第9話「魔法少女、敵幹部に褒められたい」
まずい。
非常にまずい。
何がまずいかと言うと、星彩少女たちの成長速度である。
いや、成長するのはいい。
むしろ成長してくれないと困る。
あのまま真正面から突撃し、味方ごと火力を撒き散らし、回復役が最前線に飛び出し、分析担当まで我慢できずに突っ込む状態では、この先の敵に絶対勝てない。
だから、成長自体はいい。
問題は、成長の方向だ。
「ヴァルグレイ様」
黒天城の執務室で、狼頭の部下が魔導端末を差し出してきた。
「星彩少女どもの戦闘記録をまとめました」
「ああ」
俺は端末を受け取る。
そこには、先日の戦闘記録が細かく記載されていた。
ルミナの突撃角度。
ブレイズの火力制御。
セラフィの後衛維持。
ノクターンの指示精度。
総評。
『星彩少女、いずれも連携能力の向上傾向あり』
俺は思わず頷きかけて、寸前で止めた。
危ない。
部下の前で満足そうに頷いたらまずい。
悪の幹部としては、敵の成長を喜ぶのはおかしい。
いや、今の俺は「敵を育ててから絶望に落とす」という設定で通しているので、ある程度は喜んでもいいのかもしれない。
……それはそれで嫌だな。
「順調でございますね」
狼頭の部下が低く言う。
「希望は育ち、光は増し、やがて刈り取るにふさわしい輝きとなる。さすがヴァルグレイ様。恐るべき育成型殲滅計画です」
育成型殲滅計画。
また嫌すぎる単語が生まれた。
「まだ足りんな」
俺は端末を机に置き、冷たく言った。
「奴らは、少し動けるようになっただけだ。慢心を植え付けるには早い」
「なるほど。次は、増長を誘う段階でございますか」
「そうだ」
違う。
慢心してほしくないから厳しめにするつもりなのだが、もう説明を諦めた。
狼頭の部下はさらに端末を操作する。
「次回作戦につきましては、星彩少女どもの連携をさらに試すため、機動型怪人を三体投入する案が出ております」
俺は表示された作戦図を見た。
場所は閉鎖済みの遊園地。
夜の観覧車、止まったメリーゴーラウンド、広い中央広場、入り組んだアトラクション通路。
戦場としては悪くない。
「一般人の侵入は?」
「人払い結界を展開済みです」
俺は無言で頷くと、作戦図に数か所修正を入れた。
怪人の攻撃範囲を狭める。
中央広場に誘導。
そして、怪人の一体には、わざと弱点を露出する行動パターンを組み込む。
星彩少女たちが連携して見抜けるか確認するためだ。
……うん。
完全に模擬戦である。
「作戦名は?」
狼頭の部下が尋ねる。
俺は少し考えた。
「夜宴攪乱作戦」
「夜の宴に希望を誘い、攪乱の果てに絶望へ導く……なんと禍々しい」
本当は、夜の遊園地で連携チェックをするだけである。
*
夜の遊園地は、想像以上に悪の組織映えした。
普通に怖い。
悪の幹部の俺が言うのもなんだが、夜の廃遊園地は怖い。
俺は観覧車の支柱の上に立ち、中央広場を見下ろしていた。
広場には三体の怪人が配置されている。
一体目は、細長い腕を持つピエロ型怪人。
動きが速く、ルミナの突撃をいなす役目。
二体目は、鎧をまとった猿型怪人。
跳躍力が高く、ブレイズの火力を誘導する役目。
三体目は、影に溶ける犬型怪人。
セラフィとノクターンの後衛確認用。
やがて、夜空に四つの光が走った。
ルミナ、ブレイズ、セラフィ、ノクターン。
星彩少女たちが中央広場に降り立つ。
「ここが黒天教団の反応があった場所……」
ルミナが光の剣を構える。
ブレイズは周囲を見回して、少し顔をしかめた。
「夜の遊園地って、敵が出るには雰囲気ありすぎじゃない?」
同感だ。
セラフィは後方で杖を構えながら、観覧車を見上げている。
「壊したら危なそうですね。戦う場所に気をつけましょう」
偉い。
非常に偉い。
ノクターンはすでに怪人の配置を見ていた。
「正面に高速型。右上に跳躍型。影に潜伏型。前と上と後ろを同時に見せる配置」
分析が早い。
助かる。
いや、敵として助かってどうする。
俺は闇をまとい、観覧車の支柱からゆっくり降りた。
「来たか、星彩少女ども」
ルミナがこちらを見上げる。
「ヴァルグレイ!」
ブレイズが拳を燃やす。
「今日こそ、あんたにちゃんと認めさせる!」
……ん?
今、倒すではなく、認めさせると言わなかったか?
嫌な予感がした。
「ほう」
俺は悪役らしく笑う。
「随分と大きく出たな」
「前より連携できるようになったんだから!」
ブレイズは胸を張る。
敵と対峙している緊張感というより、発表会前の生徒みたいになっている。
俺は悪の幹部だ。
授業参観に来た先生ではない。
「勘違いするな」
俺は低く言った。
「貴様らが少し動けるようになったところで、俺に届くわけではない」
「だから、届くように頑張る!」
ルミナがまっすぐ答えた。
その目に迷いはない。
敵意はある。
だが、そこに妙な期待も混じっている。
明らかに様子がおかしい。
星彩少女たちが、俺に評価されることを目標にし始めている。
「始めるぞ」
俺は指を鳴らした。
三体の怪人が同時に動く。
ピエロ型がルミナへ向かって腕を伸ばす。
猿型が跳躍し、ブレイズの頭上を取る。
影犬が地面を滑るように後方へ回る。
ルミナはすぐに突っ込まなかった。
「ノクターン!」
「ルミナは左へ。ブレイズは猿型を落として。セラフィ、後ろ」
「了解!」
ルミナは左へ踏み込み、ピエロ型の腕をかわす。
剣を振るうが、深追いはしない。
ブレイズは猿型を見上げ、両拳に炎を集める。
「火力、絞って……」
炎が小さく圧縮される。
良い調整だ。
「そこ!」
ブレイズの炎弾が猿型の着地点を狙う。
猿型怪人は空中で体勢を崩した。
着地に隙が生まれる。
ブレイズがちらっとこちらを見た。
「今の火力調整、何点だった?」
「なぜ敵に採点を求める!?」
思わず叫んでしまった。
広場に一瞬、沈黙が落ちる。
ブレイズがむっとする。
「だって、前より良かったでしょ?」
「良し悪しを敵に聞くな!」
ルミナがピエロ型と打ち合いながら言う。
「ブレイズ、集中して!」
「あ、そうだった!」
ブレイズは慌てて猿型へ向き直る。
よし。
危なっかしすぎるんだよなこの子。
セラフィは後方で影犬の動きを見ていた。
以前なら、仲間を守ろうとして前へ出ていただろう。
だが今は違う。
彼女は自分の位置を保ち、杖を掲げる。
「ルミナちゃんの右後ろ、守ります!」
光の盾が展開され、ピエロ型の伸びた腕を受け止める。
同時に、もう一枚の盾がノクターンの足元に出る。
影犬が飛び出した瞬間、その進路を塞いだ。
ノクターンは少し離れた位置から全体を見ていた。
彼女は時折、左手で何かを書き留めるような仕草をしている。
何だあれ。
戦闘中にメモ?
まさか。
「ルミナ、踏み込み二つ分。ブレイズ、猿型は次に右。セラフィ、影犬はフェイント」
的確な指示が飛ぶ。
その直後、ノクターンは小さく呟いた。
「ヴァルグレイ語録、暫定整理。『味方を見るなとは言わん。味方だけを見るな』は、視野確保指示に分類」
「何を分類している!?」
また叫んでしまった。
ノクターンがこちらを見る。
「記録」
「するな」
「役に立つから」
「敵の発言を教材化するな!」
いけない。
戦場の空気が緩い。
俺は悪の幹部として、ここで引き締めなければならない。
「遊びは終わりだ」
俺は低く告げ、魔力を広げた。
三体の怪人に追加の力を送る。
ただし、危険にならない範囲で。
ピエロ型の腕が増える。
猿型の跳躍速度が上がる。
影犬の分身が二つに増える。
星彩少女たちの表情が引き締まった。
よし。
これでいい。
緊張感は必要だ。
「その程度で勝ったつもりか。貴様らの未熟さは、まだ目を覆うほどだ」
俺は冷たく言った。
ルミナたちが息を呑む。
少し厳しすぎたかもしれない。
だが、必要だ。
このままだと、彼女たちは俺を敵ではなく、ただの厳しい指導役として見始める。
それは危険だ。彼女たちにも、俺にも。
「連携が少し形になっただけで慢心する。敵の前で評価を求める。戦場で記録に気を取られる。そんな甘さで、誰を守るつもりだ」
広場が静まり返った。
今度こそ、悪役らしい圧になったはずだ。
そう思った直後、ルミナが顔を上げた。
「つまり、まだ伸びしろがあるってことだよね!」
うーん、違う。
いや、違わないが、そう受け取るか。
前向きなのはとてもいいことなんだが。
ブレイズも拳を鳴らす。
「そっか。まだ全然足りないなら、もっと強くなれるってことじゃん!」
セラフィが真剣に頷く。
「評価を求める前に、守れる動きを身につける必要があるんですね」
ノクターンが静かに呟く。
「慢心注意。記録より状況判断優先。追加」
完全に逆効果だった。
俺の厳しい言葉が、全部前向きに変換されている。
この子たち、根がいい子すぎるんだよな。
正義の味方なんだから当たり前なのかもしれないが。
俺は頭を抱えたくなった。
抱えられないので、代わりに闇の刃を数本浮かべる。
「ならば、その伸びしろとやらを見せてみろ」
「うん! やってみる!」
ルミナが走る。
今度の動きは、先ほどより良かった。
ピエロ型の腕を誘い、左へ避ける。
ブレイズが猿型の進路を制限し、セラフィが影犬の分身を見極める。
ノクターンは全体指示に専念した。
連携が戻る。
いや、戻るどころか少し良くなっている。
厳しい言葉でへこませるつもりが、課題として受け取られた。
いいことではある。
いいことなのだが、俺の悪役としての威厳がどんどん変な方向に利用されている。
「ブレイズ、今!」
「任せて!」
ルミナがピエロ型を引きつけ、ブレイズが圧縮した炎を地面に撃つ。
爆発ではない。
小さな炎の壁。
ピエロ型の退路が塞がれる。
セラフィの盾がルミナの足場になり、ノクターンの光弾が影犬の分身を消す。
ルミナの剣が、ピエロ型の胸元に届いた。
怪人が黒い煙を上げて崩れる。
絶命する前にこちらで核を回収し、撤退させる。
怪人は核さえ回収しておけば死なないので、その辺は便利だ。
一体撃破。
見事な連携だった。
「今のは?」
「何がだ」
「今の連携! 良かったでしょ!」
ブレイズがドヤ顔でこちらを見る。
「戦闘中にこちらを見るな!」
「でも良かったでしょ!?」
「知らん!」
「知らんってことは悪くなかったんだ!」
ブレイズの翻訳性能が上がっている。
非常に困る。
ルミナも少し頬を紅潮させていた。
「ヴァルグレイ、私たち、少しずつ届いてる?」
その問いは、先ほどまでの茶化しとは違っていた。
本気だった。
真っ直ぐに、こちらを見ている。
敵に向けるには危ういほど、信頼に近い目。
まずい。
それ以上、踏み込ませてはいけない。
俺は声を冷たくした。
「それで届いているつもりか」
空気が少し変わる。
俺は続けた。
「今の一撃は、俺が用意した隙に乗っただけだ。貴様らが自力で勝ち取ったものではない」
実際、怪人たちの配置も弱点も、俺が調整している。
だが、それをそのまま言うわけにはいかない。
「少し動けた程度で、自分たちが強くなったと錯覚するな。貴様らはまだ、俺の掌の上で踊っているだけだ」
今度こそ、効いたはずだ。
敵として距離を取るには、これくらい言わなければならない。
だが、ルミナは一歩も引かなかった。
「じゃあ、いつかその掌から飛び出す」
彼女は剣を構え直す。
「あなたが用意した隙じゃなくて、私たちが見つけた隙で、あなたに届いてみせる」
その声に、俺は一瞬言葉を失った。
いい答えだ。
本当に、いい答えだった。
だからこそ、俺は悪役として笑う。
「できるものならな」
闇の魔力が広場に広がる。
怪人たちを下がらせる。
これ以上続ける必要はない。
彼女たちは、今日もちゃんと進んだ。
そして、俺に近づきすぎた。
「今宵はここまでだ」
ブレイズが不満そうに叫ぶ。
「またそれ! もうちょっとで褒めてもらえそうだったのに!」
「敵幹部を褒め係にするな!」
「だって、あんたが褒めないから!」
敵に褒めを求めるな。
何かがおかしいと思わないのか。
「褒める理由がない」
「あるでしょ! さっきの火力調整!」
「火力だけで満足するな。周囲の流れを見ろ」
「ほらまた助言!」
「罵倒だ!」
セラフィが困ったように笑う。
「罵倒にしては、やっぱり具体的ですね」
「やかましい」
ノクターンが小さく呟く。
「罵倒、具体的助言を含む。記録」
「記録をやめろ」
俺は闇に包まれながら、最後にルミナを見た。
彼女はまだ剣を下ろしていない。
敵意もある。
悔しさもある。
けれど、その奥に小さな期待がある。
次はもっとできる。
次は認めさせる。
そんな決意が込められている。
俺は悪役の声で告げる。
「貴様らの未熟さは、まだ目を覆うほどだ。せいぜい足掻け」
ルミナは笑った。
「うん。まだ伸びるってことだよね」
「違うと言っている」
「でも、そう聞こえる」
返す言葉がなかった。
去り際のルミナは、何か一つ成し遂げたような達成感に満ちた顔をしていた。
闇が視界を覆う。
黒天城へ戻る直前、俺は深く息を吐いた。
星彩少女たちが強くなってきているのは良い。
こちらが仕向けてやっていることだ。
問題は、俺の悪役罵倒が通じなくなってきていることだ。
もはや何を言っても、彼女たちは前向きに受け取る。
そして、俺に認められようとしてくる。
先生でも、師匠でも、採点者でもないのに。
……いや、本当に違うよな?
闇の中で、自分にそう問いかける。
答えは出なかった。
ただひとつだけ確かなことがある。
このままだと、星彩少女たちは俺を敵として見なくなる。
それは、非常にまずい。
なぜなら俺は、黒天教団の幹部なのだから。
そして、黒天教団には。
小細工などなしに、彼女たちに襲いかかる“敵”がいるのだから。
*
黒天城の暗い回廊。
俺が帰還した直後、その戦闘記録は幹部用の魔導端末へ送られていた。
その映像を、ひとりの影が見ている。
鎌のような腕を持つ女幹部。
彼女は、星彩少女たちと俺のやり取りを何度も再生し、薄く笑った。
「……随分と楽しそうじゃないか、ヴァルグレイ」
赤い舌が、鋭い牙をなぞる。
「希望を育てる、ねえ。本当にそれだけかな?」
暗い回廊に、女の笑い声が小さく響いた。
――第10話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




