預言者ミコ
神殿の奥に通されると、畳の間に座布団が置かれていた。
そこでぼくたちは長い時間座って待たされることになった。
「大変お待たせいたしました」
不意に明るく澄んだ声が響いた。
一人の女性がこちらへ歩いてくる。
年齢は二十代半ばくらいだろうか。長い黒髪に、透き通るような白い肌。整った顔立ちには穏やかな笑みをたたえている。
まとっている衣装は、白と赤を基調とした華やかな和服のようなものだ。
彼女が近づくと、思わずくらりとするような甘い香りが鼻をくすぐる。
「初めまして。御堂美々子と申します」
女性はぼくたちの向かいの座布団に座ると、両手を揃え、丁寧に頭を下げた。
「皆さまからはミコと呼ばれておりますので、どうぞ同じようにお呼びください」
「ぼくはカナタです。こっちはミラ」
自己紹介が終わると、ミコは申し訳なさそうに両手を合わせた。
「長くお待たせしてしまって、本当に申し訳ございません。午前中の方が、どうか助けてくださいと私にすがりついて、なかなか離れてくださらなかったものですから。先ほど無理やり引き剥がしてきたところです」
「は、はあ……」
穏やかな笑顔のまま、ミコは続ける。
「皆さま、よく誤解なさるのです。私は未来を見ることはできますが、それをどうにかするのはご本人です。私にはその力もございませんし、どうにかして差し上げる義務もございません。誤解を恐れずに申し上げるなら――甘ったれたことを言ってんじゃねえよ、という感じでしょうか」
「……」
初見の印象とだいぶ違っていた。
「さて、そのような話は置いといて――」
ミコは何事もなかったように話を切り替える。
「お二人が本日いらっしゃることは、先週の夢で見ておりました」
「やっぱりですか」
やはりその力は本物らしい。
「ハルカさんには、以前とてもお世話になりました。この神殿を創っていただいたこともそうですが、それ以外にもいろいろと」
「だから、ぼくたちに会ってくれたんですか?」
「はい。ハルカさんの大切な方でしたら、お断りするわけにもまいりません。それに、ちょうど今日の午後に予約されていた方がキャンセルされまして」
「キャンセル?」
「ええ。ご自分の運命を知るのが怖くなってしまったそうです。誤解を恐れずに申し上げるなら――とんだ腰抜けですね」
ミコは相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「は、はあ……」
黙っていれば、ものすごい美人なのに……。
「そんなわけで、カナタさんのご訪問はちょうど良いタイミングでした。それで、ご用件は、霧の街のことでしょうか?」
「さすが……ぼくたちが来ることだけじゃなく、目的まで分かるんですね」
「あら、そんなわけないじゃないですか」
しかし、ミコにあっさり否定された。
「今のはただの勘です。ハルカさんの関係者が、遥々ここまでいらしたのですから、街に何かあったと考えるのが自然でしょう?」
「ああ、なるほど……」
「私の予知は、そこまで便利なものではありません。分かることは分かる。分からないことは分からない。何でもお見通しの預言者を期待されると困ってしまいます」
「それでも十分すごいと思うけどね」
少し気圧され気味にミラが呟いた。
「そうですね、私が一日に一組の方としかお会いしない理由をご存じですか?」
「いいえ」
ミコの問いかけに、ぼくは首を振った。
「私は、夢で未来を見るのです」
「夢?」
「はい。自分自身に起きる出来事であれば、比較的自然に夢へ現れます。ですが、他人の未来を見るには、その方へ意識を向けて眠らなければなりません。第一、世界中の方々の未来が一度に私の夢へ押し寄せてきたら、間違いなく私の頭はパンクするでしょう」
冗談なのか本気なのか分からない顔で言う。
「ですから、まずその日にお悩みを伺います。その夜、お話を聞いた方の未来に意識を向けて眠る。そして翌朝、夢で見たことをお伝えする。そのため一組なのです」
「なるほど……」
予約が二百日待ちになる理由にも納得した。
「それでは改めて、カナタさん。何をお知りになりたいのですか?」
ぼくは姿勢を正して答えた。
「霧の街のことです」
マリスの大群が街に押し寄せようとしていること。すでに街を囲う壁を築き、兵団も強化しているが、マリスの数はさらに増え続けていることを話した。
「街を守るために、どんな情報でも知りたいんです」
「まずは街のことですね」
ミコはぼくを見て、次の言葉を待っているようだった。
「他には?」
「え?」
「せっかく二百日待ちのところを特別待遇したのです。一つだけでは、もったいなくないですか? あなたの顔を見ていると、他にも抱えているものがありそうですが……」
「いいんですか?」
「構いませんよ。夢を見る手間は同じですから」
そう言われると、もう一つの問題が頭をよぎる。
黒い服。黒いマスク。
そして、ぼくの心臓を何度も貫く刃。
――黒の暗殺者。
「……現実世界のことです」
ぼくは切り出した。
「ぼくは現実世界で殺されるたびに、レヴェリアへ来る。そして、ここで死ぬと、また現実へ戻る。それを何度も繰り返してる」
「それは……珍しいことですね」
「このループから抜け出す方法を知りたいんだ」
ぼくを見るミコの目に、好奇心が宿ったようだった。
「こういうお仕事をしていますと、誤解を恐れずに申し上げて、いっぺん死んで来いと思うような方もいらっしゃいますが、カナタさんは一回どころか何回も死んでいらっしゃると……これはとても興味深いです」
ちょっと引っかかる言い方だが、ぼくは聞き流す。
「ですが、現実世界のことですか……」
ミコは少し考えてから答えた。
「レヴェリアで起こる未来でしたら、かなり鮮明に見ることができます。ですが、現実世界のことはひどく曖昧にしか見えません」
「難しいの?」
「断片的な風景や言葉として現れます。抽象的なお告げ、と申し上げるのが近いでしょうか。そのような形でも構いませんか?」
答えに迷う理由はなかった。
「何も分からないより、ずっといい。お願いします」
「承知しました」
ミコは穏やかに頷いた。
「では今夜、霧の街とカナタさんの未来を見てみましょう。ではそのために……」
ミコはおもむろに立ち上がり、ぼくに近付いた。
「私とデートをしましょう」
「……え?」
今、何と言った?
「ですから、デートです」
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