第2話「初陣、そして少女たちが思ったより脳筋」
ただ黒い水の中を沈むように、意識だけが引きずられていく。
転移魔法。
おそらく、今の俺――悪の幹部ヴァルグレイの能力のひとつだ。
身体は自然にそれを理解していた。
次の瞬間、視界が開けた。
夜の市街地だった。
ビルの谷間。
割れた街灯。
ひびの入ったアスファルト。
その中心で、巨大な怪物が暴れていた。
全身が黒い甲殻に覆われ、頭部には歪んだ鹿のような角。
腕は四本あり、その一本一本が街路樹ほど太い。
口からは紫色の煙を吐き、胸の中央には黒天教団の紋章が浮かんでいる。
怪物の肩には小さく「第七実験体」と刻まれた金属板が貼り付いていた。
備品管理番号か?
悪の組織、妙なところで几帳面だな。
「ゴアアアアア!」
怪物が咆哮し、近くの路線バスを持ち上げ、放り投げる。
その車体が大きくひしゃげ、爆発を起こす。
市街地にバスを投げるな。
危ないだろ。
……いや、悪の組織の幹部が言うことではないな、これ。
幸い、周辺に一般人の姿はない。
どうも既に避難は済んでいるらしい。
たぶん作品都合という名の神の采配だ。
今は全力で感謝したい。
俺は近くのビル屋上に降り立った。
黒い外套が夜風に揺れる。
自分で言うのもなんだが、絵面は完全に悪役だ。
その時だった。
夜空の向こうから、三つの光が飛んできた。
その光は交差点の上空で弾け、三人の少女の姿を形作る。
「そこまでよ、黒天教団!」
先頭に立った少女が、まっすぐ怪物を指さした。
肩まで伸びた蜂蜜色の髪。
白と金を基調にした衣装。
胸元には星形の宝石。
手には光の剣。
星彩少女・ルミナ。
星宮ひなた。
原作アニメの主人公だ。
明るくて、まっすぐで、何度倒れても立ち上がる。
仲間を信じる力で奇跡を起こすタイプの主人公。
そして、その隣に赤い髪を高い位置で結んだ少女が降り立つ。
衣装は黒と赤。両手には炎をまとった巨大な籠手。
「街をめちゃくちゃにした分、十倍にして返してやるからね!」
星彩少女・ブレイズ。
紅坂アカリ。
火力担当。
考えるより先に殴る。
殴ってから考える。
考えた結果、やっぱり殴るタイプの女の子。
さらにその後ろ。
青と白のローブ風衣装をまとった少女がふわりと着地した。
淡い銀髪に、やさしげな瞳。
杖の先には羽根の意匠。
「みなさん、怪我をしたらすぐに言ってくださいね!」
星彩少女・セラフィ。
白羽ユイ。
回復と防御担当。
献身的で、少し自己犠牲が強すぎる少女。
彼女たちの目は怪物に向いており、俺の姿には気付いていない。
俺はビルの縁に立ち、下の戦場を見下ろした。
まずは星彩少女たちの実力を確認する。
原作序盤の彼女たちはまだ未熟だったが、それでも一般怪人程度なら三人で倒せていたはずだ。
そう考えた、次の瞬間。
「行くよ、みんな!」
ルミナが叫んだ。
「うん!」
「はい!」
三人が一斉に走り出す。
真正面。
完全に真っ正面。
怪物が四本の腕を振り上げ、いかにも「今から前方をなぎ払いますよ」という姿勢を取っているにもかかわらず、ルミナは光の剣を構えて一直線に突っ込んでいく。
「正義の光で、あなたを止める!」
いや止める前に避けろ。
怪物の腕が横薙ぎに振るわれる。
ルミナはぎりぎりで跳んだ。
おぉ、反射神経はすごい。
さすが主人公。
しかし空中に逃げた先に、二本目の腕が待っている。
読まれている。
というか、普通に見ればわかる。
「ルミナちゃん!」
セラフィが叫び、なぜか前に出た。
なぜだ。
君は後衛だろう。
防御魔法を張るにしても、もう少し後ろからでいいんじゃないか。
セラフィは杖を掲げる。
「癒しの羽根よ、みんなを守って!」
淡い光の盾が展開され、ルミナへの攻撃を受け止める。
そこまではいい。
だがセラフィ自身が、怪物の真正面にいる。
そこへ怪物の三本目の腕が振り下ろされる。
まずい。
俺は思わず身を乗り出した。
だが、その前にブレイズが叫んだ。
「まとめて吹っ飛べえええ!」
彼女の両拳に炎が集まる。
おお、ブレイズの初期必殺技だ。
火力は高い。
角度さえ間違えなければ、怪物の腕を弾ける。
そう、角度さえ間違えなければ。
「ブレイズ・バーストナックル!」
巨大な火球が放たれた。
怪物へ向かって。
同時に、ルミナとセラフィのいる方向へ向かって。
「いや味方も巻き込むだろそれは!」
叫んでいた。
完全に叫んでいた。
悪役の威厳とか、冷酷な参謀とか、全部どこかに飛んでいった。
俺の声は夜の交差点に響き渡り、少女三人と怪物が一斉にこちらを見た。
終わった。
バレた。
俺は一瞬で表情を作り直す。
仮面があって本当によかった。
火球は俺が放った闇の刃で横から弾いた。
爆炎がビルの壁面をかすめ、空へ散る。
結果として、ルミナとセラフィは助かった。
ブレイズが目を丸くする。
「あれ? 今、敵が助けてくれなかった?」
「気のせいだ」
俺は即答した。
声は低く、冷たく、悪役らしく。
「貴様らがあまりに無様だったのでな。自滅なんぞされては興が削がれる」
よし、それっぽい。
いける、まだ取り繕える。
ルミナが光の剣を構え、俺を見上げた。
「あなたは……黒天教団の幹部!?」
俺はビルの縁からゆっくりと降りた。
闇が階段のように足元へ広がり、俺の身体を支える。
演出としては満点だ。
中身は膝が若干笑っている。
「俺は宵闇の参謀、ヴァルグレイ」
俺は名乗った。
「希望にすがる小娘どもよ。今宵、その光がいかに脆いかを教えてやろう」
うわあ。
自分で言っておいて何だが、悪役っぽい。
しかし少女たちにはけっこう効いたらしい。
三人の表情が引き締まる。
ルミナが一歩前に出る。
「どんな敵が相手でも、私たちは負けない!」
「そうだそうだ! さっきのはちょっと狙いが豪快だっただけだし!」
豪快で済ませるな。
味方が燃えるところだったんだぞ。
セラフィも杖を構えた。
「私も、みなさんを守ります!」
君はまず自分を守れ。
喉元まで出かかった言葉を、俺は必死に飲み込んだ。
ここは敵として振る舞わなければならない。
静観だ。
冷笑だ。
余裕のある悪役として、彼女たちを見下ろせ。
その時、怪物が再び動いた。
四本の腕を地面につき、猛然と少女たちへ突進する。
ルミナは剣を構えた。
「私が止める!」
またか。
また真正面か。
なぜ君は毎回、敵の一番硬そうな部分に突っ込むんだ。
ブレイズが続く。
「横からぶっ飛ばす!」
いいぞ、横から攻めるのはアリだ。
俺は少し安心した。
だがブレイズの立ち位置は、横ではなく斜め後ろだった。
しかもルミナの背中越しに撃つ気だ。
だからそれは味方を巻き込むんだってば。
原作でも何度か味方を巻き込んで揉める回があっただろうが。
そしてセラフィがさらに前に出る。
「私はお二人の間に入って守ります!」
いや前衛の間に入ろうとするな。
守りたい気持ちはわかる。
わかるが、補助対象より前に出たら、君が最初に狙われるんだ。
怪物の角がセラフィへ向く。
彼女は盾を張ろうとするが、反応が遅い。
ルミナはまだ正面突破の姿勢。
ブレイズは火力を溜めすぎて周囲の看板まで溶かしている。
あと、三人とも完全に俺のこと忘れてる。
今俺が攻撃したら一巻の終わりだぞ君たち。
俺の中で、何かが切れた。
「待て待て待て!」
三人がびくっと止まる。
俺は気づいた時には、戦場の真ん中に降り立っていた。
怪物の突進を片手で受け止める。
黒い魔力が鎖のように伸び、四本の腕を縛り上げた。
想像以上に簡単だった。
さすが悪の幹部、つよい。
いや今はそこじゃない。
俺は思わずセラフィを指さしていた。
「なぜ回復役が先頭にいる!?」
「えっ」
セラフィが目を瞬かせる。
「みなさんを守りたくて……」
「敵は回復役を真っ先に狙うんだぞ! お前が倒れたら誰が仲間を守るんだ!」
「あっ」
あっ、じゃない。
そんな素直に納得されても困る。
そこでルミナが俺を睨む。
「敵なのに、どうしてそんなことを言うの?」
しまった、やりすぎた。
今のは完全にアドバイスだった。
これじゃ悪の幹部ではなくて、部活の顧問か何かだ。
俺は咳払いをした。
「……ふん。あまりに無様すぎて、滅ぼす価値もないと言ったのだ」
「けっこう親切に教えてくれたような……」
「錯覚だ」
「でも、すごく具体的だったよ?」
「錯覚だと言っている」
ルミナが疑わしそうに俺を見る。
やめろ。
そんな澄んだ目で見るな。
様子を見ていたブレイズが拳を構え直した。
「よくわかんないけど、敵なら倒す!」
「その意気はいい。だが撃つ方向と範囲はもう少し考えろ」
つい言ってしまった。
ブレイズが一瞬きょとんとする。
俺は慌てて続ける。
「……まぁ、未熟な貴様には無理だろうがな」
よし、つながった。
たぶん。
俺は縛り上げた怪物をほいっと後方へ放り投げた。
怪物は交差点の中央で転がり、ビルにぶつかる寸前で止まる。
なるべく被害が出ない角度を選んだ。
それを見たルミナたちが息を呑む。
まあ、そうだろう。
彼女たちが三人がかりで手こずっていた怪物を、俺は片手で止めたのだ。
原作序盤の戦力差は、これほどだったのか。
俺は改めて実感する。
このままでは危ない。
黒天教団の幹部は、俺だけではない。
今の彼女たちでは、まともな策略家が出てきたら簡単に崩される。
……いや、そのまともな策略家が本来の俺、ヴァルグレイなんだけど。
「来い、星彩少女ども」
俺は片手を上げた。
闇の魔力が指先に集まる。
「貴様らの正義が、その程度の足取りで届くものか。試してやろう」
ルミナが剣を握りしめた。
「みんな、行こう!」
「今度は味方を巻き込まない!」
「私は……少し後ろから守ります!」
おお、早くもセラフィが学習した。
素直でいい子だ。
俺は思わず頷きそうになり、寸前でこらえた。
三人が動き出す。
ルミナはやはり正面から来るが、先ほどより少し角度をつけている。
ブレイズは今度こそ側面へ回ろうとしている。
セラフィは後方で盾を準備している。
まだ拙い。
連携と呼ぶには粗すぎる。
だが、最初よりはずっといい。
俺は黒い刃を三本、空中に浮かべた。
「来るがいい」
俺は悪役らしく微笑む。
「その未熟な光ごと、闇に沈めてやる」
ルミナが叫ぶ。
「沈まない! 私たちの光は、絶対に!」
ルミナの剣が迫る。
俺はそれを闇の刃で受け止めた。
金色の火花が夜に散る。
続いてブレイズの炎拳が横から飛び込んでくる。
今度は味方を巻き込まない角度だ。
粗いが、悪くない。
俺はそれを軽く受け流す。
背後から、セラフィの防御魔法がルミナの足元を支えた。
反動で崩れかけた姿勢を、盾が補正する。
連携と呼ぶにはまだ幼い。
だが、形になりかけている。
俺は三人をまとめて弾き飛ばした。
怪我をしない程度に。近くの植え込みへ落ちる軌道で。
ルミナたちは地面を転がりながらも、すぐに立ち上がった。
強い。
けれど、まだ弱い。
「この程度か」
俺は低く告げる。
少女たちは悔しそうに唇を噛んでいる。
三人揃って軽くいなされたことで、実力の差があることがわかったようだ。
怪物が背後で起き上がろうとしている。
俺は手を軽く振り、闇の鎖で停止させてその場に沈み込ませる。
こいつは後で部下に回収してもらおう。
どう持ち帰っていいのかわからんし。
「今日はここまでだ」
「逃げるの!?」
ブレイズが叫ぶ。
まぁそうだ。
下手に長引けば、どう傷つけてしまうかわからないしな。
だが悪役としては、ここで逃げると言われてはいけない。
俺は振り返らずに言った。
「逃げる? 違うな、見逃してやるのだ。貴様らの無様なあがきを眺めるためにな」
「見逃す……?」
ルミナの声に困惑が混じる。
セラフィが小さく呟いた。
「悪い人……なんですよね?」
やめて。
そういう鋭く核心を突くのはやめて。
俺は闇を足元に広げた。
「次に会う時までに、せいぜい足掻け。星彩少女ども」
言葉だけは冷たく放ち、心の中ではまったく別のことを思っていた。
頼むから、次までに少しは作戦を立ててくれ。
闇が身体を包む。
視界が黒く染まる直前、ルミナの声が聞こえた。
「ヴァルグレイ……!」
俺は応えなかった。
悪の幹部らしく、何も言わずに姿を消す。
初陣は、どうにか終わった。
少女たちは生きている。
たぶんそれほど大きな怪我もしていない。
俺の正体も、たぶんバレていない。
たぶん。
……ただひとつ、重大な問題がある。
少女たちは、俺の記憶よりもずっと、脳筋だった。
――第3話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




