第29話「決戦、ゼルミア」
星彩少女たちが、悪の幹部と戦う。
それ自体は、まあいい。
普通のことだろう。
だが、その星彩少女たちが別の悪の幹部を庇いながら戦っているというのは、どうにも奇妙な光景だった。
こんな展開は原作アニメには無かった。
にもかかわらず今、俺の前には五つの光が並んでいる。
ルミナが剣を構え、ブレイズが炎を燃やし、セラフィが盾を広げ、ノクターンが弓と魔導板を同時に構え、シルフィードが風を纏っている。
その向こうでは、ゼルミアが影鎌を肩に担いで笑っていた。
「本当に面白いねえ」
ゼルミアの声が、黒天城最深部の空間に響く。
「やっぱり、君たちを斬り刻む方が、ずっとヴァルグレイの良い顔が見られそうだ」
「ほんっと悪趣味な奴ね!」
ブレイズが前に出る。
拳に宿った炎が、黒い空間を赤く照らした。
ゼルミアはくすくす笑った。
「そう? でもヴァルグレイはいつも褒めてくれるよ」
ゼルミアがそう言った瞬間、場の空気が凍った。
星彩少女たちは全員固まっている。
五人の視線がこちらに刺さる。
待て、冤罪だ。
俺は褒めてなどいない。
ブレイズとノクターンは信じられないものを見る顔。
セラフィは困惑のまなざし。
シルフィードはなぜか楽しそう。
そしてルミナは、なぜかこの世の終わりを見たような顔をしている。
「褒めてなどいない」
「……ヴァルグレイ、ああいう人が好みなの?」
やめろ。
そんな目でこっちを見るな。
「褒めてないと言っているだろう。奴の勝手な思い込みだ」
「そ、そうだよね。びっくりした……」
ほっと胸を撫で下ろすルミナ。
勘弁してくれ。
黒天王の儀式より先に、こんなことで希望が折れたらどうする。
「本当に、仲が良いね君たちは」
ゼルミアは唇に指を当てる。
「そのまま仲良くバラバラになってくれたら、すごく美しいんだけどな」
「冗談じゃないわよ!」
ブレイズが炎を放つ。
ゼルミアは影へ溶けて避けた。
床を走る影が、蛇のように五人の足元へ滑る。
「気をつけて!」
ルミナの声に、セラフィが小盾を複数展開する。
影の刃が盾に当たり、硬い音を立てた。
「影の数が多いです……!」
「本体の位置が分散して見える」
ノクターンが魔導板を睨む。
「実体反応、三つ。いや五つ。全部偽装」
「なら、偽物は全部燃やす!」
ブレイズが炎を叩き込む。
ただ大きく燃やすのではない。
火を細く伸ばし、床を走る影の線だけを焼く。
影が一瞬怯む。
そこへシルフィードが風を纏って飛び込んだ。
「逃がさないよ!」
風が渦を巻き、影の層を薄く剥がす。
その奥で、ゼルミアの姿が一瞬だけ現れた。
「そこ!」
ルミナが踏み込む。
光の剣と影鎌がぶつかる。
金と黒の火花が散った。
「いいね」
ゼルミアは間近で笑う。
「君のその目、嫌いじゃないよ。信じたいものを信じて、それでも疑って、怖いのに前に出る。ほんと綺麗だ」
「あなたに綺麗って言われても、ぜんぜん嬉しくない」
「ひどいなぁ」
俺は闇の刃を持ち直して立とうとする。
脇腹に激痛が走る。
「ヴァルグレイさん、動いてはダメです!」
セラフィがこちらへ駆け寄ろうとする。
「もう一度、治癒術をかけます」
「俺のことはいい、戦闘に集中しろ」
「すぐ終わります、大丈夫」
セラフィは片手で盾を維持しながら、もう片方の手で俺に治癒の光を飛ばした。
温かな魔力が傷口を塞いでいく。
出血は止まる。
痛みも少し引く。
だが、魔力そのものは戻らない。
当然だ。
さっきの中枢回路への仕込みで、俺の魔力はほとんど使い切っている。
治療で塞がるのは傷だけであって、空になった魔力炉までは満たせない。
俺はもう一度闇刃を作ろうとしたが、指先に薄い闇がにじむだけだった。
「やはり魔力切れか」
この状態では、ゼルミア相手にまともな戦闘はできない。
足手まといになるだけだ。
「ここは私たちに任せてください。大丈夫、ちゃんと考えて戦います」
セラフィが安心させるような声色で言った。
普通の悪の幹部なら、屈辱的な状況だ。
だが、俺にとっては誇らしさを感じさせる姿だった。
セラフィが杖を持って仲間の元へ向かう。
五人で連携し、ゼルミアと斬り結ぶ。
だがゼルミアは影から影へ飛び移りながら、五人を翻弄していた。
「五人がかりなのに、全然突破できない……!」
「これでも幹部だからねぇ」
ブレイズが足元を燃やす。
影が退く。
その隙にルミナが前へ出るが、ゼルミアは距離を取る。
近づけば逃げる。
逃げた先で幻影を作る。
幻影を見破れば、別方向から影鎌が来る。
正面からの強さよりも、心を乱す戦い方。
ゼルミアらしい。
だが五人の動きも、見事に連携がつながっている。
力任せではない。
ただ受けるだけでも、ただ速いだけでもない。
互いの癖を理解し、足りない部分を補い合っている。
俺の訓練もどきと、彼女たち自身の努力が、ちゃんと形になっている。
それが嬉しいと思ってしまうあたり、悪の幹部としては完全に末期だ。
だが、その時だった。
黒天城全体が、低く鳴った。
最深部の中枢回路に、赤黒い光が走る。
俺は息を呑んだ。
来た。
黒天開花儀式が、始まるのだ。
「ノクターン、分析できるか」
「異常魔力反応、城内全域で急上昇。中枢回路、起動。五つの花弁構造、展開開始」
「まずい、魔力が吸われるぞ」
床の黒い脈が一斉に開いた。
花の根のような魔力流路が、俺たちの足元へ伸びてくる。
ルミナのレガリアが震える。
ブレイズ、セラフィ、ノクターン、シルフィードのレガリアにも黒い光が絡みつき始めた。
そして俺にも。
胸の奥から、魔力を引き抜かれる感覚。
冷たい手で内側を掴まれ、無理やり引きずり出されるような不快感が走る。
「うっ……!」
ブレイズが膝をつく。
「力が……吸われてる……!」
「私たちだけじゃない」
ノクターンの声がわずかに乱れる。
「城内の全魔力反応が吸収対象。怪人、幹部、術式炉、全部」
ゼルミアも、表情を変えた。
足元の影が黒い根に絡まれている。
「あーあ」
彼女は笑ったが、その笑みにはわずかな苛立ちが混じっていた。
「始まっちゃったか」
「ゼルミア!」
ルミナが叫ぶ。
「あなたも吸われてる! それでもいいの!?」
「よくはないね」
ゼルミアは影鎌をくるりと回す。
「もっと楽しみたかったのになぁ。まったく空気が読めないお方だよ、黒天王はさ」
「……逃げる気か」
俺が言うと、ゼルミアは楽しそうに笑った。
「決着はお預け。ま、せいぜい頑張って」
ゼルミアの身体が影へ沈む。
「お互い生きていたらまた会おうね。その時は首筋に一本、綺麗な線を入れたいな」
ゼルミアはそう言うと、中枢回路の根を切り払うようにして、一足先に空間の外へ逃れた。
……最後まで悪趣味な奴だ。
追う余裕はない。
この最深部にいたら、全員吸い尽くされる。
「全員、俺の近くに寄れ!」
俺は叫んだ。
ルミナたちがこちらを見る。
「早くしろ! このままではレガリアごと持っていかれる!」
五人が駆け寄る。
俺は外套の内側に仕込んだ印へ、残った魔力を叩き込んだ。
城内を進むために、あらかじめ外周流路へ散らしておいた吸収阻害の印。
黒天開花儀式が起動した時、一定範囲だけ吸収対象から外すための、安全弁だ。
黒い根が俺たちを絡め取ろうとした瞬間、足元に薄い灰色の円が広がった。
根が円に触れ、火傷したように引く。
「吸収が止まった……?」
ルミナが驚いた声を出す。
「一時的に吸収を阻害する術式だ。あらかじめ仕込んでおいた」
ノクターンが魔導板を見ながら言う。
「この術式、レガリアに反応している」
……鋭い。
この術式は、星彩少女たちを前に進ませるために用意していたものだ。
俺がその場にいなくても、儀式が始まった時点で起動し、魔力回路に沿って彼女たちを保護するようにできている。
この最深部に来ることは想定していなかったので今は手動でかけているが、この先は半自動で動くはずだ。
ルミナがちらりとこちらを見る。
「……これ、もしかして私たちのために?」
「……違う」
いや違わない。
違わないのだが、ここで認めるのもなんかこう悪役形無しというか複雑なのだ。
ブレイズがやれやれと肩をすくめる。
「もう黒天教団は裏切ったんでしょ? なら素直になればいいのに」
「やかましい。悪の幹部にも色々とあるんだ」
「でも、ありがとうございます。ヴァルグレイさん」
セラフィがぺこりとお辞儀する。
シルフィードはさっきよりさらに楽しそうにしている。
「そんなことより急ぐぞ。この場では術式も保たない」
「どれくらい保つの?」
シルフィードが聞く。
「保って数分だ。あくまで応急処置だからな」
「じゃあ、とにかく急いで黒天王のところに行けってことね」
ブレイズが叫ぶ。
「そういうことだ。走れ!」
俺たちは最深部を駆け出した。
背後で中枢回路が唸る。
黒い根が壁を這い、天井を破り、城全体へ広がっていく。
通路へ出た瞬間、俺たちはその光景を目の当たりにした。
怪人たちが倒れている。
黒天城の兵士たち。
研究員型の怪人。
魔力炉を守っていた獣型の番兵。
彼らの身体から黒い光が抜け、城の奥へ吸い上げられ、やがて粒子になって消えていく。
核も残さない、完全な消滅だ。
上級職と思しき大柄な怪人でさえ、壁に手をついたまま膝を折っていた。
黒天王は、本当に全てを喰らう気だ。
俺は奥歯を噛む。
逃がせた者も、逃せなかった者もいる。
狼頭のあいつは無事だろうか。
いや、考えるな。
今は止まる時じゃない。
「ひどい……」
セラフィが声を震わせる。
「仲間じゃないんですか……?」
「黒天王にとっては、ただの餌にすぎん」
俺は吐き捨てるように言った。
言葉にすると、改めて腹が立つ。
部下も。
怪人も。
幹部も。
星彩少女も。
全部、黒天王にとっては花を咲かせるための養分でしかない。
すべてを自分に取り込もうなど、傲慢もいいとこだ。
その盤面、必ず崩してやる。
「ヴァルグレイ」
ルミナが隣を走りながらこちらを見る。
「どこへ行けばいい?」
「玉座の間だ」
「黒天王のところ?」
「ああ」
俺は前方の黒い扉を見据える。
「儀式の終着点は玉座だ。黒天王を止めなければ、黒天開花儀式は止まらない」
ノクターンが魔導板を見る。
「吸収阻害術式、私たちの周囲に限定展開中。供給源はヴァルグレイ」
「見るな」
「重要。魔力残量、極小」
「だから見るなと言っている」
ブレイズが顔をしかめる。
「あんた、また無茶してるんじゃないでしょうね」
「悪の幹部は常に無茶をするものだ」
「そんな職場辞めなさいよ!」
「もう辞めたも同然だ」
思わずそう返してしまった。
ブレイズが一瞬だけ目を丸くする。
だが、今は語っている時間はない。
シルフィードが風で全員の足を軽くする。
「話はあとだよ、とにかく急ごう!」
「うん、みんなで行こう」
ルミナが剣を握り直す。
通路の先で、黒い花弁が開いていた。
城の壁が変質している。
石でも鉄でもない。
巨大な植物の内側のような、黒く脈打つ肉質の壁。
黒天城そのものが、花へ変わろうとしている。
「来るぞ」
俺が言った直後、壁から黒い蔓が伸びた。
ルミナが斬る。
ブレイズが焼く。
セラフィが盾で守る。
ノクターンが弱点を示す。
シルフィードが道を開く。
俺は、その後ろで阻害術式を維持する。
戦えない。
だが、今はこれが俺の役目だ。
今度は、悪の幹部が星彩少女を守る。
もう訳がわからない構図だ。
だが、悪くない。
いや、悪くないとか言っている場合ではない。
前方に、巨大な黒い扉が見えた。
玉座の間へ続く扉。
そこから、圧倒的な闇が漏れている。
五人が足を止めた。
俺も、荒い息を整える。
扉の向こうにいる。
黒天王。
俺にとっての真の敵。
希望を育て、絶望へ落とし、世界を喰らおうとする闇。
「ここから先が、最終局面だ」
俺は言った。
「引き返すなら今だぞ」
誰も動かなかった。
ブレイズが拳を鳴らす。
「ここまで来て帰るわけないでしょ」
セラフィが杖を握る。
「倒れている人たちを、これ以上増やしたくありません」
ノクターンが魔導板を閉じ、弓を構える。
「目標、黒天王。儀式停止」
シルフィードが風を纏う。
「扉の向こう、風がすごく重い。でも、行ける」
最後にルミナが俺を見た。
「ヴァルグレイ」
「何だ」
「ありがとう、一緒に来てくれて」
「……勘違いするな。目的が同じなだけだ」
「うん」
ルミナは、少しだけ笑った。
「そういうことにしておく」
やめろ。
その言い方はやめろ。
だが、否定する力もあまり残っていなかった。
俺は黒い扉へ向き直る。
最深部での仕込みは終わった。
吸収阻害術式も、まだぎりぎり保っている。
だが、本当の勝負はここからだ。
黒天王の盤面に、俺たちは踏み込む。
五つの光と、一つの闇。
奇妙な隊列が、玉座の間へ向かって進む。
黒い花が咲き始めた城の中心へ。
世界を覆う絶望を、叩き壊すために。
――第30話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




