第3話「悪役らしく戦っただけなのに、なぜか指導になっている件」
星彩少女たちを見逃して、黒天教団の本拠地へ戻る。
――つもりだった。
だが、俺はまだ市街地の上空にいた。
理由は単純だ。
……帰り方がわからん。
いや、さっきは闇に包まれてそれっぽく消えた。
消えるところまでは完璧だった。
少女たちの前で、悪の幹部らしく余韻を残して退場できたと思う。
問題は、その後である。
闇の中に入った瞬間、俺は本拠地へ戻るイメージをした。
たぶんそれで転移できるはずだった。
行きはそれで何とかなった気がするし。
だが、どうもそれだとダメらしい。
なんだ、住所とか言わないとダメなのか。
悪の組織の本拠地、ナビに登録しておいてくれ。
結果、俺は闇の中でふわふわしたあと、なぜか先ほどの戦場から少し離れたビルの屋上に出た。
帰宅難民である。
悪の幹部、初出勤の帰路で迷子。
情けないにもほどがある。
「……まあ、ちょうどいい」
俺は低く呟いた。
もちろん、誰に聞かせるでもない。
悪役っぽく言ってみただけだ。
眼下では、星彩少女たちがまだ戦場に残っていた。
怪人――第七実験体は、俺が闇の鎖で縛ったまま交差点の中央に転がっている。
核を停止させたつもりだったが、まだかすかに動いているようだ。
その周囲で、ルミナ、ブレイズ、セラフィの三人が息を整えていた。
ルミナは光の剣を構え直し、ブレイズは拳の炎を弱め、セラフィは仲間たちに回復魔法をかけている。
よかった。
三人とも怪我は大したことなさそうだ。
俺は少しだけ安堵した。
その瞬間、第七実験体の黒い甲殻がぎしりと音を立てた。
「げっ……まだ動くのか」
さすが悪の組織製。耐久力だけは無駄に高い。
いや、感心している場合ではない。
怪人の背中が割れ、中から紫色の触手のようなものが何本も伸びた。
拘束を逃れるための第二形態だろうか。
原作の序盤怪人に、そんなギミックあっただろうか?
もしかして俺の力の使い方が不十分だったせいか。
触手が地面を叩き、闇の鎖にひびが入る。
星彩少女たちも異変に気づいた。
「まだ来るよ!」
ルミナが叫ぶ。
「今度こそ一気に決める!」
ブレイズが拳を構える。
「私、前に出ます!」
セラフィが杖を握って一歩踏み出す。
出るな。
出るな出るな。
さっき言ったばっかりだろう。
君は後ろだ、後衛、バックライン。
しかし俺はまだ姿を見せられない。
今さっき「今日はここまでだ」と言って格好よく消えたばかりである。
ここで再登場したら、かなり気まずい。
いや、悪の幹部が帰宅難民な時点でだいぶ気まずいが、それは俺しか知らないのでセーフだ。
俺は屋上の端に立ち、戦況を見守る。
ルミナが真正面から突っ込む。
彼女の光の剣はまっすぐで、速い。
だが、まっすぐすぎる。
第七実験体はその軌道を読んで、触手を前方へ集中させた。
ルミナは避けようとしない。
「正面から、突破する!」
なぜ。
なぜ正面突破にそこまで信頼を置くんだ。
敵の弱点が真正面にあるならまだわかる。
だが今の怪人、どう見ても前方に防御を固めている。
横はがら空きだ。背中なんて、さっき割れたばかりで柔らかそうですらある。
俺は唇を噛んだ。
我慢しろ。
ここで口を出したら、完全に指導者だぞ。
ルミナの剣が触手に受け止められる。
光と紫の火花が散った。
彼女は力で押し切ろうとするが、触手はさらに絡みつき、剣ごと腕を封じようとする。
まずい。
それは原作でよく出ていた拘束パターンだ。
油断すると電撃を流される、かなり痛そうなやつだ。
俺は耐えた。
耐えたが、三秒が限界だった。
「真正面から向かうな。お前の剣は直線的すぎる」
声が出た。
低く、冷たく、よく通る声。
しまった、と思った時には、少女三人が一斉にこちらを見上げていた。
俺は屋上の縁に立っていた。
さっき消えた悪の幹部が、普通に近くのビルの上にいる。
気まずい。
とても気まずい。
ルミナが目を丸くする。
「ヴァルグレイ!? 帰ったんじゃなかったの?」
なんか帰れなかったんだよ。
とは言えない。
俺は外套を揺らし、いかにも最初からそこにいたような顔で答えた。
「貴様らの無様を、少し観察していただけだ」
「観察……」
「そうだ。敵を知ることは、蹂躙への第一歩だからな」
それっぽい。
今のはかなり悪役っぽい。
しかしルミナは首をかしげた。
「でも今、動き方を教えてくれなかった?」
「錯覚だ」
「さっきもそれ言ってた」
「二度目の錯覚だ」
我ながら苦しい。
その間にも、第七実験体の触手がルミナの剣を絡め取ろうとしている。
ルミナは俺の言葉を思い出したのか、正面から押すのをやめた。
身体を横へひねり、触手の束をすり抜けるように跳ぶ。
お。
いい判断だ。
光の剣が、怪人の右肩をかすめる。
浅いが、初めて正面以外から攻撃が入った。
俺は思わず内心で拍手した。
できるじゃないか。
しかし次の瞬間、ブレイズが叫んだ。
「じゃあ私がでっかく燃やす!」
彼女の両腕に炎が集まる。
炎はどんどん大きくなる。
大きくなる。
まだ大きくなる。
周囲の道路標識が熱で歪み始めた。
いや待て。
火力が高いのはいい。
だが場所を見ろ。
ここは市街地だ。
周囲にはビルも車もある。
避難済みとはいえ、燃やしていいものではない。
まぁ元はと言えば黒天教団が元凶だけど。
しかもルミナがまだ怪人の近くにいる。
セラフィも後方とはいえ、爆風圏内だ。
俺は額を押さえたくなった。
押さえたかったが、仮面に当たりそうなのでやめた。
「火力を撒き散らすな。味方の退路まで燃やしてどうする」
また言ってしまった。
ブレイズがぴたりと止まる。
「えっ、退路?」
「そうだ。貴様の炎は威力だけなら悪くない。だが、撃った後に味方がどこへ逃げるかを考えていない」
「あ、たしかに」
納得が早い。
なぜ敵の助言を素直に聞く。
「つまり、巻き込まないように角度を変えればいいってこと?」
「敵に確認を取るな!」
いけない。
また素が出た。
ブレイズは少し考えたあと、炎を両拳から片拳へ絞った。
出力は下がるが、制御しやすくなる。
さらに足場を蹴って横へ回り、ルミナとは反対側から怪人を狙った。
いい。
さっきよりずっといい。
俺は小さく頷きかけて、首を止めた。
褒めるな。
俺は悪役だ。
一方、セラフィは後方で杖を構えていた。
今度は前に出ていない。
えらいぞ。
しかし、彼女の視線はルミナとブレイズの両方を追いすぎている。
誰を守るべきか迷っているのだ。
優しい子なのだろう。
全員を守りたい。
傷つけたくない。
だから全部に手を伸ばそうとする。
だが、戦場でそれをやると、判断が遅れる。
また前に出ようとする。
違う。
そこは前ではない。
「仲間を守りたいのなら、まず自分が倒れない位置に立て」
俺の声が飛ぶ。
セラフィがはっとしたように足を止めた。
「自分が、倒れない位置……」
「守護者が倒れれば、貴様の仲間は丸裸だ。前に出るな。視界を広く取れ。盾は一枚で足りないなら、薄く複数に分けろ」
言ってから気づいた。
完全に講義である。
しかも具体的すぎる。
セラフィは素直に頷いた。
「はい!」
嬉しそうに返事をするな。
敵だぞ俺は。
セラフィは一歩下がり、杖を両手で構え直した。
彼女の周囲に淡い羽根のような光が三枚浮かぶ。
一枚は自分の前に。
もう一枚はルミナの横に。
最後の一枚はブレイズの退路側に。
拙いが、考えている。
守る順番を決め始めている。
魔法少女たちが普通に成長している。
敵の俺の言葉で。
「ルミナちゃん、右側に隙があります!」
セラフィが声を上げた。
ルミナがそれを聞き、真正面からの追撃をやめる。
光の剣を振るうふりをして、怪人の左腕を誘導する。
そして、ブレイズが反対側から炎の拳を叩き込んだ。
「今度は巻き込まない!」
ブレイズの炎が怪人の肩を焼く。
第七実験体が大きくのけぞった。
ルミナがその隙に横から踏み込み、触手の根元を切り払う。
光が弾けた。
怪人の第二形態を支えていた触手が何本も千切れ、紫色の煙となって消える。
「やった!」
ルミナが声を上げる。
その顔が、ぱっと明るくなった。
できるじゃないか。
練習台になってしまった第七実験体にはちょっと申し訳ないが、良い成長だ。
この子たちは本当に才能がある。
ただ、今まであまりにも気合いと根性に依存しすぎていただけだ。
俺は空中からゆっくりと降り、三人の前に立った。
第七実験体は半壊している。
だが、まだ完全には倒れていない。
俺が手をかざすと、闇の鎖が怪人の身体を絡め取る。
怪人は動きを止める。
星彩少女三人は、俺を警戒して構え直した。
ルミナが息を切らしながら言う。
「今の……あなたの言った通りにしたら、うまくいった」
「勘違いするな」
俺は冷たく言った。
「貴様らの未熟さがあまりに目に余っただけだ」
「でも、助かった」
「助けてはいない」
「じゃあ、どうして怪人を止めてるの?」
痛いところを突かれる。
さすが主人公、こういうところは鋭い。
俺は一瞬だけ返答に詰まり、それをごまかすように闇の鎖をさらに締めた。
第七実験体が黒い煙になって崩れていく。
部下を消したことになるのだろうか。
いや、暴走しかけた実験体の処理だ。
たぶん大丈夫。悪の組織でも安全管理は大事だ。
露出した核をこちらに引き寄せ、回収する。
これは後で暴走の原因解明に使おう。
「まともに指示も聞けん役立たずなぞ、不要だ」
俺は低く告げた。
うわ、自分で言っていて嫌な感じだ。
だが、星彩少女たちは息を呑んだ。
悪役感は戻ったらしい。
ブレイズが拳を握る。
「やっぱり悪いやつじゃん……!」
「当然だ。俺は黒天教団の幹部。貴様らの敵だ」
そうだ。
敵だ。
その立場を忘れてはいけない。
けれど、ルミナだけは俺をじっと見ていた。
彼女の瞳には怒りだけでなく、困惑が混じっている。
「今の私たちでは、あなたには勝てない?」
敵にそんなことを聞くな、と言いたいところだったが、その瞳は真剣だった。
まっすぐな目。
眩しい。
その眩しい瞳が、これから何度となく曇るのを俺は知っている。
他ならぬ、ヴァルグレイや他の幹部たちの手によって。
「……」
俺は質問に答えず、ゆっくりとルミナに近づいた。
セラフィが身構え、ブレイズが炎を灯す。
ルミナも剣を握り直すが、逃げなかった。
俺はその目を正面から受け止め、できるだけ冷たい声を出した。
「お前の光は直線的すぎる。信念も、剣筋も、足運びもな」
ルミナが眉を寄せる。
「それって……」
「次に同じ動きをすれば、容易く折れる」
俺は視線をブレイズへ移す。
「貴様は火力に酔いすぎだ。炎は敵を焼くためだけではない。敵の進路を塞ぎ、味方の動く場所を作るためにも使える」
「炎で、場所を作る……」
ブレイズが目を瞬かせる。
俺はセラフィに目を向ける。
「次に貴様だ、セラフィ」
「は、はいっ」
いや返事をするな。
俺は一瞬だけ頭を抱えたくなったが、耐えた。
「戦場全体を見ろ。仲間の傷だけを追えば、次の傷を見落とす」
セラフィが胸元で杖を握りしめる。
「次の、傷……」
沈黙が落ちた。
俺は言葉を付け足す。
「これは助言ではない。余興だ」
三人が顔を上げる。
「弱者を踏みにじるのは容易いが、どうも退屈でな。せいぜい足掻いて、多少は狩り甲斐のある獲物になることだ」
どうだ。
今のは悪役だったはずだ。
意味としては「もっと強くなれ」だが、表現は邪悪だ。
たぶん大丈夫。
ブレイズが歯を食いしばる。
「言われなくても、強くなってやる!」
セラフィも小さく頷く。
「もう、簡単には倒れません」
ルミナは剣を胸の前で構え、俺を見上げた。
「次は、あなたに一撃入れてみせる」
いい。
その意気だ。
その負けん気があるなら、きっと強くなれる。
傷つくことも。
悲しむことも。
きっと、少なくなる。
その時、俺の耳元で小さな黒い魔法陣が開いた。
狼頭の部下の声が響く。
『ヴァルグレイ様。黒天城へのご帰還を。作戦終了後の報告を、幹部会議にて求められております』
帰還。
よかった。
迎えが来た。
いや、悪の幹部が迎えを喜ぶな。
しかし助かった。
これで帰宅難民にならずに済む。
同時に、別の問題が胸をよぎる。
幹部会議。
作戦報告。
星彩少女は一人も倒せませんでした。
怪人は俺が処分しました。
ついでに少女たちに戦い方を教えました。
だめだ。
普通に言ったら完全に裏切り者だ。
何か言い訳を考えなければ。
俺は魔法陣に向かって、低く答えた。
「では戻るとしよう」
『さすがでございます。星彩少女どもに絶望を刻み込まれたのですね』
絶望?
いや、むしろちょっと成長イベントだった気がする。
だがここで否定すると面倒だ。
「そうだ。これは布石だ」
『布石、でございますか』
「ああ。希望というものは芽吹いた瞬間に刈るよりも、伸びきったところを根本から断つ方が、より深い味わい深い」
自分で言っていて嫌になる。
だが、狼頭の部下は感極まったように息を呑んだ。
『なんと邪悪な……!』
邪悪じゃない。
苦し紛れだ。
俺は少女たちに背を向けた。
「今宵はここまでだ」
ルミナが一歩踏み出す。
「待って!」
俺は振り返らない。
振り返ると、余計なことを言いそうだった。
「次に会う時までに、その無様な足取りを少しは改めておけ」
闇が足元から広がる。
今度こそ本拠地へ戻れそうな感覚がある。
狼頭の部下の通信が、転移先の目印になっているらしい。
よかった。
悪の組織にも便利機能はある。
「ヴァルグレイ!」
ルミナの声が、背中に届く。
「私たち、絶対に強くなるから!」
俺は答えなかった。
答えれば、きっと本音が漏れる。
だから代わりに、悪役らしく口元だけで笑った。
「楽しみにしておこう。その脆い希望が断ち折れる瞬間をな」
闇が視界を覆う。
その直前、俺は三人の姿を見た。
悔しそうで、疲れていて、それでも目だけは前を向いている魔法少女たち。
まだ危うい。
戦術も連携も未熟すぎる。
だが、ちゃんと伸びる。
俺が敵として立ちはだかれば、きっと。
俺は悪の幹部。宵闇の参謀ヴァルグレイ。
星彩少女の敵。
敵なのだ。
たぶん。
たぶん、まだ。
あぁ、報告するの胃が痛いなぁ……。
――第4話に続く
※おことわり
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