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無間のハルカ・カナタ~死にすぎたので、致命傷くらいなら平気です~  作者: マシナマナブ
第三章

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錯覚

 マリスは降り注ぐ矢に構うことなく突進してきた。

 十人の盾兵が一歩前へ出る。重厚な大盾が一列に並び、進路を塞ぐ。

 マリスの触手が横薙ぎに振り抜かれる。

 盾兵たちは衝撃を受け止めたものの、そのまま吹き飛ばされた。

 踏ん張り切れていない。あれでは押し負ける。

 すぐ後ろの槍兵が、槍を突き出す。

 だが、届かない。

 槍より長いマリスの触手が繰り出される。


 まずい。


 ぼくは地面を蹴り、兵士たちの前に躍り出た。

 以前のぼくは、この場所から逃げ出すことしかできなかった。

 だけど――今は違う。


 剣が閃く。


 一本目の触手が宙を舞った。

 続けざまに二本目、三本目。

 そこでマリスが体勢を崩した。


 今だ!


 ぼくは素早く懐へ飛び込み、その赤い瞳へ剣を突き立てた。

 マリスは全身を震わせる。

 黒い体が音もなく崩れ始め、輪郭は黒い粒子となって溶けていった。


「すごい……」

「一人で倒したぞ!」

「さすがはレムウォーカー!」


 兵士たちから歓声が上がる。

 だが、喜ぶ暇はない。

 新たなマリスがこちらへ迫っていた。


「カナタ様を中心に陣形を組め!」


 隊長が即座に叫び、ぼくの後方に槍兵と弓兵が連なった。

 次のマリスが触手で地を打ち鳴らしながら迫る。先ほどのマリスより勢いがある。だが、一体ずつなら対処できる。

 ぼくは剣を構え、それを迎え撃とうとした。

 その瞬間だった。

 大地が低く唸った。

 黒く汚染された地面に一本の亀裂が走る。

 それは生き物のように枝分かれしながら、瞬く間に周囲を駆け抜けた。


「総員、退避!」


 隊長の怒号が響く。

 ぼくも咄嗟に飛び退こうとした、その瞬間だった。

 足元が砕けた。

 眼下には暗い奈落が広がっている。


「カナタ!」


 ミラの叫びが聞こえた。

 伸ばされた手を掴むこともできず、ぼくの体は暗闇へ吸い込まれていく。

 やがて、背中に激しい衝撃が走った。


「くはっ……!」


 肺の空気が無理やり押し出される。

 ぼくは激しく咳き込みながら体を起こす。

 そこは薄暗い地下の洞窟だった。

 見上げても、崩れた穴の向こうは土煙で何も見えない。


「ミラ!」


 叫んでも返事はない。

 ここに落ちたのは、どうやらぼくだけらしい。

 その時、闇の奥で、赤い光が揺れる。


 一つ、二つ、三つ。


 赤い瞳が次々と浮かび上がり、ぼくを取り囲むように広がっていく。


「くそっ、何体いるんだ……」


 ぼくは剣を構えた。


 最初の一体が飛びかかる。

 身をひねってかわし、振り抜いた刃で触手を一本切り落とす。

 だが、その背後から二体目が襲いかかってきた。

 剣を引き戻して受け止める。

 重い一撃を押し返した瞬間、また別のマリスの触手が頬をかすめた。

 熱い。焼けるような痛みが走る。

 傷の程度を確かめる間もなく、さらに四体目、五体目が迫ってくる。

 一体だけならともかく、複数体のマリスを同時に相手することは今のぼくには難しい。

 あと半歩ずれれば首を刎ねられる。そんな紙一重の攻防を繰り返しながら、ぼくはじりじりと後退していた。

 背中が岩壁に触れる。


「しまった……!」


 もう逃げ場がない。


 その時だった。


 他のマリスの攻撃を遮るように、新たなマリスが、ぼくの前へ静かに歩み出た。

 ぼくは剣を構える。

 しかし、そのマリスは襲ってこない。

 触手を揺らすこともなく、赤い瞳でぼくをじっと見つめている。


「カ……ナタ……さん……」


 声が聞こえた気がした。


「カナタ……さん……カナタ……さん……」


 ぼくの鼓動が大きく跳ねる。


「……ハルカ?」


 目の前にいるのは、紛れもなくマリスだ。

 それなのに、なぜかそこにハルカの影が重なった。

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