第14話「五人になったら連携が崩壊しました」
人数が増えれば、戦力は増す。
普通はそう考える。
一人より、二人。
二人より、三人。
そして、四人よりも五人。
前衛、火力、防御、分析、撹乱。
今の星彩少女たちの役割は、それだけ見れば理想的な編成だ。
うまく噛み合えば、今まで以上に強敵へ立ち向かうことができる。
そう。
うまく噛み合えば、だ。
「ヴァルグレイ様」
黒天城の執務室で、狼頭の部下が魔導端末を差し出してきた。
「星彩少女どもが五人となったことを踏まえ、次回作戦の素案を作成いたしました」
「ああ」
俺は端末を受け取る。
作戦名は〈五光分断作戦〉。
いかにも悪の組織らしい名前だ。
五人になった星彩少女たちを複数方向から攻め、連携の乱れを突くという作戦。
シンプルといえば、シンプルな作戦だ。
表向きは、分断・殲滅。
実態は、五人体制の連携力チェックである。
もう驚かない。
俺は悪の組織で訓練メニューを組むことに慣れてきてしまった。
「場所は?」
「第十二市街区の立体交差跡を指定しました。地上、高架、地下通路が入り組んでおり、五人の連携を乱すには最適かと」
なるほど。
足場は複雑。
視界は悪い。
上下移動が多い。
シルフィードにとっては走りやすいだろう。
そしてたぶん、走りすぎる。
ルミナはそれを追う。
ブレイズは射線に困る。
セラフィは誰を守ればいいのかわからなくなる。
ノクターンは指示を出す前に全員が別方向へ散る。
……だめだ。
始まる前から崩壊が見える。
「怪人の配置を少し変える」
俺は端末に指を走らせた。
投入する怪人は三体。
一体目は、高架上に配置する猿型怪人。
跳躍力が高く、上から牽制する役。
二体目は、地上に配置する甲殻型怪人。
防御力が高く、ルミナとブレイズを受け止める役。
三体目は、地下通路を移動する蛇型怪人。
後衛を狙うふりをして、セラフィとノクターンの位置取りを試す役。
「攻撃力は抑えろ。特に蛇型は、拘束のみ。毒は抜け」
「はっ。じわじわと後衛の恐怖を煽るためですね」
「そうだ」
違う。
毒は危ないからだ。
「高架の猿型は、シルフィードを釣る。だが、速度は彼女より一段遅くしろ」
「逃げ切れそうで逃げ切れぬ餌として、ですね」
「そうだ」
違う。
追いつけないと単独でさらに突っ込むからだ。
「甲殻型は、正面でルミナを受ける。ただし、ブレイズの火力をまともに受けるな。受け流せ」
「火力の空回りを誘うのですね」
「そうだ」
半分くらいはそうだ。
狼頭の部下は深々と頭を下げた。
「五つの光を個々に揺さぶり、それぞれの未熟を炙り出す。なんと緻密な悪意……!」
悪意ではない。
悪意ではないが、未熟を炙り出すという点はその通りだ。
「では作戦を開始しろ」
「はっ」
*
第十二市街区の立体交差跡は、さしずめ夜の迷路といった景観だった。
上には崩れかけた高架道路。
下には、使われなくなった車道と地下通路。
俺は高架道路の支柱の上に立ち、下を見下ろしていた。
準備は整った。
やがて、夜空に五つの光が走る。
ルミナ、ブレイズ、セラフィ、ノクターン、シルフィード。
五人の星彩少女が、地上の広い交差点跡へ降り立った。
「黒天教団の反応、ここだね」
ルミナが剣を構える。
ブレイズは周囲を見回して、拳を鳴らした。
「敵、多そうね。いいじゃない、まとめて片付ける!」
「まとめて、は危険です」
セラフィがすぐに言う。
「上下に足場があります。どこから来るかわかりません」
ノクターンはすでに全体を見ていた。
「地上に大型。高架上に高速反応。地下にも一体。三方向から来る」
いい。
いつも通り分析が早い。
これなら――。
「高架のやつが一番速そう!」
シルフィードが目を輝かせた。
あ。
「ちょっと見てくるね!」
「待って」
ノクターンが言うより早く、シルフィードは風になって高架へ駆け上がった。
始まった。
彼女の暴走が。
「シルフィード!」
ルミナが追おうとする。
「待て」
俺が声を掛けると、五人がこちらを見る。
いや、シルフィードだけは見ていない。もう高架の上だ。
「ヴァルグレイ!」
ルミナが俺を見上げて叫ぶ。
「貴様らは五人になっても変わらんな」
俺は闇をまとって支柱から降りる。
「数だけ増えても、動きがばらばらなら独りで戦っているのと変わらん」
ブレイズが眉を吊り上げる。
「ちょっと、出てきて早々にダメ出ししないでよ!」
「ダメ出しではない。事実だ」
「まだ始まったばかりなんだから。ちゃんとそこで見てなさい!」
「なら証明してみせろ」
俺が指を鳴らすと、地上の甲殻型怪人が動き出す。
ルミナが前に出る。
ブレイズも並ぶ。
セラフィは後方へ下がり、ノクターンは地下反応を警戒する。
そこまではいい。
だが、高架上ではシルフィードが猿型怪人を追い回していた。
「こっちこっち!」
猿型怪人が鉄骨を跳ぶ。
シルフィードがそれを追う。
速い。
だが、下の四人と完全に切り離されている。
ルミナは上を気にして、地上の甲殻型への反応が遅れる。
甲殻型の腕が振るわれた。
「ルミナ!」
セラフィが盾を出す。
だが、視線はシルフィードにも向いている。
盾の展開が少し広すぎる。
魔力を使いすぎだ。
ブレイズが炎を放とうとする。
「シルフィード、そこどいて!」
高架上のシルフィードがこちらを振り返る。
「え、私?」
「そこにいたら撃てないって!」
ブレイズが射線を取れず焦っている。
ノクターンは地上と高架と地下を同時に見て、眉を寄せていた。
「情報量が多い。シルフィード、位置報告。ブレイズ、撃つのを一旦止めて。ルミナ、正面を――」
そこで地下から蛇型怪人が飛び出した。
狙いはセラフィ。
ノクターンの指示が中断される。
「セラフィ、足元!」
「はい!」
セラフィが盾を下へ向ける。
その隙に甲殻型がルミナを押し込む。
ブレイズが援護しようとするが、シルフィードが高架から地上へ飛び降りてきた。
「後ろ取った!」
「だからそこ、危ない!」
ブレイズが炎を止める。
火力担当が火を撃てない。
前衛が前ではなく上を見ている。
後衛が防御対象を見失いかけている。
分析担当が処理落ちしかけている。
速度担当はなんか楽しそう。
うーん、だめだこりゃ。
完全に連携が崩壊している。
俺は頭を抱えた。
もちろん内心で、だが。
「戦力が増えたのに、今までよりも手間取ってどうする」
五人が動きを止めてこちらを見る。
「貴様ら、もしかして仲が悪いのか」
「そんなわけないでしょ!」
「ならもう少しちゃんと連携を取れ」
「ぐぬぬ……」
ブレイズが悔しそうに歯噛みする。
ノクターンが手帳を出しかける。
「記録――」
「記録は後だ、ノクターン。今は戦場を見ろ」
「わかった」
素直にしまった。
聞き分けが良くて助かる。
俺は闇を広げ、三体の怪人の動きを一瞬だけ鈍らせた。
「貴様らは互いを見ていない」
俺が低く告げると、五人の視線がこちらに集まる。
「ルミナ。貴様は前衛の要だ。仲間の動きに気を取られて視線を外せば、前線が崩れる」
ルミナが息を呑む。
「ブレイズ。お前は味方の次の位置を予測しろ。撃てぬ炎は、炎ではない。」
「ぐっ」
ブレイズが言葉に詰まる。
「セラフィ。味方全員を守ろうとするな。守るべき場所を選べ。広げすぎた盾は薄くなるだけだ」
「……はい。やってみます」
セラフィが杖を握り直す。
「ノクターン。すべてを一人で処理するな。指示は短く、優先順位を絞れ」
「……了解」
ノクターンが静かに頷く。
「そしてシルフィード」
高架の上で、シルフィードがこちらを見る。
「貴様は速い。だがその速さが、仲間に混乱を与えている」
シルフィードは少しだけ口を尖らせた。
「私、そんなに邪魔してた?」
「していた」
即答した。
「速いことと、役に立つことは違う」
シルフィードの目が少し揺れる。
言いすぎか。
いや、ここは言うべきだ。
「貴様の風は、仲間を置き去りにするためのものか」
「そんなことないよ!」
「ならその風は、仲間を繋ぐ力として使うべきだ」
また助言だが、仕方ない。
今この場で崩壊される方がまずい。
ルミナが剣を握り直した。
「みんな、一回立て直そう」
ブレイズが頷く。
「私は地上。シルフィードが上のやつを引っ張ってくるなら、射線を空けて」
「わかった!」
シルフィードが素直に返事をした。
今度は軽さが少し減っている。
セラフィが足元に小さく盾を展開する。
「私は中央で防御を固めます」
ノクターンが短く指示を出す。
「地上の甲殻型を先に止める。高架の猿型はシルフィードが誘導して。地下の蛇型は私が監視する。ブレイズはルミナの右後方。セラフィは中央固定」
短くて具体的だ。
優先順位もついている。
やはりこの子は飲み込みが早い。
「行くよ!」
ルミナが踏み込む。
今度は上を見ない。
地上の甲殻型に集中する。
ブレイズは右後方から、甲殻型の足元だけを焼く。
火力は抑えられているが、効果的だ。
セラフィは盾を広げすぎない。
ルミナの背中と、ノクターンの足元。
必要な場所だけを守る。
ノクターンは地下の蛇型が動くたび、短く告げる。
「左下。二秒後」
「はい!」
セラフィが盾をずらす。
シルフィードは高架上で猿型怪人を追いかけている。
だが、今度は勝手に奥へ行かない。
「ブレイズ、射線あけるよ!」
「了解!」
シルフィードは猿型を高架の端へ誘導し、直前で進路を変えた。
猿型が飛び出す。
ブレイズの炎が、その着地点を狙う。
「そこ!」
炎が猿型の足を止めた。
ルミナが地上から跳ぶ。
「セラフィ!」
「足場、出します!」
羽根の盾が空中に展開され、ルミナがそれを蹴る。
光の剣が猿型の核を弾いた。
核が回収陣に吸い込まれる。
地下から蛇型が飛び出す。
ノクターンが杖を向ける。
「シルフィード、上から右へ。蛇型を地上へ出して」
「おっけー!」
シルフィードが風となって走る。
今度は一人で追うのではない。
蛇型の進路を切り、地上へ押し出す。
出てきたところを、セラフィの盾が受け止める。
ブレイズが炎を絞り、核を露出させた。
ノクターンの光弾が核を撃つ。
二体目。
残るは甲殻型。
ルミナが真正面に立つ。
だが、突っ込まない。
シルフィードが左へ走り、甲殻型の視線を奪う。
ブレイズが右足を焼き、セラフィがルミナの足場を固定する。
ノクターンが核の位置を示す。
「今!」
ルミナの光が走った。
剣が甲殻型の胸を貫き、核を弾き出す。
黒い煙が広がり、最後の怪人も回収魔法陣へ落ちた。
五人は息を切らしていた。
だが、誰も倒れていない。
誰も孤立していない。
どうにか形にはなった。
「……ふん」
俺は腕を組む。
「最初の無様さに比べれば、少しは見られる戦いになったか」
ブレイズが顔を上げる。
「それ、褒めてる?」
「褒めていない」
「でも、最初よりマシってことでしょ?」
「最初が酷すぎただけだ」
シルフィードが手を挙げる。
「私、最後は置き去りにしてなかった?」
「まだ改善は必要だ。だが、最初よりは良い」
シルフィードの顔がぱっと明るくなる。
「やった」
「喜ぶな。基準が低い」
セラフィがほっとしたように笑う。
「でも、皆さんで動けました」
「油断するな。五人になったことで守る対象が増えた。ただ広げるだけでは守りきれんぞ」
「はい」
ノクターンが手帳を開く。
「内容を整理する。ルミナは前線維持。ブレイズは射線を意識。セラフィは防御選択。ノクターンは優先順位指示。シルフィードは、撹乱と連結」
「連結?」
シルフィードが首を傾げる。
「仲間を置き去りにせず、敵の位置を動かす役」
「おお、なんかかっこいい」
ノクターンがこちらを見る。
「ヴァルグレイ、補足は?」
「こちらに補足を求めるな」
「必要」
必要ではある。
だが、敵に補足を求めるな。
俺は短く息を吐いた。
まぁ総括は必要だろう。
そう言い聞かせて五人を見る。
「ルミナは前線の要だ。後衛のことは信じて託せ。前から目を逸らすな」
「うん」
「ブレイズは火力だ。味方の次の位置を予測し、自分から射線を取りにいけ」
「わかった」
「セラフィは守りだ。だが全部を抱えるな。必要な場所に盾を置く感覚を掴め」
「はい」
「ノクターンは戦場の目だ。全員を動かそうとするな。次に必要な一言だけでいい」
「理解した」
「シルフィードは風だ。勝手に吹き荒れるな。流れを作れ」
「流れを作る……うん、わかった!」
本当にわかったのかは怪しい。
だが、今はそれでいい。
ルミナが俺を見た。
その目が少し柔らかい。
「ありがとう、ヴァルグレイ」
「貴様らがあまりに無様だっただけだ。次はこうはいかんぞ」
「うん。それでも」
彼女は笑った。
「ちゃんと見てくれてたから、言えたんだよね」
またそれだ。
ちゃんと見ている。
その言葉が、最近やけに重い。
俺は闇を足元に広げた。
「今宵はここまでだ」
「えー、もう帰るの?」
シルフィードが言う。
「退屈なものを見せられたのでな」
「でも最後は見られたんでしょ?」
「図に乗るな。まだまだ見るに耐えん」
会話を聞いていたブレイズが笑う。
「シルフィードもヴァルグレイの言い方に慣れてきてる」
「うん。この人はだいたいちょっと悪そうに言うんだね」
「そうそう。あってるあってる」
「合ってない。余計な解釈を入れるな」
ノクターンが手帳に書く。
「ヴァルグレイ語録、五人体制版へ更新」
「更新するな」
セラフィが微笑む。
「次は、もっと皆さんで動けるようにします」
「それはいいが、今日の醜態を忘れるな。ぶっつけ本番ではなくちゃんとよく話し合って動きを決めろ」
俺は闇に身を沈める。
「数が増えれば強くなると思うな。つながらぬ光は、ただ散るだけだ」
闇が閉じる直前、ルミナの声が届いた。
「わかった。次はつなげるよ、私たち」
まっすぐな声だった。
こういうところはまさに主人公って感じだ。
「せいぜい足掻けよ、星彩少女たち」
そんな本音は表に出さず、悪役らしい言葉だけを残しておいた。
*
黒天城へ戻ると、魔導端末が光った。
差出人はゼルミア。
今回もどこかで戦闘を見ていたのだろうか。
『五人分の役割まで教えてあげるなんて、ずいぶん面倒見がいいねえ。悪の幹部というより、顧問の先生みたいだ』
いつにも増して言い訳が苦しい。
先生ではない。
先生ではないが、今日やったことはほぼ先生だ。
俺は無視を決め込み、端末を伏せた。
ところが、もう一度端末が光った。
またしても差出人はゼルミア。
そしてそこには、さらに厄介な一文が添えられていた。
『そろそろ、君の考えをちゃんとした場で説明してもらいたいな。近いうちに幹部会議を招集するからさ。楽しみにしているよ』
幹部会議。
とうとうこの時が来たか。
俺が星彩少女たちを鍛えるためにやってきた助言や訓練。
言うまでもなく、それを黒天教団の中でそのまま説明するのは無理だ。
だが、これを続けていれば当然幹部たちは疑問に思うだろう。
ヴァルグレイは、なぜ星彩少女たちを始末せず、あのような行為を続けているのか?と。
いずれにせよ、避けては通れない道だ。
悪の幹部として、それなりに筋の通った説明をしなければならない。
俺の悪の幹部としての、もう一つの仕事が始まろうとしていた。
――第15話へ続く




