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無間のハルカ・カナタ~死にすぎたので、致命傷くらいなら平気です~  作者: マシナマナブ
第二章

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12/19

ハルカの過去

 農作物の収穫が落ち着いたことで、その日は久しぶりに時間に余裕ができた。

 ハルカの様子が気になったぼくは、夕方に霧の塔(ミラージュ)を訪れた。

 塔の中では、いつものようにハルカが一人、静かにキャンバスへ向かっていた。

 疲れた眼差しだが、筆を走らせる速さは変わらない。

 ハルカは時折、横の机の上に積み上げられた紙の束に目を向ける。

 レオンから出された仕事の指示書だ。


 レオンの城の強化、砦の建設など街の防衛能力の向上、レオンの使う娯楽用施設、新しい家と新しい道、レオン専用の大浴場……


 これらを全てひとりで行うとしたら、かなりの作業量だ。

 このところハルカは霧の塔(ミラージュ)から一歩も出ることなく、ひたすら作業を続けているらしい。


「ハルカ」


 声を掛けると、彼女はゆっくり振り返り、疲れた笑顔を見せた。


「カナタさん」


 その顔は、以前よりずっと弱々しく見えた。


「疲れているようだけど、ちゃんと休んでる?」


 ハルカは筆を置いて、首を傾げた。


「言われてみれば、窓から光が差し込んでからずっと絵を描いていましたわ」


「つまり、日の出からずっと? ……もう夕方だよ」


 ハルカは背伸びをして、ゆっくりと立ち上がった。


「そうですわね。せっかくカナタさんがいらしてくれたのですから、休憩させていただきますわ」


 そして、お茶の準備を始めようとしたので、ぼくは慌ててそれを手伝った。

 紅茶に似た、香りの良いお茶だ。甘い焼き菓子も添えてくれた。

 二人だけのティータイム。

 

「近頃、街の皆さんは忙しく、なかなかここに来てくださらないので、カナタさんのお顔を見られて嬉しいですわ」


 キャンバスに向かっている時とは違う穏やかな表情に、ぼくには彼女のその言葉が本心だと思えた。

 レオンの圧制によって課せられた仕事が重く、街の人々は周りを見る余裕がなくなっている。

 実際ぼくも自分のことで精一杯だった。ハルカのことをもう少し考えるべきだった、とぼくも少し反省した。

 

「……レオンの奴に無理強いされてない? 大丈夫?」


「確かに仕事は多いですが、これも街を守るために必要なことですわ」


 中には、レオンの私欲のためとしか思えないものもあったが、それは敢えて言わなかった。


「それに……」


 ハルカは少しだけ目を伏せた。


「ミラは、この街を争いから守るために命を落としました。彼女の死は、私の責任ですわ。だから、今度は私が皆さんを守らなければなりません」


「違う、それはハルカのせいじゃない」


 ぼくは反射的に否定した。


「それは、ぼくが……」


『ぼくが戦わなかったからだ』


 そう言いそうになったけれど、飲み込んだ。

 言ったところで、ハルカの心の助けにはきっとならない。


 ぼくは何を話せばいいのか分からず、しばらく黙ってお茶をすすっていた。


「ハルカは、元の世界の記憶はあるの?」


 空気を変えようと、話題を振ってみる。


「はい。私は覚えていますわ。それは人にもよるみたいですけれど」


「元の世界では、どんな暮らしをしていたの? ハルカは育ちが良さそうだから、どこかのお嬢様だったりして」


 何気なく尋ねてみると、彼女は否定も肯定もせず答えた。


「両親が遺してくれたものはありますが……あまり良い記憶ではありませんわ」


「遺してくれたってことは……」


 ぼくが疑問を口にすると、ハルカはためらいがちに続けた。


「私の両親は既に亡くなっておりますわ」


「えっ、余計なことを聞いてしまったのならごめん……」


「いいえ、何も気にされることはありませんわ。もう過去のことです。だからでしょうか」


 ハルカは窓の外に広がる霧の街へ視線を向けた。


「私は、この世界で新しい家族が欲しいと心から願いました。その願いが、この力になったのだと思いますわ」


「それでも、そんな若さでご両親を亡くしたなんて……本当に、大変だったね」


 ぼくに見つめられ、ハルカは少し困ったように首を振った。


「改まることはありませんわ。こう見えて、私はもう、ほとんど大人ですもの」


 そう言われても、ぼくには彼女がどう見ても十四、五歳くらいの少女にしか見えなかった。


「この世界では、見た目と本当の年齢は必ずしも一致しないようですわ。心の在り方が、そのまま姿に現れると言われています」


 少し重くなった空気の中、今度はハルカがぼくに聞き返す。


「カナタさんには、元の世界の記憶がありますの?」


「ああ……」


 正直に答えるべきか、一瞬だけ迷った。

 でも、この子には隠さず話したいと思った。

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