを見る。
「カナタさんのおっしゃっていた通り、マリスたちは集団となって、霧の街への移動を開始します。そして百七十日後、霧の街へ到達します」
それは前のターンのぼくの記憶とも一致する。
「その数は、千を超えます。それはもはや大災害と言ってもよい規模です。ですから私は、預言者として申し上げます」
ミコの声が神殿に静かに響く。
「直ちに霧の街を捨て、住民全員を避難させることをお勧めします」
それはぼくも考えたことがあった。でも街を捨てるなんて、簡単にハルカへ言えるはずがない。
あの街は、家族を求めてハルカが創り上げた大切な街だ。
「……できれば、街を守りたい」
「そうおっしゃると思っていました」
ミコは目を逸らさず、ぼくを見ていた。
「あなた方が街に留まり、マリスに立ち向かった場合の未来を見ました。まず、カナタさん。あなたはハルカさんや街の皆さんを守るため、マリスの大群に立ち向かいます。あなたは戦い続けます。何度傷ついても、片腕を失っても立ち上がり、何体ものマリスを倒します。その姿は、まさに英雄と呼ぶにふさわしいものです。ですが――」
ミコはそこで言葉を詰まらせた。
「……最後には、数百体のマリスに囲まれ、命を落とします」
死ぬこと自体は、これまで何度も経験してきた。
この世界で死ねば、ぼくは現実世界へ戻るだけだ。
「ハルカはどうなる?」
自分のことはどうでもよかった。
「ハルカさんは、生まれたばかりのお子さんを連れて逃げます。ですが、逃げる途中でマリスの毒に侵されてしまいます」
ぼくの心臓が強く鳴った。
「それでも何とか霧の塔へ籠り、マリスから身を守ります。ですが、すでに毒は全身へ回り始めています」
ミコの声だけが聞こえる。
「少しずつ身体の自由を奪われ、やがて自分の足では歩けなくなります。そして、美しい黒髪も、白く変わってしまいます」
頭の中に、車椅子で銀髪の一人の少女の姿が浮かんだ。
ぼくは、その姿を知っている。
現実世界で会ったハルカだ。
初めて会った時から、ずっと疑問だった。
なぜ、レヴェリアでは黒髪のハルカが、現実世界では白い髪をしているのか。
なぜ、自分の足で歩くことができないのか。
あれは、生まれつきではない。これから起こることなんだ。
レヴェリアで起きたことは、現実世界にも影響する。
ならば、この世界で彼女を救うことは、現実の彼女を救うことを意味する。
ぼくは強く拳を握り締めていた。
「……どうにかして、街を守る方法はないの? 街を捨てて逃げたって、それで終わりとは限らないだろ。マリスが霧の街を滅ぼして、そこで動きを止める保証なんてない」
「おっしゃる通りです」
ミコは静かに答えた。
「霧の街が滅びれば、それで終わりとは限りません。さらに他の街が襲われ、ここ天啓峰も安全ではなくなるでしょう」
逃げるだけでは、解決にならない。
「どんな方法でもいい。何か見えなかった?」
ぼくはもう一度尋ねた。
「……ひとつ、気になるものが見えました。マリスの大群の後ろに、人が見えたのです」
「人?」
「考えてみればおかしいことがあります。マリスは、本来群れません。それぞれが勝手に動き、人を襲う存在です。千を超える個体が同じ目的地へ向かい、一つの街を襲うなど、本来あり得ないのです」
「じゃあ、どうして……」
「考えられる理由は一つ」
ミコの声に力が入る。
「千を超えるマリスを従え、霧の街へ向かわせている者がいます。おそらくは、マリスを操る力を持つレムウォーカー」
「レムウォーカー……」
ぼくたちと同じ、現実世界から来た人間だ。
つまり、そのレムウォーカーを止められれば、マリスの襲撃を防ぐことができる。
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