マリスウォーカー
気づけばぼくたちはすっかり穏やかな時間を過ごしていた。
女の子を家へ招くなんて初めてで、会話が続かなかったらどうしよう、料理が口に合わなかったらどうしようと、最初はそんなことばかり考えていたのに。
無理に話題を探したり、変に気を使う必要もなかった。
過去のターンで献身的にぼくを看病してくれた時のハルカと、目の前の彼女は少しも変わっていない。
名家のお嬢様と聞けば、どこか近寄りがたい人物を想像してしまうけれど、ハルカは違った。
時折、芯の強さを見せることはあるが、普段は偉ぶることもなく、人の好意を素直に喜び、感謝を忘れない。
立ち居振る舞いや言葉遣いには育ちの良さが自然と表れ、それでいて相手を緊張させるようなところは少しもない。
他愛のない話にも楽しそうに耳を傾け、まるで自分のことのように笑ったり、心配したりしてくれる。
二人でいると、不思議と張り詰めていた心がほどけていく。そんな人だった。
「そういえば、ハルカ」
「はい」
「ぼくは、この世界のことをあまり知らないんだよね」
ぼくはふと切り出した。
これまでレヴェリアで何度も死んで、何度もやり直してきた。
もうかなりの時間をここで過ごしているはずなのに、目の前の危機を乗り越えるだけで精一杯で、この世界がどんな場所なのか、深く知る余裕もなかった。
「それは当然のことですわ。カナタさんは、この世界へ来てまだ日が浅いのですから」
ハルカは当たり前のように頷いた。
「ハルカはこの世界のことに詳しいの?」
「何でも知っているわけではありませんわ。ただ、この世界で『預言者』と呼ばれるレムウォーカーの方からいろいろなお話を伺ったことはありますわ」
「一つ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
ぼくの脳裏に、地下洞窟で出会った、あの一体のマリスがよみがえった。
ぼくを襲わず、ただ見つめていた異形。
――カナタさん。
耳に残って離れない声。
「もちろんですわ」
「マリスって、一体何なんだ?」
するとハルカは何度か瞬きをして、ゆっくりと話し始めた。
「正式には、マリスウォーカーと呼ばれていますわ」
「マリスウォーカー……」
「私たちレムウォーカーは、何か強い願いを抱いてレヴェリアへ来る者です。ですが、マリスウォーカーは、現実世界での強い未練が、形になったものだと言われています」
「強い未練……」
「たとえば、後悔ややりきれない思いを抱えて命を落とされた方たちですわ。もちろん、亡くなった方すべてがマリスになるわけではありません。マリスになるほどの強い未練を抱えている方は、多くはないそうです」
その話を聞いて、ぼくはこう聞かずにはいられなかった。
「つまり、マリスは……元は人間だった、と考えていいのかな?」
ハルカはためらいがちに頷く。
「そのように考えることもできなくはないですわね。もっと分かりやすく言えば、オバケ……でしょうか」
「オバケ……」
そう聞いてぼくが思い浮かべたのは、絵本に出てくるような、白い布をかぶった愛嬌のある姿だった。
だが、マリスは違う。
黒い体で大地を蝕み、人を襲い、命を奪う。
そして今日、そのうちの一体は、確かにぼくの名を呼んだ。
まだ意思を持っているかのように。
そこでハルカは深く息を吐いた。
「たとえば……大規模な災害など、現実世界で多くの方が命を落とす出来事があると、レヴェリアにたくさんのマリスが発生すると言われていますわ」
ぼくの脳裏に、あの光景がよみがえった。
黒く染まった大地。夥しい数のマリス。
「じゃあ、今回の大量発生も……」
「現実世界で何かが起きた……という可能性はありますわね」
ハルカは視線を落とした。
「それにしても、今回のマリスの数は異常すぎますわ。何百、何千というマリスが現れたとすれば……現実世界でも、それに見合うだけの悲劇が起きていることになります」
部屋の空気が重くなる。
「それは前例のないような規模の悲劇、ということになるのですが……」
ぼくはすっかり冷めた紅茶に口をつけた。
現実世界で、何かが起きている。
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