第23話「黒天王、希望の中心を見定める」
やらかした時の報告というものは、とにかく早めにしておくべきだ。
社会人時代もそうだった。
下手に隠そうとしても、事態が良い方向に転がることはあまりない。
できるだけ早く、「すみませんやらかしました」と宣言するのが最も傷が浅く済む方法だ。
今の俺も、まさにそれだった。
黒天城の執務室。
机の上には、旧地下水道区画での戦闘記録が立体映像として浮かんでいる。
黒い拘束術式。
ゼルミアのなりすまし。
レガリア吸収陣。
そして、金色の光。
ルミナの新たな姿、セレスティアル・フォーム。
何度見ても、胸の奥がざわつく。
美しい。
強い。
希望に満ちている。
だからこそ、嫌な汗が出る。
俺は魔導端末に報告文を打ち込んでいた。
既に帰還直後に一報はしているので、これは詳細報告というやつだ。
つまり、事の顛末を全部書き出さなければならない。
――旧地下水道区画における星彩少女誘導作戦について。
――ゼルミアの独断により、術式出力が想定を超過。
――星彩少女ルミナが新たなレガリア反応を発現。
――結果、拘束吸収術式は破壊。
ここまでは事実だ。
問題は、その先。
ルミナがセレスティアル・フォームへ至ったきっかけ。
俺だ。
俺が促した。
敵である星彩少女に、明確な逆転の一手を渡した。
黒天教団の幹部として見れば、どう見ても利敵行為である。
「……さすがに詰んだか、これは」
思わず呟いた。
言い訳すること自体は難しくない。
希望を高めるため。
絶望を深くするため。
星彩少女の光を熟成させるため。
いつもの地獄の方便で押し通すことは可能かもしれない。
黒天王も、希望を育てるだけでなく適度な負荷をかけることを推奨していた。
なので、今回の俺の行動もそれに沿ったものだ、という説明だ。
だが、あそこまでパワーアップまでさせてしまうのはやりすぎではないか?
希望を大きくするだけならともかく、強くしすぎて本当に絶望させられるのか?
……という疑問が、黒天教団内で出てくることは想像に難くない。
それに、ゼルミアも同様にやらかしている。
黒天王の計画だの、収穫の段取りだの、あいつは完全にどうでもよさそうだった。
ただ星彩少女たちが苦しむ顔を見たくて、あの場で壊しかけた。
収穫対象を必要以上に強くしすぎた俺と、危うくそれを壊しかけたゼルミア。
二人まとめて、お仕置きの対象だろう。
今のうちに、ヴァルグレイらしい最期のセリフでも考えておくか……。
などとしょうもないことを考えていると、魔導端末が低い音を立てた。
黒い紋章が画面に浮かぶ。
黒天王からの召喚命令。
ついに来た。
「ヴァルグレイ様」
扉の前で、狼頭の部下が片膝をついた。
「黒天王陛下より、玉座の間への出頭命令が下っております」
「ああ、わかっている」
「ゼルミア様にも、同様の命令が出ているとのこと」
「そうか」
やはりか。
俺とゼルミア、まとめて呼び出し。
これはもう、裁判である。
悪の組織式の裁判なので弁護士はいないし、判決はたぶん死刑寄りだ。
「ヴァルグレイ様」
「何だ」
「今回の件、何かヴァルグレイ様に良くない沙汰が下るのでしょうか」
狼頭の部下がやや不安げに尋ねる。
こいつも何となく予感をしているのだろうか。
「わからん。だが、予定した通りの作戦とならなかったことは事実だ。咎めがあるのなら、それは甘んじて受けよう」
「しかし、元はと言えばゼルミアのやったことが原因では」
狼頭の部下を見ると、『奴めあのような雑な芝居でヴァルグレイ様を騙るなど……』とかぶつぶつ言っている。
「だとしても、だ。こういう時、下手な言い訳や責任転嫁は逆効果になる。失敗したことは、まずは素直に認めるのが肝要だ。たとえ自分の首が飛ばされようともな」
「はっ……。潔いそのお姿、必ずや我が眼に焼き付けておきます」
いや、焼き付けなくて良い。
こいつの忠誠心の高さは時々ちょっと心配になってくるレベルだ。
俺は外套を整え、執務室を出た。
玉座の間へ向かう廊下は、いつもよりも長く感じた。
*
玉座の間は、黒天城の最奥にある。
その玉座に、黒天王が座していた。
厳密に言うと、いるというよりはそこにいるはず、くらいの感覚だ。
姿は曖昧で、黒い人影のようにも見える。
巨大な闇が王冠を被っているようにも見える。
ただ、そこにいるだけで、周囲の空気が重くなる。
先に来ていたゼルミアは、玉座の前で片膝をついていた。
しかし、その顔はまるで反省していない。
むしろ楽しそうだ。
こいつ、処罰されるかもしれない場でもその顔をするのか。
相変わらずメンタルが強すぎる。
こっちは今にも胃が潰れそうだってのに。
俺も玉座の前に膝をつく。
「ヴァルグレイ、参上いたしました」
黒天王の声が響く。
『旧地下水道区画での戦闘、見届けた』
来た。
俺は頭を下げたまま、声を作る。
「はっ。改めてご報告します。星彩少女たちの戦力と希望の硬度を測る過程で、星彩少女ルミナのレガリアに新たなる反応が検知されました」
「ふふ」
隣でゼルミアが笑った。
「さすが、ずいぶん綺麗にまとめるねえ。ヴァルグレイ」
ええい黙れ。
頼むから今は余計なことを言うな。
お前のことだって、殊更に悪く言わないようにしてやってるんだぞ。
「特に面白かったのは、ヴァルグレイがルミナに言葉を与えたところかな」
ゼルミアは楽しそうに続ける。
「『胸のレガリアに手を当てて祈れ。お前の光はそこで終わるものではない』だったかな? いやあ、敵にしてはずいぶん優しい助言だったよね」
あーもう。
こいつ、本当に全部言いやがった。
元はと言えばお前がやりたい放題やったからだろうが。
玉座の闇が、静かに揺れる。
俺は頭を下げたまま、息を整えた。
言い訳を考える。
希望を高めるため。
収穫価値を見極めるため。
術式が暴走し、五人が壊れる前に、より高い段階の希望を引き出す必要があったため。
言える。
言えるが、通るかは別だ。
「ヴァルグレイ」
黒天王が俺の名を呼ぶ。
全身の骨が震えるような声。
「はっ」
「お前は、敵である星彩少女に覚醒の道を示した」
「仰る通りです」
内心震えているのを悟られないよう、平静を装って答える。
「ゼルミア」
「はいはい」
「お前は、収穫前の星彩少女を壊しかねない術式を用いた」
「その通りで」
軽い。
あまりに軽い。
ゼルミアは本当に処罰を恐れていない。
いや、恐れていないのではなく、恐怖も含めて楽しんでいるのかもしれない。
黒天王の闇が、さらに濃くなる。
俺は覚悟した。
来る。
罰が。
だが、黒天王の次の言葉は、まったく予想外だった。
「実に、見事であった」
……何?
思わず顔を上げかけた。
ギリギリでこらえる。
ゼルミアも、わずかに眉を上げた。
「へえ」
黒天王は続ける。
「星彩少女の金色の力。あの光こそ、我が最も望んでいたものだ」
玉座の間が、しんと静まり返る。
俺の思考が、一瞬止まった。
黒天王が、望んでいた。
ルミナの覚醒を。
「王よ、恐れながら発言をお許しください」
『良い』
俺は慎重に声を出す。
「王は……星彩少女の新たな力の存在を、ご存知だったのでしょうか」
『そうだ』
黒天王の闇が、低く笑った。
『あれは、種子が花へと至った証。我が計画『黒天開花儀式』を始める最後の条件が、ここに成ったのだ』
嫌な言葉だった。
種子。
花。
そして、黒天開花儀式。
それが黒天王の、最終目的なのか。
『星彩少女をただ砕くことに意味はない。お前はそう言っていたな。ヴァルグレイ』
黒天王の声が、玉座の間に満ちる。
『まさしくその通りだ。人智を越える力、その源となる無限の希望。それら全てを我が儀式に取り込み、永遠の闇を完成させる。そのために、あの金色の力は欠かせないものなのだ』
俺は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
希望を高めてから絶望へ落とす。
俺が黒天教団への言い訳として、何度も口にしてきた理屈。
それを、黒天王は本気で計画している。
いや。
最初から、それが目的だったということか。
『星彩少女ルミナは、儀式の中心だ』
黒天王は言った。
『仲間を導き、支え、己が折れかけてもなお立つ。あの光が金色の力へ至ったことで、黒天開花儀式は最終段階へと進む』
ゼルミアが楽しげに目を細める。
「つまり、私が追い詰めたのも、ヴァルグレイが助け舟を出したのも、全部いい方向に転がったってこと?」
『そうだ』
黒天王は即答した。
褒められている。
黒天王に。
俺も、ゼルミアも。
最悪の気分だった。
俺の行動もゼルミアの暴走も、黒天王の意志に反するものだと思っていた。
だが違った。
黒天王は、全部利用する気だった。
ゼルミアの悪意も。
俺の介入も。
ルミナの願いも。
仲間を守ろうとする光も。
すべてを、儀式のための肥料として見ている。
冷たい怒りが腹の底から湧いてくる。
だが、今はそれを表に出すわけにはいかない。
俺は努めて冷静な声を装い、言葉を発した。
「……それでは、ついに黒天開花儀式の実行に向けて準備を始めるということですね」
本当のことを言うと、俺はまだ黒天開花儀式がどのようなものなのかわかっていない。
原作知識では追いついていなかった、アニメ終盤の展開。
恐らくそこで、黒天王の計画が明かされていたのだろう。
そして、黒天教団内の誰が儀式のことを知っていて、誰が知らないのか。
そこの調査を進めることもできなかった。
調査の過程で「ヴァルグレイが儀式のことを知らない」という事実が知れ渡る可能性がある以上、迂闊な行動はできなかったのだ。
つまり。
知っているふりをして、話を合わせていくしかない。
『その通りだ』
黒天王が言う。
『お前たちにも、儀式の輪郭を示しておこう』
玉座の前に、黒い魔導映像が展開された。
それは花だった。
黒い花。
中央に巨大な核を持ち、五枚の花弁が光を包むように配置されている。
その花弁の先には、それぞれ星彩少女たちのレガリア反応が示されていた。
特に中央。
金色の光。
ルミナ。
『黒天開花儀式は、人間の希望を負の力へと反転させる儀式だ』
黒天王の声が淡々と響く。
『星彩少女の光を最大まで高める。とりわけ、中心となる星彩少女ルミナの希望を極限まで育てる。その上で、守れると信じたものが崩れ、自らの光が世界を救えぬと知った瞬間、その希望は最も深い絶望へ反転する』
映像の中で、金色の光が黒く染まる。
同時に、五枚の花弁が開く。
『その負の力を、黒天へと注ぐ』
花の中心が脈打つ。
『その暁に、闇が世界を支配し、我は完全へと至る』
完全。
つまり、黒天王は今の状態が完全ではないと言っている。
『完成した黒天は、世界を覆う。人々の心へ根を張り、希望を喰い、絶望を糧として広がる』
黒い花の根が、映像の中で街を覆っていく。
建物。
道路。
人々の影。
この世のすべてに、黒い根が絡む。
『この世界は、我の闇の下に統べられる』
世界征服。
言葉にしてみると、あまりにも悪役らしい目的だ。
だが、それが現実のことになると思うと、全く笑えない。
人を人として見ていない。
希望も、絶望も、命も、全部儀式の燃料だ。
俺は仮面の奥で息を殺した。
ゼルミアは、映像を見て楽しそうに笑っている。
「いいねえ。大きな花だ」
『ゼルミア』
黒天王が呼ぶ。
『今後も星彩少女ルミナの光を観察せよ。ただし、収穫前に砕くな』
「はーい」
『ヴァルグレイ』
「はっ」
『お前は、黒天開花儀式の準備を進めよ』
来た。
『お前は、星彩少女どもの成長を最も近くで観察してきた。その光がどこまで高まるか、どの盤面で最も深く折れるかを見極めるには、お前が適任だ』
最悪だ。
最悪だが、同時に。
これ以上ない好機でもあった。
儀式の準備役。
黒天開花儀式の構造に触れる権限を得る。
つまり、内側から破壊できる可能性を探る手がかりを得やすい立場になったのだ。
俺は頭を垂れた。
「御意。黒天王陛下の御心のままに」
口は勝手に悪の幹部の言葉を吐く。
だが、心の奥では別のものが燃えていた。
怒り。
そして、決意。
俺は、ルミナを助けるために力を使わせたつもりだった。
だが、それすら黒天王の計画に組み込まれていた。
彼女の願いを。
仲間を守りたいという祈りを。
そんなものの燃料にさせてたまるか。
『ヴァルグレイ』
黒天王の声が落ちる。
『今一度、希望を育てよ』
「はっ」
『そして、最も美しく咲いた瞬間に、絶望へ落とせ』
「……御意」
答えながら、俺は内心で真逆のことを誓っていた。
育てる。
それはいい。
だが、絶望へ落とすためではない。
黒天王の花を砕くために。
*
玉座の間を出ると、ゼルミアが薄い笑いを浮かべていた。
「二人とも褒められちゃったねぇ」
「黙れ」
「君、てっきり罰せられると思ってたんでしょ」
図星だ。
こいつは本当に嫌なところだけよく見る。
「貴様も同じだろう」
「まあね。でも、首が飛んだら飛んだで面白いかなって」
「救いようがないな」
「よく言われる」
ゼルミアは笑いながら歩く。
「でも、面白くなってきたね。ルミナの光、あれは確かに綺麗だった。王が欲しがるのもわかるよ」
俺は足を止めた。
ゼルミアも立ち止まり、こちらを見る。
「ゼルミア」
「何?」
「次に収穫前の光を勝手に刈ろうとすれば、今度こそ俺自ら止めるぞ」
「王の命令だから?」
「そうだ」
俺は低く言った。
「王の計画を乱す駒は、不要だ」
ゼルミアは、しばらく俺を見ていた。
それから、楽しそうに笑う。
「ほんと、君の言い方って面白いよね」
「人の言い方を面白がるな。趣味が悪いぞ」
「褒め言葉だね」
俺は外套を翻し、ゼルミアに背を向けた。
「ヴァルグレイ」
ゼルミアの声が背中に届く。
「君は、どこまで王の盤面に乗っているんだろうねぇ」
王の盤面。
つまり、俺のやってきたこと、これからやることもまた、王の盤面で踊っているに過ぎないという可能性。
ゼルミアは軽口のように言っているが、今の俺には耳の痛い言葉だった。
「知ったことか。王の意志がどうであれ、俺は俺のやり方を貫くまでだ」
ゼルミアは俺の答えをどう捉えたのか、心底愉快なものを見るような笑みを浮かべていた。
*
執務室に戻ると、すぐに魔導端末を起動する。
端末を操作し、儀式関連の資料を次々と転送する。
画面が黒い文書で埋まる。
黒天開花儀式。
希望反転炉。
花弁核。
負のエネルギー循環。
レガリア干渉陣。
見れば見るほど、悪趣味だ。
だが、見る。
隅々まで見る。
その儀式を破壊する糸口を、探るために。
俺は資料を開いた。
魔力流路の基礎図。
儀式陣の中心。
五つの花弁に対応するレガリア干渉箇所。
まだ全貌は見えない。
だが、準備役に任命された以上、俺は誰よりも近くでこの儀式に触れられる。
黒天王は俺を利用するつもりだ。
なら、こちらも利用する。
その立場を。
その権限を。
黒天王の信頼という名の油断を。
「……いいだろう」
誰にも聞こえない声で呟く。
「なら、俺がその儀式を一番近くで壊してやる」
画面の中で、黒い花の図が静かに回転していた。
その中心に、金色の光が記録されている。
黒天王が欲しがる希望。
だが、あの光は餌ではない。
あの子自身の願いだ。
それを絶望に変えようとするなら。
悪の幹部ヴァルグレイとして。
黒瀬悠真として。
俺は、黒天王の盤面を壊すだけだ。
第三章 了
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




