第15話「悪の幹部、組織に計画を説明する」
黒天教団の会議室は、今日も無駄に暗かった。
天井は高く、壁には黒い燭台が並び、床には禍々しい紋章が刻まれている。
中央には長い黒石の卓。
その周囲に、幹部格の者たちと、数名の上級怪人が控えていた。
実に悪の組織らしい、作戦会議の場である。
「さて。それじゃ近頃の活動状況について説明してもらおうかな。ヴァルグレイ」
甘い声が響いた。
ゼルミアだ。
黒いドレスのような装束に、細い笑み。
楽しそうに見えて、その目は少しも笑っていない。
彼女は卓の向こう側に肘をつき、俺を見ていた。
「君の作戦は、ずいぶんと変わっているね」
「何がだ」
「星彩少女たち、最近やけに元気じゃない?」
会議室の空気が、わずかに動いた。
上級怪人たちがこちらを見る。
狼頭の部下だけが、なぜかとても誇らしげに頷いていた。
おいやめろ。
お前は今、味方の視線を集めるな。
ゼルミアは続ける。
「ルミナは無謀な突撃を減らした。ブレイズは火力を絞ることを覚えた。セラフィは前に出すぎなくなった。ノクターンは情報共有が速くなった。シルフィードは少しだけ仲間の声を聞くようになった」
さすが、よく見ている。
非常にまずい。
「誰かさんが、丁寧に教えてあげたおかげだね」
ゼルミアの笑みが深くなる。
「ねえ、ヴァルグレイ。君、本当にあの子たちを始末する気はある?」
会議室の闇が、少し濃くなった気がした。
これは問いではない。
揺さぶりだ。
ここで曖昧な答えをすれば、疑いは深まる。
黒天教団の幹部として、納得のいく説明が必要だ。
面倒だ。
面倒だが、用意はしてきている。
俺は低く笑った。
「浅いな、ゼルミア」
「へえ」
「貴様は、気の向くままに破壊することしか考えていない」
ゼルミアの眉がわずかに動く。
周囲の怪人たちも息を呑んだ。
強気に出るしかない。
ここは悪の幹部らしく、もっともらしい地獄の理屈で押し通す。
「星彩少女どもは、ただ砕けばいい存在ではない。中途半端な希望を折ったところで、得られる絶望は薄い」
俺は卓上に魔導映像を展開した。
「これまで進めてきた俺の計画。これを仮に、『星彩少女掌握計画』と呼称しよう」
俺が指を振ると、魔導映像の中に文字と図が勝手に表示される。
結構便利だな、悪の組織のプレゼン装置。
いや、今はそんなこと気にしている場合ではない。
俺は説明を続けた。
「希望とは、限界まで膨らませてから潰すものだ。己の力に自信を持ち、仲間を信じ、敵の言葉すら利用できると思い込ませる。その果てで、すべてがこちらの掌の上だったと知った時、絶望は最も深くなる」
つまり、まずこちらで用意した成功体験を通じて、敵に自信をつけさせる。
自分たちはどんな敵にも負けない。
希望を持って戦えば、どこまででも成長できる。
そういう無邪気な自信だ。
そして、そこから一気に絶望に叩き落とす。
そうしてもたらされた嘆きこそが、一番美味だという説明だ。
普通に最低である。
これがアニメなら、今頃俺はちびっ子たちから石を投げられているだろう。
いや、元のヴァルグレイならもっと恐ろしい説明をしたのかもしれないが。
俺の説明に、会議室の空気は疑いから納得へと傾いた。
上級怪人の一体が低く唸る。
「なるほど……信頼を植えつけ、希望を熟成させる計画……」
狼頭の部下が感動したように拳を握る。
「さすがヴァルグレイ様。敵の成長すら絶望の種子に変えるとは」
ゼルミアは頬杖をついたまま、じっと俺を見ている。
「じゃあ、一般人への被害を避けているのも、その計画の一部?」
来た。
そこを突かれるのも予想はしていた。
「街の被害を抑え、人払いを徹底し、怪人の攻撃範囲まで制限している。ずいぶん親切な悪の幹部だね」
「親切だと?」
俺は鼻で笑った。
「力を持たぬ一般人の絶望など、百千集めたところで大した価値はない」
口にした瞬間、胸の奥が少しだけ冷えた。
だが続ける。
「悲鳴を上げるだけなら、誰にでもできる。だが、星彩少女の絶望は違う。世界を守れると思い込んだ者が、自分の無力を知る。仲間を信じた者が、その信頼ごと折れる。その嘆きの純度は、ただの群衆の悲鳴とは比較にならん」
もちろん、これは単なる方便だ。
一般人を巻き込まないのは、単純に俺が死人を出すのが嫌だからである。
だが、ここにいる幹部たちは、ゼルミアに限らず絶望や人の嘆きを好む連中だ。
少しずつつまみ食いするのではなく、一番美味しいところを一番美味しくしてから食べるべきという理屈。
こいつらには、刺さるはずだ。
俺はさらに続けた。
「一般人を無差別に巻き込めば、星彩少女どもは怒りで動く。怒りは扱いにくい。純度の高い絶望には、まず純度の高い希望が必要だ。だから舞台を整え、無駄な雑音を排除する。それだけのことだ」
黒い卓の周囲に、感嘆の気配が広がる。
限界まで高めた星彩少女たちの希望が一転、絶望に変わるその様を想像しているのだろう。
悪の組織の会議としては、たぶん高評価だ。
人としては、どんどん最低記録を更新している気がする。
ゼルミアは黙っていた。
笑っている。
だが、その目は細い。
「つまり、君はあの子たちに信頼されるところまで計画に入れてるんだ」
「信頼ではない。ただ奴らが、俺を利用できると勝手な妄想を抱いているだけだ」
「言葉遊びだね」
「戦場では、話術も武器の一つだ」
それらしいことを言った。
便利だな、悪の幹部口調。
狼頭の部下がまた感銘を受けている。
お前はそのドヤ顔を一旦やめろ。
ゼルミアはゆっくり立ち上がった。
「じゃあ、ちょっと試そうか」
会議室の空気が、そこで一段冷えた。
「試すだと?」
「そう。君の計画が本当に、希望を高めて絶望を熟成させるものなのか。それとも、ただ星彩少女たちを傷つけたくないだけなのかをね」
ゼルミアの足元に、黒い転移紋が浮かぶ。
その中から、赤黒い魔力反応が漏れた。
鋭い。
硬い。
そして、ひどく不安定。
俺は眉をひそめた。
「ゼルミア、何を用意した」
「裂鎌獣ギリードさ」
ゼルミアは楽しそうに言った。
「私のお気に入りの怪人だよ。速くて、硬くて、よく斬れる。希望に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる子には、とても相性がいい」
不要だ、という言葉が出かけた。
だが、飲み込んだ。
ゼルミアがそれを見越したかのように笑った。
「まさか不要だなんて言わないよね、ヴァルグレイ。ちゃんと刈り取るべき希望が育っているのかどうかを確かめないことには、君の『星彩少女掌握計画』とやらの有効性も信用できないじゃないか」
嫌な笑い方だ。
こいつは、ギリードがこちらの制御下に入れられないことを見越して言っている。
俺の調整外。
俺の安全設計外。
つまり、本当に危ない。
だが、ここで拒めばどう見えるか。
単に星彩少女たちを傷つけたくないだけと悟られる。
ゼルミアはそこを見ている。
そして、黒天王も。
会議室の奥。
黒い玉座の上に、さらに深い闇があった。
形はない。
だが、視線がある。
黒天王だ。
玉座の闇を通じて、王の意志が降りている。
『ヴァルグレイ』
声が響いた。
耳ではなく、全身の骨を震わせるおぞましい声。
会議室にいた全員が膝をつく。
俺も片膝をついた。
『星彩少女の光は、確かに変化している』
「はっ」
『しかし、その光が今後収穫するに値するかどうかは、今一度確かめておく必要がある』
「……左様でございますか」
そこは信用してくれ、と言いたいところだが、無理だ。
ただ育てているだけではなく、刈り取る価値があると証明すること。
それは、今の俺が持っている材料だけでは足りない。
ギリードのような強力な怪人をぶつけても、なお折れないこと。
さらに今後もその光が高まっていくと、黒天王自身が認めること。
ゼルミアの案は、一見突飛なようで筋が通っている。
そんな俺の思考を見透かしたかのように、黒天王が告げる。
『ゼルミアの提案を許す。共に一度、その光の硬度を測れ』
……終わった。
拒否権が消えた。
ここで逆らえば、黒天王の意志に背くことになる。
受けるしかない。
「御意」
俺は低く答えた。
黒天王の気配が静かに退く。
会議室に、再びゼルミアの笑みが戻った。
「決まりだね」
俺は立ち上がり、ゼルミアを見た。
「いいだろう。だが不用意に俺の盤面を汚せば、容赦はしないぞ」
「怖い怖い。お手並み拝見といこうじゃないか」
ゼルミアは笑っている。
腹立たしいほど楽しそうに。
「でも、楽しみだね。君が育てた希望が、私の鎌でどんな音を立てるのか」
「ギリードの監督責任は貴様にあることを忘れるなよ」
「はいはい、わかっているよ」
俺はゼルミアを睨みつける。
せめてもの牽制だ。
「でも、もしうっかり、奴らのうちの誰かを殺しちゃったりしたら……」
ゼルミアが冷酷な笑いを浮かべる。
「とても愉快な悲鳴が聞けるかもしれないねぇ、ヴァルグレイ?」
この女。
明らかにこいつは、星彩少女たちを痛ぶることそのものを愉しもうとしている。
この女も俺と同じく、自分の目的のために方便を使っているのだ。
俺は拳を握りかけ、すぐに外套の中へ隠した。
怒りを見せるな。
今ここで怒れば、こちらの真意を悟られる。
だが、内心ではもう決まっていた。
できる限り作戦に調整を加え、被害を最小限にする。
うまくいけば、星彩少女たちの成長につながるかもしれない。
だが失敗すれば、彼女たちに絶望を与えることになるかもしれない。
ここが正念場だ。
俺にとっても。
あの子たちにとっても。
*
会議が終わった後、俺は黒天城の執務室へ戻った。
扉が閉まるなり、息を吐く。
重い。
会議室の闇より、胃の方が重い。
狼頭の部下がすぐに入ってくる。
「ヴァルグレイ様。次回戦闘区域の候補をお持ちしました」
「見せてみろ」
魔導端末に地図が浮かぶ。
工業区画跡。
廃倉庫街。
旧発電施設。
高層区画の外れ。
俺は一つずつ確認する。
ギリードは鎌型の怪人。
突進速度があり、斬撃範囲が広い。
障害物が多すぎる場所では、ルミナたちの視界が切れる。
足場が悪い場所では、シルフィードが危険。
燃えやすい場所では、ブレイズの制御が乱れる。
一般人の接近可能性がある場所は論外。
「廃倉庫街だ」
広く、遮蔽物もあり、人払いもしやすい場所。
ここなら、連携を途絶えさせずに戦えるはずだ。
「床下に拘束陣を仕込め。ただし発動のタイミングは俺が判断する」
「ギリードが獲物を追い詰めた瞬間、逃げ道を断つためですね」
「そうだ」
本当は、ギリードが暴走した時に止めるためのものだ。
上手く使えるかどうかは、その場の展開次第だが。
俺は端末上で怪人の資料を開いた。
裂鎌獣ギリード。
両腕に鎌状の刃。
高い瞬発力。
防御能力は中程度。
ただし、攻撃時の殺傷性が極端に高い。
制御術式はゼルミア系統。
俺の幹部権限では完全停止不可。
「……最悪だな」
思わず呟く。
狼頭の部下が深刻に頷いた。
「それほどまでに恐ろしい絶望を仕掛けるのですね」
「そうだ」
違う。
恐ろしいのは、こちらが止めきれるかわからないことだ。
ルミナたちは確かに強くなっている。
だが、本当に殺す気で来る敵への対処はまだ十分ではない。
それは、いつか必ずこなす必要のある課題だ。
これまで安全第一で訓練じみたやり方しかしてこなかった俺の落ち度でもある。
油断すれば、本当にここで彼女たちの誰かが犠牲になりかねない。
「ヴァルグレイ様」
狼頭の部下が、珍しく少し迷ったように口を開いた。
「ひとつ、よろしいでしょうか」
「何だ」
「今回、ゼルミア様の駒を使う以上、我らの統制が及びにくい戦場になります」
「わかっている」
「万が一、盤面が乱れた場合は」
狼頭の部下は顔を上げる。
「我らは、どこまで介入すべきでしょうか」
俺は少しだけ黙った。
こいつは、自分たちでギリードを止めることになる可能性を考えているのだ。
それほどまでに、俺が指揮する作戦の成功を第一と考えている。
本当に、悪の組織に置いておくのが惜しい部下だ。
俺はゆっくりと口を開いた。
「お前たちは、俺の命令があるまで動くな」
「はっ。しかし、よろしいのですか」
「ギリードは周りに配慮して動くような怪人ではない。下手に動けば、お前たちも巻き込まれかねん」
「……我らの損耗を、気遣っておいでなのですか」
まずい。
悪の幹部にしては、気を配りすぎか?
しかし、無闇に飛び込ませるわけにもいかないのは事実だ。
仮にギリードに怪人をぶつけた場合、核ごと斬り裂かれる可能性がある。
その場合、回収魔法陣は役に立たず、本当に犠牲が出ることになる。
それっぽいことを言って誤魔化すしかない。
「俺の盤面で無意味な損耗は許さん。必要な時に動き、不要な時は止まれ。それが俺の配下たる資格のある者だ」
「はっ……肝に銘じます」
狼頭の部下は深く頭を下げた。
とりあえずは納得してくれたらしい。
*
夜更け。
執務室に一人残った俺は、廃倉庫街の立体図を見下ろしていた。
緊急用の退避経路。
魔力拘束陣。
三重の防護結界。
そして回収魔法陣。
悪の組織の作戦とは思えないほど、事故防止項目が増えている。
もう作戦書ではない。
安全管理表だ。
だが、今回はこれでも足りないかもしれない。
魔導端末に、ゼルミアからの通知が入った。
『明日は楽しみだね。君の手塩にかけた星彩少女たちが、どれくらい育っているか』
俺は返信しないまま、端末を閉じた。
窓の外には、黒天城の闇が広がっている。
その向こうに、街の灯りが小さく見えた。
あの街で、五つの光がまた戦う。
今度の相手は、俺が用意した敵ではない。
制御できない刃だ。
「……面倒なことになったな」
呟きは、黒い部屋に沈んだ。
俺は外套を翻し、作戦書を見る。
画面に、赤黒い文字が浮かぶ。
〈裂鎌獣ギリード投入許可〉
悪の幹部として。
敵として。
そして、あの子たちを壊さないために。
俺は、最悪の試験に承認印を押した。
――第16話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




