第22話「魔法少女、覚醒する」
金色の光が、旧地下水道区画の闇を裂いた。
濡れた石床に反射し、黒い水面を照らし、天井から落ちる水滴の一粒一粒まで星の欠片のように輝かせる。
ルミナは、胸元から現れた金色の結晶を両手で包んでいた。
星の花を模した、小さな強化アイテム『ステラ・フローライト』。
ルミナ自身も、それが何なのかは理解していないはずだ。
だが、その瞳に迷いはなかった。
黒い鎖が、彼女の足元で軋む。
ゼルミアの仕掛けた術式が、金色の光を抑え込もうと唸りを上げる。
ルミナは金色の結晶を胸元へ重ねた。
「私は……みんなを守りたい」
光が、彼女の全身を包む。
「まだ、終わりになんてさせない!」
黒い鎖が、一斉に弾けた。
ルミナの白い装束に、金色の鎧が重なっていく。
肩に、胸元に、腕に、脚に。
星の紋様を刻んだ金の装甲が、彼女の動きを妨げることなく、光を増幅するように形を成す。
剣は長く、鋭く、刀身の中心に星の線が走った。
背中には、天使の翼を模した金色の光が広がる。
地下水道の闇に、黄金の翼が開いた。
「ルミナの姿が、変わった……?」
ブレイズが呆然と呟く。
「そうだ」
俺はルミナの変化した姿に、驚きではなく安堵を感じていた。
闇を照らす希望の光。
レガリアの真なる力。
「これが、ルミナの新たな力。『セレスティアル・フォーム』だ」
「せ、せれ……?」
ブレイズの目が点になる。
まあ、普通はそういう反応になるよな。
少なくとも、星彩少女たちは見たことも聞いたこともないはずだ。
だが、俺はその姿を過去に見ている。
『星彩のステラ・マギア』のアニメ後半で登場する、ルミナの新しい姿だ。
その姿は、画面越しで見るよりもずっと美しく、神々しい。
希望に満ちた、主人公の姿だった。
「……やっぱり、君が一番面白そうだね」
ゼルミアの声が、湿った地下に響いた。
彼女は笑っていた。
驚きと興奮が混じった、嫌な笑みだった。
「いいね。すごくいい。さっきまで折れかけていたのに、こんなに綺麗に光るんだ」
「ゼルミア」
俺は闇鎖を構える。
「それ以上、術式に力を流すな」
奴はこの期に及んで、星彩少女たちを縛る力を強めようとしている。
「嫌だよ」
ゼルミアは肩をすくめる。
「見たいじゃないか。この光が、どこまで耐えられるのか。どこまで綺麗に輝いて、どこで悲鳴を上げるのか」
「貴様、黒天王の計画を何だと思っている」
「退屈な収穫予定表かな」
ゼルミアは笑った。
「目の前にこんなに面白いものがあるのに、我慢できるわけないじゃない」
黒い術式が、さらに膨れ上がる。
ルミナの覚醒に反応し、吸収陣が暴走気味に出力を上げている。
このままでは、ルミナの光ごと術式が飲み込みにくる。
今はルミナが五人分の吸収術式を受け止めているが、それも長くは保たない。
「ルミナ!」
俺は叫ぶ。
「その姿で長く耐えるな。まず仲間の拘束を断て」
「……わかった!」
ルミナが空中を蹴った。
いや、蹴ったように見えた。
金色の翼が揺れ、彼女の身体が水面すれすれを滑るように飛ぶ。
速い。
ただの加速ではない。
空間に光の軌跡を残しながら、黒い鎖の接続部へ正確に剣を運んでいる。
「ブレイズ!」
ルミナの剣が、ブレイズを縛る黒鎖を斬った。
金色の光が鎖の内部へ入り、吸収術式の流れを逆に押し返す。
「助かった!」
ブレイズが立ち上がり、すぐに拳へ炎を集める。
ただし、大きな炎ではない。
細く絞った火。
彼女はルミナが斬った接続部へ、針のような炎を撃ち込んだ。
「ここね!」
黒い鎖の根が焼ける。
術式の一部が焦げるように崩れた。
「セラフィ!」
次にルミナは、セラフィを縛る鎖へ向かう。
セラフィは薄くなった盾を必死に支えていた。
ルミナの剣が鎖を断つ。
セラフィの盾が再び光を取り戻した。
「ありがとうございます!」
俺は制御陣へ闇を叩き込みながら叫ぶ。
「セラフィ、盾を広げるな。鎖の再接続だけを防げ」
「はい!」
セラフィは大きな盾ではなく、小さな盾を複数展開した。
黒い鎖が再び絡もうとする箇所だけを、的確に弾いていく。
ノクターンは、拘束から半ば解放されながらも魔導板を睨んでいた。
「術式中心核、中央水路の下。花弁状結界の根元に隠れている」
「ノクターン、場所を教えて!」
ルミナが剣を構え直す。
ノクターンが紫の矢を作り、床へ撃ち込む。
「中心核、ここ」
「シルフィード!」
ルミナが叫ぶ。
「おっけー!」
シルフィードの拘束が解ける。
彼女はふらつきながらも、すぐに風をまとった。
風が水路全体を撫で、黒い魔力の流れを一瞬だけ乱す。
吸収陣の動きが鈍った。
その間に、ルミナが中心核へ飛んだ。
金色の翼が、地下水道の闇を切り裂く。
黒い花弁状の結界が、彼女を止めようと広がる。
ルミナは剣を両手で握った。
「これで……終わり!」
金色の剣が、中心核を貫いた。
黒い花弁が、音もなく裂ける。
次の瞬間、術式全体が悲鳴のような音を上げた。
黒鎖が砕ける。
床の魔法陣が崩れる。
水面に浮いていた黒い紋様が、光に押されて消えていく。
吸収が止まった。
星彩少女たちのレガリアに、光が戻る。
ルミナは空中で一度大きく息を吐き、それから静かに地面へ降りた。
だが、覚醒したばかりの力だ。
負荷がないはずがない。
俺は一歩踏み出しかける。
だが、その前にゼルミアが拍手した。
湿った地下に、乾いた音が響く。
「すごい。想像以上だね」
俺は彼女を睨む。
「ゼルミア。今すぐ退け」
「あれ、怒ってる?」
「退けと言った」
「ねえ、ヴァルグレイ。君、あの力を知ってたよね」
ゼルミアの目が、俺を見ている。
「さっきの言葉、聞こえていたよ。偶然じゃない」
「貴様には関係ない」
「あるよ。だって、面白いもの」
ゼルミアはルミナを見る。
「つまりあの子が中心なんだ。一番まっすぐで、一番壊し甲斐のある光」
ルミナが剣を構える。
俺は遮るように闇鎖を足元に広げる。
「ゼルミア。貴様がやったことは黒天王への叛逆だ」
「そうだね」
声が低くなる。
「戻って、裁きを受けるべきだ」
ゼルミアの笑みが、少しだけ変わった。
楽しげなまま、より深いところでこちらを覗くような顔。
「それは、君も同じことじゃない?」
「……」
ゼルミアの言う通りだ。
ゼルミアは、黒天王の収穫前に星彩少女たちを刈ろうとした。
そして俺は、敵である星彩少女に覚醒を促してしまった。
どちらも立派な叛逆行為だ。
「それじゃ、二人揃って怒られに行こうか」
ゼルミアは肩をすくめた。
「もしかしたらお揃いで首無しになるかもね。それはそれで面白いと思わない?」
「どこまでも悪趣味だな、貴様」
「褒め言葉だね」
彼女は黒い影を足元に広げる。
「ま、今日は面白いものが見られたから満足かな」
転移の影が開く。
去り際、ゼルミアはルミナを見た。
「次はもっと丁寧に摘もうか。ねえ、金色の子」
ルミナは答えず、無言でゼルミアを睨んだ。
ゼルミア自身はほぼ無傷。
対して、星彩少女たちは消耗している。
もう一戦構える余裕はないはずだ。
安易に挑発に乗らないのは、賢明な判断だ。
影が閉じた。
ゼルミアの気配が消える。
*
地下水道区画に、静けさが戻った。
黒い花弁の残骸が、水面に落ちて溶けていく。
術式は停止した。
だが、星彩少女たちが受けたダメージは小さくなかった。
全員、目立った外傷はないが、受けた術式による衰弱が激しい。
俺は中央広場へ降り立つ。
濡れた石床に、黒い外套の裾が触れた。
……今回は、かなり危なかった。
ゼルミアの目論見を見抜くのが遅れた。
退避経路も先に潰されていた。
助かったが、それは結果でしかない。
俺に対する信頼が、星彩少女たちを危険に晒した。
ゼルミアがここまで大胆な手を打ってくるとは。
それを予想できなかったのは、俺のミスだ。
喉の奥に、謝罪の言葉が引っかかる。
だが、悪の幹部がそんなこと言えるわけはない。
だから代わりに、俺は冷たい声を作った。
「ふん、全員生き残るとはな。悪運の強い連中だ」
五人がこちらを見る。
「だが、あの程度の偽装と罠に釣られるようでは、先が思いやられるな」
ブレイズが悔しそうに唇を噛む。
「……わかってるわよ」
「わかっているなら、次はあんな下らん芝居に騙されるな」
言葉が、少し鋭くなりすぎた。
違う。
責めたいわけではない。
責められるべきは、先に気づけなかった俺だ。
だが、止まらない。
「文面の違和感に気づいたなら、中央広場へ入る前に退路を二つ以上確保しろ。足元の魔力溜まりを確認しろ。壁面に埋め込まれた魔法陣の痕跡を見落とすな」
ノクターンが、わずかに目を細める。
「……退路、足元、壁面」
「ああ。全部、罠の起点だった」
「叱責内容に、次回対策が含まれている」
「分析するな」
「分析ではなく確認」
ノクターンは静かに言った。
その視線が、少しだけ俺の内側を覗くようで嫌だった。
セラフィが一歩前に出る。
「あの……でも、助けてくださったのは――」
「違う」
即答した。
セラフィが、びくりと肩を震わせる。
しまった。
怖がらせたいわけではない。
俺は一拍置いてから、声を低く抑えた。
「……勘違いするな。助けたのは俺ではなくルミナだ。俺の力では、お前たちが倒れる前に術式を破壊することはできなかっただろう」
言ってから、助けるつもりだったことは否定できていないことに気づく。
セラフィも気づいたのだろうか。
少しだけ目を伏せ、それから小さく頷いた。
「……はい。でも、ありがとうございました」
「……だから敵に礼を言うな」
いつものように返したつもりだった。
だが、声に力がなかった。
シルフィードが、ルミナの金色の翼をちらりと見てから俺を見る。
「あなた、怒ってるっていうより……ちょっと悔しそう」
「……」
「当たり?」
「当たってなどいない」
シルフィードも、こういう時に限って鋭い。
いつもならもう少し軽く受け流せるのだが、直球すぎて返しが遅れた。
シルフィードは、それ以上茶化さなかった。
代わりに、珍しく静かな声で言った。
「でも、来てくれたね」
「……いや、遅すぎたな」
思わず口から漏れた。
五人の視線が、一斉にこちらへ向く。
ブレイズが尋ねる。
「あんた今、自分のこと責めた?」
「……違う。お前たちが気付くのが遅すぎたという意味だ」
さすがに無理のあるこじつけである。
今日の俺、いつにも増して言い訳が下手すぎないか。
だがブレイズはどう思ったのか、いつもの軽口を叩かずに黙っていた。
俺はルミナを見る。
金色の鎧。
背中の翼。
この場を切り抜けるためには、他に手がなかった。
だが、リスクのありすぎるやり方だったことは否めない。
強化フォームの登場回って、ほんとはもっと盛り上がるものなんだけどな……。
やはり、現実はそんなに甘くはないということか。
この後のことを考えると、実に頭が痛い。
俺の苦悩をよそに、ルミナが一歩こちらに歩み寄って尋ねる。
「あなたは、この力を知っていたの?」
当然と言えば、当然の質問だった。
そりゃ、気になるよな。
どう考えても、敵がレガリア覚醒の力を知っているのは不自然だ。
一応、それらしい言い訳をしてみる。
「敵の使う力を把握することは、当然のことだ」
「……それなら、どうして使い方まで教えてくれるの?」
どんどん答えづらい質問になっていく。
その通り。
普通は教えたりしない。
よく考えたら、思わずフォーム名まで教えてしまっている。
これじゃ敵じゃなくてただのお助けキャラだ。
――傷つけたくないからだ。
――倒れてほしくないからだ。
そう言えたら、どれだけ気が楽か。
俺は本音を飲み込み、悪役らしい言い分を重ねるしかなかった。
「言ったはずだ。俺はお前たちが希望を高め、それを折るために動いていると。これはそのための布石に過ぎん」
ゼルミアが俺の姿に化けていた時にも言っていた言葉だ。
強くなること、希望を高めること。
どちらも黒天王が望む計画でもあり、建前上はこれで押し通すしかないのだ。
ルミナの金色の翼が、淡く揺れた。
「……ねえ、ヴァルグレイ」
ルミナが真っ直ぐにこちらを見る。
「それなら、どうしてそんなに苦しそうな顔をするの?」
息が止まった。
苦しそうな顔。
そう見えたのか?
いや、今の俺は仮面をしている。
表情など、見えるはずがない。
「……何のことだ」
「もし本当に計画通りなら、さっきゼルミアが化けていた時みたいに、もっと冷たくて恐ろしい顔で言っていたと思う。でも今のあなたは、すごく辛そうに見える」
責めているのではなく、確かめようとする声。
ヴァルグレイではなく、その先の黒瀬悠真の表情すら見透かそうとしている。
危険だ。
これ以上ここにいれば、余計なことを言う。
「……今宵は終わりだ」
逃げでしかない言葉を放ち、足元に陣を展開する。
「次に同じ手を食うなら、俺が手を下すまでもない。貴様らは勝手に潰れるだけだ」
最後まで、悪役の言葉にする。
でも、本当に言いたかったのは違う。
次は、俺より早く気づけ。
俺が間に合わなくても、自分たちで逃げろ。
もう二度と、こんな目に遭うな。
それを、口にはできない。
ルミナは、静かにこちらを見ていた。
「……うん」
彼女は小さく頷いた。
「次は、もっとちゃんと見る」
「そうしろ」
「あなたのことも」
俺は答えず、闇へ沈む。
去り際、金色の光がまだ視界の端に残っていた。
謝罪の言葉は、最後まで出なかった。
*
黒天城へ戻った俺は、執務室の扉を閉めるなり椅子へ沈んだ。
報告書など書きたくない。
だが、書かなければならない。
ゼルミアの行き過ぎた行動。
旧地下水道区画での術式暴走。
ルミナの新たなレガリア反応。
どれも隠しきれるものではない。
俺は魔導端末を開く。
記録映像の中で、セレスティアル・フォームの金色の光が何度も再生された。
「……さてどうする」
低く呟く。
端末に新しいファイルを作成する。
儀式型術式対策。
レガリア吸収陣対処。
拘束結界の内外同時破壊手順。
セレスティアル・フォーム使用時の負荷推定。
書くことは山ほどある。
後悔している暇はない。
次に同じような罠を仕掛けられた時、今度こそ遅れるわけにはいかない。
俺は金色の光が残る記録映像を睨みつけた。
次は、もっと早く手を打つ。
――第23話へ続く
※おことわり
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