現実での再会
気がつくと、ぼくは駅からの帰り道、自転車で長い坂道へ差しかかっていた。
今回向こうの世界で過ごした時間は三ヶ月あまり。現実では、自宅へ戻る十五分ほど前の時間に戻ってきていた。
ゆっくりと坂を下っていく。
前方から、銀髪の少女を乗せた車椅子がやって来た。
車椅子を押しているのは白髪の男性だ。
ぼくは何気なく少女へ目を向ける。
「あれ……?」
思わず声が漏れた。
以前に、この坂道ですれ違った彼女は、左目に眼帯をしていたはずだ。
だが、今目の前の少女は眼帯をしていない。
左右の瞳で、まっすぐこちらを見つめている。
その澄んだ眼差しを見た瞬間、ぼくは確信した。
「……ハルカ?」
ぼくが名前を呟くと、少女の肩が震えた。
そして、その瞳がみるみる涙に潤んでいく。
「……カナタさん」
間違いない。ハルカだ。
ぼくは慌てて自転車を降り、彼女のもとへ駆け寄った。
「まさか……現実で君に会えるなんて!」
ハルカの頬を涙が伝う。
「あなたとまたお会いできるなんて……夢のようですわ」
彼女は両手でぼくの手を取り、何度も何度も確かめるように握り締めた。
ぼくも自然と笑みがこぼれる。
「ぼくもだよ。本当にびっくりした」
白髪の男性は、そんなハルカを目を丸くして見つめていた。
「お嬢様……お知り合いなのですか?」
ハルカは涙をぬぐいながら頷く。
「ええ。カナタさんは私の命を助けてくださった恩人です」
改めて目の前のハルカを見る。
向こうの世界では黒髪で、中学生くらいに見えた。
だが、こちらでは銀髪で、高校生くらいに見える。
髪の色も年齢も違うけれど、その優しい瞳は同じだった。
「もう二度と、お会いできないものだと思っておりました。ご無事で本当に良かったですわ」
再会を心から喜んでいることが、その表情から伝わってくる。
「向こうの世界で死んでも、ぼくはこっちへ戻るだけなんだ」
ぼくのその言葉に、ハルカは驚いたように息をのんだ。
「やはり……カナタさんは特別なのですね」
「特別?」
「私が知る限り、レヴェリアで命を落としたレムウォーカーは、現実でも亡くなっています」
「えっ……」
ぼくは思わず言葉を失った。
ハルカは静かに続ける。
「実際、玲音は亡くなりましたわ」
「玲音って……支配者のレオン?」
「ええ」
ハルカは目を伏せて頷いた。
「知り合いだったの?」
「天宮玲音。私の従兄弟です」
「従兄弟……?」
意外な答えにぼくが戸惑っていると、代わりに、白髪の男性が口を開いた。
「もう三年ほど前になりますな。玲音様は若くして心臓発作で亡くなられました」
男性はそこで声をひそめた。
「もっとも、遙香お嬢様へ危害を加えようとしているという、あまり良くない噂も耳にしておりましたな」
「危害を?」
「遙香お嬢様は天宮財閥の正当な相続人です。その地位を狙い、よからぬことを企む者もいるのです」
ハルカが財閥の相続人で、レオンはハルカの従兄弟……
ぼくがレオンの命を奪ったのはつい先程のはず。その結果、現実のレオンは三年前に命を落とした。
レヴェリアの時間は等しく流れていないのかもしれない。レヴェリアのハルカの年齢が、三年は若く見えたのはこのためなのだろうか。
多くの情報が一度に入ってきて、ぼくの頭はすぐには追いつかなかった。
「瀬葉さん、その玲音の悪意から身を挺して私を救ってくれたのが、こちらのカナタさんなのですわ」
ハルカが補足してくれた。
この白髪の男性の名は、瀬葉というようだ。
瀬葉は驚いてぼくを見つめた。
「カナタさん、こちらでは初めまして」
ハルカは涙を拭き、改めてぼくへ向き直る。
「私は、天宮遙香です」
現実世界のハルカに聞きたいことや話したいことは山ほどある。
レヴェリアや、レムウォーカーの詳しい話。
あの街の人たちや、ぼくが死んだ後のこと。
だが、そんな時間はなかった。
まもなく黒の暗殺者が姿を現す。
ぼくは単刀直入に切り出した。
「ハルカ、聞いて欲しい。ぼくはもうすぐ、現実世界で殺される。暗殺者が、ぼくを狙っているんだ」
ハルカの表情が強張る。だが、彼女は冷静だった。
「レヴェリアでも、そのようにおっしゃっていましたね。今がまさにその時、ということですわね」
ハルカが頷くと、その瞳に強い意志が宿った。
「分かりました。今度は私が、ご恩に報いる番です」
そう言って、迷いなく続けた。
「カナタさん。どうか私の屋敷へお越しください。数は多くありませんが、警備員もおります。簡単には侵入できませんわ」
ぼくはハルカたちと共に坂を上った。
その先に建っていたのは、大きな門と塀に囲まれた豪邸だった。
駅からの帰り道に見たことはあったが、いつも、『一体どんな人が住んでいるんだろう』と思っていた家だ。まさか、その住人がハルカだったとは。
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