鍛錬と成長
次の瞬間、ぼくは薄暗い洞窟の中に立っていた。再びレヴェリアだ。
ここでは包丁のような武器は持っていない。
ぼくは一直線に洞窟を駆け抜け、戦場へ飛び出す。
マリスの群れから距離を取りつつ、地面に倒れている兵士のもとへ駆け寄った。
「借りるよ」
返事はない。兵士はすでに息絶えている。
ぼくは彼の剣を手にして、迫るマリスに向き合った。
これは逃げるために覚えた攻略パターンではない。
ここからは真っ向勝負だ。
マリスの触手が唸る。
ぼくはその動きを目で追い、剣を振るった。
だが、それは空を切り――
「あ――」
黒い触手がぼくの頭を打ち砕いた。
◇ ◇ ◇
意識が戻る。
夕暮れ。自宅のアパート。
懐には、先ほど買った包丁がある。
ぼくはすぐに振り返る。
黒の暗殺者が立っていた。
「もう一回」
ぼくは包丁を抜き、再び構えた。
そう、ぼくの剣術の稽古相手は、黒の暗殺者とマリスだ。
この勝負は稽古試合ではない。毎回、真剣勝負。
相手も本気でこちらの息の根を止めにくる。
ぼくはその命の駆け引きの中で、剣の振り方や、身のかわし方を少しずつ覚えていった。
だが、嫌というほど思い知らされることになる。
黒の暗殺者には勝てない。
ぼくの動きを見透かしたような身のこなし。
急所を知り尽くし、狙い澄ました攻撃。
そして、あの素早い一撃一撃が、あまりに重い。
黒の暗殺者は超人的な戦士であり、遥か上の存在だった。
ギュリオォン、ギュリオォン。
見事なまでに、毎回敗れた。
もう致命傷を受けることにも慣れてしまったとはいえ、それが嫌なことには変わりがない。
だから毎回本気で挑んでいる。
相変わらず黒の暗殺者には全く歯が立たないが、ぼくは彼の動きを注視した。
構え、踏み込み、重心の移動。
少しずつそれらを真似する。
やがて、最初は一秒しか持たなかった戦いが、二秒、三秒と伸びていった。
まだわずか三秒で殺されることに変わりはない。それでも、ぼくにとっては大きな前進だった。
初撃に包丁を合わせる。
二撃目、三撃目を身を捻ってかわす。
しかし、ぼくの攻撃は一度たりとも届かない。
前回の相手の一手は覚えている。
だから先回りして包丁を向けてみても、その瞬間には黒の暗殺者はすでに軌道を変えている。
恐ろしい反射神経だった。
ギュリオォン、ギュリオォン。
一方、マリスとの戦いでは成果が現れ始めていた。
マリスは触手を薙ぎ払う前に、わずかに振りかぶる。
その初動を見るだけで、どこへ触手が飛んでくるのか、おおよそ読めるようになってきた。
ぼくはそこへ剣の刃を合わせ、腕にありったけの力を込め、地面を踏みしめる。
全身に重い衝撃。
それを耐え抜いた時、剣が触手を受け止め、そのまま切断していた。
一本、二本。
何度も死を繰り返して、ぼくは触手を切り落とせる確率を少しずつ上げていった。
ギュリオォン、ギュリオォン。
黒の暗殺者との戦いを五秒ほど耐えられるようになった頃。
ついにぼくは、マリスの八本すべての触手を切り落とすことに成功した。
攻撃手段を失ったマリスへ、ぼくはゆっくりと歩み寄った。
「ぼくの勝ちだ」
ぼくは縦に裂けた赤い瞳に剣を突き立てた。
マリスが悲鳴を上げることはなかったが、激しく体を振るわせた。
瞳の光が揺らぎ、消える。
するとマリスの体は黒い霧となって崩れ、地面へ溶けるように消えていった。
――勝った。
初めて、マリスを一体倒した。
胸の奥から、達成感が込み上げてくる。
……いや。まだ百体くらい残ってるんだけど。
辺りを見回して、思わず脱力した。
とはいえ、一体倒せたということは、二体でも三体でも倒せるはずだ。
ぼくは剣を握り直し、戦場を駆けた。
マリスの攻撃は、もう怖くなかった。
立ち塞がるマリスの触手を斬って斬って、斬りまくる。
もはや今のぼくなら戦場から脱出することは難しくなさそうだ。以前のように攻略パターンをなぞる必要もない。
マリスの攻撃をさばきながら、自分の判断で道を切り開いて進めるようになっていた。
「すげぇ……」
「何者だあいつ」
兵士たちから歓声が上がる。
いや、そんなに大したことじゃない。
千回くらい死ねば、たぶん誰でもできる。
戦場を抜けた後、前と同じように兵団の馬車がぼくを拾ってくれた。その馬車の上には、生きているミラの姿があった。
彼女の姿を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
「また、生きている君に会えて、本当に嬉しいよ」
思わず言葉が漏れた。
ミラはきょとんとした顔でぼくを見つめる。
「えっ? あたしたち、前に会ったことあったっけ?」
もちろん、このターンの彼女がぼくのことを覚えているはずがない。
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