第10話「悪の幹部らしく振る舞うほど、なぜか好感度が上がる」
俺は、悪の幹部である。
黒天教団最高幹部、宵闇の参謀ヴァルグレイ。
星彩少女たちに恐怖を与え、希望を踏みにじり、いずれ世界を闇に沈める側の存在。
そのはずだった。
「ヴァルグレイ様」
黒天城の執務室で、狼頭の部下が深々と頭を下げる。
「星彩少女どもの戦闘記録を確認いたしました。連中は明らかに、ヴァルグレイ様との交戦を通じて成長しております」
「ああ」
俺は黒い机に肘をつき、低く答えた。
否定はしない。
実際、彼女たちは成長している。
ルミナは正面から突撃する前に周囲を見るようになった。
ブレイズは火力を絞れるようになってきた。
セラフィは前に出すぎず、後ろから仲間を支える動きを覚えた。
ノクターンは、負けず嫌いを抑えて全体を見る時間が増えている。
素晴らしい。
とても素晴らしい。
「しかし、ひとつ懸念がございます」
狼頭の部下が端末を操作する。
そこに映し出されたのは、先日の戦闘映像だった。
ブレイズが俺に向かって「今の火力調整、どう!?」と叫んでいる。
ルミナが「少しは届いてる?」と尋ねている。
セラフィが俺の言葉に真剣に頷いている。
ノクターンが何かを記録している。
俺は無言で映像を消した。
すごく見なかったことにしたい。
「星彩少女どもが、ヴァルグレイ様を敵として恐れる以上に、試練を与える存在として認識し始めている可能性がございます」
そうなんだよ。
俺もそれを心配しているんだよ。
ここ最近、彼女たちの敵としての距離感が明らかにおかしい。
特にルミナとブレイズ。
あの二人、最近は俺に認められようとしてくる。
完全に敵幹部に対する態度ではない。
ノクターンはノクターンで俺の発言を記録するし。
セラフィは妙に素直に受け止める。
このままではまずい。
俺は黒天教団に疑われる。
何より、星彩少女たちが俺を敵として警戒しなくなる。
それは危険だ。
この世界には、本当に彼女たちを傷つける敵がいる。
黒天教団も、黒天王も、俺以外の幹部も、彼女たちの善意や信頼を利用するだろう。
だから、俺は敵でなければならない。
怖い存在でなければならない。
「少し余興が過ぎたようだ」
どうにか冷徹な声を出す。
「次の戦いでは、少しだけ絶望を見せてやるとしよう」
狼頭の部下は感動したように震えた。
「なるほど……星彩少女どもが抱き始めた信頼を、あえて冷酷に突き放すことで、より深い絶望への布石とするのですね」
「……そうだ」
もうそれでいい。
そういうことにしておいてくれ。
「では、次の作戦は?」
「俺が直接出る」
俺は椅子から立ち上がった。
「怪人は最低限でいい。今回は、俺自身が星彩少女どもの甘さを断つ」
狼頭の部下が深く頭を下げる。
「御意。ヴァルグレイ様の冷酷なる裁き、必ずや連中の心に刻まれましょう」
冷酷なる裁き。
胃が痛い。
だが、やるしかない。
*
戦場に選んだのは、夜の高架下だった。
使われなくなった貨物線の下に広がる、薄暗い空き地。
周囲には倉庫が並び、人の気配はない。
怪人は一体だけ。
鉄骨をまとった細身の影型怪人。
機動力はあるが、攻撃力は低め。
今回は星彩少女たちを傷つけるためではなく、俺が前に出るための舞台装置だ。
俺は高架の上に立ち、月明かりの下で彼女たちを待っていた。
ほどなくして、四つの光が夜を裂く。
ルミナ、ブレイズ、セラフィ、ノクターン。
星彩少女たちが空き地に降り立つ。
「ヴァルグレイ!」
ルミナが俺を見上げる。
その声には緊張と、ほんの少しの期待が混じっていた。
やめろ。
期待するな。
俺は敵だ。
「来たか」
俺は低く言った。
「飽きもせず、薄い希望を掲げて」
ブレイズが拳を燃やす。
「今日こそ、あんたに届いてみせる!」
「届く?」
俺は冷たく笑う。
「思い上がるな。貴様らの光は、まだ足元すら照らせていない」
空気が少し冷えた。
よし。
今日はこの調子だ。
厳しく、冷たく、悪役らしく。
ルミナは剣を握りしめる。
「それでも、進む」
「進むだけで何かを守れると思っているのか」
俺は高架からゆっくり降りる。
闇が階段のように足元へ広がる。
「貴様の正義は軽い。守りたいと言うだけなら、力なき者でもできる」
ルミナの瞳が揺れた。
少し言いすぎたか。
いや、これくらいでいい。
彼女には、ただ突っ込む正義ではなく、守るために考える力が必要だ。
だが、ルミナは俯かなかった。
むしろ剣を握る手に力を込める。
「……うん。そうだね」
え。
「私、守りたいって言うだけじゃ駄目なんだ。ちゃんと守れるようにならなきゃ」
いや、そうなんだけど。
そう素直に受け取られると困る。
ブレイズが一歩前に出た。
「だったら、力を見せればいいんでしょ!」
「そういうことではない。すぐ力に頼るのは弱さの証明だ」
俺は即座に切り捨てる。
「燃やす先を見ずに振るう炎に価値はない」
ブレイズの表情が固まる。
「その先……」
「敵を焼くことだけを考えれば、味方の退路も、守るべき場所も、すべて灰にする。貴様の炎が守るためのものだと言うなら、燃やす前に考えろ」
言ってから、また気づく。
これ、完全に助言だ。
悪役らしく突き放すつもりだったのに。
ブレイズはしばらく黙っていたが、やがて小さく拳を握った。
「私、考えて燃やす」
「燃やす前提は変わらないのか」
「そこは変えない!」
少しだけいつもの調子が戻る。
俺は反応しないように努め、視線をセラフィへ移した。
彼女は後方で杖を構え、仲間たちを見守っている。
今はちゃんと後ろにいる。
だが、彼女の目は自信なさげにこちらを見ている。
この子に関しては、冷たく突き放すのちょっと憚られるんだよな……。
優しい性格な分、あんまり言うと普通に傷つけてしまいそうだし。
あの揺れる瞳を見るに、おそらく彼女はまだ迷っている。
ルミナやブレイズに守ってもらいつつ、自分は危なくないところから補助をする。
それが戦術的に正しいことはわかっている。
だが、本当にそれで良いのか? と。
恐らく誰かが傷つけば、自分が前に出てでも守ろうとする。
その優しさが、いつか彼女自身を壊す。
やはりこればかりは、言わないといけない。
できる限りの悪役らしい言葉で。
「セラフィ」
「は、はい」
「お前は、自己犠牲を美談にするな」
彼女の肩が小さく震えた。
「死者に守れるものなどない。倒れた守護者の手は、誰にも届かん」
セラフィは目を見開き、杖を胸元に抱いた。
これは悪役の罵倒というよりは、本音に近かった。
仲間のために自分を捨てるような戦い方を覚えてほしくない。
それは結果として自分自身も、守りたかった仲間もどちらも捨てる行為になる。
「貴様が倒れれば、残された者は絶望し、やがて死ぬ。守りたいのなら、まずお前が最後まで立つことを考えろ」
セラフィの瞳に、うっすら涙が浮かんだ。
あ、やばい。
泣かせた。
悪役としては正解かもしれないが、俺の精神にはよくない。
だが、彼女は悲しそうに笑った。
「……はい。私、倒れないように守ります」
セラフィが杖を抱える腕に力を込める。
ノクターンがその様子を静かに見ていた。
彼女は今日も冷静だ。
いや、表面上は。
「ノクターン」
「何?」
「貴様は、頭で勝てると思いすぎだ」
彼女の眉がわずかに動く。
「分析は戦いの一部にすぎない。読んだつもりで、自分の感情を読み違える。負けたくないという衝動を、冷静さで覆い隠しているだけだ」
ノクターンの瞳が細くなる。
「敵にそこまで見られているのは、不愉快」
「なら隠し通せ」
俺は低く言った。
「冷静を名乗るなら、最後まで冷静でいろ。自分が前に出たい瞬間ほど、全体を見ろ」
ノクターンはしばらく黙っていた。
そして、杖を握り直す。
「……覚えておく」
俺はもう自分の中の矛盾に慣れてきた。
慣れたくなかった。
「話は終わりだ」
俺は右手を上げた。
影型怪人が地面から立ち上がる。
「来い。貴様らの軽い決意が、どれほど脆いか試してやる」
ルミナたちは構えた。
今までより、空気が違う。
褒められたい、認められたい、という浮ついた雰囲気が消えている。
代わりに、俺の言葉を受け止めて、それぞれが何かを考えている。
よし。
いや、よしではないが、これはいい変化だ。
影型怪人が動く。
素早く地面を滑り、ルミナの側面へ回る。
ルミナはすぐに追わない。
「ノクターン、見て!」
「右から二手。次に上」
ノクターンの指示に合わせ、ルミナが横へ跳ぶ。
影の刃が空を切った。
ブレイズが炎を放つ。
ただし、広範囲ではない。
影型の逃げ道をひとつ塞ぐだけの炎。
「その先を見る……!」
ブレイズが自分に言い聞かせるように呟く。
セラフィは前に出なかった。
仲間が危うい瞬間でも、ぐっと踏みとどまり、盾を必要な場所へ飛ばす。
「倒れない。最後まで、立って守る」
ノクターンは一度、前へ踏み出しかけた。
だが、自分で止まった。
「私は全体を見る」
四人の動きが、少しだけ変わった。
影型怪人がルミナの死角へ回る。
セラフィの盾がそれを止める。
ブレイズが炎で影を照らす。
ノクターンが叫ぶ。
「今、ルミナ!」
ルミナの剣が影型怪人の胴体を切り裂いた。
黒い煙が弾ける。
怪人が崩れ落ちる。
いつも通り、核は回収して撤退させる。
今回も見事だった。
俺は、今度こそ声に出さなかった。
だが、沈黙が少し長すぎたらしい。
四人がこちらを見る。
俺は低く息を吐き、冷たい声を作る。
「影一体を退けた程度で、己を変えたつもりか。貴様らの決意はまだ浅い。力も、視野も、覚悟も、すべて足りん」
あえて厳しく言う。
距離を取るために。
敵であり続けるために。
「だが」
そこで止めればよかった。
止めるべきだった。
なのに、言葉が続いた。
「以前よりは、見るべきものを見ていた」
褒めてはいない。
悪役としての冷静な戦力分析だ。
そういうことにしておきたい。
ルミナの顔がぱっと明るくなる。
「今の、褒めたよね?」
「褒めていない」
ブレイズが拳を握る。
「絶対褒めた! 以前よりは、って言った!」
「事実を述べただけだ」
セラフィが嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます」
「礼を言うな!」
ノクターンが小さく呟く。
「ヴァルグレイ評価。以前より見るべきものを見ていた。重要語録」
「記録するな」
台無しだ。
徹底して悪役に振る舞う作戦は、完全に失敗した。
おかしい。
悪役とは、好感度が下がる職業ではないのか。
ルミナが一歩前に出た。
「ヴァルグレイ」
「何だ」
「あなたは怖い敵だけど、私たちをちゃんと見てくれてる」
返答できなかった。
その言葉は、俺の悪役の仮面に真っ直ぐぶつかった。
見ている。
確かに見ている。
この子たちの弱さも、危うさも、成長も。
だが、それを認めるわけにはいかない。
「勘違いするな」
俺はようやく言った。
「貴様らの弱点を見極めているだけだ」
「うん。でも、見てくれてることには変わらない」
強い。
解釈が眩しすぎる。
ブレイズが少し照れくさそうに笑う。
「ねえ、そんなに見てるならさ、もういっそ私たちの指導役になれば?」
「敵だと言っている」
「じゃあ、私が悪堕ちしたら部下にしてくれる?」
「星彩少女が悪堕ちとか言うんじゃない!」
思わずツッコんでしまった。
ブレイズがにやっと笑う。
「ほら、また素が出た」
「出ていない」
セラフィが慌てる。
「あ、悪堕ちは駄目です。でも、もしヴァルグレイさんが怪我をした時は、治療くらいは……」
「敵を治療対象に入れるな」
ノクターンが静かに言う。
「敵でも、情報源としては重要」
「それも違う」
ルミナは笑っていた。
緊張はまだある。
警戒も消えていない。
けれど、明らかに以前とは違う。
彼女たちは俺を、倒すべき敵としてだけでは見ていない。
危険な敵。
厳しい相手。
でも、自分たちを見て、試し、言葉をくれる存在。
まずい。
これは本当にまずい。
今からでも本気を出して絶望させてみるか?
いや、なんかもう流れが途切れてしまった。
そもそも彼女たちを傷つけ、追い詰めることが目的ではないのだ。
……仕方ない。
俺は闇を足元に広げた。
「興が削がれた」
「また?」
ブレイズが言う。
「都合が悪くなるとすぐ帰るよね」
「撤退ではない。見逃してやるのだ」
「その言い訳も聞き慣れてきた」
「慣れるな」
俺は彼女たちに背を向けた。
これ以上ここにいると、さらに距離が縮まる。
それは避けなければならない。
「次に会う時までに、その甘さを捨てておけ」
俺は言った。
「俺は貴様らの味方ではない」
これは、本当に言っておく必要があった。
ルミナは少しだけ寂しそうに、けれど強く頷いた。
「わかってる。あなたは敵」
俺は何も答えない。
「でも、私たちはいつか、あなたにも届いてみせる」
その言葉に、胸の奥が妙にざわついた。
届く。
倒すではなく、届く。
彼女はいつから、そんな言い方をするようになったのだろう。
俺は闇に身を沈める。
去り際、いつものように悪役の言葉を残す。
「ならば強くなれ。弱い光に、闇は裂けん」
最後まで助言っぽい。
闇が閉じる直前、ルミナの声が聞こえた。
「うん!」
元気よく返事をするな。
これ以上俺の敗北感を高めようとするな。
*
黒天城へ戻った俺は、自室の黒い椅子に深く沈んだ。
疲れた。
戦闘そのものより、悪役演技の方が疲れる。
徹底して冷酷に振る舞うつもりだった。
距離を取るつもりだった。
なのに結果はどうだ。
ルミナは俺の言葉で覚悟を固めた。
ブレイズは火力の意味を考え始めた。
セラフィは自己犠牲を踏みとどまった。
ノクターンは自分の役割を意識した。
そして四人とも、なぜか前向きに戦い方を変えていった。
距離感は、おそらくあんまり変わっていない。
「……悪役って、何だっけ」
誰にも聞こえない声で呟く。
その時、机の上の魔導端末が光った。
戦闘記録の通知ではない。
幹部会議の招集でもない。
差出人は、鎌腕の女幹部。
短い文面が浮かび上がる。
『次の作戦、私も見学させてもらうよ。希望を育てる手腕とやらを、近くでね』
俺は、しばらくその文字を見つめた。
嫌な汗が背中を伝う。
やはり、気づかれ始めている。
自分がすでに原作から大きく外れた行動をしていることを、俺ははっきり自覚した。
星彩少女たちとの距離が近づきすぎている。
悪の組織内での言い訳にも、限界が近づいている。
このままでは、いずれ破綻する。
だが、後戻りもできない。
あの子たちを、原作のように傷つける道へ戻すことなど、もうできない。
俺は端末の光を消し、仮面に触れた。
冷たい銀の感触が指先に伝わる。
「……まだだ」
まだ、バレるわけにはいかない。
まだ、彼女たちは弱い。
まだ、俺は敵でいなければならない。
たとえ悪役らしく振る舞うほど、なぜか好感度が上がるとしても。
俺は、悪の幹部として。
彼女たちの前に立ち続けるしかない。
――第11話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




