第26話「悪の幹部、儀式の中枢を掴む」
「おかえりなさいませ、ヴァルグレイ様」
黒天城へ戻ると、狼頭の部下がすでに執務室で待っていた。
机の上には、複数の魔導資料が展開されている。
「各区画の魔力流量と待機怪人配置を照合しました。その結果、儀式について新たに判明した事実がございます」
さすがの優秀さだ。
任せておいて正解だった。
「よし、すぐに報告しろ」
「はっ」
狼頭の部下は、一枚の立体図を展開した。
黒天城全体の構造図。
それらすべてに、黒い流路が走っている。
「これは……」
「ご覧の通り、城内の魔力循環そのものが、儀式陣として機能する構造になっています」
つまり。
黒天城全体が、黒天開花儀式の場となる。
俺が用意した擬似儀式とは比べ物にならない規模だ。
俺は椅子に座るのも忘れ、立体図を睨んだ。
黒い流路は、玉座の間へ集まっている。
その途中経路には、城内の各所に存在する怪人待機区画が組み込まれていた。
「この区画の流路はどうなっている?」
「怪人魔力の循環経路です。儀式開始時、待機怪人の魔力を安定化に用いられるようです」
怪人の魔力が、儀式と接続される構造。
ただの防衛配置ではなく儀式の一部に組み込まれている。
嫌な予感がした。
同じことを察したのか、狼頭の部下の声が少し硬くなる。
「計算上、最終段階では待機怪人の魔力を全量吸い上げることになると思われます」
全量。
それは、魔力を生命維持の源としている怪人にとって死を意味する。
要するに怪人たちも生贄ということだ。
黒天王は星彩少女だけでなく、自分の配下すらも燃料として組み込んでいる。
「……悪趣味にもほどがあるな」
俺は低く答える。
声が、自分でも冷えているのがわかった。
「怪人たちと繋がった流路は、どこへ繋がっている」
「はい、最終地点は玉座の間。ここに儀式の中枢部があると推測されます」
狼頭の部下は流路図の中心を拡大した。
「中枢部から吸い上げた希望のエネルギーは、反転炉を通って負へと変換されます」
「なるほど、ここが中枢か」
集めた魔力は全て玉座、つまり黒天王の元へ。
最後にエネルギーを得るのは黒天王なのだから、当然と言えば当然の作りだ。
だが、これまでは確証が持てなかった。
表向きの儀式の中央部からは、玉座の間に繋がらない構造になっていたからだ。
中央から外部、つまり怪人たちを経由して玉座の間へと繋がる。
怪人たちはただの防衛戦力ではなく、吸収した魔力を迂回させる装置。
そのついでに、怪人の魔力そのものも吸収する。
実に合理的で、吐き気を催す作りだ。
だが、ついに糸口を掴んだ。
中枢にある、魔力反転炉。
星彩少女と怪人から集めた莫大なエネルギーを負に転換する装置。
最もエネルギーが集まる場所ということは、ここが最大の弱点だ。
これを破壊すれば、術式は止まる。
「よくやった」
俺は言った。
狼頭の部下が、はっと顔を上げる。
「もったいなきお言葉」
「この調査内容は、俺の許可なく誰にも渡すな」
「はっ」
黒天王が作ったこの盤面。
ならば俺は、その内側から崩していってやる。
だがその前に、やるべきことがある。
俺は立体図を見下ろし、狼頭の部下へ指示を出す。
「外周区画の再配置を行う」
「再配置、でございますか」
狼頭の部下がこちらに目を向ける。
「ああ。儀式当日は外縁部の防衛を厚くする。黒天城中枢に戦力を集めすぎれば、星彩少女どもに外から流路を破壊される危険がある」
「確かに」
「よって、外周塔、城外監視拠点、予備転移陣周辺へ部隊を分散させる」
俺は画面に配置案を映した。
外周警備。
城外魔力観測。
補助結界維持。
全部もっともらしい任務名をつけてある。
実態は、退避だ。
儀式開始時、黒天城の内側にいないようにするための逃げ道。
もちろん、完全に儀式から離せば疑いがかけられる。
儀式の範囲内には入っているが、吸収されてしまう前に脱出ができる。
そういうギリギリの位置に置くことで、生存可能性を高めるのだ。
……全員は、救えないかもしれない。
それでも、自分の部下が黒天王の餌となって死んでしまうのは気分が悪い。
俺は資料を閉じる。
「この再配置は、黒天王陛下への正式報告前に準備を進めておけ。儀式直前に命じても混乱が生じるためだ」
「承知しました」
狼頭の部下が自分の端末へ情報を打ち込む。
「それともう一つ」
俺は少しだけ声を低くした。
「この件は、必要な者にだけ伝えろ。余計な噂を立てるな」
「情報統制、でございますね」
「ああ」
狼頭の部下は、迷いなく頷いた。
「ヴァルグレイ様のご命令、しかと承りました。」
俺は狼頭の部下を下がらせ、執務室に一人残った。
吸い上げられた希望を黒天王へ届かせる前に、反転炉の手前で逆流させる。
やるべきことは、至極単純だ。
だが、それを実現するのは想像よりも遥かに難しい。
まず、中枢流路の詳細はまだ見えていない。
にもかかわらず、黒天王に察知されず細工を仕込む必要がある。
そして、城内の怪人たちを可能な限り外へ逃がさなければならない。
「やることが多すぎる……」
今の俺にできることは、悪の幹部の顔をして一人で破壊工作の段取りを組むことだけである。
労働環境が最悪すぎる。
しかも失敗したら世界が終わる。
責任範囲が広いにもほどがある。
*
黒天城の地下流路区画。
普段、ここに足を踏み入れる者はいない。
黒い石造りの通路の奥で、魔力の川が音もなく流れている。
流れているのは水ではなく、黒い光。
城の壁、床、天井を走る魔力の脈。
その一部が、黒天開花儀式の導線として利用される。
俺は魔導端末を片手に、流路の節点へ闇鎖を伸ばした。
「ここを直接切れば、即座に気づかれるな」
流路を壊すのは簡単だ。
だが、それでは黒天王に露見する。
必要なのは破壊ではない。
黒天王が儀式を始めるその瞬間まで、正常に見える細工。
表向きは流れを整える補助陣。
実際には、発動時だけ逆流へ切り替わる隠し水路。
地味。
非常に地味。
最終決戦前の悪の幹部がやっていることとしては、あまりに地味だ。
だが、地味な作業ほど重要なのは、どの世界でも同じだ。
俺は流路の表面に、細い闇の印を刻む。
刻んだ瞬間、黒い脈がわずかに震えた。
破壊の印ではなく、安定化の印に見えるように偽装する。
数秒後、流路の震えが収まった。
「……上手くいっているのか、いまいちわからん」
誰もいない地下で呟く。
その時だった。
「幹部直々に作業とは、精が出るねぇヴァルグレイ」
背後から声がした。
心臓が止まるかと思った。
ゼルミアが、通路の壁に腰掛けるようにして笑っている。
「ゼルミア」
俺は低く名前を呼ぶ。
「貴様、もう少し普通に姿を見せられんのか」
「だって、その方が面白いだろう? 君の反応がさ」
「悪趣味だな」
「褒め言葉だね」
ゼルミアは軽やかに床へ降りた。
その足元で、黒い霧が薄く広がる。
俺は流路に刻んだ印をさりげなく隠した。
普通に見てもわからない偽装はしてあるが、今勘づかれるのは困る。
ゼルミアは流路を眺め、目を細める。
「最近、ずいぶん忙しそうだね」
「儀式が間も無く始まるのだ。忙しくないわけがないだろう」
「それはそう。でも、君の忙しさって悪いことをする奴の忙しさじゃないんだよね」
ゼルミアは笑った。
「何か隠しごとをしている奴の忙しさに見える」
この女。
本当に嫌なところだけよく見る。
「くだらんな」
俺は鼻で笑う。
この程度の探りでボロを出すわけにはいかない。
「黒天開花儀式は王の大願だ。軽々しく進められるものではない。隠すも何も、慎重に作業して当然だ」
「慎重、ね」
「そうだ」
「じゃあ、外周部隊の再配置も慎重な作業?」
来た。
俺は表情を変えない。
「星彩少女どもが外部から流路を破壊する可能性がある。外周防衛を厚くするのは当然だ」
「ふぅん」
ゼルミアは、楽しそうに首を傾ける。
「それで」
ゼルミアが一歩近づく。
「この流路調整は、本当に儀式を進めるためのもの?」
「当然だ」
「壊すためじゃなくて?」
空気が冷えた。
黒い魔力流路が、通路の奥で静かに脈打つ。
俺はゆっくりとゼルミアを見る。
「ゼルミア」
「何?」
「俺が黒天王より任された儀式準備を疑うつもりか」
ゼルミアは答えずに笑っている。
心底楽しそうに。
「まあ、今はそういうことにしておくよ」
「しておくもなにも、そういうことでしかないだろう」
「どうだろうね」
よくない。
まったくよくない。
ゼルミアは踵を返した。
「今日は見逃してあげる」
「何をだ」
「まだわからないもの」
彼女は振り返り、笑う。
「君が本当に王のために花を咲かせようとしているのか。それとも、根っこに虫を入れようとしているのか」
黒い霧が、彼女の足元から広がる。
「わかったら、ぜひ黒天王にも知らせてあげなきゃ」
ゼルミアの姿が霧に溶ける。
最後に、声だけが残った。
「その時、君がどんな顔をするのか楽しみだな」
霧が消える。
地下流路区画に、再び静けさが戻った。
俺はしばらくその場に立ち尽くした。
「……本当に面倒な女だ」
明らかに、ゼルミアは俺の行動を疑っている。
今までもそうだったが、今回は明らかな離反の現場を押さえようとしている。
息を吐く。
時間がない。
ゼルミアが探り始めた以上、悠長に準備している余裕はさらに減った。
俺は流路へ再び闇鎖を伸ばす。
今度は、迷わず印を刻んだ。
*
数時間後。
執務室へ戻ると、狼頭の部下が待っていた。
「ヴァルグレイ様。外周部隊の先行移動準備、八割方完了しております」
「早いな」
「各隊には、儀式時の外部防衛強化と伝えております。皆、ヴァルグレイ様のご期待に応えようと士気を高めております」
「そうか」
胸が痛む。
期待に応える必要などない。
ただ生き延びろ。
そう言えれば、どれほど楽か。
「移動は早めろ」
「はっ」
「儀式開始予定が前倒しになる可能性がある。黒天王陛下の魔力反応が活性化している」
「承知いたしました」
狼頭の部下が立ち上がる。
だが、すぐには出ていかなかった。
「何だ」
「ヴァルグレイ様」
彼は少しだけ迷うように言った。
「我らは、城外に出ていてよろしいのでしょうか」
俺は目を細める。
「どういう意味だ」
「いえ。儀式は黒天王陛下の大願。であれば、我らも城内にてその成就を支えるべきではないかと考える者もおります」
やはり出たか。
忠誠心が裏目に出ている。
自分たちが生贄になるかもしれないと知らなくても、黒天王のそばにいたがる部下はいる。
俺は声を冷たくした。
「黒天開花儀式において、外周防衛は軽い任務ではない。星彩少女どもが外から流路を断てば、儀式は乱れる。城外に置く部隊こそ、最初に敵を迎える盾となる」
「はっ」
「お前たちには、その盾を任せる」
狼頭の部下の目が、強く輝いた。
しまった。
また変な方向に刺さった。
「必ずや、ヴァルグレイ様のご期待に応えてみせます」
「……俺が期待しているのはお前たちの生存だ」
「はっ……生存、でありますか」
思わず出た本音に、狼頭の部下が不思議そうに尋ねる。
本当は言葉通りの意味だ。
だが、俺はそれらしい理由で本音を覆い隠す。
「言ったはずだ。外周防衛はこの儀式の要であり、最前線だ。簡単に損耗されては儀式に傷がつく。お前たちが生き延びることにこそ大義があると心得よ」
狼頭の部下は一瞬だけ目を見開いた。
それから、深く頭を下げる。
「承知いたしました。必ずや、生きて任を果たします」
「ああ。期待している」
今度は、少しだけ伝わったかもしれない。
たぶん。
そう思いたい。
狼頭の部下が下がった後、俺は椅子に深く沈んだ。
肩が重い。
ゼルミアに疑われている。
流路細工は半分も終わっていない。
部下の退避も完全ではない。
星彩少女たちに本番の道を示す準備も必要だ。
そして黒天王は、こちらの事情など待ってくれない。
机の端に置いた端末が、低く震えた。
黒い花弁の紋章。
儀式中枢からの魔力反応だ。
俺は画面を開く。
黒天城全域の流路図が表示される。
中心、玉座の間付近で、黒い花弁が一枚だけ開いていた。
予定より早い。
「……始める気か」
まだ完全発動ではない。
だが、予備起動が始まっている。
黒天王が儀式を前倒しにしようとしている。
ゼルミアが探っているからか。
それとも、ルミナのセレスティアル・フォーム覚醒で条件が整ったからか。
どちらにせよ、残された時間は少ない。
俺は端末に新しい指示を打ち込んだ。
外周部隊、移動前倒し。
中枢流路、逆流印追加。
星彩少女誘導用の魔力流路、準備。
作業項目が、黒い画面に並ぶ。
どれも一つ間違えれば謀反の証拠になる。
もう、ほとんど叛逆しているようなものだが。
俺は小さく息を吐いた。
「ここから先は、時間との勝負か」
悪の幹部としては、黒天王の儀式を完成させる。
黒瀬悠真としては、その儀式を壊す。
そして、その間で部下を逃がし、星彩少女たちを中枢へ導く。
やることが多い。
リスクも高い。
ゼルミアは嗅ぎ回っている。
黒天王は儀式を早めている。
それでも、やるしかない。
「お前の儀式を綺麗な徒花にしてやるぞ、黒天王」
誰にも聞こえない声で呟く。
自然と、悪役らしいセリフが出ていた。
――第27話へ続く
※おことわり
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