第17話「悪の幹部ゼルミア、正式着任」
廃倉庫街には、まだギリードの爪痕が残っていた。
斜めに裂けたコンテナ。
床に刻まれた鎌の跡。
砕けた防壁の光が、夜風の中で淡くほどけていく。
ギリードは消えた。
ゼルミアも消えた。
ヴァルグレイも、黒い闇の中へ姿を消した。
戦いは終わった。
だが、五人の緊張はまだ解けていなかった。
ルミナは、自分の首筋にそっと触れた。
そこに傷はない。
刃は届かなかった。
「……あのギリードって怪人、強かった」
最初に言葉を発したのは、ブレイズだった。
彼女は片腕を押さえたまま、悔しそうに床を睨んでいる。
セラフィの治癒で動ける程度には戻っている。
それでも、拳の炎は不安定に揺れていた。
「私の炎がすっぱり斬られた。初めてよ、あんなやられ方」
「私の盾もです」
セラフィが、杖を両手で握りしめる。
「大きく守ろうとしすぎました。一枚の壁で受け止めればいいと思っていたから、斬られた時に皆さんの逃げ道まで狭めてしまった」
ノクターンは無言で魔導板を見つめていた。
画面には、ギリードの移動軌跡が紫の線で描かれている。
だが、その線は何度も途切れていた。
「私は、見てから分析するのでは遅かった。反応速度そのものは追えても、伝達が間に合わない」
彼女は悔しさを表に出すタイプではない。
でも、魔導板を握る指が少し強い。
「次は、動きを読む前に手を打っておく必要がある」
シルフィードは、座り込んだままだった。
いつもの軽い笑みはない。
膝に頬を乗せ、少しだけ唇を尖らせている。
「私はさ、上手く背後は取れたんだよね。でも、当てても全然へっちゃらって感じだった」
彼女は短剣型の魔法具をくるりと回し、すぐに止めた。
「速いだけじゃ、届いても倒せないんだ」
ルミナは四人の言葉を聞いていた。
どれも、痛いほど正しい。
自分も同じだ。
仲間を守ろうとして、前に出た。
でも、真正面から受けるしかなかった。
その結果、ギリードの鎌は自分の首筋まで届いた。
もし、ヴァルグレイが割って入らなければ。
そう考えると、指先が冷たくなる。
「私も、駄目だった」
ルミナは言った。
四人がこちらを見る。
「みんなを守りたいと思った。でも、たぶん一人で止めるには、力も技術も足りてなかった」
ヴァルグレイの言葉が、耳に残っている。
今宵の醜態を忘れるな。
次に同じ敵と当たれば、貴様らは死ぬ。
辛辣な言い方だった。
でも、間違っていなかった。
「次は、ああならないようにしなきゃ」
ルミナの言葉に、ブレイズが頷いた。
「真正面からだと斬られるって言うなら、炎を回り込ませて動きを止めることに専念してみるわ。止めるべきはあの鎌って分かってるんだし、次は止めてみせる」
セラフィも顔を上げた。
「私も、盾の使い方を変えてみます」
きっぱりとした口調で宣言する。
「ブレイズちゃんと同じです。真正面からだと斬られてしまうなら、受け流す守り方を考えます」
ノクターンが魔導板を閉じた。
「私は、拘束手段が必要。ギリードは自由に動くと危険すぎる」
「拘束って、ヴァルグレイがやったみたいな?」
ブレイズが尋ねる。
ノクターンは小さく頷いた。
「そう。完全な再現は不可能でも、原理や戦術は参考になる」
ルミナは、床に残る黒い拘束陣の跡を見た。
あの闇の鎖。
ギリードを地面へ縫い止めた、冷たい力。
「私の魔法具は弓へ変形できる。遠隔で拘束陣を置く矢を作れれば、近づかずに動きを止められる可能性がある」
シルフィードがぱっと顔を上げた。
「じゃあ、私が敵をそこまで連れていくね」
「あなたが倒すのではなく?」
「うん。とどめはやっぱりルミナかブレイズかなって。ノクターンが敵を拘束できる場所まで連れていけば、あとは二人に任せられると思う」
ブレイズが不敵に笑う。
「確かに、動きさえ止めてくれれば思いっきりぶん殴れるわね」
「ブレイズ、目的が一発殴る方に変わってきてる」
「そりゃあね。あれだけやられたんだから、一発くらい顎に良いパンチ入れとかないと」
ブレイズはそう言って拳を打ちつける。
だが、ふと気づいたように呟いた。
「あいつは、あの化け物を一人で止めたのよね……」
あいつとは言うまでもない。
ヴァルグレイのことだ。
シルフィードがそれに答える。
「うん。あの鎌を受け止めて、鎖で捕らえて、『ひれ伏せ』とか言って押さえつけてた。やっぱりヴァルくんって強いんだなーって」
微妙に似ていなくもないヴァルグレイの声真似と、相変わらずのヴァルくん呼びにほんの少しだけ空気が緩む。
ここにヴァルグレイがいたら、その声真似と呼び方はやめろと即座に突っ込んでいただろう。
こういう場の空気を作るのは、シルフィードの得意分野だ。
くすりと笑ったセラフィが、再び真面目な顔をして続ける。
「私たちが五人がかりで敵わなかった相手を、たった一人で止めるなんて。もしもあの人が敵だったら、私たちはひとたまりもなかったかもしれません」
「いやいや、敵なのよあいつも」
「あっ、そうでした。でも……」
そこまで言って、セラフィはぎゅっと杖を抱える。
「あの肩の怪我、治療させて欲しかったです。あんなに血が出ていたのに……」
ルミナは、セラフィの言葉に少し表情を曇らせた。
ヴァルグレイが負った肩の傷。
自分の首の代わりに、ギリードの鎌を受けたことで負った怪我だ。
改めて、あの時のヴァルグレイの取った行動が思い起こされる。
身を挺して自分を庇ってくれたのは、ただ盤面を守るためだったのか。
そして最後に問いかけた言葉。
あなたは、本当に私たちを絶望させたいのか。
答えは、もらえなかった。
今の自分は、守られた側だ。
あの鎌を、自分たちだけでは越えられなかった。
このまま問いかけても、きっと真正面からは届かない。
「ルミナ?」
シルフィードがルミナの顔を覗き込んで声をかける。
「大丈夫?」
「うん」
ルミナは振り返った。
「まずは、強くなろう」
四人の目がルミナに集まる。
「次に同じ相手が来たら、今度は私たちで止めよう」
ルミナの言葉に、四人が揃って頷いた。
次は、自分たちで止めてみせる。
ギリードとの戦いを経て、五人の気持ちはひとつになっていた。
ルミナは、もう一度だけヴァルグレイの消えた闇を見た。
いつか聞く。
でも、その時は守られたままではなく、自分の足で立って。
そう決めて、彼女は仲間たちの方へ歩き出した。
*
俺は執務室を出て、玉座の間へ向かった。
黒天王から俺とゼルミアに戦いの報告を求められたためだ。
ゼルミアはすでにそこに立っていた。
「やあ、ヴァルグレイ」
ゼルミアは楽しそうに笑った。
「今日はずいぶん派手に動いたね」
「お前の不始末を処理しただけだ」
「そういうことにしておく?」
ゼルミアはわざとらしく首を傾げる。
「でもさあ、ギリードはまだ壊れていないんだよね」
その言葉で、俺は内心舌打ちした。
ゼルミアはますます面白がるような顔をして続けた。
「星彩少女たちの光は変わってきている。さっきの戦いでも折れなかった。怖がって、悔しがって、それでも次を考えていたね」
「……見ていたのか」
「もちろん」
彼女は楽しそうに言う。
「成長しているなら、もう一度ギリードを当ててみても面白いと思わない?」
「下策だ。同じ駒を繰り返し使えば、対策されるだけだぞ」
その言葉に、言質を取ったと言わんばかりの笑みを浮かべてゼルミアが言う。
「つまり、対策できるくらいには育っているかもしれないってことだ」
ああ言えばこう言う。
本当に面倒な女だ。
その時、部屋の奥の闇が濃くなった。
黒天城そのものに染み込んだ闇が、王の声を運んでくる。
『ヴァルグレイ』
俺は片膝をついた。
ゼルミアも、芝居がかった仕草で膝を折る。
『星彩少女の光は、なお変化している。良い傾向だ』
「はっ」
『ゼルミア、お前の功績も認めよう』
「ありがたき幸せ」
ゼルミアは楽しそうに言った。
黒天王を前によくそんな軽いノリで話せるなとは思うが、こいつはそういう奴だ。
俺は片膝をついたまま、闇に向かって言葉を発する。
「恐れながら、黒天王。ゼルミアのやり方では、希望を収穫する前に無用な傷をつける可能性がございます」
初めて黒天王に異を唱えた。
本音を言えば、あまり黒天王相手に口答えはしたくない。
だが、これは言っておかなければならない。
俺が説明した『星彩少女掌握計画』を有効と判断するのなら、今のタイミングで過度な圧力は避けるべきという主張だ。
『お前の懸念はもっともだ。ヴァルグレイ』
黒天王は気にした様子もなく続けた。
『だが、ただ希望を育てるだけでは足りん。星彩少女たち自身が強くならなければ、収穫する価値は薄い。ゼルミアのやり方は、奴らに程よい負荷をかける良い策となる』
平たく言うと、お前のやり方だとぬるいと言われているようなものだ。
多少傷をつけてでも、力をつけさせろと。
これに反論すれば、いよいよただ星彩少女たちを傷つけたくないだけという疑惑が深まることになる。
実質、詰みだった。
『ゼルミア。以後、貴様もヴァルグレイの作戦を支援しろ』
来た。
最悪の通達が来た。
俺は内心で叫んだ。
近くで見るな。
頼むから見るな。
だが、口に出せるはずがない。
「御意」
どうにか声を絞り出す。
黒天王は俺とゼルミアに向けて、次の指示を与えた。
『次なる試験にて、光の変化を測れ』
それだけ言うと、黒天王の気配が静かに退いていく。
残ったのは、ゼルミアの満足げな笑みだけだった。
「というわけで、正式着任だね」
「迷惑だ」
嫌悪感を隠さず言い放つ。
もちろん本心だ。
「正直でいいねぇ」
「貴様は監視するだけにしろ。盤面に余計な刃を混ぜるな」
「どうしようかな。君がつまらない盤面とやらを作らなければそうするけどね」
最悪だ。
俺は立ち上がり、机の上に魔導端末を開く。
ギリードの戦闘記録が表示される。
課題は多い。
だが、星彩少女たちは、次を考え始めていた。
なら、今度は俺が直接手を出すべきではないのかもしれない。
いや、手を出せない状況になっただけだ。
ゼルミアが見ている。
黒天王も見ている。
一定の負荷をかけることに黒天王のお墨付きがついた以上、不用意に割って入れば疑いは決定的になりかねない。
つまり、今度は彼女たち自身が越えるしかない。
俺は端末を閉じた。
「楽しみにしているよ。次に星彩少女たちがどんな風に踊ってくれるのか」
彼女は黒い霧に包まれ、窓際から消えていく。
最後に、心の底から楽しげな声だけが残った。
「果たして次は、助けに入れるかな?」
闇が消えた。
執務室に静寂が戻る。
俺はようやく椅子に座った。
肩の痛みがぶり返す。
疲れた。
非常に疲れた。
だが、休んでいる場合ではない。
あの子たちは、きっと次に備える。
俺が言わなくても、自分たちで考える。
なら、俺も考えなければならない。
直接助けられない盤面で、どうやって死なせないか。
そして、どうやって彼女たち自身に越えさせるか。
「……どんどん首が締まっていくな、この仕事」
呟きは、黒い部屋に沈んだ。
これはもう、俺が敵として教えるだけの段階ではない。
ここから先は、今までのような戦い方はできないかもしれない。
どうやって彼女たちを鍛えていくか。
考えなければならない局面に差し掛かっていた。
第二章 了
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




