第24話「魔法少女たち、第二回対策会議を開く」
会議というものは、たいてい面倒くさい。
けれど、必要な時もある。
例えば、敵の罠に嵌められ、味方全員が拘束され、そのうちの一人が謎の金色の姿に変わり、さらに敵の幹部がその変わり方を知っていた場合などは、かなり必要である。
つまり今だった。
*
街外れの古い天文資料館の一室。
作戦室として使っている星彩少女たちの拠点。
しかしそこは、いつもよりも静かだった。
机の中央には、ノクターンが記録した旧地下水道区画での戦闘データが投影されている。
黒い拘束術式。
ゼルミアのなりすまし。
レガリア吸収陣。
そして、金色に輝くルミナの姿。
映像がそこまで進んだところで、ブレイズが椅子の背にもたれた。
「……何回見ても、すごいわね。ルミナの新しい力」
「うん」
ルミナは自分の胸元のレガリアに手を当てる。
今はもう、あの金色の鎧も翼もない。
いつもの姿に戻っている。
けれど、レガリアの奥には、まだあの時の熱が残っているような気がした。
セラフィが心配そうにルミナを見る。
「体調は本当に大丈夫ですか? めまいや胸の痛みは?」
「大丈夫。少し疲れは残ってるけど、動けないほどじゃないよ」
「レガリアの発熱は?」
「それも、もう落ち着いた」
ルミナが答えると、ノクターンは無言で頷き魔導板を閉じる。
「第二回対策会議、始める」
ノクターンは表情を変えずに、指を二本立てた。
「議題は二つ。一つ目、ルミナのセレスティアル・フォームについて。二つ目、ヴァルグレイは敵なのかについて」
セラフィが、少しだけ目を伏せた。
「二つ目は、なんだか、デジャヴを感じる議題ですね……」
「仕方ないでしょ」
ブレイズが即座に言った。
「あいつが、いつもいつも敵なのか何なのかわからないのが悪い!」
「それは、確かにそうだけど……」
ルミナは否定しきれずに小さく頷いた。
ブレイズは腕組みしながら続ける。
「はっきり味方だって言ってくれれば、大手を振って部下になれるのに」
「部下候補、まだ諦めてなかったんですね……」
セラフィが苦笑する。
ルミナは無言でうつむいた。
ヴァルグレイは、敵。
そのはずだ。
だが、本物のヴァルグレイが現れた瞬間。
ゼルミアが化けていた、あの冷徹な言葉と姿は本物ではなかったと分かった瞬間。
その光景は、ルミナを確かに安堵させた。
その事実が、今も胸の中で静かに揺れている。
*
「まずルミナの新しい力、『セレスティアル・フォーム』について」
ノクターンが映像を切り替える。
そこには、ルミナのレガリア反応が波形として表示されていた。
「通常変身時の出力とは別物。レガリアの内部構造が一時的に開き、星の力をより深い階層から引き出している」
「……つまり?」
ブレイズが聞く。
「星のレガリアの真の力が、一部解放された可能性が高い」
セラフィがルミナを見る。
「ルミナちゃんの願いに、レガリアが応えたということですか?」
「そう推測できる」
ノクターンは画面に、あの時のルミナの言葉を表示した。
――私は、みんなを守りたい。
――まだ、終わりたくない。
ルミナは、膝の上で手を握った。
「あの時は……本当に、それしか考えてなかった。みんなを助けたいって。ここで終わりたくないって」
「ヴァルグレイの言葉は?」
ノクターンが聞く。
ルミナは少し黙った。
思い出す。
黒い術式に縛られ、力を吸われたあの時。
偽りのヴァルグレイの言葉に心が折れかけていた時。
本物のヴァルグレイは言った。
レガリアを信じろ、と。
お前の光は、そこで終わるものではない、と。
そして、あなたも信じてくれる? という問い。
その言葉に、ヴァルグレイははっきりと信じると答えた。
その声を思い出すと、何故だか顔が熱くなる。
「ルミナ、また顔が忙しくなってる」
「なってない! なってないから!」
ブレイズの指摘にぶんぶんと手を振る。
一度、姿勢を正して答える。
「……うん、あの言葉がなかったら、私はあの力を引き出せなかったと思う」
ルミナは正直に言った。
場が静かになる。
ブレイズが腕を組む。
「問題はそこなのよね。なんであいつ、ルミナの新しい姿のこと知ってたの?」
「敵の情報収集、と本人は言っていた」
ノクターンが言う。
ブレイズは顔をしかめた。
「いや、無理があるでしょ」
「うん」
ルミナも頷く。
「でも……あの時は、疑うよりも先に信じたいって思った」
セラフィが優しく言う。
「その力で、ルミナちゃんは私たちを助けてくれました」
「でも、私一人でできたわけじゃないよ」
ルミナは首を横に振る。
「ブレイズの炎が鎖の根を焼いてくれて、セラフィが再接続を防いでくれて、ノクターンが中心核を見つけてくれて、シルフィードが魔力の流れを乱してくれた。みんながいたから、術式を破れた」
四人が無言で頷く。
「それで、私たちもその姿になれるのかな?」
気になって仕方がない、といった様子でブレイズが身を乗り出す。
ノクターンは少しだけ沈黙した。
「現状は不明」
「不明かあ」
「可能性はある。ただし、ルミナと同じ祈りで発動するとは限らない」
セラフィが小さく首を傾げる。
「希望の形が違うから、でしょうか」
「そう」
ノクターンは頷く。
「ルミナの場合、仲間を守りたいという願いが明確なトリガーになった。でも、ブレイズ、セラフィ、私、シルフィードが同じ願いで同じ形になる保証はない」
「なるほどね」
ブレイズは自分のレガリアを見た。
「つまり、私なら私なりの願い方があるってこと?」
「可能性が高い」
「よし」
ブレイズは立ち上がった。
そして、胸元のレガリアに手を当てる。
「星よ、私の炎をもっとすごく燃やして!」
沈黙。
何も起きない。
レガリアは、ほんの少しも光らなかった。
ブレイズは数秒そのまま固まった後、ゆっくり顔を上げた。
「……今のなしで」
シルフィードが肩を震わせている。
「笑ってない?」
「ぷふっ……ぜんぜん笑ってないよ」
「がー! 笑うなー!」
ノクターンが冷静に言う。
「祈りの言葉が雑」
「雑って何! ちゃんと祈ったわよ!」
「祈りというより、ただの火力自慢だった」
「分析しないで!」
セラフィが慌てて間に入る。
「で、でも、試すこと自体は悪くないと思います。私たちにも、それぞれ必要なものがあるのかもしれません」
ルミナはブレイズを見て、少し笑った。
「ブレイズの願いは、もっとすごく燃やしたいだけじゃないと思う」
「え?」
「きっと、誰かと一緒に前へ進みたいとか、置いていかれたくないとか、そういう願いもあるんじゃないかな」
ブレイズは少しだけ頬を赤くした。
「な、何よ急に」
「違う?」
「……違わないけど」
セラフィは自分の盾を見つめた。
「私なら……守るだけではなく、みんなが前へ進めるようにしたい、でしょうか」
「私は」
ノクターンが少しだけ考える。
「観測するだけじゃない。私の分析で、皆の戦いの行方を変えたい」
シルフィードは天井を見上げる。
「私は、一人で速く飛ぶんじゃなくて、みんなと一緒に遠くまで行くこと、かな」
言ってから、少し恥ずかしそうに笑った。
「なんか真面目になっちゃった」
「いいことだと思う」
ルミナが言う。
ノクターンは魔導板に記録した。
「結論。セレスティアル・フォームは、ルミナの希望と星のレガリアの深層反応によって発現した可能性が高い。他の四人にも到達可能性はあるが、発動条件は未確定。無理な再現実験は危険」
「無理にやるのはなしね」
ブレイズが椅子に戻る。
「さっきみたいな空振りも恥ずかしいし」
ノクターンが頷きながら答える。
「あれはだいぶ恥ずかしい」
「さっさと忘れて! ほら次の議題!」
*
ノクターンが次の資料を表示した。
ヴァルグレイの行動記録。
「次の議題。ヴァルグレイについて」
ブレイズが大きくため息をついた。
「ほんと、これ何回考えても答え出ないのよね」
「でも今回は、前より情報が増えた」
ノクターンが魔導板を操作しながら続ける。
「旧地下水道区画で、ヴァルグレイは明確に私たちの生存に寄与した」
「生存に寄与って言い方、硬いわね」
「助けた、と言うと本人が否定する」
「それはそう」
セラフィが静かに言う。
「あの方が来てくださらなかったら、私たちは危なかったです」
「そこは間違いないわね」
ブレイズも渋々頷く。
「偽物に心を折られかけて、術式に吸われて、かなりまずかった。あいつが来た時、正直ちょっと安心したし」
「私も」
シルフィードが言う。
「本物が来た、って思った」
ルミナは頷いた。
「あれは本物じゃないって、わかってほっとした」
自分で言って、少しだけ胸が痛む。
敵なのに。
敵が本物だとわかって、安心した。
でも、それはごまかせない事実だった。
「ヴァルグレイは、ゼルミアに対して怒っていた」
ノクターンが映像を進める。
そこには、ヴァルグレイがゼルミアを睨みつける場面が映る。
セラフィが少し不安そうに手を重ねる。
「ヴァルグレイさん、大丈夫でしょうか」
その言葉に、場が静まった。
ブレイズが目を丸くする。
「大丈夫って、敵の心配?」
「はい」
セラフィは正直に頷いた。
「あの方は私たちを助けるような行動をしました。でも、それは黒天教団の中では問題になるのではないでしょうか」
ルミナも、ずっとそれが気になっていた。
ヴァルグレイは、あの時ひどく苦しそうだった。
自分を責めるような言葉を漏らした。
来たのに、遅すぎた、と。
あれは、単なる悪役の台詞ではなかった。
「私も、心配」
ルミナが言うと、ブレイズは複雑そうな顔をした。
「ルミナまで……」
「ヴァルグレイは、何か抱えてると思う」
「何か?」
「私たちにも言えない。黒天教団にも言えない。そういう何か」
ルミナは自分の胸元のレガリアをそっと握った。
「あの人は、セレスティアル・フォームのことを知っていた。私より先に。黒天教団の幹部だから知ってたって言うけど、やっぱりそれだけじゃない気がする」
「でも」
ノクターンが口を開く。
その声は、いつも通り静かだった。
「注意は必要」
全員がノクターンを見る。
「ヴァルグレイの行動が、私たちを助ける方向に働いたのは事実。でも、それが善意だとは断定できない」
セラフィが目を伏せる。
「確かに、そうですね」
「じゃあ、やっぱりあいつが全部計算でやってるかもしれないってこと?」
ブレイズの声には、少し苛立ちが混じっていた。
ノクターンは頷く。
「完全には否定できないということ」
「……でも」
ルミナは静かに言った。
「あの時、ヴァルグレイは苦しそうだった。私たちを騙せたからじゃない。助けたことを誇っていたわけでもない。間に合わなかったことを、悔やんでいるように見えた」
ノクターンはしばらく黙る。
それから、ゆっくり頷いた。
「ルミナの感じたことも、否定はしない。重要情報として記録する」
「ありがとう、ノクターン」
ブレイズが頭をかいた。
「あー、もう。結局、敵だけど敵じゃないかもしれなくて、でも敵じゃないって決めつけるのも危ないってこと?」
「そう」
ノクターンが即答する。
ブレイズは机に突っ伏した。
「ややこしすぎる!」
セラフィが困ったように微笑む。
「でも、あの方の立場を考えると、私たちが軽率に信じている態度を見せるのも危ないですよね」
「そう」
ノクターンは新しい項目を表示した。
――今後の対応方針。
「ヴァルグレイは、直接的に助言できない可能性が高い。黒天教団側の監視、特にゼルミアや黒天王が近くにいる場合、彼の言葉や行動は敵対に見える形を取るはず」
ノクターンは、いくつかの項目を並べた。
表向きの敵対行動。
罵倒に含まれる戦術情報。
黒天教団側の監視の有無。
「今後は、これらを重点的に観測する」
シルフィードが、少し楽しそうに首を傾げた。
「つまり、ヴァルグレイが何か伝えようとしてるかもしれない。でも気づいたことを、ゼルミアや黒天王には気づかれちゃダメってこと?」
「そう」
ブレイズが天井を仰いだ。
「なんで敵との戦いで、こっちまで演技しなきゃいけないのよ」
「ヴァルグレイの立場を守るため」
ノクターンが答えた。
その言葉に、また空気が変わる。
ヴァルグレイの立場を守る。
敵の幹部の立場を、魔法少女が気にする。
普通ならおかしい。
でも今は、それがおかしいだけでは済まない気がした。
「もし」
セラフィが慎重に言う。
「私たちが、ヴァルグレイさんの意図を受け取ったと誰かに気づかれたら……」
「彼の立場が悪化する可能性がある」
ノクターンが続ける。
「粛清、監禁、作戦権限の剥奪、あるいは私たちを利用した罠への転用」
「やめてよ、物騒な選択肢ばっかり」
ブレイズが顔をしかめる。
ルミナは胸が重くなるのを感じた。
ヴァルグレイは敵だ。
でも、もし彼が本当に何かを抱えているなら。
もし自分たちを助けるために危ない橋を渡っているなら。
その手を、こちらが雑に掴んで折ってしまうわけにはいかない。
「じゃあ、方針を決めよう」
ルミナは静かに言った。
四人がルミナを見る。
「ヴァルグレイを、簡単に信じきらない。敵として警戒する。それは変えない」
ノクターンが頷く。
「妥当」
「でも、あの人が何かを伝えようとしているなら、見逃さない」
ルミナは続ける。
「言葉だけじゃなくて、攻撃も、配置も、逃げ道も、全部見る」
「見るもの多いわね」
ブレイズが言う。
「でも、やるしかないか」
「うん」
ルミナは頷いた。
「そして、気づいてもすぐに態度には出さない。ゼルミアや黒天王に、ヴァルグレイが私たちを助けているって思われないようにする」
ノクターンが最後にまとめる。
「結論。ヴァルグレイは敵である可能性が残る。同時に、黒天教団内部で私たちに何かを伝えようとしている可能性も高まった。今後は、彼の表向きの言葉と実際の効果を分けて観測する」
ルミナは、自分のレガリアを見下ろした。
あの金色の光は、まだ自分の中にある。
けれど、簡単に使える気はしない。
あれは、ただ強くなるための力ではない。
守りたいという願いに、レガリアが応えてくれた力だ。
そして、その扉を開く言葉を、ヴァルグレイは知っていた。
なぜ知っていたのか。
どうして、あんなに苦しそうだったのか。
その答えは、まだわからない。
でも。
「次に会ったら、ちゃんと見る」
ルミナは言った。
「あの人が敵として何をしているかだけじゃなくて、その奥で何を伝えようとしているのか」
会議は終わった。
答えが出たわけではない。
ヴァルグレイが敵なのか。
味方なのか。
そのどちらでもない何かなのか。
まだ、わからない。
けれど、これからはただ戦うだけではない。
彼の言葉の裏を。
攻撃の隙間を。
罠に見える盤面の中に残された道を。
ちゃんと見る。
そう決めた。
ルミナは小さく息を吸い、胸元のレガリアに手を当てる。
次に会った時。
きっとまた、彼は怖い声で言うのだろう。
愚かだとか、無様だとか、罠にかかる方が悪いとか。
でも、その言葉の奥に何かがあるなら。
今度は、見逃さない。
――第25話へ続く
※おことわり
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