3話
「――ようやく追いついたぞ、この泥棒めッ!」
乾いた荒野の空気を切り裂くような怒声。
背後から、一頭の馬が土煙を上げて迫っていた。跨っているのは、顔中を汚らしい無精髭で覆った中年男だ。その手には使い込まれたショットガンが握られ、銃口は真っ直ぐに銀治を捉えている。
「俺の馬と、高価な奴隷を勝手に持って行きやがって! 命で償ってもらうぞ!」
血走った目で叫ぶ男を、銀治は振り返って一瞥した。焦る様子もなく、むしろ「やれやれ」と肩をすくめる余裕さえある。
「……なるほど。状況は、なんとなくわかったぞ」
銀治はゆっくりと馬から降り、地面に立った。それに続いてリリムも静かに降りる。彼女は手綱を握り締めたまま、不安げな表情で男と銀治のやり取りを見守っていた。
「君は、あの農場の主だな? 」
銀治の問いかけに男は答えなかった。荒い息を吐きながらその銃口を銀治に向けている。
「どうも誤解しているようだが、これらは全て彼女が私に寄進したものだ」
「何が寄進だ!誰が好き好んで財産をくれてやるって言うんだ!可哀想なドロテアは、家でガタガタ震えてやがった! 全部お前のせいだ、このインチキ司祭め!」
「インチキ?」
「まともな司祭が、堂々と略奪なんかするはずがねぇ! 大方、どっかから司祭の服を盗み出してきただけの詐欺師だろ。俺の目は誤魔化せねぇぞ!」
男は激昂し、引き金にかける指を震わせる。それに対し、銀治は教祖らしい優雅な仕草で胸を張った。
「なるほど、確かにその通りだ」
ドォォンッ!!
銀治の言葉が終わるより早く、彼の足元の土が爆ぜた。男が威嚇の一撃を放ったのだ。
「何が『なるほど』だ! 脅しだと思ったら大間違いだぞ! 次は風穴を開けてやる!」
男は勝ち誇ったように笑った。だが、彼は気づかなかった。
砂埃の向こう側で、銀治の眼光が冷徹な捕食者のそれへと変わったことを。
「リリム、GO!」
パチン!
銀治が乾いた音を立てて手を叩いた、その瞬間。リリムの体が、陽炎の中に消えた。
「な――」
男が再び銃を構え直そうとした時には、すべてが終わっていた。
距離にしておよそ十五メートル。リリムはその距離を一瞬の跳躍で、物理法則を無視した弾丸となって塗り潰した。
焼けるような太陽の光を背負い、空中に描き出される黒いシルエット。リリムの細い脚が、空気を切り裂いて男の首元へと突き刺さった。
「どごっ!!」
鈍い衝撃音が荒野に響く。
スローモーションのように男の体が傾ぐ。大きく開けたく力絶望の喘ぎ声が小さく響く。そして為す術もなく馬上から地面へと叩きつけられた。頭から落ちた地面から重い音が響き、舞い上がった土埃が男の動かなくなった体を微かに覆った。
完璧な着地を決めてみせたリリムは、何が起こったのか分からないといった表情で呆然と立ち尽くしていた。殺そうと思っていたわけでは無い。ただ勝手に体が動いていた。
命が消えていく目の髭面が地面を痙攣する音が鳴る。
リリムは恐怖を携えた目で銀治を見る。ただの悪戯のつもりが、とんでもない事を引き起こしてしまった子供が母親を見る時の目に似ていた。
「見事だ」
銀治は賞賛の拍手をした。
「………」
「奴は私たちを殺す気だった。殺されて当然だ、何も心配することは無い。私がやらせた。もう一度言う。殺したのは君じゃなく、この私だ」
その時、リリムの頭の中に声が響いた。『特殊魔法「疾風の珊瑚礁」を獲得しました』
ほんの少し前までは奴隷だったリリム。しかし今は「神の祝福」と称され、数百人に一人しか持たないと言われる特殊魔法を手に入れていた。
「私の言った通りだろう?一目見た瞬間に分かったよ、君は特別な存在なんだ」
全てを肯定された気がして、リリムは温かい涙を流した。
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