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2話

 


 地平線の彼方まで続く綿花畑と、陽炎に揺れる赤土の道。


 1850年代のアメリカ南部を思わせるその異世界は、どこまでも残酷で、どこまでも呑気な空気に包まれていた。


 見上げるような高い空の真上に、白く輝く太陽が居座っている。


 静寂を破るのは、栗毛の馬が刻む「ぽっか、ぽっか」という長閑な足音だけだ。その逞しい背中には、あまりに不釣り合いな二人の男女が揺られていた。


 前に座り、手綱を握っているのは、灰色の髪を風になびかせる小柄な少女、リリムだ。


 その身に纏うのは、泥と汗に汚れた粗末な麻の服。一目見れば、彼女が過酷な労働を強いられてきた奴隷であることは明白だった。しかし、その痩せこけた頬とは対照的に、瞳にはルビーのように力強く、美しい彩光が宿っている。


 住み慣れた場所を追われ、得体の知れない男に連れ去られたというのに、彼女の表情に不安の影はない。


 その後ろに、巨大な体躯を預けているのが、芦屋銀治である。


 眩いばかりに真っ新なプーチャル教の司祭服を纏った彼は、今日この世界に降り立ったばかりの「異邦人」だった。だが、その尊大な態度と風格からは、ここが自分の庭であるかのような余裕さえ感じられる。


 馬の両脇に吊るされた袋は、はち切れんばかりに膨らんでいた。それは、銀治の「悪霊の呪い」というハッタリに魂を抜かれた農場主ドロテアが、罪滅ぼしと言わんばかりに詰め込んだ贅沢品の数々だ。


「もにゅ、もにゅ、もにゅ……」


 リリムは一心不乱に口を動かしていた。


 手にしているのは、ドロテアのキッチンから強奪……いや、寄進させた逸品。トウモロコシ粉の甘みが広がるパンに、厚切りにしてカリカリに焼かれた塩漬けベーコンがこれでもかと挟まっている。


「――喋るのが恥ずかしい、だと?」


 銀治はバスケットから取り出したドライフルーツを器用に口へ放り込み、前を行く小さな背中に問いかけた。


 リリムはパンを咀嚼する手を止め、こくり、と深く頷く。


「うーむ……」


 銀治は顎を撫でながら、しばらく考え込んだ。


 農場主の話では、彼女は「口のきけない不良品」とのことだった。しかしどうやらそれは間違いで、ただ単に、喋りたくないらしい。


「そういうこともあるか。……人には誰しも、譲れないこだわりというものがあるからな。リリムには光る才能があるのだからな、多少の奇癖は許容範囲だ」


 銀治は、湿気でうねり始めた天然パーマを捩じりながら言った。


「不思議なことに、君が言いたいことは何となくわかる。……よし、許可しよう。リリム、お前が私の前で声を出す必要はい」


 銀治が偉そうに、しかしどこか寛容な響きを込めて宣言すると、リリムの口角が僅かに、本当に僅かにだけ上がった。


 背後からその表情を見ることは叶わないが、銀治には伝わってきた。彼女を包む空気が、春の陽光のように柔らかく弾んだのだ。


「…………」


 リリムは音声を発することなく、感謝を告げた。その時、荒野に乾いた銃声が鳴り響いた。



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