第4話「悪の組織、ブラック企業すぎる」
闇の転移が終わった瞬間、俺は黒い床の上に片膝をついていた。
黒天教団の本拠地――黒天城。
相変わらず、目に入るもの全部が黒い。
壁も黒い。
柱も黒い。
天井も黒い。
床に刻まれた魔法陣だけが赤黒く光っていて、全体的に健康に悪そうな内装だった。
いや、悪の組織の本拠地に健康的な内装を求めるのもどうかとは思うが。
せめて観葉植物くらい置いてもいいんじゃないか。
今時どの会社だってフロアは綺麗にしとくもんだぞ。
「お帰りなさいませ、ヴァルグレイ様」
低い声が響く。
顔を上げると、狼頭の部下が片膝をついていた。
名前はまだ知らない。
ずっと狼頭と呼ぶのもどうかと思うが、本人に「君、名前なんだっけ?」と聞くわけにもいかないしな。
俺はひとまず、わかったような顔で頷いた。
「ああ」
便利だ。
短い返事は便利だ。
悪役っぽさも出るし、余計な情報を出さずに済む。
狼頭の部下は、感極まったように頭を下げた。
「先ほどの戦場、見事なお手並みでした」
見事?
どの部分が?
少女たちに戦い方を教えたところか。
怪人を自分で処分したところか。
それとも帰宅に失敗して再登場したところか。
「星彩少女どもをあえて生かし、未熟な希望を育てる。さらに第七実験体をその場で処分することで、配下にも無能への戒めを示す。まさに宵闇の参謀の御業でございます」
違うんだ。
あえて生かしたというより、殺したくなかっただけだし、第七実験体は暴走しかけて危なかったから止めただけだ。
無能への戒めとかではない。
部下の安全管理である。
だが、俺は口に出せない。
悪の幹部ヴァルグレイは、たぶんそういう残酷なことを普通にする男なのだ。
俺は外套を払って立ち上がり、なるべく冷たく言った。
「当然だ。不要な駒は盤上を汚す」
うわあ。
最低なことを言っている。
しかし狼頭の部下は震えた。
「はっ……肝に銘じます」
いや銘じなくていい。
なんかパワハラみたいになってて気まずいだろう。
「それで」
俺は周囲を見回した。
「報告とは」
「はい。幹部会議の招集がかかっております」
幹部会議。
その単語を聞いた瞬間、俺の胃がきゅっと縮んだ。
前職でも会議は嫌いだった。
悪の組織の会議なんて、絶対にそれより酷い。
なにしろ議題がたぶん「世界征服」とか「星彩少女殲滅」とかだ。
スケールだけ無駄に大きい。
しかも失言したら議事録ではなく墓石に名前が刻まれそうである。
「案内しろ」
「はっ」
狼頭の部下が立ち上がり、俺の前を歩き出した。
長い廊下を進む。
途中、何体もの下級怪人とすれ違った。
彼らは俺を見るなり壁際に寄り、一斉に頭を下げる。
「ヴァルグレイ様!」
「闇の栄光を!」
「本日の失敗、申し訳ございません!」
最後のやつ、なんか声が震えてなかったか?
見れば、小柄なトカゲ型の怪人が床に額をこすりつけている。
たぶん第七実験体の管理担当だろう。
失敗した怪人の担当者。
悪の組織でこの肩書きはかなり危険だ。
狼頭の部下が冷たく言う。
「第七実験体はヴァルグレイ様の御手を煩わせた。処分対象として申請済みだ」
申請済み?
処分って、まさか。
トカゲ型怪人がびくりと震える。
「お、お慈悲を……! 次こそは必ず成果を……!」
俺は足を止めた。
悪の組織。
失敗は粛清。
原作でもそんな描写はあった。
あったが、アニメで見るのと、目の前で怯える部下を見るのでは全然違う。
小柄な怪人は、見た目こそ異形だが、声は完全に追い詰められた会社員だった。
上司に罵詈雑言をぶつけられて萎縮する社員と同じ種類の悲壮感がある。
俺は黙って彼を見下ろした。
これじゃあまりに気の毒だ。
だが、いきなり「許す」と言えば甘いと思われるかもしれない。
ヴァルグレイらしい理由が必要だ。
俺はゆっくり口を開いた。
「処分は不要だ」
狼頭の部下が顔を上げる。
「しかし!」
すかさず続ける。
「失敗の原因を検証しろ。第七実験体は拘束解除後、命令系統に異常を見せた。単に製造者を罰しても、同じ欠陥が残る」
たとえ人的ミスであろうと、それが起きる原因は必ず仕組みの中にある。
そこを正さなければ、人が変わってもまた同じ失敗が起きるだけだ。
企業でよくやる原因分析プロセスなのだが、狼頭の部下はなぜか深く感動していた。
「一時の怒りに任せた処分ではなく、より大きな成果のために欠陥を洗い出す。さすがでございますヴァルグレイ様」
そうだよ。
それが普通だよ。
普通のことを言っただけだよ。
トカゲ型怪人は床に頭をこすりつけた。
「あ、ありがとうございます! この命、次の成果で必ずお返しいたします!」
いや、命は返さなくていい。
普通に原因調査の結果と再発防止の案を出してくれ。
その後、俺は狼頭の部下に案内され、巨大な会議室へ入った。
中央には長い黒石の円卓。
周囲には、いかにも幹部です、という連中が座っていた。
片腕が巨大な鎌になっている女。
全身を包帯で巻いた痩せた男。
水晶球の中に浮かぶ子供のような影。
空席もいくつかある。
そして、円卓の最奥。
巨大な黒い玉座。
そこには、誰も座っていない。
ただ、黒い霧だけが渦巻いていた。
あれが、黒天王。
姿はない。
だが、気配だけでわかる。
俺は思わず息を止めそうになった。
だが、ヴァルグレイとして振る舞わなければならない。
俺は無言で自分の席らしい場所へ向かう。
ありがたいことに、椅子の背に名前らしき紋章が刻まれていた。
助かった。
席順を間違えたら死ぬタイプの会議だ。
着席すると、鎌腕の女が薄く笑った。
「遅かったな、ヴァルグレイ」
知らない幹部が話しかけてきた。
こんなの原作にいたっけ。
……いや、いた気もする。
たぶん序盤でルミナたちを苦しめた幹部の一人だ。
ただ、名前がさっぱり出てこない。
俺はとりあえず冷たく返す。
「戦場の後始末で遅くなった」
「第七実験体を自ら処分したそうだな。ずいぶんと派手な教育をする」
「無様な暴走を許す趣味はない」
なんとか会話が成立した。
会話すら綱渡りだよこの組織。
鎌腕の女は楽しそうに目を細める。
「星彩少女どもは?」
「生かした」
会議室の空気がわずかに揺れた。
やばい。
直球すぎたか。
包帯の男が、乾いた声で笑う。
「ほう。殲滅作戦で、生かしたと」
そう言われると、かなりまずい。
殲滅作戦なのに生かした。
俺は内心で冷や汗をかきながら、ゆっくりと口角を上げた。
「未熟な希望を、今刈り取って何になる」
幹部たちが黙る。
俺は続けた。
「星彩少女どもは、まだ芽だ。踏めば潰れる。だが、潰したところで黒天王様へ捧げる絶望は浅い」
言いながら、必死にそれっぽい言葉を組み立てる。
「希望を抱かせろ。勝てると思わせろ。己の光に価値があると信じ込ませろ。その後で折るからこそ、深く沈む」
最低だ。
口に出していて胃が痛い。
だが、幹部たちの反応は悪くなかった。
鎌腕の女が愉快そうに笑う。
「相変わらず性格が悪いねぇ、ヴァルグレイ」
褒められたくない方向で褒められた。
包帯の男も頷く。
「なるほど。短期的な勝利より、長期的な絶望収穫を優先するか」
絶望収穫。
嫌な業界用語だ。
黒天教団、社内用語も最悪である。
その時、玉座の黒い霧が揺れた。
会議室の全員が一斉に頭を下げる。
俺も一瞬遅れて頭を下げた。
危ない。
こういう時は周囲に合わせる。
会社員時代の処世術である。
霧の奥から、声がした。
『ヴァルグレイ』
耳で聞こえるのではない。
頭の内側に直接響く声だった。
冷たく、深く、どこまでも暗い。
黒天王。
この世界のラスボス。
俺の中身が別人だとバレたら、たぶん一瞬で終わる相手。
心臓が跳ねる。
だが、顔には出さない。
「はっ。ここに」
『星彩少女どもの希望、育つと見るか』
質問。
これは質問だ。
ラスボスからの質問。
俺は慎重に答えた。
「はい。未熟ではありますが、光は強い。高めて折る価値はあるかと」
『よかろう』
黒い霧がゆっくりと蠢く。
『次は、誘導せよ』
円卓の中央に、赤黒い魔法陣が浮かび上がった。
そこに映し出されたのは、地下施設のような場所だった。
複雑な通路。
罠のような魔法陣。
分断用の結界。
中央には大きな空洞があり、その奥に黒い宝石が据えられている。
俺はその光景を見て、背筋が冷えた。
覚えている。
これは原作序盤の罠イベントだ。
星彩少女たちが分断され、セラフィが仲間をかばって重傷を負う回。
たしかこの事件をきっかけに、ルミナが自分の無力さを痛感し、ブレイズと衝突する。
子供向けのアニメにしては、かなり重い展開だと思った回だ。
だが、今は違う。
あれが現実になる。
セラフィが本当に傷つく。
『星彩少女どもを誘い込め。希望を試し、恐怖を刻め』
黒天王の声が沈む。
『失望させるなよ、ヴァルグレイ』
その一言に、会議室の空気が凍った。
幹部たちでさえ身じろぎしない。
俺は、喉が乾くのを感じた。
失望させるな。
その言葉の意味は明白だ。
次に失敗すれば、疑われる。
いや、失敗の仕方によっては、その場で消される。
それでも。
あの罠をそのまま実行するわけにはいかない。
俺は頭を下げたまま、低く答えた。
「御意」
声は震えなかった。
それだけは救いだった。
会議が終わると、幹部たちはそれぞれ影の中へ消えていった。
俺は自分の執務室らしき場所へ戻された。
黒い机と黒い椅子。
黒い棚。
黒い書類。
だから黒が多いんだって。
なんか気分がどんよりしてくる。
机の上には、さきほどの罠作戦の資料が山積みになっていた。
『星彩少女分断計画』
『セラフィ捕縛案』
『精神的打撃最大化手順』
俺は椅子に座り、資料を開いた。
内容は、やはり最悪だった。
星彩少女たちの性格を利用する作戦だ。
ルミナの正義感。
ブレイズの短気。
セラフィの自己犠牲。
全部を罠に変える。
原作のヴァルグレイは、本当に嫌な男だったのだと思い知らされる。
いや、今は俺がその男なのだが。
「……やるしかないか」
俺は小さく呟いた。
作戦を中止することはできない。
黒天王から直接命じられた。
正面から逆らえば終わりだ。
なら、やることはひとつ。
作戦を実行しているように見せかける。
その上で、星彩少女たちが致命傷を負わないようにする。
罠の威力を落とす。
脱出口を作る。
分断の順番を変える。
失敗しても、不自然ではない形にする。
俺は黒いペンを手に取った。
ペン先が赤黒く光る。
資料に修正を入れるたび、魔法文字が書き換わっていく。
『捕縛強度:最大』を『中』へ。
『精神干渉:継続』を『短時間』へ。
『退路封鎖:完全』を『段階式』へ。
よし。
これなら、最悪でも逃げ道は残る。
だが、あからさまに安全にしすぎると怪しまれる。
難しい。
何だこの作業。
悪の作戦書を、安全基準に合わせて赤入れしている。
俺は額に手を当てた。
世界征服の前に、労基に滅ぼされろ、この組織。
その時、扉の外から狼頭の部下の声がした。
「ヴァルグレイ様。修正後の作戦名はいかがいたしましょう」
作戦名。
そんなものまで必要なのか。
俺は少し考えた。
安全第一☆星彩少女誘導計画。
だめだ。
絶対にだめだ。
悪役らしい名前にしなければならない。
「……絶望迷宮作戦」
俺は低く告げた。
扉の向こうで、狼頭の部下が息を呑む。
「希望を迷わせ、絶望へ導く迷宮……なんと恐ろしい作戦名。さすがでございます」
めちゃくちゃ思いつきだったのにちゃんと褒めてくれる。
こいつ良い部下だな。
悪の組織に置いておくには惜しい人材だ。
まぁそれはいい。
俺は修正済みの作戦書を閉じた。
次に星彩少女たちと会う時、彼女たちは罠にかかるだろう。
いや、あの子たちなら、罠とわかっていて正面から突っ込む可能性すらある。
……いや、というか絶対突っ込んでくるな。
俺は深いため息をついた。
悪の組織の幹部になったはずなのに、なぜ俺は敵の安全管理で頭を抱えているのか。
黒い窓の外には、赤黒い月が浮かんでいた。
俺はその光を見上げながら、もう一度、作戦書に目を落とす。
失敗できない。
だが、成功させるわけにもいかない。
悪役のフリをしながら、少女たちを守る。
その綱渡りが、どうやら本格的に始まってしまったらしい。
――第5話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




