第30話「黒天王、城ごと喰らう」
玉座の間へ続く巨大な扉は、黒い花弁に覆われていた。
厚い石材だったはずの表面は、肉質の黒い膜へ変わり、内部から赤黒い光を脈打たせている。
もはや黒天城は、城ではない。
黒天開花儀式。
その名の通り、黒天城そのものが巨大な花へと変じ、世界を喰らうために咲こうとしていた。
俺は五人の星彩少女たちに目を向け、ゆっくりと扉に手を触れた。
「開けるぞ」
吸収阻害術式はまだ保っている。
だが、長くはない。
全身の魔力が削られていく感覚がある。
足元も少しふらつく。
それでも、ここで止まるわけにはいかない。
ルミナたちも、無言で頷いた。
黒い扉が、ゆっくりと開く。
そこには、俺の知っている玉座の間ではない光景が広がっていた。
天井は高く裂け、黒い根が空へ向かって伸びている。
壁には無数の花弁状の魔法陣が開き、城中から吸い上げた魔力がそこへ流れ込んでいた。
床一面に広がるのは、巨大な黒い花の紋様。
その中心に、玉座がある。
そして、その玉座に、黒天王がいた。
黒い人影。
王冠のような闇。
顔は見えない。
だが、そこにいるだけで、空間そのものが膝を折りそうな圧を放っている。
影ではなく、実体がそこにある。
幹部会議で見たような曖昧な存在ではなく、明らかにそこにいるとわかる禍々しさ。
とうとう、真の姿とご対面というわけだ。
『来たか』
黒天王の声が響く。
いつも通り、耳ではなく骨に響く声だ。
聞くだけで身の毛がよだつ。
『星彩少女たち。そして、ヴァルグレイ』
「全部、わかっていたという顔だな」
俺は低く言う。
『その通りだ』
黒天王の闇が、静かに揺れる。
『お前が儀式へ細工をしていたこと。ゼルミアが戦線を離れたこと。そして、お前たちがここへ来ることも』
背筋に冷たいものが走る。
見逃されていた。
泳がされていた。
その可能性は考えていたが、本人の口から告げられると、やはり冷や汗が出る。
どこまでがこいつの手のひらの上なのか。
どこから、逆転の糸口が掴めるのか。
それを見極めなければ、俺たちの勝利はない。
「それがわかっていて、なぜ止めなかった」
『止める必要がなかったからだ』
黒天王は言った。
『希望は、抗うほどに強くなる。裏切りも、友情も、信頼も、怒りも。すべては花を美しく咲かせる肥料となる』
「ふざけないで!」
ブレイズが拳を握る。
炎が大きく燃え上がった。
「あたしたちも部下も全員餌扱いなんて、馬鹿にするのもいい加減にしなさい!」
ブレイズが踏み込む。
黒天王はそれを見て指をわずかに動かした。
たったそれだけで、夥しい数の黒い根が床から噴き上がる。
あっという間にブレイズを包み込み、体の自由を奪う。
「ブレイズ!」
ルミナが叫ぶ。
ブレイズは炎で根を焼き払おうとする。
しかし、黒い根は炎を呑み込みながら伸び、彼女の足を絡め取っていった。
「くっ……!」
「ブレイズ!」
シルフィードがすかさず風を纏って飛び込み、黒い根を弾く。
だが、次の瞬間には別方向からさらに根が伸びてくる。
「なにこれ、キリがない!」
『所詮お前たち四つの光は、中心を飾るための花弁にすぎぬ』
黒天王の視線が、ルミナへ向いた。
『我が求めるのは、星彩少女ルミナ。お前の金色の力だ』
ルミナの肩が、わずかに震えた。
『他の四人は、その光を育てるための支えにすぎない』
「違う!」
ルミナが剣を構える。
「みんなをそんな風に言うのは許せない」
『ならば、そうではないと証明してみせよ』
黒天王の闇が広がる。
玉座の間全体が、巨大な口のように開いた。
黒い根が、四方八方から襲いかかってくる。
「ルミナは一度下がって!」
ブレイズが叫んだ。
「こいつ、あんたの力を狙ってる! だったら、あんたを出させない!」
「でも!」
「いいから!」
ブレイズの炎が、黒い根を焼く。
セラフィが盾を重ね、ルミナの前に壁を作る。
「ルミナちゃんは、まだその姿にならないでください。ここで使わせること自体が、黒天王の狙いです」
ノクターンが魔導板を見ながら矢を放つ。
「根の流れは五方向。中心はルミナへ向かっている。四人で分散可能。ただし長時間は困難」
「長時間じゃなくていいよ!」
シルフィードが風を走らせる。
「ルミナが使わないで済む道を作ろう!」
四人が動く。
ブレイズは炎を一点に絞り、根の付け根だけを焼く。
セラフィは盾を広げすぎず、要所だけを守る。
ノクターンは根の分岐点を正確に射抜く。
シルフィードは風で魔力の流れを乱し、黒い根の速度を落とす。
強くなった。
見違えるほどに。
だが、相手が悪すぎる。
黒天王は、全く動かない。
玉座に座したまま、ただ黒い根を無数に生み出して攻撃をしてくる。
たったそれだけで、四人の全力が押し返されていく。
「くっそ……! 燃やしても燃やしても増える!」
「流れてくる魔力が大きすぎます……!」
「分岐点、再生速度が想定以上」
「これ、城全部が相手みたい……!」
今の黒天王は、黒天城そのものを儀式として使っている。
城全体が相手というのは、正しい表現だ。
部下も。
怪人も。
魔力炉も。
城壁も。
すべてを喰らい、自分の力としている。
俺は歯を食いしばり、外套の内側に刻んだ術式へ魔力を流し続ける。
俺の役目は戦うことではない。
反転術式を動かすことだ。
最深部に忍ばせた仕込み。
外周流路に散らした印。
そして、今この場で維持している吸収阻害。
それらを繋げる。
黒天王へ集まる力を、わずかでも乱す。
だが、足りない。
黒天王の吸収が早すぎる。
城全体から流れ込む魔力が大きすぎる。
俺の術式は、波に投げ込んだ細い針のようなものだ。
効いていないわけではない。
だが、儀式を止めるには、まだ遠い。
『無駄だ、ヴァルグレイ』
黒天王が言った。
『お前の細工は見えている。その小さき抵抗も、やがて我が黒天に呑まれる』
「……いつまでその余裕がもつかな」
俺は笑ってみせる。
もちろん、ただのはったりだ。
だが、演技するのはもうだいぶ慣れている。
ここで弱気を見せるのは、絶対にやってはいけない。
実際は、息を整えるだけで精一杯だが、逆転のチャンスを狙うんだ。
「わかっているならさっさと潰せばいい。潰さないのは、俺の動きが気になっている証拠だ」
『随分と口の回る奴だ』
「悪の幹部だからな」
我ながら意味不明な返しだ。
だが、言葉を止めれば、そのまま膝をつきそうだった。
前方で、四人がついに捕まった。
「ブレイズ!」
ルミナが叫ぶ。
黒い根が、ブレイズの腕と足を絡め取る。
炎が吸われ、赤い光が黒へ流れ込む。
「まだ……終わらない……!」
ブレイズは歯を食いしばるが、炎は小さくなっていく。
セラフィの盾にも黒い根が絡みつく。
「盾が……維持できません……!」
白い光が剥がされる。
ノクターンは弓を構えようとするが、魔導板ごと黒い根に拘束された。
「レガリア干渉、強制接続。解析、妨害されている……」
シルフィードは風で逃れようとする。
だが、空間そのものが重くなり、彼女の足が止まる。
「風が、戻ってこない……!」
四つのレガリアに、黒い花弁が絡みつく。
吸収が始まる。
ルミナの顔から血の気が引いた。
「やめて……!」
『さあどうする、星彩少女ルミナ』
黒天王の声が落ちる。
『このままこいつらの魔力をいただいてしまっても構わんが、果たしてあと何秒保つかな』
黒天王がさらに魔力を強める。
四人の体力がいよいよ限界に近づきつつある。
だが、今ここでセレスティアル・フォームになれば、黒天王の思う壺だ。
どうする。
何か、手はないのか。
思考がまとまらない。
その時、ルミナは俺を見た。
その目は、もう決めていた。
「ごめんなさい、ヴァルグレイ」
「待てルミナ、まだ――」
「でも、みんなを見捨てられない」
ルミナが胸元のレガリアに手を当てる。
俺は動こうとした。
だが、足が動かない。
魔力を術式へ回しすぎている。
ここで俺が術式を切れば、吸収阻害も反転の仕込みも止まる。
それでも動こうとした俺の前に、ルミナが一歩出た。
「ヴァルグレイは、術式をお願い」
「ルミナ!」
「私は、みんなを助ける」
金色の光が、彼女の胸元から溢れた。
レガリアから現れた『ステラ・フローライト』が輝く。
「お願い、星のレガリア。みんなを守るために力を貸して!」
白い装束に、金色の装甲が重なる。
背中に黄金の翼が開く。
剣が星の光をまとい、玉座の間の闇を切り裂いた。
セレスティアル・フォーム。
黒天王の闇が、深く笑った。
『良い。これぞ我が求めた希望だ』
ルミナが飛ぶ。
金色の翼が、黒い根の間を滑る。
剣が四人を縛る花弁を断つ。
ブレイズの拘束が裂ける。
セラフィの盾に光が戻る。
ノクターンの魔導板が再起動する。
シルフィードの風が解放される。
四人が地面へ落ちる前に、ルミナが光で受け止めた。
「みんな!」
「ルミナ……ごめん」
ブレイズが悔しそうに言う。
「使わせちゃった……」
「いいの」
ルミナは首を横に振った。
「みんなが無事なら、それでいい」
『実に美しい』
黒天王の声が響く。
『仲間を救うために、己の光を惜しまぬ。その希望こそ、絶望へ反転した時、最も深く世界を染める』
玉座の間の黒い花が、大きく開いた。
五枚の花弁が、ルミナを中心に展開する。
黒天開花儀式が、最終段階へ入ったのだ。
俺は歯を食いしばり、反転術式を押し込む。
だが、足りない。
あと一手、何かが必要だ。
黒天王は、ルミナのセレスティアル・フォームを起点に、儀式を完成させようとしている。
このままでは、四人の光も、ルミナの光も、まとめて反転炉へ落とされる。
俺の仕込みだけでは足りない。
最深部で済ませておいた「最後の一手」も、まだ使うことができない。
ならば。
俺は、四人を見た。
ブレイズ。
セラフィ。
ノクターン。
シルフィード。
黒天王は、四人をただの魔力源だと言った。
俺も、どこかで思い込んでいたのかもしれない。
セレスティアル・フォームは、ルミナだけの切り札だと。
だが、本当にそうか?
この子たちは、ずっと戦ってきた。
ルミナを支えるためだけではない。
自分自身の願いを持って。
なら、可能性はある。
原作知識にはない。
黒天王の計算にもない。
俺の予想にすらない。
それでも、賭ける価値はある。
「四人とも、よく聞け」
俺は術式を維持しながら、四人に語りかける。
「お前たちは、セレスティアル・フォームになるためにはそれぞれルミナと違う祈りが必要だと思っているかもしれん」
ブレイズ、セラフィ、ノクターン、シルフィード。
それぞれ、ルミナの守りたいという意思と同列の、個々人の願いと祈り。
「だが、誰かを守りたいという強い気持ち。全員に共通するその願いこそ、お前たちを星彩少女たらしめる光の源なのだ」
ルミナも、この四人も同じ星彩少女だ。
その光の源泉は、誰かを守りたいという強い気持ちだ。
「胸のレガリアに手を当てて、祈れ。お前たちが守りたいもの。守るために必要な力。それが金色の力へ至る道だ」
黒天王の声が、初めてわずかに揺れた。
『何をしている、ヴァルグレイ』
「お前は、この四人のことを餌だと言ったな」
俺は笑った。
「その油断が、命取りだったな」
四人のレガリアが、同時に光を放つ。
赤。
白。
紫。
緑。
四つの光が、黒い花弁を押し返す。
ブレイズが胸元に手を当てた。
「私は、追いかけるだけじゃ嫌だ」
炎が、彼女の全身を包む。
「ルミナの隣で、みんなの前で、道を焼く!」
赤い装甲が腕と脚に走り、炎の翼が背中で燃え上がる。
セラフィが杖を握る。
「私は、傷ついた人を守り、癒したい。でもそれだけじゃありません」
白い光が盾を花のように広げる。
「守った人が、もう一歩進めるように。私は、そのための盾になります」
白金の装甲が彼女を包み、背後に重なった小盾が翼のように展開した。
ノクターンが魔導板に触れる。
「観測結果、更新」
紫の光が無数の線となって広がる。
「未来は一つではない。選べるなら、勝つ道を選ぶ」
紫紺の装甲が彼女の肩と腕に宿り、弓が星図のような光を帯びた。
シルフィードが笑う。
「一人で速いだけじゃ、つまんないもんね」
緑の風が渦を巻く。
「みんなで行く。遠くまで。置いていかないし、置いていかれない!」
翡翠色の装甲が軽やかに重なり、風の翼が広がった。
四人が、光の中で立つ。
ルミナと同じ、だがそれぞれ異なる形の輝き。
セレスティアル・フォーム。
五つの光が、玉座の間に並び立った。
「お待たせ、ルミナ。やっぱりあたしたちもなれたよ、金ピカの力」
「金ピカじゃなくて、セレスティアル・フォームだよ」
ほっと安堵したようなルミナの顔。
ひとまず、最悪の事態は回避できたのだろうか。
『……バカな』
黒天王の声が、初めて明確に揺れた。
『その力は星彩少女ルミナのみ許された力だ。残る四人は花弁として、支えとして、魔力源として配置されたはずだ』
俺は息を吐きながら言った。
「星彩少女を侮ったな、黒天王」
五つの光が、黒い花弁を押し返す。
儀式の流れが乱れる。
反転術式が、ようやく噛み始めた。
黒天王が四人をただの燃料として扱ったからこそ、その想定外の覚醒が儀式に亀裂を入れた。
「俺も知らなかった。まさか本当に四人とも同じ段階へ至れるなんてな」
ブレイズが唖然とした表情でこちらを見る。
「え、知らなかったの!?」
「知らん」
「そこは知っててよ!」
「無茶を言うな!」
この状況で突っ込むな。
いや、突っ込ませた俺も悪い。
セラフィが、ほっとしたように微笑んだ。
「でも、信じてくれたからです」
ルミナも頷く。
「うん。ヴァルグレイが、みんなを信じてくれた」
「……勘違いするな」
俺は黒天王を睨む。
俺は勝てる可能性に賭けただけだ。
黒天王の闇が、深く濃くなる。
揺れていた声が、再び重く沈んだ。
『なるほど』
玉座の間の空気が、急に冷える。
『やはり最大の異物は、お前だったか』
「……何だと?」
『我が盤面にない知識を持ち、我が計算にない選択をし、我が育てた希望に不要な横槍を入れる』
黒天王の闇が、こちらを見た。
顔などないはずなのに、確かに視線を感じた。
『ヴァルグレイ、いや』
その名を呼ばれた瞬間、背筋が凍る。
そこで黒天王は、初めて別の名を口にした。
『黒瀬悠真よ』
世界から音が消えた。
五つの光が、俺を見る。
俺は、息をすることすら忘れていた。
黒天王の声だけが、玉座の間に静かに落ちる。
『お前の孤独と絶望を、いただくとしよう』
――第31話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




