第19話「魔法少女たち、対策会議を開く」
ギリードに勝利してから数日後。
星彩少女たちは、集まって作戦会議を開いていた。
議題。
ヴァルグレイは、敵なのか。
先生なのか。
悪い人なのか。
その三つは、果たして同時に成立するのか。
「……成立しても困るんだけどね」
ブレイズは机に突っ伏したまま言った。
会議場所は、星彩少女たちがよく使う小さな作戦室だった。
といっても、立派な基地というほどではない。
街外れの古い天文資料館の一室を、ノクターンが結界と認識阻害で隠しているだけだ。
壁に貼られた街の地図。
端には、セラフィが用意した救急箱と、ブレイズが勝手に持ち込んだ菓子袋。
そして机の中央には、ノクターンの魔導板が置かれていた。
そこには、黒い外套の男の姿が映っている。
銀の仮面。
黒い闇。
やたら偉そうな立ち方。
そして、どう考えても敵なのに、なぜかこちらの欠点を的確に突いてくる言動の数々。
ルミナは、その映像をじっと見ながらぽつりと呟いた。
「やっぱり……敵、なのかな」
ブレイズが体を起こす。
「そりゃ敵でしょ。黒天教団の幹部だし、偉そうだし、口悪いし、毎回ムカつくし」
「その割には、褒められると嬉しそうにしてる」
「うぐっ」
ノクターンの言葉に、ブレイズはわかりやすく詰まった。
「それは別問題! あいつは敵だけど、褒めさせたらあたしの勝ちなの!」
「変わった勝利条件ですね……」
セラフィが苦笑する。
シルフィードは椅子を後ろに傾けながら、楽しそうに足を揺らしていた。
「あの人、先生って呼んだら怒りそうだよねー」
「すでに実証済み。ブレイズが何度か言って怒らせてる」
ノクターンが即答した。
「でも、行動分類上は教育的要素が多い。先生という表現は誤りじゃない」
「ほら! ほら!」
ブレイズが机を叩く。
「ノクターンもこう言ってます!」
「ブレイズ、先生判定に乗り気だね」
「乗り気じゃない! 認めないあいつが悪いの!」
ノクターンは魔導板を操作し、映像を切り替えた。
そこには、これまでの戦闘記録が短く並んでいる。
火力の暴走を止められた場面。
盾の位置を指摘された場面。
速さで孤立しかけた場面。
分析を急かされた場面。
そして、ギリードの鎌からルミナを庇った場面。
その映像で、部屋の空気が少し変わった。
ふざけた空気が、静かに沈む。
セラフィが口を開いた。
「私は、たとえ敵でも怪我をしているなら治療したいです」
その声は小さかったが、迷いはなかった。
「でも、ヴァルグレイさんはきっとまた拒みます。敵だから、と言って」
「言うわね」
ブレイズが腕を組む。
「絶対言う」
「でも、あの人は私たちの怪我は見ています。倒れていないか、動けるか、退避できるか。そういうところを、いつも確認しているように見えます」
セラフィの言葉に、ルミナは頷いた。
「うん。私もそう思う」
シルフィードが片手を上げた。
「あの人、私たちを壊す気はなさそう」
「根拠は?」
ノクターンが尋ねる。
「速く動いてる時って、相手の視線がよくわかるんだよね」
シルフィードは椅子を戻し、机に肘をついた。
「攻撃してくる敵は、私の行き先を見る。捕まえたい敵は、足を見る。でもあの人は、逃げ道があるかとか、落ちたら危ない場所とか、そっちも見てる」
ルミナは息を呑んだ。
シルフィードらしい感覚だった。
速い彼女だからこそ、見えるものがあるのだろう。
「あの人、私たちの動きだけじゃなくて、壊れないかどうかも見てると思う」
シルフィードは少しだけ真面目な顔をした。
「だから、私たちのこと嫌いって感じじゃないのかも」
部屋が静かになった。
ブレイズが小さく咳払いする。
「でも悪い人じゃないって決めつけるのも危ないでしょ。黒天教団の幹部なんだし」
「それはそうだね」
ルミナは頷く。
「敵なのは間違いない。私たちを試しているのも、本当だと思う。ひどいことも言うし、黒天教団の怪人を出してくる」
「ただ、私たちを殺せる場面で、殺していないのは事実」
ノクターンが静かに言った。
全員の視線が向く。
彼女は魔導板に記録を並べる。
「過去の戦闘記録を整理した。ヴァルグレイには、私たちを大きく傷つけられる機会が複数回あった。でも、実行していない」
「あいつは『絶望を深めるために生かしてる』とか偉そうに言ってたけど」
ブレイズが眉をひそめる。
「改めて彼に聞いても、そう答える可能性は高い」
ノクターンは頷いた。
「でも、発言と行動にはずれがある」
「ずれ?」
「本当に絶望を最大化するなら、もっと精神的に追い込む手段がある。仲間同士を疑わせる、一般人を巻き込む、治療役を集中して狙う、退路を断つ」
セラフィの顔が少し青くなる。
ノクターンは続けた。
「そして、そもそも自分の計画を私たちに明かす必要はない」
「確かに、ちょっと言い訳っぽいよね。いつも」
シルフィードがうんうんと頷く。
セラフィもそれに続けて答える。
「口調はいつも冷たいですが、どちらかと言えばそういうことにしておいてほしい、みたいな意志を感じなくもないです……」
シルフィードがぽんと手を打つ。
「やっぱり、優しいじゃん」
「そう決めつけるのは、早計」
ノクターンが即座に訂正した。
「優しさと断定するには情報不足。ただし、今は壊す意思より、育てる意思が多く観測される」
「育てる意思……」
ルミナはその言葉を繰り返した。
胸の奥が、少し熱くなる。
敵として立ちはだかる。
でも、倒すためだけではない。
その可能性を、ずっと考えていた。
ギリードの鎌の前で、彼が割って入った瞬間。
あの怒り。
あの声。
間違いなく、本気で怒っていた。
あの人はそれを、自分の計画が邪魔されたからだと言っていた。
――本当に?
――それだけで、あんなに必死に止めてくれたの?
でもそれは、何かを期待し過ぎているだけなのかもしれない。
あのゼルミアという幹部のやり方が、気に入らなかっただけなのかもしれない。
ルミナの中で、ずっと答えが出ないまま悶々とする日々が続いていた。
「ルミナ」
ブレイズが覗き込んでくる。
「あんた、また忙しい顔してる」
「忙しい顔って?」
「ヴァルグレイのこと考えてる顔」
「そ、そんな顔してないよ」
ルミナはパタパタと頬を扇ぐ。
「してる」
シルフィードが笑う。
「すっごくしてる」
セラフィまで、少し困ったように微笑んだ。
「ルミナちゃんは、ヴァルグレイさんのことになると、少し真剣になりますね」
「だって、わからないままにはできないから」
ルミナはそう言ってから、少しだけ目を伏せた。
「敵なのはわかってる。でも私も、本当に壊したい人の目には見えない」
「目、ねえ」
ブレイズが頬杖をつく。
「あいつ、仮面してるけど」
「それでも、わかる時があるの」
ルミナの声は静かだった。
「怒っている時とか、何かを隠そうとしている時とか」
セラフィがそっと言う。
「では、どうしますか?」
視線がルミナへ集まる。
ルミナは少し考えた。
「ちゃんと、聞きたい」
「何を?」
シルフィードが首を傾げる。
「あの人が、私たちをどうしたいのか。あの人自身が、何をしたいのか」
その言葉に、空気が揺れた。
ブレイズが目を細める。
「それ、かなり核心じゃない?」
「うん。でも、今すぐじゃない」
「どうして?」
「今聞いても、きっと突き放される。敵だから、計画だから、って言われるだけだと思う」
ルミナは手元に視線を落とす。
「だから、私たちがもっと強くなってから聞く。自分たちで立てるようになってからなら、教えてくれるかも」
ノクターンが静かに頷いた。
「合理的」
「ノクターンが合理的って言うなら安心ね」
ブレイズが言う。
しかし、すぐに手を上げた。
「はい、提案」
「何?」
「ヴァルグレイに質問会するのはどう?」
沈黙。
ルミナは瞬きをした。
「……質問会?」
「そう。こっちから質問するの。敵なのか先生なのか悪い人なのか、はっきりさせるために」
セラフィが戸惑う。
「それはさすがにヴァルグレイさんに怒られるのでは……」
「だって、向こうはいつも偉そうにこっちを評価してくるじゃない。だったら、こっちも聞き込みして評価したっていいでしょ」
シルフィードが身を乗り出した。
「面白そう!」
「シルフィード、ずいぶん乗り気だね」
ルミナが苦笑する。
「だってあの人、質問攻めにされたら絶対困るよ」
「困らせることが目的ではありませんよ」
セラフィがたしなめる。
ノクターンは魔導板を開いていた。
「質問項目を整理する価値はある」
ブレイズが勝ち誇った顔をする。
「ほら、採用」
「まだ採用とは言ってないよ」
ルミナは苦笑した。
でも、悪くないと思ってしまった。
戦闘中に敵の幹部を質問攻めにするのはちょっとどうかと思う。
というか、かなりどうかと思う。
けれど、彼と向き合うには、いつか聞かなければならない。
敵の言葉をただ待つのではなく、こちらから問うことも必要だ。
「質問するなら、ちゃんと考えよう」
ルミナが言うと、全員が少し驚いた顔をした。
「おぉルミナも乗った」
シルフィードが笑う。
「乗ったわけじゃないよ。ただ、必要だと思うから」
ブレイズが指を折り始める。
「じゃあまず私から。『私を部下にしたいと思ったことはない?』」
「「「却下」」」
ルミナ、セラフィ、ノクターンの声が重なった。
「早っ!」
「その質問は話が変な方向に行ってしまう気がします」
セラフィが真剣に止める。
「じゃあ、『私たちが強くなったら困る? それとも嬉しい?』」
ブレイズが言い直した。
ルミナは少し考える。
「それは、いいかも」
ノクターンが記録する。
「採用候補」
セラフィは手を胸元に添えた。
「私は……怪我をした時、治療してもいいか聞きたいです」
ブレイズが腕を組む。
「あいつ絶対断るわよ」
「でも、聞きます」
セラフィの声は穏やかだった。
「断られても、聞きたいです。敵だから治療しない、というのは、私にはまだ納得できません」
ノクターンが続ける。
「私は、あなたの行動には教育的意図が多い、と伝える」
「それ質問じゃなくて指摘じゃない?」
シルフィードが言う。
「反応を見るため」
「なるほど。ノクターンっぽい」
シルフィードは少し考え、明るく言った。
「私は、『私たちのこと嫌い?』って聞く」
ブレイズが吹き出しかけた。
「直球!」
「だって、嫌いならあんなに見ないでしょ」
ルミナはその言葉に、胸を突かれた気がした。
嫌いなら、あんなに見ない。
それは、シルフィードらしい感覚的な言葉だった。
でも、妙に核心に近い。
「ルミナは?」
セラフィが聞く。
ルミナは少しだけ目を閉じた。
問いはもう決まっている。
でも、まだ口にするには少し勇気がいる。
「私は……」
彼女はゆっくり言った。
「あの人自身が、本当に私たちを絶望させたいのかって聞く」
以前にも投げかけ、答えがもらえなかった質問。
誰も茶化さなかった。
ブレイズも、シルフィードも。
セラフィは静かに頷き、ノクターンは魔導板にその言葉を記録した。
「それは、いちばん大事な質問だと思います」
セラフィが言った。
ルミナは頷く。
「うん」
会議の空気が、不思議と引き締まった。
最初は、敵なのか先生なのかという半分冗談のような話だった。
でも、今は違う。
これは、ヴァルグレイの正体を暴くためだけの会議ではない。
自分たちが、彼とどう向き合うかを決めるための時間だ。
ノクターンが魔導板を閉じる。
「結論」
全員が彼女を見る。
「ヴァルグレイは敵。危険。警戒継続」
「うん」
ルミナは頷く。
「ただし」
ノクターンは続けた。
「彼は私たちを単純に破壊する存在ではない可能性が高い。教育的意図、保護的行動、意図的な退路確保が観測される」
ブレイズが腕を組む。
「つまり?」
ノクターンは少し考えた。
「敵だけど、要観察」
シルフィードが笑った。
「ヴァルくん、観察対象になっちゃった」
「元々向こうも私たちを観察している」
「じゃあ、お互い様だね」
ブレイズが拳を握る。
「よし。次会ったら、こっちから聞く。逃げられても聞く」
「戦闘中に無理に質問しすぎるのは危険です」
セラフィが注意する。
「わかってるわよ。たぶん」
「たぶんではダメですよ」
ルミナは、みんなのやり取りを見ながら少し笑った。
怖さはまだある。
疑いもある。
でも、ただ怯えているだけではない。
自分たちは、ヴァルグレイに対しても、黒天教団に対しても、もう受け身ではいない。
強くなる。
考える。
そして、いつか問いかける。
敵としてではなく。
守られた側としてでもなく。
戦場に立つ者として。
「じゃあ、今日の結論はこれで」
ルミナは机の中央に置かれた魔導板を見た。
「ヴァルグレイは敵。だから警戒する」
ブレイズが続ける。
「でも、先生疑惑あり」
セラフィが困ったように笑う。
「悪い方なのかどうかは、保留ですね」
ノクターンが短く言う。
「要観察」
シルフィードが楽しそうに締めた。
「あと、質問したら絶対面白い」
「本人はすごく嫌がると思うけどね」
ルミナは笑った。
作戦室の窓の外には、夜の街が広がっている。
どこか遠くに、黒天城がある。
その闇の中で、ヴァルグレイは今日もきっと、難しい顔でこちらの戦闘記録を見ているのだろう。
そう思うと、少しだけ胸が温かくなってしまった。
ルミナは慌ててその感覚を胸の奥にしまう。
今はまだ、名前をつけるには早い。
ただ、次に会った時。
彼の言葉だけでなく、沈黙も、視線も、隠した本音も見逃さない。
そう決めた。
――第20話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




