第27話「ゼルミア、反逆の匂いを嗅ぎつける」
黒天城は、朝も昼も関係なく暗い。
というか、ここにはそもそも太陽の光が届かない。
周りに広がっているのは黒い雲と、どこから湧いているのかわからない赤黒い霧だ。
悪の本拠地と言われて、浮かぶイメージそのままの情景がここにある。
昼も夜も、ついでに気分も真っ暗な黒天城。
そこにいる怪人たちにも、実は昼夜の概念がある。
戦闘に参加する怪人はたいてい夜型で、昼間はあまり表で活動しない。
夜の方が、魔力の吸収効率が良いからだ。
ほとんどの怪人にとって、昼は休息時間に充てられている。
つまり、人知れず悪さをするには絶好のチャンスというわけだ。
*
「ヴァルグレイ様。外周部隊、第一陣の移動が完了いたしました」
執務室で報告を受けながら、俺は魔導端末に表示された配置図を確認していた。
黒天城の外縁部。
第三監視拠点。
城外予備転移陣。
北側崖下の封鎖門。
そこへ、狼頭の部下たちの部隊が順に移動している。
表向きは、黒天開花儀式に備えた外周防衛の強化。
実際は、儀式開始時に黒天城中枢から遠ざけるための退避だ。
俺は画面上の部隊名を見て、ひとつずつ配置を確認する。
まだ足りない。
外へ出せたのは、全体の三割ほどだ。
黒天王が本格的に儀式を起動する前に、せめて直属部隊だけでも外縁部へ出したい。
本来は休息の時間であるはずの真っ昼間に行動させるのは申し訳ないが、とにかく時間が足りないのが現状だった。
「第二陣は予定より二刻早めろ」
「はっ」
狼頭の部下が片膝をついたまま答える。
「ですが、輸送魔獣の手配が一部遅れております。予備物資の搬出を優先する場合、後続の移動が後ろへずれ込む可能性がございます」
「物資は後回しでいい。動ける者から順次移動を開始しろ」
「よろしいのですか?」
防衛を強化するのに物資が後回しというのは、やや急ぎ過ぎな印象を与えるのだろう。
疑問が湧くのも無理はない。
まさか自分たちが本当に魔力を全て吸われ、儀式に使われるだけの存在だとは信じられないのだろう。
あるいは、疑う意志も持ち合わせていないのかもしれない。
俺は淡々と説明を加える。
「儀式の開始が近いということは、星彩少女たちが攻めてくるまでに時間が無いということだ。長期戦は考えなくて良い。まずは急いで外周警備を固めろ」
「はっ。承知いたしました」
狼頭の部下は立ち上がり、扉へ向かおうとする。
その後ろ姿を見て、ふと思い立つことがあった。
「待て。もう一つ伝えておくことがあった」
「はっ。なんなりと」
まるで動じた様子もなく振り返る狼頭の部下。
どこまでも生真面目なやつだ。
「今から言う二つの指示を、必ず遵守しろ。移動中の部下たちもだ」
「必ずお伝えいたします。して、そのご指示とは?」
俺は指を一本立てる。
「一つ。この先、もし黒天王と俺の指示が相反する事態が発生した場合、お前たちは自分の意志と判断で行動しろ。ただし、いかなる状況においても生き残ることが絶対だ。決して無意味な死を選ぶなよ」
「……はっ」
一瞬の迷いがあったが、狼頭の部下はすぐに返事をした。
俺はもう一本指を立てて続けた。
「二つ。もしこの儀式の後、黒天王かゼルミア、あるいは他の誰かにこれまでの行動についての咎めを受けたときは、一つ目の命令も含めて全てこのヴァルグレイの命に従っただけだと答えろ」
「……はっ。しかしヴァルグレイ様、それは」
さすがに顔を上げて尋ねようとする狼頭の部下。
だが、俺はそれを手で制す。
「質問はするな。黙って俺の指示に従え。いいな」
悪の幹部らしい強引な言い方だ。
だが、今はこいつに迷いを持たせたくはない。
とにかく黙って従え、あと死ぬな。
それだけを伝えておきたかった。
「……承知いたしました。必ずやご意志に沿って使命を果たします」
これでいい。
これでもし、俺が反逆者として討たれたとしても、こいつらは自分の意志で動くはずだ。
そして万一、黒天王やゼルミアが生き残っていても、こいつらが罰を受けるような事態にはしたくない。
ついでだ。
ここまで来たら言い残したことは全て言ってしまおう。
「最後になるかもしれんから、もう一つ伝えておく」
俺は跪いたままの狼頭の部下に真っ直ぐ身体を向ける。
「……これまで、俺のためによく働いてくれた。礼を言う」
「ヴァルグレイ様、一体何を」
「部下たちにも伝えておけ。ヴァルグレイは、お前たちの忠誠に深く感謝していたとな」
思い返せば、部下たちには俺の訳のわからない悪役芝居に付き合わせてばかりだった。
第七実験体に始まり、様々な部下を星彩少女たちと戦わせ、割と痛い思いもさせてきた。
もしかしたらだいぶ恨まれている可能性もある。
それでも、悪の幹部らしく最後まで駒扱いするのが正しいのかもしれない。
だが、最後くらい真っ当に感謝したっていいだろう。
「……承知いたしました」
微妙に狼頭の部下の声が震えている気がする。
どういう感情かはわからないが、とりあえず承知したならよしとしよう。
どこまで俺の意志が伝わったのかはわからない。
だが、きっとこいつなら大丈夫だろう。
そんな気がした。
*
外周流路の調整は、最も神経を使う作業だった。
黒天城の外縁を巡る魔力の脈に、俺は薄い闇の印を刻んでいく。
表面上は流路安定化。
実際には、儀式発動時に流れを一瞬だけ逸らすための逆流印。
その役目は単純だ。
黒天王へ向かうはずの希望エネルギーを、反転炉の手前で乱す。
だが、黒天王に察知されればその時点で終わる。
だから印は小さく、薄く、正常な補助術式に見えるように偽装しなければならない。
しかも、俺自身の魔力の癖が出すぎてもまずい。
この作業、地味なうえに肩と腰が痛い。
悪役のやることではなく、完全に保守点検員の仕事だ。
「……よし」
黒い流路が静かに脈打つ。
反応は正常。
これで全ての仕込みは終わった。
俺はその場から移動しようとして、足を止めた。
通路の奥に、小さな黒い羽根が落ちていた。
鳥の羽根ではない。
ゼルミアの影術式に使われる、偵察用の影片だ。
触れれば消える程度の小さな残滓。
だが、たしかにあった。
「……そろそろ、隠し通すのも限界か」
とりあえず見なかったふりをする。
だがゼルミアは、遠からずここに来るだろう。
おそらくは俺を反逆者として始末するために。
だが、準備はほぼ終わったようなものだ。
術式への仕込み。
部下たちの移動。
そして、星彩少女たちへのヒントの提示。
やるべきことはやった。
ここから先は、運と気合とアドリブでどうにかするしかない。
最後まで胃の痛い立ち回りばかりだな、この仕事は。
*
同じ頃、星彩少女たちは旧天文資料館の作戦室に集まっていた。
机の中央に、黒い魔法陣の残滓が投影されている。
街外れの観測施設で破壊した、偽装儀式の痕跡だ。
ノクターンは魔導板を操作しながら、静かに言った。
「五本の導線。中央の根。反動処理。構造の一部は本命儀式の再現と考えられる」
シルフィードが椅子の背もたれに顎を乗せる。
「じゃあ、やっぱりあれは練習用ってこと?」
「そう。可能性は高い」
「黒天教団が、私たちに練習させる意味ある?」
ブレイズの問いに、部屋が静かになる。
普通に考えれば、ない。
黒天教団がわざわざ自分たちへ儀式破壊の訓練をさせるなど、ありえない。
だがヴァルグレイは違う……かもしれない。
ルミナは、静かに口を開いた。
「きっと、ヴァルグレイは伝えようとしていたんだと思う。本命の儀式のことを」
ブレイズは渋い顔をする。
「ま、やっぱりそうなるわよね。毎度わかりづらいけど」
セラフィが頷く。
「『影にすぎない』とおっしゃっていました。あれが本物ではないという意味だったのかもしれません」
「それに、次は簡単に根を見つけられると思うな、とも言っていた」
ノクターンが記録を表示する。
「つまり、本物にも根がある。ただし隠されている」
シルフィードが指を立てる。
「そして、本物の儀式は別の場所にあるぞーってこと?」
「そう」
ノクターンは魔導板に、擬似儀式の魔力波形を表示した。
「問題は、その場所」
画面に黒い波形が走る。
ノクターンはそれを、別の魔力反応と重ねた。
「急速に魔力反応が高まっている地点がある」
偽装術式で存在が隠されていた地点。
黒天城はついにその姿を現していた。
五人の顔が変わった。
「待って」
ブレイズが机に手をつく。
「これ、あいつらの本拠地ってこと?」
「そう。恐らく、ここで本命の儀式準備が始まっている」
ノクターンは淡々と答える。
「擬似儀式の構造は、黒天城内部の魔力流路を簡略化したものと考えられる」
セラフィが息を呑む。
「つまり、真の儀式は……」
「黒天城の中」
ノクターンが言った。
「あるいは、黒天城そのもの」
部屋が静まり返った。
その言葉は重かった。
敵の本拠地へ乗り込む。
それだけでも危険だ。
だが、それ以上に、黒天城自体が儀式場だということは、城に入るということは、儀式の中に飛び込むのと同義だ。
ルミナは、自分のレガリアに手を当てた。
セレスティアル・フォームの光は、まだ静かに眠っている。
けれど、胸の奥で何かが熱くなる。
「行かなきゃ」
ルミナが言った。
「でも、真正面から行くのは危険です」
セラフィが言う。
シルフィードもうんうんと頷く。
「黒天城の中が儀式場なら、どこに罠があるかわかんないしね」
「そう。だから、ヴァルグレイの残した情報を使う」
ノクターンが魔導板に新しい地図を表示する。
擬似儀式の導線。
根。
反動の逃がし方。
中枢への流れ。
それらを、黒天城の魔力反応へ重ねる。
「まだ詳細は不明。でも、侵入すべき方向は絞れる」
シルフィードが身を乗り出した。
「抜け道があるの?」
「そう。外周流路に小さな“欠け”がある」
「欠け?」
「不自然に薄い箇所がある。普通なら防衛を厚くするべき場所。でも今は、そこだけ流れが少し弱い」
ブレイズが眉を寄せる。
「それってまた罠じゃないの?」
「罠の可能性もある」
ノクターンは即答した。
「でも、ヴァルグレイが意図的に残した道の可能性もある」
ルミナは画面を見る。
黒天城の外周に、細い隙間のような反応がある。
道。
彼が残したのだと、確証はない。
それでも、そこに意味がある気がした。
「行こう」
ルミナは言った。
「罠の可能性は捨てない。慎重に、できるだけの備えをしよう」
それは、自分たちで決めたことだった。
ヴァルグレイを信じきるわけではない。
敵として、向き合う。
けれど、彼が残したものを見逃さない。
ルミナは顔を上げる。
「黒天城へ行くなら、今までで一番危険な戦いになる」
「上等よ」
ブレイズが拳を握る。
「こっちは練習済みなんだから」
「練習と本番は違う。注意は必要」
ノクターンが言う。
「わかってるけど、何も知らずに行くよりずっといい」
セラフィは杖を手元に引き寄せた。
「治療用の魔力補助具も準備します。反動に備えた盾の調整も必要ですね」
シルフィードは窓の外を見る。
「黒天城かあ。近づくだけで風が重そう」
「怖い?」
ルミナが聞くと、シルフィードは少し笑った。
「ちょっとだけね。でも、行こう」
五人の視線が重なる。
誰も、簡単な戦いだとは思っていない。
それでも、五人の決意は確かなものとなった。
*
黒天城の玉座の間は、いつもより深い闇に沈んでいた。
ゼルミアはその中央に立ち、楽しそうに膝を折る。
「黒天王陛下、面白い報告があるよ」
闇の奥で、王の気配が揺れた。
『何を見た』
「ヴァルグレイだけどね、儀式の準備ではなく儀式を壊す準備をしているかもしれない」
玉座の間の空気が、わずかに重くなる。
だが、黒天王に怒りの感情は見られなかった。
むしろただ静かに、闇の奥で笑った気配がした。
『続けよ』
「外周部隊を城外へ移している。理由は外周の防衛。でも、本当は逃がしているようにも見える」
ゼルミアは指先に黒い羽根を浮かべる。
「それから、流路調整。表向きは安全弁。でも、いくつかの節点が黒天王陛下への供給ではなく、逆流可能な形に変わっている」
『逆流か』
「儀式発動時に、中枢へ送るはずの力を乱すための細工かもしれないね」
黒天王はしばらく沈黙した。
ゼルミアは頭を下げたまま、楽しげに笑っている。
「始末しようか?」
闇が、玉座の上で静かに揺れる。
『まだよい』
「泳がせるの?」
『ヴァルグレイは、よく働いた』
黒天王の声は、低く、冷たい。
『星彩少女どもの光を高め、ルミナを開花へ導いた。今また、己が裏切りすらもって、さらなる絶望の縁を作ろうとしている』
「裏切りも材料にする、と」
『そうだ』
ゼルミアの笑みが深まる。
「本当に、王陛下は悪趣味だね」
『褒め言葉として受け取ろう』
「では、私は?」
『見張れ』
黒天王の声が落ちる。
『儀式発動に支障が出るなら、処分せよ』
ゼルミアは、ゆっくり顔を上げた。
その瞳に、楽しみを隠す気配はない。
「つまり、壊していいんだよね」
『必要ならばな』
「必要になると思うよ。きっとすぐにね」
ゼルミアは立ち上がった。
影が彼女の足元から広がる。
「あー残念だなあ。もう少し奴の足掻くところを見ていたかったのに」
その声は、まったく残念そうではなかった。
『ゼルミア』
「はい」
『ヴァルグレイの絶望もまた、黒天の糧となる』
ゼルミアはにこりと笑った。
「では、綺麗に追い詰めてみせるよ」
玉座の闇が笑ったような気配がした。
ゼルミアは踵を返した。
黒い霧が、彼女の身体を包む。
向かう先は決まっている。
外周流路区画。
反逆の匂いを漂わせる、黒い外套の男のもとへ。
「さあ、ヴァルグレイ」
霧の中で、ゼルミアは楽しそうに呟いた。
「君の仮面、そろそろ割れそうだね」
――第28話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




