思い違い
屋敷の門を通ると、瀬葉はすぐに警備員たちを集め、慌ただしく指示を出し始めた。
「屋敷内外の警戒レベルを最大に。侵入者は何としても阻止してください」
五名ほどの警備員が一斉に持ち場へ散っていく。
ハルカは『数は多くない』と言っていたが、私邸を警備するのに五名は驚くべき人数だ。
ぼくたちは屋敷の中へ入った。
ハルカは入り口の重厚な扉を閉め、鍵を掛ける。
「これで簡単には入れませんわ」
確かに、常人であれば侵入はできないだろう。常人であれば……
ぼくはスマホの時刻を見た。
そろそろ、本来ならぼくが自宅へ着く頃だ。
つまり――
……来る。
その瞬間だった。
――ガシャン!
激しい破砕音が屋敷中へ響き渡る。
窓ガラスを突き破り、一人の黒い影が屋敷内へ飛び込んできた。
全身黒ずくめで、黒いマスクをしている。
黒の暗殺者だった。
「強化ガラス、ですわよ!?」
ハルカの驚きの声。奴に常識は通じない。
「侵入者だ!」
瀬葉が大きな声を上げると、警備員たちが一斉に集まってくる。
だがそれより早く、黒の暗殺者は、こちらに向かってきた。
「いけませんわ」
ハルカが声を上げ、瀬葉が前に出た。
「何者か存じませんが、これ以上の暴挙は見過ごせませんな」
改めて見ると、瀬葉の身長は黒の暗殺者より高く、体格もしっかりしている。ハルカのボディガードも兼ねているのだろう。
だが黒の暗殺者は怯まない。
こちらに迫りながら声を発した。
「退きなさい。標的以外に危害を加えるつもりはありません!」
それは初めて聞く、黒の暗殺者の声だった。
理性を感じさせる毅然とした声。男性とも女性とも取れる中性的な声だった。
そして、その声には焦りも滲み出ていた。
奴も、人間だった。
瀬葉は怯まず、さらに前へ出る。
「客人に危害を加えさせるわけにはいきませんな」
しかし、黒い影が揺らぐ。
次の瞬間に決着はついていた。
瀬葉はすでに壁にもたれかかり、苦しげに息をついている。
そして、黒の暗殺者は、まっすぐぼくへ向かってくる。
これ以上、ハルカの家の人たちを巻き込んではいけない。標的は、ぼくだ。
「カナタさん!」
声を上げるハルカを後に、ぼくは部屋を飛び出した。
黒の暗殺者は迷うことなく追ってくる。
ぼくはそのまま階段を駆け上がる。
二階。
三階。
そして屋上へ飛び出した。
赤く傾いた夕日が屋上を染めている。
間を置かず、黒の暗殺者も姿を現した。
ぼくは懐から包丁を抜き、構える。
「なぜぼくを狙うんだ?」
返事はない。いつもそうだ。
奴は何も語らず、ぼくの命だけを奪っていく。
答えの代わりに一瞬で間合いを詰めてくる。
暗殺者の刃と、ぼくの包丁が激しくぶつかる。
奴とはこれまでに何度も戦った。
そして、一度も勝てたことはない。
ぼくの身のこなしに驚くのも最初だけだ。
奴は瞬時に対応し、さらに速くなる。
ぼくは相手のわずかな動きから攻撃を読み、致命傷だけを避ける。それ以外は刺されても構わない。
ぼくは刃を振るい続けた。防戦一方だが、五秒は持ちこたえた。
そろそろ限界か……
その時だった。
屋上に、五人の警備員が雪崩れ込んできた。
全員が警棒を構え、一斉に黒の暗殺者へ襲いかかる。
六対一。
形勢は、一気に逆転した。
暗殺者は舞うように身をかわしながら応戦する。
しかし、さすがの奴もこの状況は簡単には突破できないようだ。
「仕方ない……」
暗殺者は静かに呟き、警備員たちへ刃を向けた。
「無関係の人間は巻き込みたくはなかったが……これも国家のため、やむを得ない」
その瞬間だった。
ギュリオォン、ギュリオォン。
ぼくのスマホが、あの耳障りな音を鳴らした。
今回は、まだ無傷だというのに。
ギュリオォン、ギュリオォン。
警備員たちのスマホも一斉に鳴り始める。
警備員たちは慌ててスマホを取り出し、黒の暗殺者は動きを止め、静かに目を閉じた。
ヒュオッ。
風を裂く音が響く。
次の瞬間、ぼくの視界は白く焼きついた。
◇ ◇ ◇
目を開けると、見覚えのある洞窟の中だった。
間違いない。ここはレヴェリアだ。
おかしい。今回はまだどこも刺されていなかった。なのに――。
混乱する頭を整理する。
ぼくはこれまで、黒の暗殺者に殺されて、この世界に来るものと考えていた。
しかし、どうやらそれは大きな思い違いだったのかもしれない。
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