第13話「魔法少女捕獲(して説教する)作戦」
素早い相手を捕まえるには、いくつか方法がある。
ひとつ。
相手よりも速く動く。
これは無理だ。
俺はヴァルグレイの身体能力と魔力を持っているが、風のように動くシルフィードに追いつけるような速さを持ち合わせていない。
ふたつ。
広範囲攻撃で逃げ場を潰す。
これも論外だ。
周辺被害が出る。
本人にも大怪我をさせかねない。
みっつ。
動きを読んで、逃げ道に罠を置く。
これが一番現実的だ。
速い相手ほど、自分の速度を信じて進む。
自分なら抜けられる。
自分なら避けられる。
その自信が、軌道を単純にする。
つまり、捕まえられる。
……いや、捕まえたいわけではない。
捕まえたいわけではないのだが、捕まえないことには話もできない。
「ヴァルグレイ様」
黒天城の執務室で、狼頭の部下が魔導端末を差し出してきた。
「星彩少女シルフィードへの対抗作戦、準備が整いました」
「ああ」
俺は端末を見る。
作戦名は〈風刃拘束作戦〉。
場所は第十七高層往還区画。
かつて都市部の上空交通実験に使われていた、巨大な円筒状の施設だ。
高速型が走り回るには適している。
だが同時に、誘導もしやすい。
今回の目的は、シルフィードに「自分の速さが絶対ではない」と理解させること。
そして、「仲間の話をちゃんと聞け」と説教すること。
この二点だ。
後者はどう見ても悪のやることではないのだが。
今回は怪人を一体だけ用意する。
黒翅兵ドラグネイル。
風を操る蜻蛉型の怪人だ。
速度はシルフィードより少し遅い。
しかし、風の流れを変え、進路をずらす能力を持つ。
シルフィードが速度で押し切ろうとすれば、風に流される。
周囲を見て、味方と息を合わせれば突破できる。
完璧だ。
悪の組織の作戦としては、やはりだいぶおかしいけど完璧だ。
俺は端末の内容にもう一度目を通す。
今回は、もう一つ新しい施策を加えているからだ。
「『回収魔法陣』の準備はどうなっている?」
回収魔法陣。
怪人が星彩少女に撃破された場合、その核を自動的に撤退させる陣だ。
これまでは毎回自力で回収していたのだが、これで少し手間が省けるはずだ。
「はっ。既に陣の敷設は完了しております」
「そうか。手間をかけたな」
「いえ、我ら怪人も捨て置かないその寛大な御心。部下たちを代表して感謝致します」
狼頭が深々と頭を垂れる。
「俺の部下である以上、無意味な損耗は許さん。それだけだ」
「はっ。肝に銘じます」
本当は、毎度回収するのが面倒だから自動化したかっただけだ。
他はともかく、自分の部下は自由にコントロールできる貴重な戦力だしな。
「では作戦を開始しろ」
「はっ」
*
第十七風洞区画は、想像以上に風が強かった。
巨大な筒状の施設の内部は、いくつもの通路と円形の足場で構成されている。
風の音が、低く響く。
俺は中央制御塔の上に立ち、下の広い空間を見下ろしていた。
闇の糸を数本、あらかじめ通路の影に潜ませてある。
殺傷能力のあるものではなく、動きを封じるための罠だ。
それでも、シルフィードなら気づかず突っ込む可能性が高い。
というか、たぶん突っ込む。
ほどなくして、五つの光が施設内へ入ってきた。
ルミナ。
ブレイズ。
セラフィ。
ノクターン。
そして、シルフィード。
五人になった。
絵面は華やかだ。
問題は、連携がまだ華やかとは程遠いことだ。
「うわー、広い!」
シルフィードが目を輝かせた。
緑の風をまとい、足場の端から端へ軽く跳ぶ。
「ここ、走りやすそう!」
「待って」
ノクターンが即座に言った。
「罠が仕掛けられている可能性が高い。慎重に……」
「大丈夫大丈夫」
シルフィードは笑う。
その返事は、だいたいわかっていない時のやつだ。
ブレイズが腕を組む。
「あんた、ちゃんと話聞きなさいよ」
「聞いてる聞いてる」
「聞いてる人は二回言わないの!」
セラフィが苦笑しつつ、杖を握った。
「まずは全員で動きましょう。無理に一人で先へ行かないでくださいね」
「はーい」
返事はいいが、不安しかない。
そうこうしているうちに、ルミナがこちらに気づいた。
「ヴァルグレイ!」
「あ! ちょっと来てたなら声かけなさいよ」
ブレイズが不満そうな声をあげる。
部活動の仲間みたいなノリで言うな。
俺は闇をまとい、制御塔の上からゆっくり降りた。
シルフィードが俺を見つけて、ぱっと笑う。
「あ、ヴァルくん」
「その呼び方はやめろと言った」
「じゃあ、ヴァルグレイ!」
「最初からそうしろ」
距離感がおかしい。
初対面からおかしかったが、改めておかしい。
それを聞いていたブレイズが目を輝かせた。
「えっ、じゃあ私もヴァルくんって呼んでいい?」
「良いわけないだろ闇に沈めるぞ」
「辛辣!」
その横でルミナとセラフィがヴァルくん……とか呟いているが一旦無視する。
頼むから伝染しないでくれ。
あとノクターンは今すぐその手帳をしまえ。
俺は外套を揺らし、できるだけ冷たい声を出した。
「シルフィード。貴様の動きなぞ止まっているも同然だ。今宵それを教えてやろう」
シルフィードの瞳が輝いた。
「ほんと? 捕まえてくれるの?」
なぜ嬉しそうなんだ。
「捕まることを望むな」
「だって、そう簡単に捕まるつもりないし」
「誇ることではない。お前の速さはただ味方を置き去りにしているだけだ」
シルフィードは少しだけ首を傾げた。
「置き去り?」
「貴様の風は速い。だが、速すぎて仲間の声が届いていない」
その瞬間、ルミナが小さく頷いた。
ブレイズは「ほんとそれ」とか言いたそうな顔をしている。
セラフィは心配そうにシルフィードを見ている。
ノクターンは手帳を開いた。
「記録。本人への指摘、直球」
「記録するな」
俺は指を鳴らす。
施設の奥から、黒翅兵ドラグネイルが羽音を響かせて現れた。
細長い体。
透明な黒い翅。
針のような尾。
攻撃力は抑えてあるが、動きは鋭い。
シルフィードが短剣型の魔法具を構えた。
「じゃあ、あれを捕まえればいいんだね」
「待って、シルフィード!」
ルミナが言うより早く、シルフィードは走った。
まぁそうなるよな、やっぱり。
緑の風が足場を駆け抜け、ドラグネイルの背後へ回り込む。
「もらった!」
彼女の短剣が、黒い翅をかすめる。
速い。
間違いなく速い。
だが、ドラグネイルはわずかに風を起こし、彼女の軌道をずらした。
「わっ」
シルフィードは空中で体勢を変え、壁を蹴って戻る。
見事な反応だ。
だが、その戻った先が悪い。
俺が置いた闇糸のすぐ近くだった。
「シルフィード、止まれ」
あまりにも狙い通りすぎる動きに、静止の声をかける。
「えっなんで?」
案の定というべきか、シルフィードは止まらなかった。
闇糸が彼女の足首を絡め取った。
「わっ!?」
シルフィードの身体が空中でくるりと回り、そのまま柔らかく闇の網に受け止められる。
勢いは殺してある。
痛みはないはずだ。
だが、捕まった。
あっさりと。
シルフィードは逆さまにぶら下がった状態で、ぱちぱちと瞬きをした。
ルミナたちが固まる。
ブレイズが口を開いた。
「捕まった……」
セラフィが慌てる。
「シルフィードさん、大丈夫ですか?」
「うん、痛くないよ」
シルフィードは逆さまのまま、俺を見た。
そして、なぜか笑った。
「すごい」
何がだ。
「ほんとに私のこと捕まえた」
だから、なぜ嬉しそうなんだ。
俺は低く告げる。
「今のは、こちらの狙い通りにお前が動いて勝手に捕まっただけだ」
「うん」
「速いだけでは、読まれた瞬間に終わる」
「うん」
「仲間の声を置き去りにし、自分の進路だけを信じる。だから罠にかかる」
「うん」
素直だ。
素直すぎる。
そして目が輝いている。
「ねえ、どうやって読んだの?」
「教えると思うか」
「思う」
「思うな」
シルフィードは逆さまのまま、楽しそうに揺れた。
「私、こんなにあっさり捕まったの初めて」
「喜ぶな」
「だって、新しい感じがする」
この子、危ない方向に好奇心が強い。
ブレイズが呆れた顔で言う。
「シルフィード、あんた捕まってるのわかってる?」
「わかってるわかってる」
「なんで楽しそうなのよ」
「だって捕まえてくれる相手がいるってことは、もっと速くなれるってことでしょ?」
その言葉にブレイズが少し黙った。
あ、これ内心ちょっと共感してるやつだな。
確かに、ブレイズもシルフィードに似たところがある。
認められたい、越えたい、もっと強くなりたい。
ブレイズの場合は、火力。
シルフィードの場合は、それが速さに向いている。
ルミナが俺を見る。
「ヴァルグレイ、シルフィードを下ろしてあげて」
「命令するな」
「お願い」
「お願いもするな」
セラフィも言う。
「怪我はしていないようですが、長く逆さまだとあまりよくないです」
治療担当らしい心配だ。
ノクターンは手帳を見ながら言った。
「拘束に切断性なし。衝撃吸収あり。安全性が高い」
「分析するな」
「重要」
俺はため息を吐きたくなった。
悪役はため息を吐かない。
たぶん。
指を軽く動かすと、闇糸がほどけた。
シルフィードの身体が落ちる。
だが、彼女は空中でくるりと回り、軽やかに足場へ着地した。
「ありがと」
「礼を言うな」
「じゃあ、捕まえてくれてありがと」
「より悪くするな」
シルフィードは俺の周囲を軽く一周した。
速い。
だが、今度は不用意に近づきすぎない。
少しだけ、こちらの闇糸を警戒している。
いい変化だ。
「シルフィード」
ノクターンが声をかける。
「単独で突っ込むと、私たちは支援できない」
「うん。さっきわかった」
「次は合図を待って」
「わかった! たぶん!」
たぶん! じゃ困るんだよなぁ。
ノクターンも同じことを思ったのか、少し疲れた顔をしていた。
がんばれ、分析担当。
この子はだいぶ手強いぞ。
ドラグネイルが再び羽ばたく。
シルフィードは短剣を構え直した。
今度はすぐに飛び出さない。
ルミナが前に出る。
「まず私が引きつける。ブレイズ、左をお願い。セラフィ、防御を」
「任せて!」
「はい!」
ノクターンがドラグネイルを見据える。
「シルフィード。敵が風を起こす瞬間、翅の角度が変わる。そこを見て。合図したら右上から」
「オッケー!」
シルフィードは笑った。
だが、今度は待った。
ほんの数秒。
それだけでも、十分な進歩だ。
ルミナがドラグネイルの正面に入り、ブレイズが炎で逃げ道を制限する。
セラフィが足場に防御の光を敷く。
ノクターンが杖を掲げた。
「今」
その一言で、シルフィードが消えた。
いや、消えたように見えた。
速い。
さすがのスピードだ。
彼女はドラグネイルの起こした風を避け、右上から滑り込んだ。
「今度は、みんなの声を聞いてるよ!」
短剣が、黒い翅の根元を切る。
ドラグネイルの姿勢が崩れる。
ブレイズの炎が周囲の装甲を焼き、とどめにルミナの剣が胴体を貫く。
ドラグネイルは黒い煙となり、核だけが回収魔法陣へ落ちていった。
「やった!」
シルフィードがガッツポーズをとる。
いい連携だ。
ただし、まだ粗い。
シルフィードは合図を聞いていたが、動き始めるのは合図より少し早かった。
ルミナも、シルフィードを目で追いすぎる癖がある。
ブレイズの炎は抑えていたが、シルフィードの動きに合わせきれていない。
怪人の数が多ければ、狙いを誤ってシルフィードの進路を塞ぎかねない。
セラフィは防御範囲を広げすぎだ。
魔力消費が多く、持久力が今までよりも落ちる懸念がある。
ノクターンは指示を出せてはいるが、全員の速度差に苦労している。
これも長期戦になると疲弊し、連携を崩す起点にされかねない。
悪くはないが、課題だらけだ。
「その程度の勝利に酔うな」
俺は低く告げた。
五人がこちらを見る。
「全体的な連携の筋は悪くないが、不十分だ。速さだけで戦場を置き去りにせず、流れを読み、仲間を運ぶ風として使え」
しまった。
また普通に言ってしまった。
「今助言した?」
「助言ではない。観察だ」
ブレイズがにやにやする。
「シルフィード、よかったじゃん。観察されたって」
「うん!」
「喜ぶな」
ルミナが俺を見て、少し笑った。
「シルフィードのことも、ちゃんと見てくれるんだね」
「弱点を見ているだけだ」
「うん。そういうことにしておく」
やめろ。
その言い方はやめろ。
ノクターンが手帳に書く。
「シルフィード項目。速さだけで戦場を置き去りにするな。流れを読み、仲間を運ぶ風」
「だから記録するなと言っている」
セラフィはシルフィードの隣に立ち、優しく言う。
「これからは、私たちも一緒に走れるように頑張りますね」
「うん。私も、ちょっとだけ待つ」
「ちょっとだけではなく、ちゃんと待ってください」
「なるべく」
セラフィが困った顔をした。
このチーム、大丈夫だろうか。
いや、大丈夫にしなければならない。
課題は山積みだが、今日はここまでだ。
俺は足元に闇を広げた。
「今宵はここまでだ」
「あ、待って!」
シルフィードが手を上げる。
「次も捕まえてくれる?」
「もうやらん」
「えー」
ブレイズが吹き出した。
ルミナも笑いをこらえている。
ノクターンは無表情だが、手元は動いている。
絶対に記録している。
セラフィだけは本気で心配そうだった。
「シルフィードさん、罠にかかることを楽しみにしてはいけませんよ」
「はーい」
返事が軽い。
なんかこう、この子がいると全体のノリが軽くなるんだよな……。
見方によっては良いことなんだろうけど。
ここにゼルミアがいたらどうなっていたことか。
頭を抱えたくなるが、ぐっとこらえる。
悪の幹部は頭なんて抱えないはずだ。
きっと。
闇が閉じる。
最後に、シルフィードの声が届いた。
「またね、ヴァルグレイ!」
だから遊び終わった友達みたいなノリで言うな。
*
黒天城に戻ると、狼頭の部下が待っていた。
「ヴァルグレイ様。戦闘記録、確認いたしました」
「ああ」
「星彩少女シルフィードを拘束し、さらに行動指針まで刻み込むとは。見事な掌握でございます」
もう訂正する気力もない。
その時、端末が光った。
差出人はゼルミア。
『今度は捕まえて説教したのかい? 君、悪の幹部として新しすぎるね』
俺は端末をそっと伏せた。
悪の幹部として新しい。
嫌すぎる評価だ。
椅子に座り、仮面に指を当てる。
シルフィードの笑顔が頭に残っていた。
捕まったのに嬉しそうな顔。
仲間の声を聞く、と言った時の少し真面目な顔。
あの速さは危うい。
でも、仲間とつながれば、きっと強い。
俺は小さく息を吐いた。
「……本当に、手がかかる」
敵として鍛える。
そう決めたはずだ。
だが最近、その言葉のうち「敵として」の部分だけが、どうにも薄くなっている気がしてならなかった。
――第14話へ続く
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




