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駆け巡る青春は稲妻のように  作者: 一二三楓


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9/11

夜の訪れ


 静麗学園高等部の職員室


 豊島麗奈は自分用のデスクに腰を落ち着けると、ふぅっと大きく息を吐いた。

 初めてクラスを受け持つ重圧。

 初日は無事に乗り越えた。

 麗奈は天井を見つめた。

 

 「豊島先生、お疲れ様です」


 ハーフアップに整えられたさらさらな黒髪。

 着ている明るいグレーのスーツにはシワひとつ見つからない。

 同僚で同期の六条紗來ろくじょうさら先生が知的に笑って立っている。


 「紗來先生もお疲れ様です」

 

 「よいしょ」と紗來先生は、麗奈の隣のデスクに腰を下ろした。

 彼女も今年からB組を任されている。


 「D組はどうでした?うちは男子が色めき立っちゃって」

 「B組は美人な先生に大喜びですか?」

 「はぁ、慕ってくれる分には構わないですけどね」

 「うちはみんないい子そうで、安心しましたよ。特に衣通と妙見は、自己紹介の最中に緊張した子たちに声をかけて、クラスを良い雰囲気にしてくれてました」

 「こんな言い方をするとあれですけど、そういう子が中心にクラスをまとめてくれると私たちは楽ですよね」

 「そうですね。二人ともかなり目立つ風貌なんで、やんちゃな子たちかなと思いましたけどね」

 「お互い、頑張りましょうね」と言って、小さな包みを差し出した。


 「ありがとうございます」


 貰った包みをそっと解く。

 中身は丸くて白いチョコレートだ。

 そっと口に含むと広がるクリーミーな甘さ。

 頑張った一日の小さなご褒美。

 肩の力が少し抜けていく。


 「ご馳走様でした」

 「ふふっ、疲れたときには甘いもの食べる元気ですからね!」


 ウィンクを残して、紗來先生はコーヒーを取りに給湯室に歩いていった。


 無自覚にウィンクなんてしちゃうから、子供たちが騒ぐんだろうなと思いながら、麗奈は表情を崩さず、残された仕事に取り掛かった。



◇◇◇



 「今日はお疲れ様」

 「お疲れ様」


 麗奈と紗來は、酎ハイの缶を小さく掲げる。

 はじける炭酸の喉越し。檸檬の爽快なキレ。


 「はぁ〜、最っ高」

 

 「仕事終わりの一杯は、至福の一杯」と紗來は、お酒片手に悦に浸っていた。

 その隣で麗奈は、紗來特製のおつまみをつつく。


 「このカプレーゼ、美味しい」

 「そうでしょ?」

 

 ゴルゴンゾーラをかじり、紗來はあっという間に350ml缶を空にした。

 

 仕事を終えたふたりは、麗奈の家で宅飲みパーティー。

 麗奈と紗來は、同じマンションに住んでいる。

 時折、こうして互いの部屋を行き来して、一緒に過ごしていた。


 今日は『新学期初日お疲れ様会』という名目だ。


 「私がクラス受け持つなんて、未だに実感湧かないわ」

 「それは私も同じ。授業を受け持つのとは全然、違う」

 「生徒にも保護者にも気を使うしねぇ」


 新学期が憂鬱なのは何も生徒たちだけじゃない。

 ふたりは教師になって、3年目。

 変化する立場や責任。

 二缶目のハイボールは苦くて、ちょっと酸っぱい。

 

 「でも今日は……忘れて飲む」

 「そうね。明日から頑張るために……」


 ふたりは揃って「乾杯」と、もう缶をぶつけた。

 

 「ねぇ紗來のクラスの女の子の反応はどうだったの?」

 「女の子たちは真面目な子が多い印象。固いというか、どこか冷めてるというか?男の子も派手な子はいないから問題とかは……出てくるにしてもまだ先かなぁ」

 「麗奈の方はどんなクラス?」

 

 1年D組。どんなクラスだろう。

 少し生徒たちの自己紹介を思い出してみる。

 容姿が飛び抜けて派手な妙見と衣通。

 他の生徒から人気が高かったのは白金と財田。

 二本松や瀬戸、豊雛も視線を集めていた。

 

 「中学の人気者は一纏めにされてるから、その子たちがクラスを取り仕切ってくれれば、楽。父が校長に何か言ったのかも……」

 「理事長が?」

 「分からない……」


 麗奈の父は静麗学園の理事長をしている。

 母とは離婚。豊島は母の旧姓だ。

 理事長の娘だという事実を知っているのは高等部の校長先生と教頭先生、あとは紗來先生。

 どうしても母校に恩返しをしたかった。

 コネで入ったと思われたくなくて、隠している。


 「いいんじゃない。いい子たちだと思えたんでしょ?」

 「まぁ……キラキラした眼差しで私のことを聞いてくる生徒たちにキュンってした」

 「ふふっ。なら問題ない、ない」


 自分の顔と同じくらい真っ赤なカプレーゼのトマトを麗奈は頬張った。

 「かわいい」と紗來は静かに笑った。


 

◇◇◇



 『ひーちゃん。今日、家行ってもいい?』


 スマホ片手にアイスを齧る。

 みんなで騒いだあとの物悲しい宵の空。

 ひとりぼっちで輝く一番星。

 こんな日の夜はひとりになりたくない。

 

 震えるスマホ。メッセージは一言、『いいよ』だった。

 結真はアイスの最後の一口を頬張って、歩き出す。


 「こんな時間にごめんね」

 「いいって!上がって、上がって!」


 明瞭な声が響く。

 屈託のない笑顔が結真を出迎えた。

 彼女は松丸姫翠まつまるひすい

 一つ上の先輩だけど、先輩って感じじゃない。


 年上の友人だ。


 「いつもは結真ん家なのに珍しいじゃん」

 

 ストロベリーブロンドの豊かな髪。

 モコモコの部屋着からすらっと伸びる長い手足。

 線が細くて、何を食べて生きてるのか不思議に思うときがあった。


 「うん……。さっきまで友達とご飯食べてたんだけど、解散したらちょっと寂しくなっちゃって。家、帰りたくないなーって」

 「そっか」


 姫翠はそれ以上、何も聞いてこなかった。

 そうやって、受け入れてくれる優しさがありがたい。


 「映画でも観る?」

 「うん」

 「じゃあ、私オススメのとびっきり面白いのにしよ」

 「うん」

 「結真のお腹よじれちゃうかもよ?」

 「うん」

 「死ぬほど笑って、明日は一緒に学校行こ」と、姫翠は結真の頭をわしゃわしゃと撫で回してくれた。

 「ありがとう……」


 姫翠の明朗さに、結真はカタルシスを感じる。

 

 空にポツンとあった一番星が見当たらない。

 

 ────だって、もう夜空には幾つもの星が瞬いていたから。


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