第20話「悪の幹部、質問攻めにされる」
敵を待ち伏せする。
言葉だけ聞けば、なかなか立派な戦術だ。
相手の移動経路を読み、地形を選び、奇襲の機会を狙う。
正義の味方がやるには少し物騒だが、戦場で主導権を握るという意味では悪くない。
問題は、その待ち伏せの目的である。
「来たわね、ヴァルグレイ!」
夜の旧貨物駅。
俺が黒天教団の残留反応を確認しに来た瞬間、五つの光が周囲を囲んだ。
ざっと五人の配置を見る。
退路を塞ぎつつ、互いの動きも邪魔しない布陣だ。
前よりずいぶん考えているようだ。
……などと感心している場合ではない。
「ほう、俺を待ち伏せするとはな。少しは知恵がついたか」
俺は外套を翻し、いつもの低い声を作る。
「自分たちが狩場へ誘い込まれた可能性は考えなかったのか?」
「考えたよ」
ルミナが即答した。
「だから、ノクターンに周囲の罠を確認してもらった。シルフィードは退避路を見てる。セラフィは防御担当。ブレイズは合図があるまで撃たない」
えらい。
かつて罠に真正面から突っ込んできた子たちとは思えないほどにちゃんとしている。
いや、やめろ。
敵の脅しに対する模範解答を出すな。
「……ならば、何の用だ」
俺が問うと、ブレイズが一歩前へ出た。
「今日は、あんたに聞きたいことがあるのよ」
「聞きたいこと?」
「そう。質問会よ」
…………。
……質問会?
俺は仮面の奥で目を細めた。
「お前は何を言っているんだ」
「だから、質問。いつもあんたが偉そうに私たちを評価してくるでしょ。だから、今度はこっちがあんたを質問攻めにして評価する番」
「敵の幹部を質問攻めにするな」
嫌な予感しかしない。
戦う気がないなら、さっさと帰った方が良さそうだ。
今日は怪人の準備はしていないし、こちらから仕掛ける気はない。
「ヴァルグレイさん、帰ろうとしてはダメです」
セラフィまで真面目な顔で言った。
なぜバレた。
まだ転送陣も出していないのに。
ノクターンが魔導板を展開する。
「質問項目は整理済み」
「整理するな」
シルフィードが廃線路の上でにこにこしている。
「敵さん、ちょっと困った顔してる?」
「していない」
まずい。
非常にまずい。
これは戦闘より厄介なやつだ。
殴ってくる敵なら対処できる。
罠なら解除できる。
だが、質問攻めは困る。
特にこの子たちは最近、こちらの言い訳の隙間を読むようになってきた。
誰だこんな風に育てたのは。
決して俺じゃないぞ。
「ふん、くだらんな」
俺は闇を足元に広げる。
「つまらん問答に付き合う義理はない」
「待って」
ルミナの声が静かに響いた。
彼女は剣を構えている。
だが、斬りかかるつもりの構えではない。
逃がさないための構えだ。
「私たちは、あなたと戦う。でも、それだけじゃ足りないと思った」
「敵の内心など知ってどうする」
「知らないままだと、たぶん間違えるから」
ルミナはまっすぐ俺を見る。
「あなたのことも、自分たちのことも」
やめろ。
そういう目をするな。
「……では一問だけなら聞いてやる」
「五問あるんだけど」
ルミナがちょっと申し訳なさそうに言った。
「多い。一問だけだ」
すかさずブレイズが口を挟む。
「一人一問ってことね」
「敵の幹部にとんちを仕掛けるな」
シルフィードが手を上げる。
「私は短く聞くから、実質四・五問くらいだよ!」
「刻んでもダメだ」
セラフィが困ったように微笑む。
「すみません。でも、私も聞きたいことがあります。たぶん短くないです」
「予告すれば良いというわけでもない」
ノクターンが魔導板に記録する。
「交渉結果、五問で確定」
「待て。承諾していない」
「では開始」
「おい!」
完全に流れを持っていかれている。
何だこの状況。
ブレイズが最初に前へ出た。
「じゃあ、私から」
「却下だ。次」
「まだ何も言ってないでしょ!」
ブレイズは拳を腰に当て、まっすぐ俺を見た。
「私たちが強くなったら、あんたは困るの? それとも嬉しいの?」
直球だった。
どうせ、どうすれば褒めるのかとか言い出すのだろうと思っていたのだが。
予想よりずっと鋭い。
俺は一瞬、答えに詰まりかけた。
この子たちが強くなることは、嬉しいことだ。
ギリードを彼女たちの力だけで倒した時、どれだけ安堵したことか。
だがもちろん、そんなこと言えるわけがない。
「貴様たちがどれだけ強くなろうと、嬉しいも困るもない」
俺は低く答えた。
「だが高く積み上がった希望ほど、崩れた時の絶望は深い。それだけだ」
ブレイズはじっとこちらを見る。
「つまり嬉しいって意味でいい?」
「どう聞けばそうなる」
「だって今の言い方、ちょっと早口だった」
「早口ではない」
「怪しい」
「怪しむな」
まずい。
ブレイズの直感が変な方向に鋭い。
「まあいいや。じゃあ次セラフィね」
セラフィが次に一歩出た。
彼女は杖を胸元に寄せている。
「ヴァルグレイさん」
「敵に敬称をつけるなと言っただろう」
「あなたが怪我をした時、治療してはいけませんか?」
また妙な質問が来た。
「前にも言ったが、敵を治療しようとするな」
「でも、私はしたいです」
セラフィの声は柔らかい。
だが、引かない。
「私は、敵だからという理由だけで、あなたの傷を見過ごすことにまだ納得できません」
「敵に情を持つな。その甘さは命取りになる」
「それは、そうかもしれません」
セラフィは頷いた。
「だから、私自身の考えでどうするかを決めます。甘いというのであれば、その甘さも受け入れた上で、誰を治すかを考えます」
優しい口調だが、決意のこもった言葉だった。
「それであれば、あなたを治療しても良いですか?」
俺は黙った。
やめろ。
その真っ直ぐさは、悪役に効く。
「戦場で俺を治療すれば、貴様は隙を晒すことになる。人質にされたり、治療の魔力を逆流させたりする危険もある」
「つまり、危険だから駄目、ということですか?」
「そうだ」
「敵だから駄目、ではなく?」
……しまった。
セラフィの目が少しだけ和らいだ。
「わかりました。危険を減らす方法を考えます」
「そういう意味ではない」
セラフィは小さく微笑んだ。
「その時は、どうか逃げないでくださいね」
押しが強い。
優しい顔をして、かなり強い。
ノクターンが三番目に前へ出た。
魔導板を片手に、いつもの無表情。
「あなたの行動には、教育的意図が多い」
「それは質問ではない」
「私のは指摘」
「質問会とは何だったのか」
これでは取り調べだ。
「じゃあ質問。あなたは、私たちがあなたの技を参考にすることまで想定していた?」
この間使っていた、月影拘束陣のことか。
あれが俺の拘束陣を参考にしているのは、見ればすぐにわかる。
彼女はギリードに使ったそれを観察し、自分の技へ変えた。
教えたわけでも、活用することを見越して見せたわけでもなかった。
誇っていい。
いや、敵としては誇らないで欲しいが。
「貴様が俺の戦い方から何を得ようと、俺の知ったことではない」
「なら、利用しても問題ない?」
「使えるなら使え。使えないなら捨てろ」
「了解」
ノクターンは短く言い、魔導板に記録した。
「遠慮なく、どんどん真似をする」
「少しは遠慮しろ」
「やなこった」
こいつ……。
なんか最近逞しくなってきてないか?
シルフィードが四番目に、軽い足取りで降りてきた。
ぐっとこちらに身体を寄せてくる。
近い近い。
この子は相変わらず距離感が近い。
「じゃあ、次は私ね」
「まだあるのか」
「私たちのこと、嫌い?」
あまりにも直球だった。
心臓に悪い。
「敵同士だぞ。嫌いに決まっているだろう」
「嫌いなら、どうしてそんなに見てるの?」
ぐっとこちらを見上げてくる。
「敵の戦力観察をするのは当たり前のことだ」
「じゃあ、私が落ちそうになった時に声をかけるのも観察?」
「そうだ」
「ルミナが危ないときに止めに入るのも?」
ルミナがちらっとこちらを見る気配がした。
目を合わせず答える。
「戦術的判断だ」
「じゃあ、ブレイズの火の大きさをじっと見てるときも?」
今度はブレイズがちらっとこちらを見る気配がした。
お前らいちいち反応を窺うな。
「仮面で顔は見えんだろう」
「雰囲気でわかるよ」
何でわかる。
シルフィードはにこっと笑う。
「私たちのこと嫌ってるって感じじゃないんだよね」
「貴様の感覚は当てにならん」
「そうかな。けっこう当たるよ」
彼女は一歩下がり、風をくるりと回した。
「じゃあ、保留にしとく。私たちのことは、嫌いじゃなさそうな敵さん」
「意味不明な分類をするな」
「ノクターン、記録しといてね」
「するな」
シルフィードの言葉に、ノクターンがVサインを出す。
「もう記録済み」
「今すぐ消せ!」
最後に、ルミナが前に出た。
空気が少し変わった。
ブレイズも、セラフィも、ノクターンも、シルフィードも黙る。
ルミナは剣を下げたまま、俺を見ている。
戦意はある。
警戒もある。
けれど、それだけではない。
問いかける覚悟のようなものが、その瞳に宿っていた。
「ヴァルグレイ」
「……何だ」
「あなた自身は、私たちを絶望させたいの?」
来た。
避けていた問い。
いつかもう一度、聞かれるとわかっていた問い。
ギリードの鎌より厄介で、黒天王の視線より重い。
俺はすぐに答えるべきだった。
そうだ、と。
俺は黒天教団の幹部であり、星彩少女を絶望へ導く存在だ、と。
それだけでいい。
それだけのはずだった。
だが、言葉が出なかった。
この瞳を前にすると、いつもスラスラと出る建前の言葉が出なくなる。
沈黙が落ちる。
旧貨物駅の霧が、足元を流れていく。
ルミナは目を逸らさない。
「……答えられないの?」
「くだらん問いだ」
ようやく声を出した。
「俺は敵だ。貴様らを絶望へ導くためにいる。それ以外の答えを期待するな」
「でも今、答えるまでに間があった」
「貴様らのくだらん質問に呆れていただけだ」
「そうかもしれない」
ルミナは否定しなかった。
「でも、私はその間を覚えておきたい」
やめろ。
覚えるな。
悪役の沈黙を証拠品にするな。
「敵の言葉を疑うのは良い」
俺は外套を翻す。
「だが、都合の良い解釈を見出すのはやめろ」
本音を言えば、俺自身の発言をどう扱おうが、それは構わない。
良い方向に使ってくれるのなら、それは喜ばしいことだ。
だが、自分の願望に近い解釈に寄せたり、縋ったりしてしまうのは少々危険だ。
俺ではない誰かに、それを利用される可能性もある。
「うん。だから、決めつけない」
ルミナは静かに言った。
「でも、見ないふりもしたくない」
胸の奥が軋んだ音を立てる。
この子は、本当に厄介だ。
突っ込んで来るだけだった頃の方が、まだ対処しやすかった。
今は、こちらの言葉の奥を見ようとする。
罵倒の裏を考える。
沈黙に意味を探す。
変わってきている。
戦い方だけではなく、人を見る目まで。
俺は闇を足元に広げた。
「質問会とやらは終わりだ。次に同じ茶番を仕掛ければ、容赦はしない」
できる限りの冷たい声を出しておく。
だが、シルフィードは気にした様子もなく答えた。
「なんだかんだ、最後までいてくれたね」
「貴様らが強引に進行したんだろうが」
完全に調子が狂う。
悪の幹部としての威厳が削られていく。
ルミナが少しだけ笑った。
「ヴァルグレイ」
「まだ何かあるのか」
「私たちは、あなたを敵として警戒する」
「当然だ」
ルミナが真っ直ぐにこちらを見る。
「でも、あなたの言葉も、行動も、ちゃんと見る」
「見るな」
「見るよ」
即答だった。
「だって、あなたも私たちを見てるから」
言い返せなかった。
まったくもって言い返せなかった。
俺は闇を濃くする。
「勝手にしろ」
「うん。勝手にする」
ルミナの返事が、どこか嬉しそうだった。
まずい。
この返事、俺がよく使っているせいで妙な親近感が出ている。
非常にまずい。
俺は今度こそ闇へ沈もうとした。
その瞬間、空気がわずかに震えた。
ノクターンが顔を上げる。
「別反応」
俺も感じた。
歪んだ通信術式。
誰かが、この場の状況を観察している。
いや、誰かなど今更考えるまでもない。
ゼルミアだ。
どういうつもりか知らないが、遠隔でこちらの様子を観察している。
俺は闇を広げる。
「問答は終わりだ。貴様らはすぐにこの場を離れろ」
「もしかして、心配してくれてる?」
シルフィードが尋ねる。
「違う。遠くから妙な探りを入れてくる奴が不快なだけだ」
「この反応って、あのゼルミアってやつ?」
鋭いな。
ブレイズも薄々気付いているらしい。
「そうだ。次はまた奴が仕掛けてくる。せいぜい備えておけ」
例によって助言になってしまっている。
だが、ゼルミアに関しては警戒しすぎるに越したことはないはずだ。
俺は闇を広げ、身を沈める。
「ヴァルグレイ!」
去り際、ルミナがこちらに声を掛ける。
「質問、まだ全部終わってないから。また聞くね」
「二度と聞くな」
「ううん、教えてもらう。次はもっと、あなた自身のことを」
頼むからやめてくれ。
俺は内心、頭を抱えながら闇の中へと消えた。
*
黒天城へ戻ると、魔導端末にすでに通知が届いていた。
差出人はゼルミア。
『今日の面接、面白かったよ。君、答えられない質問が増えてきたね』
俺は端末を伏せた。
否定できない。
五人の質問のどれにも、俺はまともに答えられなかった。
俺は仮面に触れる。
悪の幹部ヴァルグレイとして、彼女たちの前に立つ。
そう決めたはずだ。
だが、彼女たちはもう、仮面越しにこちらを見ている。
そしてゼルミアは、その隙間を笑って覗いている。
俺は椅子に座り、次の作戦資料を開いた。
逃げ場はない。
なら、せめて次の戦場も整える。
敵として。
悪役として。
答えられない問いを、胸の奥に押し込めたまま。
――第21話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




