7話
酒場『デレイル』の特別室。堅牢な木造りのテーブルには、あふれんばかりの料理が並んでいた。名物のブラウンシチューの芳醇な香りに加え、厚切り肉のグリルや香ばしいコーンブレッドが所狭しと並ぶ光景は、まさに壮観の一言だ。
銀治とリリムのふたりには、意外な共通点があった。それは、常人離れした食欲を持っていることだ。
「ポーカーで稼いだからな。遠慮なく食べて構わないぞ」
銀治が鷹揚に頷くと、リリムはその言葉を文字通り受け取り、驚くべき勢いで皿を空にしていった。すでに優に十人前は平らげているというのに、リリムの細い体のどこにそれだけの量が入るのか。階下で給仕をしているキャスが見れば、腰を抜かさんばかりの食べっぷりだった。
しかし、なおも迷いなく動いていたリリムの手が、ぴたりと止まった。
「……私は、プーチャル教の司祭ではない」
銀治が、何気なくワイングラスを傾けながら告げた一言がきっかけだった。
リリムは口を挟むことなく、目を丸くして銀治を凝視した。銀治の告白は、そこからさらに驚くべき内容へと続いていく。
自分はこの場所とは違う、遥か彼方の世界からやって来たこと。そこでは叔父が創設した宗教の教祖として、数多の信者を導いていたこと。そして、ある日突然この世界へと送り込まれ、気づけばなぜかこの司祭服を纏っていたこと――。
あまりに荒唐無稽な話だった。だが、リリムは疑うような素振りも見せず、ただじっと、吸い込まれるような瞳で銀治の話に聞き入っていた。
「私には、夢があった」
銀治は窓の外、黒い煙を吐き出す街の静寂を見つめながら、独り言のように語り始めた。
「自分の城を建てることだ。子供の頃、古い物語の中で殿様が天守閣から眼下を見下ろすシーンを見て、強く胸を打たれた。あの高みから世界を統べるのは、さぞかし心地よいだろうと羨んでな。そのために金と地位、そして権力を求めた。新興宗教の教祖を引き受けたのも、それが夢への最短距離だと思ったからだ」
銀治の視線がリリムへと戻る。
「信者は順調に増え、夢は手の届くところにあった。……だが、その矢先に私はこの世界へ飛ばされた。住む世界は変わったが、天守閣から眼下を見下ろしたいという欲望までは消え去ってはいない。だから、私はこの世界に自分の城を建てることに決めた」
一息つき、銀治の声はより低く、重みを増していく。
「前よりも厳しい道になるだろう。多くの血を流し、数多の人々の呪詛を浴びるかもしれない。……それでも、私は夢を捨てない。リリム、そのためには君の力が必要だ」
銀治は椅子をわずかに引き、リリムの瞳を正面から射抜くように見つめた。
「初めて君を見た瞬間、君が光って見えた。まるで後光の差す観音様のように、君は特別な存在だと確信したんだ。もちろん、君をただ私の野望を叶えるための道具として使い潰すつもりはない。もし力を貸してくれるのであれば、君が望むことは何でも私に言ってほしい。君が願う未来を、私が最大限に叶えてあげたいと思っている……リリム。私の夢の実現のために、共に歩いてくれるか?」
特別室の喧騒が遠のき、二人だけの沈黙が流れる。
リリムは言葉を発しなかった。しかし、その瞳には迷いも恐怖もなく、ただ真っ直ぐに銀治の覚悟を映し出していた。
「…………」
リリムは静かに、しかし力強く首を縦に振った。言葉はなくとも、彼女の意志は痛いほど銀治に伝わってきた。
「ありがとう」
銀治が差し出した大きな手に、リリムは少し恥ずかしそうにしながらも、その小さな手を重ねた。
鉄と煙に覆われた異世界の片隅で、一人の詐欺師と一人の少女が、修羅の道へと踏み出した瞬間だった。
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