第7話「部下から尊敬され、魔法少女から質問される」
黒天城に戻った俺を待っていたのは、処罰ではなかった。
尊敬だった。
それも、かなり濃いやつだ。
「ヴァルグレイ様、お戻りをお待ちしておりました」
黒い回廊に降り立った瞬間、狼頭の部下が片膝をついた。
もう見慣れてきた光景ではある。
あるのだが、やはり慣れない。
人間だったころの俺は、会社で誰かに片膝をつかれた経験など一度もない。
あったとしても、たぶん労務的に問題になる。
「報告を」
俺は短く告げた。
悪の幹部としての態度も、少しずつ板についてきた気がする。
よくない。
板につくな。
だが、今は生き延びるために必要だ。
中身が別人だと疑われたら終わりなのだから。
狼頭の部下は、深く頭を下げたまま言った。
「星彩少女どもは全員、地下施設より撤退。黒天教団側も、大きな損耗はありません」
よかった。
俺は内心で胸を撫で下ろした。
あの罠作戦は、かなり危うかった。
落とし穴、拘束罠、精神干渉陣、怪人配置。
どれも一歩間違えれば、少女たちが大怪我をする可能性があった。
だが、結果として全員無事。
特にセラフィが重傷を負う展開は回避できた。
それだけで、今日の俺の仕事は成功と言っていい。
いや、悪の幹部としては大失敗なのだが。
狼頭の部下は、そこで顔を上げた。
目が輝いている。
「ですが、戦闘記録を確認したところ、星彩少女どもの動きに変化が見られました」
ぎくりとした。
「変化だと?」
「はい。ルミナは直線的な突撃を控え、側面からの攻撃を試みています。ブレイズは火力を絞り、味方の退路を残すようになりました。セラフィは後衛位置を意識し、ノクターンは全体指示を行おうとしております」
完全に俺のせいだった。
全部、俺が言ったことだった。
狼頭の部下は拳を胸に当てる。
「敵を育て、希望を膨らませてから刈り取る……なんという残酷な策。さすがヴァルグレイ様でございます」
やはりこの部下は良い方に解釈してくれるのだった。
さすがにちょっと申し訳なくなってくるレベルだ。
俺は彼女たちを刈り取りたいわけではない。
むしろ刈り取られないようにしている。水をやって、日当たりを気にして、害虫を避けている側である。
悪の幹部ではなく、もはや園芸担当。
「まだ未熟だ」
俺は低く言った。
「希望と呼ぶには、あの光は粗すぎる」
「つまり、さらに育てると」
「……そうだ」
言ってから、心の中で頭を抱えた。
また自分で言質を取らせてしまった。
狼頭の部下は感動したように震えている。
「承知いたしました。星彩少女どもをより強く、より高く、より眩しく育て上げた後に、絶望の底へ叩き落とす。その長期計画、我ら一同、全力でお支えいたします」
俺は外套の内側でこっそり胃のあたりを押さえた。
最近、悪の組織の会話はすべて胃に悪い。
「次の作戦は?」
俺が尋ねると、狼頭の部下は黒い板状の魔導端末を差し出した。
「星彩少女どもは、次の襲撃地点を予測して動いているようです。こちらとしては、その予測を逆手に取り、偽の魔力反応を使って――」
「待て」
俺は端末を見ながら、眉をひそめた。
作戦内容はこうだ。
市街地に偽の魔力反応を発生させ、星彩少女たちを誘導。
そこに怪人を出現させて戦闘。
さらに、離れた地点で別の怪人を暴れさせることで、市民の避難を混乱させる。
だめだ。
一般人への被害が出すぎる。
「第二地点の怪人投入は不要だ」
俺は即座に言った。
狼頭の部下が首を傾げる。
「不要、でございますか」
「星彩少女どもを試すのが目的だ。余計な雑音は戦況を濁す」
本当は市民を巻き込みたくないだけだ。
そもそも原作でも、黒天教団は一般人の殺戮を目的にしていない。
星彩少女を抹殺するために利用することもあるという建て付けだったはずだ。
一応子供向けアニメだし、元気よく市民を襲う絵にするわけにもいかないのだろう。
まぁ、だからと言って被害を気にする悪の幹部は普通いないけど。
「なるほど。あえて戦場を純化し、星彩少女どもの成長度のみを測ると」
「そうだ」
その辺も踏まえてか、狼頭の部下はまた深読みで納得してくれた。
便利だ。
便利だが、罪悪感がすごい。
「では、怪人の出現地点は人払いの済んだ第六倉庫街へ変更いたします」
「そうしろ」
「周辺への被害抑制結界は?」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
被害抑制結界。
そんなものがあるのか。
あるなら毎回張れ。
というか悪の組織の割に結構いろいろ便利なオプションがあるのは何故なんだ。
「最大出力で張れ」
「最大出力、でございますか?」
「星彩少女どもの攻撃を測るには、周囲の破壊による誤差を消す必要がある」
「深い……」
また深くなってしまった。
俺は端末に承認印を入れた。
悪の作戦書に、安全な戦闘場所と被害抑制結界を追加する。
いよいよ何の仕事かわからなくなってきた。
その日の夜。
俺は第六倉庫街に立っていた。
海沿いに広がる古い倉庫群。
現在はほとんど使われておらず、人通りもない。
周囲には黒天教団の結界が張られ、一般人が近づかないようになっている。
俺は倉庫の屋根の上から、地上を見下ろす。
今回の怪人は、鉄塊のような体を持つ牛型怪人だった。
両肩から蒸気を噴き、鼻息だけで地面の砂埃を巻き上げている。
力は強い。
だが動きは直線的。
星彩少女たちの立ち回りを確認するにはちょうどいい。
念のため、角は少し丸めさせた。
刺さると大怪我するかもしれないからだ。
部下には「獲物に恐怖を与えるには、即死よりも圧迫感だ」と説明した。
自分でも、最近言い訳がうまくなってきたと思う。
「来たか」
夜空に、四つの光が走った。
星彩少女たちだ。
ルミナが先頭に立ち、剣を構える。
「黒天教団! また街を襲うつもりね!」
今回は無人の倉庫街だから大丈夫だ。
と答えるわけにもいかない。
俺は屋根の上からゆっくり姿を見せた。
「来たか、星彩少女ども」
ブレイズが拳を燃やす。
「ヴァルグレイ! 今度こそぶっ飛ばす!」
セラフィは後方で杖を構え、周囲を確認している。
ノクターンは、怪人と倉庫の配置、結界の範囲を見ていた。
分析している。
前に出ていない。
よしよし。
やればできるじゃないか。
ルミナがこちらを見上げる。
「ヴァルグレイ!」
「何だ」
「この前の動きなんだけど!」
この前の動き。
嫌な予感がした。
「横に動けって言ったでしょ? あれ、どうすればもっと速くできるの?」
倉庫街の空気が止まった。
俺も止まった。
ブレイズが慌ててルミナを見る。
「ルミナ、敵に聞くの!?」
「だって、前よりも避けられるようになってきたし」
「そうだけど!」
セラフィも小さく頷く。
「たしかに、ヴァルグレイさんの指摘はわかりやすいです」
さんをつけるなデコ助野郎。
俺は敵だぞ。
ノクターンは黙ってこちらを見ている。
止めない。
むしろ、反応を観察している。
やめろ。
分析担当の視線が痛い。
俺は外套を揺らし、低く言った。
「聞く相手を間違えているとは思わないのか?」
ルミナは真顔で答える。
「間違えてると思う」
思うんかい。
じゃあ聞かないでくれよ。
「でも、あなたが一番わかりやすかったから」
やめろ。
そんな真っ直ぐ言うな。
俺は必死に声を冷たくする。
無理矢理ちょっと笑ったりしてみる。
「敵の言葉に頼るとは、愚かさも極まったものだな」
「じゃあ、教えてくれないの?」
「教えるわけがないだろう」
当然だ。
俺は悪の幹部である。
敵に戦い方を教えるなど、あってはならない。
そう思っていたはずなのに。
ルミナが剣を構え、牛型怪人へ向かって走り出した瞬間、俺の口は勝手に動いた。
「踏み込みが大きすぎる」
ルミナが足を止めかける。
俺も止まりかける。
しまった。
またやってしまった。
俺はすぐに続けた。
「……そうやって無駄に大きく踏み込むから、軌道を読まれるのだ」
ルミナが目を輝かせる。
「小さく踏み込めばいいの?」
「聞くな」
「でも、そういうことだよね?」
「敵に確認を取るな」
ブレイズが隣で呆れたように言う。
「それもうほぼ教えてるよね」
「黙れ、火力突撃馬鹿」
「悪口が増えた!?」
がーん、とブレイズがショックを受けた顔をしている。
「お前もお前だブレイズ。炎を広げる前に、どこを焼くかちゃんと決めろ。今の位置で大技を撃てば、倉庫の壁に反射して味方の視界を塞ぐことになりかねん」
「あ、そっか」
納得するな。
いや納得してほしいけど、敵の言葉に素直すぎる。
セラフィがおずおずと手を上げた。
「あの、私はどこに立てば……」
「質問会を始めるな!」
「す、すみません」
しゅんとするんじゃない。
なんだか悪いことしてるみたいになるだろうが。
いや悪いことをしている立場なんだが。
「今回のお前の位置は、悪くない。あとは無闇に前に出ず、味方の動きを妨げないように少しずつ位置を変えることだ」
あぁ、言ってしまった。
セラフィの顔がぱっと明るくなる。
「……はいっ!」
俺は強く目を閉じたくなった。
だが閉じたら負けだ。
今、俺は敵として威厳を保たなければならない。
なのに少女たちは、完全に戦闘前の確認みたいな空気になっている。
俺は低く告げた。
「……次に同じ無様を晒せば、その時こそ命はない。覚えておけ」
ルミナがぱっと顔を上げた。
「つまり、今のうちに改善しろってことだね!」
「違う」
「違うの?」
「違うと言っている!」
ノクターンが静かに呟いた。
「要点は、ルミナは踏み込みを小さく、ブレイズは攻撃範囲を絞る。セラフィは味方の逃げ道を塞がない位置。そういうこと?」
「お前まで要約するな」
「でも、合っているでしょう?」
合っている。
非常に合っている。
俺は沈黙した。
その沈黙を、ノクターンは肯定と受け取ったらしい。
「わかった」
「わかるな」
牛型怪人がしびれを切らしたように咆哮した。
そりゃそうだ。
戦闘のために出てきたのに、目の前で敵がアドバイスを受けている妙な光景が広がっているのだから。
なんか本当にすまん。
牛型怪人が地面を蹴る。
一直線の突進。
ルミナは剣を構える。
いつもなら正面から受けるところだ。
だが、今回は違った。
彼女は直前で小さく横へ踏み込み、怪人の角を紙一重で避けた。
そのまま体をひねり、剣の腹で怪人の肩を叩く。
突進の力を受けずに、側面を取った。
俺は思わず頷きそうになる。
危ない。
ここで頷いたら完全に先生だ。
ブレイズが横から回り込む。
「火力を絞って……ここ!」
炎を拳の周囲だけに集め、怪人の脚へ叩き込む。
爆発は小さいが、狙いは的確だった。
怪人の体勢が崩れる。
セラフィは後方で盾を展開し、ルミナの退路を塞がない位置を維持している。
ノクターンは前に出ず、全体を見ている。
「ルミナ、左に下がって。ブレイズ、追撃しない。セラフィ、盾を一枚だけ前へ」
前よりずっと連携らしくなっている。
成長している。
この子たちは、ちゃんと学んでいる。
だが、それを喜ぶのは俺の立場ではない。
「まだ遅い」
俺は屋根の上から冷たく言った。
三人の動きが止まる。
ノクターンだけが俺を見上げる。
「どこが?」
「お前たちの連携は、まだ互いを見ることで精一杯だ。敵を見ろ。味方を見るなとは言わん。だが、味方だけを見れば、敵の次の手を見失う」
言ってから、俺は内心で頭を抱えた。
まただ。
また普通に教えている。
ルミナは真剣に頷いた。
「次の手を見る……」
ブレイズが拳を握る。
「味方を気にしすぎてもダメってこと?」
「気にするなとは言っていない。気にしながら敵も見ろ」
「難しくない!?」
「戦いとはそういうものだ」
ノクターンが静かに言う。
「敵と味方、両方を見るために役割を分ける。私は全体を見る。ルミナは正面。ブレイズは側面。セラフィは後方支援」
「それを戦闘中に維持しろ。崩れた時こそ、誰が何を見るかを失うな」
完全に講義だった。
もう駄目だ。
ここに黒板があったら、俺は図を描いている。
ルミナが小さく笑った。
俺は言葉に詰まった。
悪役として罵倒すべき場面だ。
だが、彼女の笑顔は邪気がなかった。
敵に向けるものとしては、あまりに真っ直ぐで、あまりに無防備だった。
困る。
そんな顔をされると、こちらの仮面がずれる。
俺は視線を逸らし、牛型怪人へ魔力を送った。
「遊びは終わりだ」
怪人の身体が赤黒く光り、動きが速くなる。
もちろん限界までは強化していない。
少しだけ負荷を上げる。
実戦形式の確認だ。
……もう自分でも、何をしているかわからない。
「来る」
ノクターンが短く言った。
牛型怪人が再び突進する。
今度は途中で進路を変えた。
ルミナが狙いを自分に向けつつ受け流そうとする。
ブレイズが側面から炎を撃つ。
セラフィが盾を飛ばす。
ノクターンが指示を出す。
拙いが、繋がっている。
だが、牛型怪人の尻尾が予想外の方向から振るわれた。
ルミナの足元を払う軌道だ。
危ない。
思わず介入しそうになったが、ルミナは体を回転させ、下段からくる尻尾を回避した。
咄嗟の判断だったのだろうが、見事な判断だった。
「かわせた!」
「すごい、ルミナ!」
ブレイズが賞賛する。
危うく俺もサムズアップしそうになった。
したら終わりだ。
俺は牛型怪人に指示を出し、戦闘態勢を解く。
「十分だ。引き上げるぞ」
「えっ、もう終わり?」
ルミナが思わず声を上げる。
「貴様らの未熟さは確認した。これ以上は時間の無駄だ」
ブレイズが拳を握る。
「まだやれる!」
「やれることと、勝てることは違う」
俺は冷たく言った。
「その違いもわからぬうちは、俺には届かん」
ルミナが悔しそうに唇を結ぶ。
だが、以前のようにただ突っかかってはこなかった。
彼女は剣を下げ、真剣な顔で俺を見た。
「じゃあ、どうすれば届く?」
また質問。
俺は一瞬、本気で空を仰ぎたくなった。
この子、敵に質問することへの抵抗がなくなってきている。
非常にまずい。
「自分で考えろ」
俺は短く返した。
「戦場で答えを敵に求めるな。考えろ。選べ。間違えたなら、次に直せ」
言ってから、もう諦めた。
これも助言だ。
どうあがいても助言だ。
ルミナは少し驚いた顔をした後、小さく頷いた。
「うん。次はもっと考えて戦う」
その声には、敵への反発だけではないものが混じっていた。
信頼、というには早い。
けれど、完全な敵意でもない。
それが、俺には怖かった。
俺は闇を足元に広げた。
「次に同じ無様を晒せば、その時こそ命はない。覚えておけ」
今度は悪役らしく言えたと思う。
思うのだが、どうも少女たちの反応がおかしい。
ルミナは真剣な顔をして黙っている。
ノクターンがその様子をじっと見ている。
セラフィは少し困ったように微笑んでいる。
ブレイズは腕を組んで唸っている。
「なんか、敵っていうより、厳しい先生みたいだね」
俺は即座に言葉を返した。
「俺は敵だ」
「でも先生っぽいし」
「敵だと言っている」
「敵先生?」
「新しい言葉を作るな」
星彩少女たちの間に、少しだけ笑いが漏れた。
俺はその空気から逃げるように、闇の中へ身を沈める。
「せいぜい足掻け。貴様らの希望が、どこまで持つか見届けてやる」
闇が視界を閉じる。
黒天城へ戻る直前、俺は思った。
まずい。
非常にまずい。
悪の幹部として部下に恐れられながら、星彩少女に先生扱いされる。
この二重生活、いつか絶対に破綻する。
そう思いながらも、俺はさっきのルミナの言葉を思い出していた。
次は、もっと考えて戦う。
それは、ほんの小さな変化だった。
けれど確かに、彼女たちは前へ進んでいる。
俺は闇の中で、小さく息を吐いた。
……まあ。
それだけは、悪くない。
――第8話へ続く
※おことわり
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