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第5話「罠を張ったら、魔法少女が罠に全力で飛び込んできた」

悪の組織の作戦には、いくつか必要なものがある。


無駄に凝った魔法陣。

怪人。

幹部の高笑い。

そして、逃げ道。


……最後のひとつは、本来たぶん必要ない。


だが、今の俺にとっては最重要項目だった。


「ヴァルグレイ様。第一結界、展開完了いたしました」

「第二誘導陣、問題ありません」

「第三封鎖門、いつでも起動可能です」


部下たちの報告が、次々と黒い通信魔法陣から届く。


俺は地下施設の管制室にいた。


場所は第三市街区の地下に広がる、使われなくなった旧浄水施設。

黒天教団はそこに魔法陣を刻み、《絶望迷宮作戦》の舞台へ作り替えていた。


原作では、ここでセラフィが重傷を負う。


仲間をかばい、逃げ遅れたまま包囲され、一方的に敵の攻撃を受ける。

そしてルミナたちは、自分たちの未熟さを突きつけられることになる。


現実でやらせるわけにはいかない。


「第三封鎖門の起動を二秒遅らせろ」


俺は低く命じた。

通信先の怪人が一瞬沈黙する。


『二秒、でございますか』

「ああ」

『しかし、作戦書の初期案では即時封鎖と……』


口籠る怪人に、冷たい声で告げる。


「逃げられると信じた直後に襲う絶望こそ、最も甘美なものだ」

『なるほど!』


適当に言ったら納得してくれた。

俺はただ逃げる余地を作りたいだけなんだが。


だが、悪の組織ではこういう言い方をすると、だいたい通るらしい。

最近少しコツがわかってきた。

嫌な成長である。


「第四通路の落とし穴は深さを半分にしろ」

『はっ。より長く苦しめるためでございますね』

「そうだ」


本当は骨折防止だ。


「拘束触手の毒針は抜け」

『毒なしでございますか?』

「毒に頼るな。恐怖は肉体ではなく精神に刻み込むものだ」

『なんと高尚な……!』


単純に危ないからだ。


俺は黒い椅子に座り、目の前に浮かぶ立体魔法図を見つめた。


地下施設の全体図が、赤黒い線で表示されている。

各通路には罠の位置、怪人の配置、結界の起動順が記されていた。


俺が赤入れした結果、だいぶ安全になった。


落とし穴は浅い。

毒針はない。

結界には解除用の裏口がある。


怪人の攻撃範囲は狭めておいた。

さらに最悪の場合に備え、少し目を配れば分かる位置に脱出口をもう一つ用意した。


完璧だ。

悪の作戦としては失格だが、安全管理としては合格点だろう。


……いや、何をやっているんだ俺は。


敵を誘い込む罠の安全確認をする悪の幹部。

聞いたことないぞ、そんな悪役。


「ヴァルグレイ様」


背後から、狼頭の部下が声をかけてきた。

相変わらず名前はわからない。


もうこのまま狼頭でいくしかないのかもしれない。

心の中だけに留めておくから許してほしい。


「星彩少女どもが、地上入口付近に到達しました」

「……来たか」


俺は立体魔法図の一部を拡大した。

地下施設への入口は、廃ビルの地下にある。


ここには、いかにも怪しい黒い扉を設置しておいた。

明るく素直な彼女たち(精一杯の配慮表現)でもわかるくらいのあからさまなやつだ。


扉には黒天教団の紋章。

周囲には赤黒い魔法陣。


どう見ても罠だ。


まともな思考なら、まず周囲を調べる。

入口の魔力反応を確認する。

罠を警戒し、装備と布陣を整えて慎重に突入する。


少なくともまずは偵察してから作戦会議だろう。


俺は念のため、通信魔法陣に向かって告げた。


「全員、待機。星彩少女どもが入口を調査している間に、第二結界の出力を――」


地上入口の映像が浮かぶ。

そこには、星彩少女三人の姿があった。


ルミナは黒い扉を見つめていた。


「すごく怪しいね」


そうだ。

怪しい。

いいぞ、その調子だ。


ブレイズが拳を鳴らす。


「じゃあ、この中に敵がいるってことだよね!」


まあ、いる。

いるが、そういう話ではない。


セラフィがおそるおそる扉に近づく。


「魔力の反応もあります。たぶん、中に何か仕掛けが……」


いいぞセラフィ。

そのまま警戒してくれ。


ルミナは真剣な顔で頷いた。


「よしみんな、行こう!」


なんで?


「きっとこの先に敵がいる!」


どうして?


次の瞬間、ルミナは扉を開けて飛び込んだ。

ブレイズも続く。


「真正面からぶっ飛ばす!」


セラフィも慌てて追いかける。


「ま、待ってください、お二人とも!」


俺は管制室で固まった。

ほんの数秒、思考が停止した。


そして、叫んだ。


「いやどう見たって罠だってわかるだろ!」


狼頭の部下がびくっとする。


「は?」


まずい。

素が出た。


俺は咳払いした。


「……いや、あまりにもこちらの思惑通りに罠へ飛び込んだのでな」

「さすがヴァルグレイ様。星彩少女どもの浅慮まで読み切っておられたのですね」


逆だ。

読めなさすぎて怖いんだよ。


俺は急いで立体魔法図へ手を伸ばした。


「第一結界の出力を落とせ。いや、落としすぎるな。不自然になる。六割だ」

『はっ』


魔法図に指を滑らせながら次の指示を飛ばす。


「第二通路の落とし穴は起動を遅らせろ。ブレイズが先行している。あいつが落ちると壁を燃やしてこちらにも被害が出る」

『はっ』


次は奇襲を仕掛けようとしている怪人たちの制御だ。


「背後からの奇襲は中止し、まずは正面から一体ずつ出せ」

『挟撃ではなく正面から、でございますか』

「星彩少女どもは正面から敵が来れば、正面以外からは来ないと信じ込む。油断を誘ったところを一気に叩く」

『なるほど!』


『最後尾の回復役を狙うな』というのを悪く言い換えるとこうなる。

我ながら慣れてきたのが少し嫌になるが。


俺は映像を睨んだ。

地下通路では、ルミナが先頭を走っている。


明らかに壁が不自然に光っているのだが、たぶん彼女は見ていない。


床にも魔法陣。

天井にも黒い水晶。

通路の奥からは怪人の唸り声。


それでも彼女は止まらない。


「みんな、気をつけて!」


気をつけるならまず止まれ。

ブレイズが後ろから叫ぶ。


「罠があっても、突破すればいい!」


名言っぽく言うな。

セラフィが息を切らしながらついていく。


「で、でも、少し作戦を立てた方が……!」


いいぞセラフィ。

その意見をもっと強く言え。


ルミナが振り返る。


「大丈夫! 私たち、前より強くなってるから!」


そういう問題ではない。

俺は頭を抱えたくなった。


前より強くなったのは確かだ。

だが、強くなったからといって罠に正面から飛び込んでいい理由にはならない。


「第一罠、起動します」


部下の声。


通路の床に刻まれた魔法陣が光る。

原作ではここで床が崩れ、最初に三人を分断する。


俺はすぐに命じた。


「崩落範囲を狭めろ。ルミナだけを前に出すな。三人の距離を保て」

『しかし、分断作戦では』

「作戦変更だ。今の奴らの勢いでは、完全な分断は返って個々の奮起を招きかねん。三人揃った状態で包囲し、目の前で確実な絶望を与えるべきだ」

『なるほど、深い……!』


もう何でも深いって言うな。

指示通り、範囲を狭めた状態で床が崩れる。


「きゃっ!」


セラフィが小さく悲鳴を上げる。


だが崩れたのは通路の中央だけだった。

三人は距離を取られたものの、互いの姿は見えている。


よし。

これなら危険は少ない。


しかし、ルミナは崩れた床を見て目を輝かせた。


「これを飛び越えればいいんだね!」


違う。

いったん止まれ。


彼女は光をまとって跳んだ。

ブレイズも続く。


「燃やして足場を作る!」


燃やすな。

地下施設だぞ。


セラフィが二人に遅れまいと、杖を握って駆け出す。

その先に、第二罠の拘束触手が待っていた。


まずい。

このままだとセラフィが拘束触手に突っ込む。


内心で頭を抱えながら、努めて冷静な声で指示を出す。


「第二罠を停止」

『えっ』

「今だ」


拘束触手がぴたりと止まった。

セラフィはそれに気づかず、目の前を通り過ぎる。


狼頭の部下が隣で首をかしげた。


「ヴァルグレイ様。なぜ停止を?」


俺は一瞬で言い訳を探す。


「セラフィは守護役だ。あそこで捕らえれば、他の二人は反射的に戻る。進行が止まれば、こちらの望む最奥への誘導が崩れる」

「なるほど!」


本当は危なかったから止めただけだ。


だが言っていることは一応筋が通っている。

悪役理論としてもギリギリ成立しているはずだ。


通路の奥で、ルミナが立ち止まった。


ようやくか。

ようやく怪しいと思ったか。


彼女は壁に刻まれた黒い紋章を見ている。


「ここ、すごく黒天教団っぽいね」


そうだね。

というか黒天教団だよ。


ブレイズが頷く。


「じゃあ、やっぱり正解だ!」


最初から正解だよ。

こっちが指示出してなかったら君たち今頃孤立しながらボコられてたんだぞ。


セラフィが不安そうに周囲を見回す。


「でも、まるで私たちを誘い込んでいるみたいです」


そうだ。

まさにそうだ。


セラフィ、君だけが希望だ。


だが、ルミナは気合を入れ直すかのように剣を握る。


「誘い込まれているなら、このまま敵のところまで行けるってことだよ」


希望が折れた。

俺は管制室の机にがっくりと手をついた。


だめだこの子たち。

どうして罠の存在を認識した上で前向きに踏み込めるんだ。


「ヴァルグレイ様。第三封鎖門、起動準備完了」

「待て」


俺は映像を確認する。


第三封鎖門は、ルミナ、ブレイズが中央広間に入ってきた瞬間に閉じる仕組みだ。

原作では三人がここでもう一度分断され、セラフィが完全に孤立する。


今回は閉じるタイミングを遅らせて三人とも中央広間に入れる。

表向きは、先ほど説明した通りここで集結した三人をまとめて叩くという算段だ。


「敵だ!」


ルミナが叫ぶ。

中央広間の奥から、三体の怪人が現れた。


黒い鎧の犬型怪人。

天井に張り付く蜘蛛型怪人。

そして、盾を持った巨人型怪人。


配置としては悪くない。

きちんと陣形を意識して戦わなければ、苦戦する相手だ。


ルミナが剣を構える。


「みんな、ここを突破するよ!」


ブレイズが拳を燃やす。


「まとめて行く!」


セラフィが杖を掲げる。


「今度こそ、後ろから支えます!」


いいぞ。

そのまま落ち着いて――。


犬型怪人が突進した。

ルミナが真正面から受け止めようとする。


やっぱり正面で受けるのか……。


しかし、映像の向こうでルミナが犬型怪人の突進をぎりぎり横へ避けた。

前に俺が言ったことを覚えていたのかもしれない。


ブレイズは炎を広げすぎず、拳に集中させて巨人型の盾を殴る。

セラフィは後方で三枚の盾を展開し、落ちてくる糸を防いだ。


拙い。

危なっかしい。

だが、前よりはずっといい。


俺は少しだけ胸を撫で下ろす。


その時、広間中央の魔法陣が赤黒く輝いた。


まずい。


これは原作にあった精神干渉陣だ。

修正で短時間にしたはずだが、起動順が早い。


「誰だ。精神干渉陣を起動したのは」

『第三班です! 初期作戦書の手順が残っており――』


残すな。

バージョン管理をしろ。

どうせ「作戦書_最新版.xlsx」とか名前つけてたんだろ。


魔法陣から黒い霧が噴き出す。

ルミナたちの動きが鈍る。


このままだと怪人たちの良い的になるだけだ。

俺は椅子から立ち上がった。


「全罠を停止しろ」

『しかし――』

「俺が出る」


管制室の空気が変わる。

狼頭の部下が深く頭を下げた。


「ついに、直接手を下されるのですね」

「ああ」


俺は外套を翻す。


「奴らの浅慮には、少々飽いた」


本当は違う。

これ以上遠隔で状況を管理するのは無理だと悟っただけだ。


闇をまとい、俺は中央広間へ転移した。

黒い霧の中、三人の星彩少女が身構える。


ルミナが俺を見て目を見開いた。


「ヴァルグレイ!」


俺は手を軽く振った。

黒い魔力が霧を裂き、精神干渉陣を砕く。


広間に静寂が戻った。


ブレイズが叫ぶ。


「やっぱりあんたが黒幕か!」

「当然だ」


俺は冷たく言う。


「この程度の罠に、揃いも揃って正面から飛び込んでくるとはな」


ルミナが剣を構える。


「罠だってわかってた。でも、放っておけなかった!」

「罠だとわかる場所に正面から入るな。お前たちには警戒心という概念がないのか」


言ってしまった。

完全に説教だった。


セラフィが小さく手を挙げる。


「あの、私は少し止めようとしました」

「もっと強く止めろ」

「はい……」


セラフィがしゅんとして答える。


「しおらしく返事をするな。敵だぞ俺は」


ブレイズが眉を吊り上げる。


「じゃあ敵らしくしなさいよ!」


ごもっともである。

俺は咳払いした。


「……ふん。貴様らの無謀さを嘲ったまでだ。勇気と愚行の区別もつかぬ光など、いずれ自らを焼く」


ルミナが唇を噛む。


「でも、進まなきゃ助けられない人がいるかもしれない」

「進むなとは言っていない」


三人が俺を見る。


あ。

しまった。


これまた指導が始まる流れだ。

俺は引き返せなかった。


「進むなら、罠を疑え。足元を見ろ。仲間の位置を確認しろ。常に退路を確保しろ。敵の誘導に乗るなら、乗っている自覚を持て」


広間に沈黙が落ちた。


言い訳不可能なほど、具体的な安全講習だった。

俺は慌てて悪役口調を足す。


「それすらできぬ獲物など、狩る価値もない」


ブレイズが腕を組む。


「……つまり、周りをよく見て戦えってこと?」

「敵に要約を求めるな」


セラフィが真剣に頷く。


「わかりました。次から気をつけます」

「わかるなわかるな」


ルミナは少しだけ笑った。


まずい。

怖がられていない。


俺は悪の幹部だぞ。

罠の安全講習をしに来た地域の防災担当ではない。


その時、広間の入口側で、空気が小さく揺れた。


青紫色の光が走る。

俺は反射的に視線を向けた。


そこに、一人の少女が立っていた。


濃紺の衣装。

月明かりを織り込んだような短いマント。

手には細身の杖。

銀灰色の髪が、地下の風に揺れている。


見覚えがある。


月代ミオ。

星彩少女ノクターン。


ルミナたちの仲間で、中盤から加入する星彩少女ついかせんしだ。


おかしい。

彼女の出番はまだ先のはずだ。

状況を変えたことで、原作と流れが変わったのか?


彼女は冷静な目で、俺と三人の星彩少女を見比べていた。


「……異変。敵の幹部が、罠の対処方法を教えている」


声は静かだった。

だが、明らかに疑っている。


まずい。

非常にまずい。


ルミナがぱっと振り返る。


「ノクターン!」


ブレイズも驚いた顔をする。


「来てたの!?」


ノクターンは頷き、俺から視線を逸らさない。


「遅れた。入口からずっと追っていたけど……変」


変とか言うな。

傷つくだろうが。


俺は外套を揺らし、冷たい声を作った。


「新手か」


ノクターンは静かに杖を構えた。


「あなたを観察させてもらう」


よりによって分析キャラに見られた。

俺は内心で頭を抱える。


罠は失敗。

少女たちは無事。


セラフィの重傷イベントはひとまず回避できた。

そこまではいい。


だが、その代わりに、俺は新たな問題を抱えることになった。

原作でも洞察力が高く、敵の策略を見抜く役割を担った少女の参戦。


俺は悪役らしく笑った。


「いいだろう。貴様らの希望ごと、まとめて試してやる」


声だけは完璧だった。

だが内心では、まったく別のことを叫んでいた。


――すっごくやりづらい!



――第6話へ続く

※おことわり

本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。

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