12話
「私には、味方など一人もいない。自分で、自分の身を守るしかないわけです! 人から恨まれる仕事を押し付けられ、命を狙われ、最後には名誉すら奪われようとしている……。これが、私が背負わされた運命だというのですか! こんなことが、許されて良いのでしょうか?」
彼は椅子から身を乗り出し、銀治の法衣を掴まんばかりの勢いで問いかける。
「司祭様! あなたが語る神とやらは、これほどの邪知暴虐を、この理不尽をお許しになるのですか!? 私はただ、与えられた仕事を全うしようとしているだけだというのに……!」
「ひどい話だ」
「分かって頂けましたか!」
歪んだ笑みでよろよろと近づいてきたウィリアムが銀治の手を握った。
「ありがたい………ああ、ありがたい。ようやく私のこの思いを分かってくださる方が現れた………正直疑っていたのです、あなたのことを」
「私を?」
「そうです。エドガーが私を苦しめるに送った刺客なのではないかと。しかしあなたは違う、私の言葉を真摯に受け止めてくれた。あなたは真の宗教家だ。常識や他人の言葉に惑わされること無く、迷える子羊に救いの手を差し伸べてくれるた」
「あなたの言う事は筋が通っているように思います。しかし、その刀は危険ではないですか?それを手にしてからのあなたは碌に眠っていないと聞きました」
「この刀を手放すわけにはいかんのです。これは知人の商人から大金で買い叩いた、未踏破ダンジョンの深部から出土した遺物だ。……見てくだされ。剣の修行など一度もしたことがないこの私が、これを持てば庭の大木を一刀両断にできる! それに……」
男爵は声を潜め、恍惚とした表情を浮かべた。
「これを持っている間だけは、利用され殺される恐怖が消えていくのだ。……エドガーは、私からこの『救い』を取り上げ、無防備になった私をじわじわと苦しめ抜くために、あなた様を連れてきたのだ。実に見上げた忠誠心ではありませんか?」
男爵は血走った目を吊り上げながら「ひぇっひぇっひぇっ」と奇妙な笑い声をあげた。
「司祭様。私は既に、暗殺専門の傭兵ギルドに『保険』をかけてある。私に万が一のことがあれば、侯爵とエドガーの首を狩る契約だ。……だが、神の代弁者であるあなた様にも頼みたい。もし私が毒に倒れたなら、教団の威光をもって、侯爵に鉄槌を下していただきたい。哀れな子羊を救って頂きたい!必要ならば、いくらでも金を用意します。その金でどうか、より権力のある方に取り次いでいただきたい!そして巨悪である公爵をどうか滅ぼして頂きたいのです!」
肩で大きく息を弾ませ、脂汗を流すウィリアム男爵。その醜態を正面から見据えながら、銀治は至極落ち着いた、それでいて肌を刺すような冷ややかな声で問いかけた。
「……しかし男爵。実際に現場で泥にまみれて働く者たちの間では、別の噂が流れていますよ。貴方はこの鉄道事業を通じて、既に巨万の富を得ているとか」
「なっ……一体どこの誰が、そんな世迷言を!」
男爵が色をなして叫ぶが、銀治は動じない。
「指示されたものよりも遥かに質の劣る資材を使い、その差額をすべて自分の懐に入れている……。検査官を金で抱き込み、目に見える場所、検査を受ける場所だけはまともな資材を使って誤魔化している、とね」
「根も葉もない! それこそエドガーが私を陥れるために流した大嘘だ!」
男爵は机を叩き、激しく否定した。しかし銀治は、獲物を追い詰める猟犬のような鋭い眼光をさらに深め、言葉を畳み掛けた。
「では、もうひとつ……。貴方は秘密裏に、侯爵の周辺を執拗に探っているとも聞きました」
「……っ。私が、どうしてそのような無意味な真似をしなければならんのですか」
男爵の声が、わずかに震えた。銀治は唇の端をわずかに吊り上げ、銀治の目をを覗き込むように身を乗り出す。
「先ほどの貴方の話が真実ならば、貴方は侯爵から命すら狙われている。だとしたら、こう考えてもおかしくはないはずだ。――『やられる前に、やってやる』、と」
銀治の言葉が、部屋の空気を凍てつかせる。
「自らの身を守るため、侯爵が政治家として再起不能になるほどの致命的なダメージを与える準備をしている。侯爵の領地に間者を送り込み、解雇された元従業員に金を握らせて弱みを聞き出す。あるいは、侯爵の屋敷を建てた作業員を捜し出し、屋敷内部の詳細な図面を手に入れようとしている……。図面を手に入れた先にあるのは襲撃、あるいは暗殺でしょう。つまり、貴方は救いを待つ哀れな子羊などではない」
銀治はそこで言葉を切り、薄く笑った。
「虎視眈々と狼を狩る算段を練る、老獪な『狼』なのではないですか?」
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