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14話

 


「侯爵がどうだ、エドガーがどうしたと喚いていたが……貴様、このままだと三年以内に死ぬぞ! その顔色の悪さ、目の下の隈、おまけにその指先の震えを見ろ。それがまともな人間の体に見えるか!」


 銀治はカーペットに這いつくばる男爵を、ゴミを見るような冷徹な眼差しで見下ろし、容赦なく言葉の弾丸を浴びせる。


「ぐっ、あ、あ、あああ……っ!」


 ウィリアム男爵は胸を掻きむしり、体を「くの字」に曲げて、喉の奥から絞り出すような呻き声をあげた。


「どうした、息が苦しいだろう? 心臓が、万力で締め上げられるように痛むだろう! 貴様の体は、もう限界だと、確実に異常を教えてくれているのだ!」


 男爵は震える手で、縋り付くように黒い刀を掴むと、それを赤ん坊でも守るかのように必死で抱え込んだ。


「……そうやって、今までその刀に頼って、痛みを誤魔化してきたのだろうな。確かにその刀は、一時的に神経を麻痺させ、痛みを打ち消してくれるのだろう。だが、男爵! その痛みの『原因』そのものを作っているのは、他ならぬその刀なのだ!」


 銀治の声が、断罪の鐘のように部屋に鳴り響く。


「その刀は、お前を助けるふりをしながら、その実、着実にお前の命を貪り食っている! 苦しみを消す代わりに、お前の寿命をまきにして燃やしているのだ! 今すぐ手放さねば、お前の最後は、全身の骨が砕け、肉が腐り落ちる地獄の苦しみとともに訪れるぞ!」


 男爵の抱える黒い刀が、まるで彼の命を吸い上げているかのように、一瞬、不気味に脈打った。男爵の顔はもはや生者のそれではなく、死の恐怖に支配された亡者の形相へと変わり果てていた。


「大勢の人間に恨まれ、呪われ、その果てに待っているのは救いようのない地獄だけだ。それを少しでも先延ばしにしてやろうという、私の慈悲深い善意が分からんのか! この、豚蛙野郎が!」


 銀治の突き刺した人差し指に、物理的な重圧さえ感じているのか。豚蛙ことウィリアム男爵は、豪奢なカーペットの上で芋虫のように蠢き、脂汗を撒き散らした。


 銀治の怒号が部屋の空気を震わせる。男爵は震える声で、必死に責任を転嫁しようと縋り付いた。


「し、しかし司祭様、私は……私は侯爵に命令されて……! 逆らえば殺される、だから仕方なく……!」


「そんな言い訳が神に通用すると思っているのか、大馬鹿者め!!」


 銀治の怒りはさらに一段階、熱を帯びた。


「侯爵が命じたのは事業の遂行だ! だが、手抜き工事で私腹を肥やし、住民を力ずくで踏みにじる方法を選んだのは……他ならぬ貴様自身だ! 誰に強要されようと、最後にその道を選び、歩みを進めたのは貴様の足ではないか! だからこそ、その罪はすべて貴様が背負い、貴様が購わねばならんのだ!」


「はっ、はっ、はぁあああ……っ!」


 逃げ場を失ったウィリアム男爵の目から、大粒の涙が溢れ出した。金で買った地位も、奪い取った富も、自分を蝕む呪いの刀も、何一つとして自分を救ってはくれない。


 突きつけられたのは、あまりにも重すぎる自業自得という名の断罪だった。男爵はただ、豪奢なカーペットに額を擦り付け、子供のように声を上げて泣き崩れるしかなかった。


「おい貴様! みっともない面で口をぱくぱくさせている場合か! さっさと答えを言え!」


「こ、答えとは……ええと、その……」


「この唐変木の能無しが! その刀を私に寄進するのかしないのか、とっとと返事をしろと言っているんだ!」


 銀治の怒気に完全に呑まれた男爵は、涙目で喉を鳴らした。もはや「自衛」や「高揚感」などという理屈は、死の恐怖の前に霧散していた。


「き、寄進します……! 寄進いたしますので、どうか、どうかお許しを! 地獄にだけは行きたくないのです!」


「……分かればよろしい」


 先ほどまでの狂犬のような表情を消し、銀治は満足げな笑みを浮かべて歩み寄った。そして、男爵が命の綱のように大事に抱えていた黒い刀を、ひったくるようにむしり取った。


 目的の品を手にし、銀治は腰を抜かしたままの男爵に一瞥もくれず、裾を翻して颯爽と部屋から退出していった。


 扉が閉まる音だけが、静まり返った私室に空虚に響き渡った。







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