第18話「再戦、裂鎌獣ギリード」
同じ敵を、もう一度出す。
それは、悪の組織の作戦としては少し雑なやり方に見える。
だが、実際のところ、同じ相手に再戦させることは訓練としてかなり有効だ。
一度目で、負けた理由がわかる。
二度目で、その対策が通じるか試せる。
相手の動きが完全に未知ではないぶん、成長の確認もしやすい。
問題は、その相手が裂鎌獣ギリードであることだ。
殺傷能力が高く、制御がされていないゼルミアの配下。
そんなものを再び投入するなど、正気の沙汰ではない。
悪の組織として見れば、正気そのものなのだが。
黒天王は星彩少女たちの光の変化を測れと言った。
ゼルミアは正式に俺と同じ立場へ任命された。
そして俺は、悪の幹部ヴァルグレイとして、それを拒むことができない。
結局のところ、やるしかないのは前回と変わりがなかった。
それでも、打てる手はいくつかある。
まず再戦の舞台は、前と同じ廃倉庫街に設定した。
理由は単純。
新しい危険地帯に連れていくより、安全管理ができるからだ。
「また同じ場所なんだ」
隣でゼルミアが笑った。
倉庫の屋根の上。
黒い外套の俺と、黒いドレスのような装束のゼルミアが並んで立っている。
絵面だけなら、完全に悪役のそれだ。
こいつと並んで絵になるとか、吐き気がするが。
「敗北の記憶を利用するためだ」
俺は低く言った。
「敗北を刻まれた場所で同じ刃を向けられれば、恐怖はより強くなる」
「なるほど? 一応理屈は通っているわけだ」
全く信用していないのが声色でわかる返事だった。
実に腹立たしい。
だが、言い返すより先に、五つの光が廃倉庫街へ降り立った。
星彩少女たちだ。
前回と同じ場所。
前回と同じ敵が出る可能性。
それを理解しているのだろう。
五人の表情は硬い。
だが、怯えてはいなかった。
「黒天教団の反応、正面倉庫内」
ノクターンが魔導板を開く。
「前回と同質の魔力波形。ギリードの可能性が高い」
「やっぱり来たわね」
ブレイズが拳に炎を灯す。
その炎は大きく燃え上がらない。
指先に細く巻きつき、赤い糸のように揺れている。
「今度は、止めてみせます」
セラフィは杖を構えた。
彼女の周囲には、小さな青白い盾がいくつも浮かんでいる。
シルフィードは風を足元で回しながら、いつものように笑っていた。
けれど、前のめりではない。
少し後ろに、仲間の位置を確認できる場所にいる。
「誘導は任せて。ちゃんと戻るから」
「それ、普通は宣言することじゃないわよ」
ブレイズが言う。
「重要」
ノクターンが短く付け加えた。
「ほら、ノクターンも重要って言ってる」
「そういう問題なの?」
わずかな会話。
でも、それだけでわかる。
彼女たちは変わっている。
俺が何か言う前に、自分たちで確認している。
ゼルミアが横でくすりと笑った。
「いいね。君が口を出す前に、もう準備してる」
「黙って見ていろ」
「それ、君自身にも言えることだよ?」
こいつめ、釘を刺してきたな。
もう一つの打ち手、仕込んでおいた拘束陣を使うことは難しいかもしれない。
そんな予感がした。
俺は答えず、屋根の下を見下ろした。
黒い転移紋が開く。
赤黒い魔力が溢れ、裂鎌獣ギリードが姿を現した。
細い胴体。
曲がった脚。
両腕の巨大な鎌。
以前と同じ。
……いや、少し違う。
刃の魔力が濃い。
ゼルミアが調整を加えている。
「……貴様、ギリードに手を加えたな?」
「そりゃ、向こうだって準備してきてるんだし少しくらいはね」
「余計なことをするな」
「再戦なんだから、ちょっとくらい刺激がないとつまらないじゃないか」
俺は奥歯を噛み締めた。
ここで怒るな。
怒れば、また見られる。
下では、ギリードが低く唸った。
その瞬間、シルフィードが動く。
速い。
だが、突っ込みすぎない。
ギリードの正面をかすめるように走り、鎌を誘う。
「こっちだよ!」
ギリードがシルフィードを追う。
前なら、彼女はそのまま背後を取って攻撃しただろう。
だが今回は違った。
一定の距離を保ち、曲がる。
倉庫の壁際へ、ギリードを誘導する。
ギリードの鎌が横薙ぎに振るわれた。
シルフィードは風を纏い、地を蹴る。
その瞬間、ブレイズの細い炎が鎌の軌道に置かれた。
炎は鎌を焼かない。
だが、熱が空気を揺らす。
ギリードの刃が、ほんのわずかに角度をずらした。
「そこ!」
セラフィの小盾が、そのずれた鎌へ斜めに触れる。
大きな防壁ではない。
薄く、小さい盾。
鎌は盾を割るのではなく、滑った。
ギリードの体勢が、半歩崩れる。
俺は思わず息を止めた。
今だ、と言いそうになるのをどうにか堪える。
俺が言うまでもなく、ノクターンは既に弓を構えていた。
彼女の魔導杖が、細身の弓へ変形している。
紫の光が弦に宿る。
立て続けに、三発。
一発目の矢が倉庫の床へ刺さる。
次の矢がコンテナの側面へ。
最後の矢が、折れた鉄柱へ刺さった。
三点を結ぶように、紫の輪が浮かぶ。
「月影拘束陣、展開」
ギリードの足元が重く沈んだ。
闇の鎖ではない。
ノクターンの紫光が作る拘束陣。
おそらくあれは、俺の闇の鎖を真似た技だ。
当然、教えたわけではない。
だが、彼女たちなりに戦い方を考え、俺の技に活用方法を見出したのだ。
それだけでも、大きな進歩だった。
ギリードが吠え、鎌を振るう。
拘束は長くもたない。
紫の輪に亀裂が走る。
だが、一瞬止まった。
その一瞬で十分だった。
「ルミナ!」
ブレイズが叫ぶ。
「うん!」
ルミナが走る。
真正面から受けに行かない。
シルフィードが開いた道を通り、ブレイズの炎が消した進路を抜け、セラフィの盾の角度に合わせて体を滑らせる。
そして、ノクターンの拘束陣で止まったギリードの懐へ入った。
金の剣が、ギリードの胸部にある黒い核へ届く。
「はああっ!」
光が走った。
ギリードの核に亀裂が入る。
だが、まだ浅い。
ギリードが拘束を破った。
鎌がルミナへ向かう。
俺の足が、屋根の端を踏みかけた。
だめだ、動くな。
今度動けば、いよいよ裏切りを疑われる。
その時、セラフィの声が響いた。
「ルミナさん、左へ!」
青い小盾が、ルミナの足元に出る。
ルミナはそれを蹴って、半歩左へ跳んだ。
鎌が空を切る。
そこへブレイズの細い炎が、ギリードの膝裏をかすめた。
焼くのではない。
動きを乱すだけ。
ギリードの脚が一瞬止まる。
「もう一回、入れる!」
シルフィードが風を纏い、駆ける。
彼女はギリードを攻撃しない。
背中側から風をぶつけ、ルミナの方へ押し戻す。
「ノクターン!」
「第二陣、展開!」
ノクターンの弓から、さらに二本の矢が放たれる。
今度は壁と地面ではなく、ギリードの鎌の影へ刺さった。
紫の光が鎌の動きを縫い止める。
「拘束時間は短い。急いで」
「大丈夫!」
ルミナの剣が再び輝く。
今度は、真正面から力任せに振らない。
仲間が作った一瞬に、最短の一撃を差し込む。
金色の刃が、黒い核を貫いた。
ギリードの身体が硬直する。
赤黒い魔力が、刃の亀裂から噴き出した。
「ギィィィィ――!」
裂鎌獣ギリードは、断末魔の声を上げ、黒い粒子となって崩れていった。
鎌が床へ落ちる前に、光にほどける。
静寂。
廃倉庫街に、五人の荒い息だけが残った。
倒した。
彼女たち自身の力で。
俺は、胸の奥に広がる安堵を仮面の下へ押し込めた。
危なかった。
何度も危なかった。
だが、越えた。
五人は互いを見た。
最初に笑ったのはシルフィードだった。
「……勝った?」
ブレイズが拳を握る。
「勝ったわよ」
セラフィがほっと息を吐く。
「誰も、大きな怪我をしていません」
ノクターンが魔法具を弓から杖へ戻し、状態を確認する。
「月影拘束陣、実戦運用可能。ただし改良余地あり」
ルミナは剣を下ろし、仲間たちを見た。
「みんなで、止められたね」
その声に、四人が頷く。
俺は屋根の上から、それを見ていた。
何か言うべきか。
少しは褒めるべきか。
いや、駄目だ。
ゼルミアが横にいる。
「すごいね」
ゼルミアが先に言った。
「君、何か指示した?」
「俺は何もしていない」
「本当に?」
「お前自身が今見た通りだ」
ゼルミアが俺の横顔を覗き込む。
「じゃあ、あれは全部あの子たちが自分でやったってこと?」
「そうだろうな」
「ふぅん。なんだか嬉しそうだね?」
「折る価値が増したからな」
ゼルミアは笑った。
下では、ブレイズがこちらに気づいた。
「あ、ヴァルグレイ!」
いかん、見つかった。
いや、隠れていたわけではない。
ただ悪の幹部らしく、高所から見下ろしていただけだ。
何もやましいことはないぞ。
ルミナもこちらを見る。
その表情には、まだ戦闘の緊張が残っている。
でも、前より少し強い。
「見てたんだね」
「当然だ」
俺は屋根の端から声を落とす。
「貴様らが同じ相手にまた無様を晒すかどうか、確認していただけだ」
ブレイズがむっとする。
「で、どうだったのよ」
聞くな。
敵に評価を求めるな。
だが、五人がこちらを見ている。
ゼルミアも見ている。
ここで甘いことは言えない。
「……少しは力をつけたようだな」
精一杯の悪役評価だった。
ブレイズの顔が、ぱっと明るくなりかける。
すぐに彼女は咳払いした。
「ふ、ふーん。少しは、ね」
めちゃくちゃ嬉しそうだ。
全然隠せていない。
セラフィも小さく微笑んでいる。
シルフィードはにやにやしている。
ノクターンは何か記録している。
「記録するな」
「重要」
「重要ではない」
ルミナだけは、静かにこちらを見ていた。
「今の戦い、あなたの戦い方を見て考えたんだよ」
おいやめろ。
要らんことを言うな。
まずい。
非常にまずい。
「敵の技を参考にするとはな。節操のないことだ」
「使えるものなら何でも使えって、あなたなら言うでしょ?」
ルミナはそう言って、少しだけ笑った。
ブレイズが拳を掲げる。
「次は、もっと上手くやるから!」
「次があると思うな」
シルフィードが軽く手を振る。
「ヴァルグレイ、今日は助けに来なかったね」
「助けるわけがないだろう。何度も言うが、こちらがけしかけている側だぞ」
「それもそっか」
シルフィードは笑う。
「じゃあ、私たちがちゃんと動けたってことだ」
彼女たちは、もう俺の言葉をそのまま受け取らない。
罵倒の奥を見ようとする。
否定の隙間に、別の意味を探そうとする。
危険だ。
この距離感は非常に危険だ。
だが、今この瞬間だけは、それよりも安堵が勝った。
ゼルミアが隣で囁く。
「なんだかつまらないなぁ」
「都合はいい。希望はより高まったのだからな」
「本当に狩る気があるならね」
俺はゼルミアを睨む。
彼女は楽しそうに肩をすくめた。
下では、五つの光が並んでいる。
まだ未熟だ。
荒いところも多い。
ギリードがもう少し違う動きをしていれば危なかった。
それでも、確かに成長した。
俺が口を出さない場所で。
俺が直接守れない状況で。
彼女たちは、自分たちで答えを出した。
悪の幹部としては、苦々しく見下ろすべき場面だ。
だが、黒瀬悠真としては。
心底、ほっとしていた。
俺は外套を翻す。
「今宵はここまでだ」
ブレイズがすかさず言う。
「出たわね、帰る時のやつ」
「うるさいぞ、ブレイズ」
シルフィードが笑う。
「今日は逃げるっていうより、ちょっと安心して帰る感じ?」
「勝手なことを言うな」
「でも当たってる?」
「外れている」
なんでそんなに鋭く見抜くんだ。
仮面もしているのに、そんなにわかりやすいのだろうか。
ルミナがこちらを見上げる。
「ヴァルグレイ」
「何だ」
「次は、もっと自分たちで考える」
「勝手にしろ」
「うん。勝手にする」
その返事が、妙に嬉しそうだった。
俺はそれ以上何も言わず、闇を広げる。
闇が俺たちを包む。
廃倉庫街から黒天城へ戻る直前、最後にもう一度だけ下を見た。
五つの光が、互いに言葉を交わしながら立っている。
もう、ただ守られるだけの少女たちではない。
敵の言葉も、敵の技も、自分たちの形へ変えて前へ進む。
それが希望を高めることなのか。
それとも、俺の想定を越えていくことなのか。
今はまだ、答えを出せない。
ただ一つ、確かなことがある。
次から、俺はますます口を出しづらくなる。
悪の幹部としては、実に困った話だった。
――第19話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




