第8話「初めての連携訓練、なお敵主催」
最近、黒天教団内での俺の評価がおかしい。
「ヴァルグレイ様は、星彩少女どもをあえて成長させているらしい」
「希望を膨らませてから絶望に落とすためだとか」
「恐ろしい……なんという長期的悪意」
黒天城の廊下を歩いているだけで、そんな囁きが耳に入る。
大丈夫なんだろうか、この組織。
「ヴァルグレイ様」
狼頭の部下が、黒い魔導端末を差し出してきた。
「次回作戦の最終確認をお願いいたします」
俺は端末を受け取る。
今回の作戦名は〈夜牙包囲作戦〉。
市街区画へ怪人を三体投入し、星彩少女たちを包囲。
分断し、消耗させ、最後に幹部である俺が絶望を刻む。
相変わらず物騒な文字が並んでいる。
ただし、俺の修正により、実際の中身はかなり変わっていた。
場所は、再開発前で人のいない第七商業区画。
周辺には人払いの結界。
怪人の攻撃力は通常の七割。
毒、精神干渉、拘束系の危険な罠はすべて不採用。
代わりに、怪人三体の役割をはっきり分けてある。
前方から圧をかける大型怪人。
側面から牽制する鳥型怪人。
後方に回り込もうとする小型怪人。
星彩少女たちが、前衛、火力支援、防御、分析という役割を自然に意識できる配置だ。
つまり。
実戦形式の連携訓練である。
主催は敵である、黒天教団。
もうツッコミどころしかない。
「配置が妙に緻密でございますね」
狼頭の部下が感心したように言う。
「星彩少女どもの役割を、あえて引き出すような布陣。さすがでございます」
「敵の癖を把握するためだ」
俺は低く返した。
「連中がどのように連携し、どこで崩れるかを見極める」
「その崩壊点を、最後に突くのですね」
「……そうだ」
本当は崩壊点を見つけて、次回以降そこを直してほしいだけだ。
しかし、狼頭の部下は完全に納得している。
便利だが、そろそろ怖い。
俺が「星彩少女をピクニックに誘導しろ」と言っても、「油断した希望を野外で刈り取る高等戦術」と解釈しそうである。
「では、作戦を開始いたします」
「ああ」
俺は端末に承認印を押した。
赤黒い紋章が浮かび上がる。
またひとつ、悪の組織の稟議が通った。
中身は敵の連携練習メニューなのに。
*
第七商業区画は、夜の底に沈んでいた。
かつては人通りの多いショッピングモールや広場があった場所だが、今は再開発待ちで閉鎖されている。
割れたショーウィンドウ、空っぽの店舗、動かないエスカレーター。
そこに黒天教団の結界が重なり、現実から切り離されたような静けさが漂っていた。
戦場としては悪くない。
障害物が多い。
見通しの悪い通路もある。
広場もある。
俺はモール中央の吹き抜け上部に立ち、下を見下ろしていた。
大型怪人が一階広場を歩き回っている。
全身が黒い岩のような甲殻に包まれた亀型怪人。
動きは遅いが、防御力が高い。
正面から殴っても効果は薄い。
鳥型怪人は二階の通路を旋回している。
素早く、横から星彩少女の動きを妨害する役割。
小型怪人は影の中に潜み、後衛を狙う。
万一に備え、威力は抑えるよう厳命している。
表向きは、星彩少女たちを少しずつ追い詰めるためと言うことにしてある。
「小型班。セラフィに近づきすぎるな。距離を保て」
『はっ。じわじわと恐怖を与えるためですね』
「そうだ」
違う。
近づきすぎると危ないからだ。
「鳥型班。ブレイズの射線を塞ぎすぎるな。炎を散らされると周辺被害が増える」
『なるほど。制御できぬ火力を誘発させぬため、あえて余地を残すと』
「そうだ」
そのままだ。
そこはそのまま受け取っていい。
「大型班。ルミナが正面から来た場合は、二歩だけ下がれ」
『下がるのでございますか?』
「突撃の無意味さを理解させるためだ」
『深い……!』
いや、正面衝突すると普通に危ないからだ。
俺は通信を切り、ため息を吐いた。
この作戦、成功してほしい。
星彩少女たちの訓練としての作戦が、だ。
しかし、表向きには悪の作戦として成立させなければならない。
自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。
その時、結界の外側に四つの光が走った。
星彩少女たちだ。
ルミナが先頭で広場へ飛び込んでくる。
「黒天教団! 今度はここね!」
ブレイズが拳を燃やす。
「今日こそ派手に決める!」
セラフィは周囲を確認しながら後方へ。
「一般の方はいないようです。でも油断しないでください」
ノクターンは、すでに怪人の配置を見ている。
「正面に大型。上空に鳥型。影の中に小型反応。包囲型の配置」
分析が早い。
頼もしい。
ルミナが剣を構えた。
「じゃあ、どう動く?」
ルミナが、自分からノクターンに聞いた。
偉い。
ものすごく偉い。
以前なら「行こう!」で全部済ませていたはずだ。
ちゃんと作戦を聞いている。
俺は内心で拍手した。
ノクターンは短く指示を出す。
「ルミナは大型を引きつけて。ただし正面からぶつからない。ブレイズは鳥型の進路を制限。セラフィは私と自分を守って。私は小型の位置を見る」
「わかった!」
「任せて!」
「はい!」
四人が動いた。
ルミナが大型怪人へ向かう。
ただし、一直線ではない。
広場の柱を利用し、斜めに距離を詰める。
ブレイズは炎を広げすぎず、鳥型怪人の飛行ルートに小さな火球を置く。
攻撃というより、進路の制限。
セラフィは後方で盾を二枚展開。
後衛である自分とノクターンを守りながら、ルミナの退路にも目を向けている。
ノクターンは杖を構え、影の揺れを見ている。
まだぎこちないが、役割分担ができている。
「大型班、もう少し右から圧をかけろ」
『はっ』
「鳥型班、ブレイズを釣りすぎるな。広場中央へ戻せ」
『承知』
「小型班、セラフィの視界端に入れ。背後ではなく斜め後ろだ」
『恐怖演出でございますね』
「そうだ」
いや、実際には後衛の索敵練習である。
俺の指示で、怪人たちの動きが変わる。
結果として、星彩少女たちは自然と陣形を維持しなければならなくなる。
大型怪人がルミナを押す。
ルミナは真正面から受けず、横へ動く。
「ブレイズ、今!」
ルミナの声。
ブレイズが鳥型を追いすぎるのをやめ、大型怪人の足元へ炎を撃ち込む。
炎の壁が一瞬だけ生まれ、大型怪人の進路を止めた。
セラフィが盾を飛ばし、ルミナの退路を守る。
ノクターンが叫ぶ。
「小型、来る!」
影から小型怪人が飛び出す。
セラフィが慌てず盾を展開し、ノクターンがその隙に光弾で小型を押し返した。
前衛が引きつけ、火力が支援し、防御が守り、分析が全体を見る。
ようやく、チームらしい戦いになってきた。
だが、まだ足りない。
大型怪人の背中には、薄い甲殻部分がある。
そこを狙えば有効打になる。
今の彼女たちは正面と側面に意識が向きすぎていて、背面の弱点に気づいていない。
気づかなければ、持久戦に持ち込まれて消耗するだけだ。
今回は助言しない。
彼女たちが自力で気づいて、対処しなければ意味がないからだ。
すると、状況を見ていたノクターンの目が鋭くなる。
「背中、甲殻が薄い」
よし。
気づいた。
「ルミナ、誘導して。ブレイズ、右側に炎。セラフィ、足場を作って」
「うん!」
ルミナが大型怪人の注意を引きつける。
ブレイズが炎で逃げ道を塞ぎすぎない程度に進路を絞る。
セラフィが光の盾を足場として低く展開する。
ルミナがそれを踏み台に跳ぶ。
かなりいい流れだ。
だが、鳥型怪人が上から割り込もうとする。
俺は指先を動かしかけた。
助けるか?
いや、ここは彼女たちが対応すべき場面だ。
俺が介入すると意味がない。
ブレイズがそれに気づいた。
「邪魔しないで!」
彼女は炎を大きく広げず、鳥型の進路だけを焼いた。
鳥型怪人が一瞬ひるむ。
その隙に、ルミナの剣が大型怪人の背中へ届く。
光が弾けた。
大型怪人が大きくよろめく。
有効打だ。
星彩少女たちが、初めて自分たちの連携で敵の弱点を突いた。
俺は思わず、ほんの小さく呟いた。
「……よし」
言ってから、全身が固まった。
まずい。
今、声に出した。
吹き抜けの上とはいえ、ヴァルグレイの声はよく通る。
この悪役ボイス、なんとかならないかな……。
ルミナがはっと顔を上げた。
「今、よしって言った?」
ブレイズが目を丸くする。
「言ったよね?」
セラフィもこちらを見る。
「聞こえました……」
ノクターンは無言で俺を見上げている。
終わった。
完全に指導者のリアクションだった。
俺はゆっくりと立ち上がり、外套を揺らした。
「貴様らが希望を抱いた瞬間を確認しただけだ」
苦しい。
今の言い訳はさすがに苦しい。
ルミナが困惑した顔で俺を見る。
「それって、喜んだんじゃなくて?」
「違う」
「でも、ちょっと嬉しそうだった」
「気のせいだ」
ブレイズが大型怪人を警戒しながら叫ぶ。
「今のは絶対、先生の『よし』だった!」
「先生ではない」
「じゃあ何?」
「敵だ」
「敵はよしなんて言わない!」
それはそう。
本当にそう。
セラフィが小さく首をかしげる。
「私たちが連携できたのを見て、確認したのですよね?」
「確認しただけだ」
「やっぱり見てくださっているんですね」
敵に敬語を使うな。
いよいよいたたまれなくなってくるだろうが。
ノクターンが静かに言う。
「あなたの配置、私たちの役割を引き出すようにできている」
鋭い。
怖い。
「正面から圧をかける大型。側面を制限する鳥型。後衛の警戒を促す小型。偶然にしては、噛み合いすぎている」
やめろ。
分析しないでくれ。
俺は冷たく笑った。
「貴様らの弱点を露呈させるための布陣だ」
「結果的に、私たちの連携練習になっている」
「練習ではない。追い詰めているのだ」
「追い詰めるにしては、怪人の攻撃が浅い」
非常にまずい。
俺は闇の魔力を広げた。
空気が重くなる。
「口が過ぎるぞ、ノクターン」
ノクターンが一歩下がる。
ここは威圧で押し切る。
疑問を持たれるのはまずい。特に彼女には。
「少し攻めが緩いと、勝ったつもりになる。だから貴様らは未熟なのだ」
俺は指を鳴らした。
大型怪人が再び立ち上がる。
ただし、強化はしない。
まだ続けるが、危険域には入れない。
「喜べ。もう少しだけ、遊んでやる」
ルミナが剣を構え直す。
「遊びじゃない。私たちは、本気で勝つ!」
「ならば証明してみろ」
俺は怪人たちへ指示を飛ばす。
「第二陣形」
大型怪人が中央へ。
鳥型怪人が左右を旋回。
小型怪人が影へ潜る。
戦闘が再開する。
星彩少女たちは、さっきよりさらに動きが良くなっていた。
これなら、次に現れる強敵にも――。
そこまで考えて、俺は胸の奥に冷たいものを感じた。
次に現れる強敵。
原作の記憶がよぎる。
星彩少女たちはこの先、何度も傷つく。
心を折られそうになる。
今のままでは、まだ足りない。
だが、この子たちは変われる。
なら、俺は敵として何をすべきか。
答えを出すには、まだ早い。
けれど、少なくとも今は。
この戦場で、彼女たちがもう一歩進めるかどうかを見極める。
悪役のフリをしながら。
「未熟な貴様らに、この布陣が崩せるか?」
煽るような口調で星彩少女たちに語りかける。
「この陣形を崩すためにどうすれば良いか考えろ」を悪役っぽく言うとこうなる。
「狙いは大型怪人。鳥型、小型は牽制しながら動きを抑える」
ノクターンが分析を始める。
良い判断だ。
怪人全部を一気に倒すのは、今の彼女たちには無理だ。
そして、黒天教団側の主戦力は大型怪人。
こいつが堕とされれば、決定打を失ったこちらは撤退せざるを得なくなる。
弱点は見えている。
あとは、どう攻めるかだ。
大型怪人の弱点を隠すように、鳥型怪人が低く旋回する。
あの位置はなかなかに厄介だ。
鳥型があそこにいる限り、ルミナは背中へ一撃を入れることはできない。
俺は指を動かしかけた。
俺が闇の刃で羽の端をかすめれば、それだけで隙は作れる。
だが、それでは意味がない。
俺が作った隙を突いたところで、彼女たちの力にはならない。
必要なのは、こちらが用意した正解をなぞることではなく、自分たちで戦場を見て、動くことだ。
「鳥型が背中を隠してる」
ノクターンの声が飛ぶ。
「倒す必要はない。どかせばいい」
「どかせばいい、ね……!」
ブレイズが拳を握る。
炎が膨れ上がり、周囲の空気が熱で揺れた。
以前なら、そのまま最大火力で撃っていた。
味方の位置も、逃げ道も、たぶん見えていなかった。
「当てなくても、どかせばいいんでしょ!」
「広げすぎないように気をつけて!」
セラフィがルミナの進路に小さな盾を置く。
ブレイズは一瞬だけ歯を食いしばり、拳の角度を上へずらした。
「ブレイズ・バーストナックル!」
巨大な火球が放たれる。
狙いは鳥型怪人の胴体ではない。
その上方。逃げ場を一方向に絞るための、圧力としての炎。
鳥型怪人が高度を変える。
大型怪人の背中を覆っていた陣形が、わずかに崩れた。
……今のは、悪くない。
当てるための火ではない。
動かすための火だ。
まだ大きい。まだ粗い。
だが、味方を巻き込むだけだった火が、初めて戦場の形を変えた。
ノクターンが叫ぶ。
「今。背中が空いた」
セラフィの光の盾が、ルミナの足元へ滑り込む。
「ルミナちゃん!」
「うん!」
ルミナが盾を踏み、跳ぶ。
正面ではない。
仲間が作った一瞬へ、最短で踏み込む。
光の剣が、大型怪人の薄い甲殻へ届いた。
今度は深い。
大型怪人が膝をつき、黒い煙を上げる。
致命傷になる前に、結界を出して先に撤退させる。
星彩少女たちが一斉に息を呑んだ。
初めて、まともな連携で怪人を撃退した。
ブレイズが拳を握る。
「やった……?」
セラフィがほっと息をつく。
「できました……」
今日のところは十分だろう。
鳥型、小型怪人たちもまとめて撤退させる。
負け役を押し付けて悪かったが、戦闘評価は高めに報告しておくから許してくれ。
ルミナはその様子を見ながら、俺を見上げる。
その目は、喜びだけではない。
何かを確かめるような目だった。
「ねぇ、ヴァルグレイ」
「何だ」
「今のも、あなたの作戦なの?」
俺は一瞬黙った。
違うと言えば嘘になる。
だが、本当の意味では作戦ではない。
導いた。
それだけだ。
俺は冷たく笑う。
「貴様らがどう動くか、見ただけだ」
「じゃあ、私たち……少しは動けてた?」
なんで敵に評価を求める。
やめろ。
その顔で聞くな。
俺は悪役だ。
ここで素直に褒めるわけにはいかない。
だが、完全に否定するのも違う気がした。
「少しは、虫らしく群れる術を覚えたようだな」
女の子を虫呼ばわり。
職場だったら即ハラスメント事案である。
すごく嫌な汗がでる。
怒るかと思いきや、ルミナは一瞬きょとんとした後になぜか笑った。
「そっか。ちょっとは良くなったんだ」
「……なぜそう受け取る」
ブレイズがにやっとする。
「最近、あんたの言い方わかってきたかも」
「わかるな」
セラフィも微笑む。
「厳しい言葉の中に、少しだけ助言が入っています」
「入れていない」
ノクターンが静かにメモを取るような仕草をした。
「ヴァルグレイ語録、更新」
「待て、何を更新した」
「『虫らしく群れた』は連携の評価を表す語として記録」
「敵の発言を語録にするな!」
星彩少女たちが、俺の悪役罵倒を前向きに翻訳し始めている。
どう見てもよくない流れだった。
俺は外套を翻し、闇を広げた。
「余興は終わりだ。引き上げるぞ」
ブレイズが叫ぶ。
「また逃げる!」
「今日のところは見逃してやるのだ。感謝しろ」
「いつもそれ!」
「悪の引き際というのはそういうものだ」
まずいちょっと素が出たな。
幸い、ブレイズは特に気にしてない様子だった。
消える直前、ルミナの声が届いた。
「ヴァルグレイ!」
俺は振り返らない。
振り返ると、また余計なことを言いそうだった。
「次は、もっとちゃんと連携してみせるから!」
まっすぐな声だった。
俺は仮面の下で、小さく息を吐く。
「せいぜい足掻くといい。星彩少女たちよ」
それだけを残して、俺は闇に沈んだ。
顔は見えなかったが、ルミナが少し嬉しそうにしていたような気がした。
黒天城へ戻る道の中で、さっきの光景が何度も浮かぶ。
彼女たちはまだ未熟だ。
危なっかしい。
でも、初めて形になった。
俺は悪の幹部として、星彩少女たちを追い詰める作戦を実行した。
そのはずだった。
結果としては、敵主催の連携訓練。
しかも俺は、成功した瞬間に「よし」と言った。
……さすがに誤魔化すのも限界かもしれない。
そう思いながらも、胸の奥にはほんの少しだけ誇らしさのようなものが残っていた。
彼女たちの、確かな成長に。
――第9話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




