親睦会
親睦を深めるためにやってきた駅前のファミリーレストラン。イタリアンがメインでリーズナブルなことから学生にも人気がある。
結真たちは、各々好きな飲み物を持ち寄り、グラスを掲げる。
いつもの仲間に音恋と柔心が加わり、一つのテーブルを囲む。
和やかな雰囲気の中、テーブルの上には山盛りのポテトとピザが。
それをちょっとずつ、みんなで摘む。
「これだけじゃ、足りねぇわ。なんかメシ頼むわ。みんなも頼もうぜ」
晴信はランチタイムのメニューを広げ、もう一つをテーブルの真ん中に置いた。
「やっぱり、ここはガッツリと……」
パラパラとメニューを捲り、晴信が選んだのはハンバーグとカルボナーラ。
「うげっ、あんた。その組み合わせ……。1000キロカロリー、超えてんじゃん」
「さすが男子。勇者だわ」
「もう陸上部は朝練始まってるから、腹減るんだよ。旭も腹減ってるだろ?」
「うん、カツカレーにする」
値段は良心的だが、カロリーは悪魔的。女子一同は顔を引き攣らせる。
食べ盛りの男子高校生たちは、タブレットで注文を済ませるとポテトを口に放り込んでいく。
面白いように消えていくポテトとドリンク。
「唯一無二の吸引力……」
「あっ、掃除機のやつ」
「丸くて、ピンク色のやつは?」
「色々、吸い込むやつ?」
「ハーイ!」
「旭、やめぇろ。全然、可愛くない」
「ハーイ!」
「モノマネ、ちょっと似てて逆に腹立つや」
「私もなんか食べよかな」
晴信たちに影響されたわけではないが結真もなんとなくメニューを開いた。
「そういえば結真、部活入らないの?」
「えっ、あー……うん、今のとこ」
メニューの中からパンケーキを選ぶ。
晴信と璃羅は陸上。
旭は吹奏楽部。
柔心は軽音部。
音恋はダンス部。
兎萌はお家のケーキ屋さんの手伝い。
みんな朝練に励み、授業をこなし、放課後も練習が待っている。
これからみんな忙しくなるだろう。
結真だけが宙ぶらりんで、打ち込むものがない。
自分も何かすべきなのだろうかと悩みはするが、まだ霧深い。
内に燻る小さな焦り。
コーラの炭酸でそれをむりやり飲み下す。
置いていかないでと手を伸ばすのはまだ早いと、ピザを頬張った。
チーズとトマトの味がじんわり心身の滋養に変わる。
「なんで?」
「うちも気になる」
璃羅に続き、柔心と音恋が不思議そうに首を捻る。
「特に理由はないけど……」
「ダンス、興味ない?もし、ユマちゃんと一緒にダンスできたら、うち……嬉しいな……」
さりげなくダンス部に勧誘する音恋。
「ダンスかぁ。授業でしかやったことないなぁ」
「松丸先輩って、めっちゃダンス上手い先輩がいてな。気ぃ合うと思うな」
「ひーちゃん、じゃない。松丸先輩ね」
「先輩のこと知ってるん?」
「あー、うん。中3のとき、合同文化祭実行委員で一緒だったから」
思い返してみれば昨年の中高合同文化祭から半年。
早いものだ。姫翠にも会いたくなる。
今日から同じ校舎。会う機会はあるだろう。
スマホの連絡先をそっと眺める。
「あぁ〜、にゃあばっかズルイ〜。軽音部だって楽しいよぉ。ギターに、ベース、ジャカジャ〜ン♪ドラム、ドゥクドゥク〜って!」
「楽器はマジでやったことないわ」
「私もできませんが」
「えっ、軽音部なのに?」
「ボーカルなので!」
なぜ柔心が胸を張るのかはさておき、ボーカルに専念するのは悪くはない。歌うことなら結真にもできる。
「まぁ楽器もできますけど」
「そうなの?ギター、ベース、ドラム……」
バンドに使われる楽器を指折り数えると、キーボードが抜けている。
「あっ、キーボード?」
「カスタネットとリコーダーが得意です。ギターは練習中」
「……」
全然違った。斜め上の回答に振り回され、言葉を失う結真。
「ユマちゃん、ごめんな。こいつは、こういうやつなんよ」
そっと肩に添えられる音恋の手のひら。
しみじみと腐れ縁との苦労を物語る手のひら。
「あっ、わかった。生徒会に入るんでしょ!ほら舞台袖にいたよね。役員の東雲先輩」
「今、ニコのボケで渋滞してるのに。急に自由かっ!……財田さんって、天然?」
「うん、うさぎはこういう子」
「そうだね。いたねぇ。すみ姉……じゃなくて、東雲先輩ね。良い先輩だよ」
「すみ姉……?」
「なんでそこに引っかかりを覚えるの、璃羅さん?」
「仲いいわけ?」
「そりゃ、中等部生徒会に雑用係として顔出してたし」
「ふーん。あそ」
突如として塩対応。
どうにも璃羅の様子がおかしい。
女の心は秋の空────移り気で、予測しづらい璃羅の乙女心。
「で、やっぱり生徒会入るの?」と言って、璃羅が視線を向けてくる。
「いや中学のときだって、担任だった二鷹先生に上手くのせられて、こき使われてただけだから」
「青島ね。結真に、ベタベタ擦り寄ってた」
「それはなんかヤダ」
「確かに……」
璃羅の言に眉を顰める柔心と音恋。
「いや、擦り寄ってって……。緩いけど、あれで結構いい先生だよ?面倒見いいし」
「だから結真のことがお気に入りで、色目使ってたんでしょ」
「教師と生徒だよ?何にもないない」
「だってあの人、結真に────」
「────璃羅?」
机の下でガンッと鈍い音が鳴る。
それはきっと今すべき話ではないから。
脛に走った痛みにハッとなり、璃羅は両手で口を塞いだ。
「なんの話?めっちゃ気になるて」
「私もー。気になる。なになに〜」
璃羅のあまりにもあからさまな態度に頭を抱えてしまいたくなる。
「もう!まだ内緒だったのにナー。私、今一人暮らしだから家のこととかまだ慣れてなくて、部活までやってる余裕ないんだよね」
「まじで?」
「一人暮らしとか、超大変じゃん」
「うちの両親、仕事で海外行ってて。まぁ日本に残りたいって言ったのは、私だから」
「なんで、残ろうと思ったの?」
一旦、話題を逸らすことに成功し、胸を撫で下ろす。
一人暮らしのことは一応バレても困らないが、
璃羅が洩らしそうになった『あのこと』が広まるのはちょっと不味い。
「璃羅とうさぎちゃん────。まぁ、ふたりと同じ高校に行きたくて……?」
「なんで疑問形?」
「ツッコまないで。恥ずいんだけど」
両隣の璃羅と兎萌の肩が、結真の肩に当たる。
ふたり、交互に視線を向けると口角が上がり切っており、ご満悦だった。
「ご注文の品、お待たせいたしました。ハンバーグのお客様────」
「────はい」
肉の焼ける香ばしい匂い。
ジュウジュウと、プレートの上ではねる肉汁と脂。
それまで静かだった晴信が素早く手を上げると、店員さんが彼の前にハンバーグを置いた。
続いてカルボナーラが並び、カロリーの際立つ二皿に目の色を変える。
さらにカツカレーも旭の元へ。
「以上で宜しいでしょうか」
「はい、大丈夫です」
「ごゆっくりどうぞ」
伝票を筒に刺して背中を見せる店員さんを尻目に、すぐさま手を合わせて料理にかぶりついていた。
育ち盛りの男子高校生に待てなどできるわけもないが、落ち着いて食べればいいのにと顔を見合わせる女子一同。
ボックス席に充満する美味そうな匂いに、柔心と兎萌がお腹を押さえる。結真のお腹も空腹を訴えている。
「なんか頼もうか。お昼食べに来たんだもんね。うちはコスパ最強のドリアにしようかな。柔心は何にする?」
「アラビアータにしよ」
「あたしはペペロンチーノにしよっかな。兎萌はどうする?」
「うーん、ミートソースパスタかなぁ」
「さっきパンケーキ頼んだ」
パスタやリゾットも惹かれるが、食べきれないと困る。
みんなの注文が決まって行く中、メニューを前に腕組みの結真。
見かねた柔心の、「じゃあ、みんなでシェアすれば?」という鶴の一声に結真は大喜び。
「やったぁ。私のパンケーキもみんなで食べよう!!」
「まじ、サンキュー!」
「なんで、晴信が入ってくんの」
「だって、くれるんだろ?」
「お前はもう食ったろうが」
うんうんと全員が頷く。
その中には同じ男の旭も含まれていた。
「ほら、俺のも食っていいぜ」
そう言って、明らかに喰いかけのカルボナーラをテーブルの真ん中にぐいっと押し出した。
散々、食い散らかした残りを平気で差し出してくる厚かましさに、絶句する結真。
苦虫を噛み潰したような酷い顔の璃羅と音恋。
困ったように曖昧な笑みを作る兎萌、柔心。
その中で唯一無表情の旭が苦言を呈した。
「誰もハルの食べかけなんていらないと思う。それでみんなの分を寄越せなんて、いくらなんでも図々しすぎ」
正論パンチが炸裂。
晴信は押し黙るしかなかった。
◇◇◇
その後、バツの悪そうな晴信がみんなのためにパンケーキを頼み、今度こそ全員揃って料理をシェアした。
もちろんカルボナーラは彼が責任を持って食べ切った。
「美味しかったね」と、口々にお腹を摩る面々。
食べ終わったお皿はすでに片付けられ、テーブルに残るのは甘い炭酸の入ったグラスとコーヒーカップだけ。
食後に糖分を求める甘党はコーラやメロンソーダ、苦味に抵抗のないオトナは眠気も吹き飛ぶカフェインたっぷりのコーヒーを。
昼時も過ぎ、レストランの混み具合も落ち着きつつある。
「まだ二時過ぎだけど、このあとどうする?」
そう切り出し、結真は周りの様子を伺う。
このあと特に用事がないので、流れに任せるつもりだ。
メロンソーダを飲みながら、みんなの意見を待つ。
「せっかく集まったんだから、どっか遊びに行きたーい。このまま解散なんてつまんない。カラオケがいいなぁ」
規則正しく揺れる柔心の足。
彼女がストローでコーラをかき混ぜる度に抜けていく炭酸。
氷がグラスの内側に当たり、涼しげな音を立てる。
「ちょっと待て。まず、このあと暇な人は?用事ある人いる?」
しばらく考え込んで全員が首を振る。
その反応に柔心の表情が目に見えて明るくなる。揺れる足のテンポも心做しかリズミカルだ。
「カラオケかぁー。最近の曲とかわかるかなぁ」
「何、おばあちゃんみたいなこと言ってるの、兎萌。ほら今ならもれなく軽音部の衣通さんの美声が聴けるよ」
「あっ、それはハードル上げすぎー。璃羅ちゃんが渾身のタンバリン演奏を披露してくれるならがんばっちゃうけど。あっ、にゃあはマラカス担当な?」
「なんで、うちが!?」
「そりゃー…………」
柔心はそこで言葉を切った。
というよりも、音恋にマラカスを振らせるもっともらしい理由がまったく思いつかなかったらしい。
斜め上を見ながら考え込むうちに重力に引かれ、首がどんどん傾いていく。
「…………まぁいいじゃん、にゃあ。マラカス振っといて?」
「なんだ、その雑なフリは。引っぱたくぞ」
「雑なフリじゃなくて、振るのはマラカスだよ?叩くのはタンバリン」
「わかってるわ!というか、マラカスを演奏さす前提で話を進めるなっ────」
「────でぇ、みんなカラオケ行きますか?」
「おい、無視すんな!」と、怒り心頭の音恋。
流れるように漫才のようなやり取りを繰り広げるふたりの様子を見ているだけで、まだ出会って間もない面々にも、その関係性がひしひしと伝わってくる。
それは結真にとっての璃羅や兎萌であり、晴信にとっての旭ような角のない、歪さのない綺麗に噛み合うものだ。
「ふたりともホントに仲いいよねー」
ストローを咥えたまま比翼連理を示すふたりを眺め、ポツリと呟いた結真。
まったく同じ感想を抱いた璃羅と兎萌も一緒になって首を縦にする。
「仲は悪くないけど、勘違いしないで。こいつとはただの腐れ縁!」
「えぇー!?こないだ朝まで一緒に過ごした仲じゃん」
「エッ……!ふたりって、そういう関係なのか……!?」
そう言って、初めて目にしたものを前に固まる晴信。
璃羅と兎萌も口角をヒクつかせ、顔が変だ。
「ちょ、やめろ!変な言い方すんな!ニコの春休みの課題が終わらんかったから、朝まで勉強に付き合っただけだから!ホント、やましいことは何にもないから!」と言って、音恋は関係を否定し、弁明する。
あまりにも必死な音恋の姿に、憮然とした表情の柔心は心の中で、「そんなに否定しなくたっていいじゃん。にゃあのアホ、おたんこなす!」と、悪態をつく。
「カラオケもいいけどさぁ、腹ごなしに運動したくないか?」
「それ賛成ー。身体動かしたい」
「じゃあ、カラオケも両方できるあそこだな」
「ラウワン!」
声が綺麗にハモり、互いにニヤリと笑みを深める。
慌ただしく立ち上がった一同は、口々に何をするかを語って大盛り上がり。
「荷物忘れんなよー」
置き去りの伝票を兎萌が静かに掴むと、璃羅に目配せ。彼女は口をへの字に結び、仕方ないと肩を竦めた。
「うちらで会計してくるから。あとで割り勘ね」
「うい〜」と間の抜けた返事をした結真は、無意識に制服のスカートのポケットを漁っていたことに気づき、手を止めた。
そっと周りを見回し、よくない癖だと反省しつつ、バツが悪そうにポケットから手を抜く。
外気がサッと顔にかかる。開かれたドアから流れ込んできた午後の空気はファミレスの中のより、少々湿っぽい。
「う〜ん」
伸びをしたくなる陽気に身体が自然と反応する。手を組み、身体を反らせると胸が白いシャツを押し上げる。
「チャリ組は先に行って、受付済ましといてよ」
手を解くと中指で男子ふたりをビシッと指差した。
「おう、わかった」
嗚呼だ、こうだと騒ぐことなく珍しく素直に頷き、自転車に跨るふたりを見送った結真は、璃羅たちを待つ。
「先に行ってもらって何か、悪いなぁ」と呟き、音恋が遠ざかる晴信たちの背中を眺めていた。
「大丈夫、大丈夫。どうせ早く行きたくて、ウズウズしてたんだから。黙ってたって、痺れ切らして勝手に先行ってたよ、たぶん」
「そうなん?」
「そう、そう。だから私たちはゆっくり行こ」
「それならいいけど……」
「音恋ちゃんは優しいね。そんなんだと、モテちゃうぞ?」
「そんなぁ……こと、ないからぁ……からかわんといてよ……」
褒められ慣れていない音恋は、耳をほんのり色づかせながら俯いてしまった。
そんな姿が微笑ましく、結真の口元が三日月を形作る。
「音恋ちゃん、かわよ!」
「でしょ?うちのにゃあは、最強でしょ?」
「……なんで、アンタが得意げなの?」
「えぇっ、いいじゃん」
「そうだね。でも柔心ちゃんもバチクソカワイイよ」
「へっ?」
意表をつかれて言葉を失い、頬を染める柔心。
結真としては本心を述べただけなのだが。
思っていたのと違う反応に疑問符を浮かべる。
そんなふたりのちぐはぐで、決定的に噛み合わないやり取りに音恋は耐えきれず、クックッと笑い声を洩らしていた。
「あっ。ふたり戻ってきた。おーい、こっちこっち」
結真のよく通る声に、「お待たせ〜」と言って、手を振って駆け寄る兎萌と璃羅。
「あれ、なんかあった?」
いつもと違う空気を感じ取った兎萌が三人を順に見回して、顎に手を置く。
「ううん、別に。あっ、晴信と旭、自転車だから先に行ってもらったから。受付、済ませとくって。私らはゆっくり行こうって話してたとこ。ねっ?」
ふるふると頷く音恋の耳と柔心の頬はまだ仄かに熱を伴った薄紅色だった。
「そう。了解」
「あのー、二本松さん、財田さん。お金はラウワンのと合わせてでいい?」
「それで全然大丈夫だよ。それと、兎萌でいいよぉ〜」
「私も璃羅でいいからね?」
「あっ……。うん。財田さん、じゃない……。璃羅ちゃん、兎萌ちゃん」
「おっ、青春ですな。こちらも柔心と音恋と呼んでくれたまえ。くるしゅうない。よきにからかえ?」
「揶揄うの?」
「いや、揶揄ったらダメでしょ。良きにはからえ、なっ?」
「そんな感じー」
「柔心ちゃんって、何かゆまちゃんみたい」
「あぁ、わかる。適当というか、緩いというか、なんというか雰囲気がね」
「何か、それ。うちもわかるかも」
「……」
「……」
「そっくり!何が?みたいに、黙って首を傾げるところとか!」と、音恋が声を若干荒らげる。
「……」
「……」
「その、何の話?みたいに視線で語り合うとことか……」と言って、璃羅が舌打ちをした。
結真と柔心はさらに視線を交わし、鏡合わせのように揃って同じ角度だけ口角を上げる。友人たちに向ける四つの瞳は笑っておらず、困ったものを見詰めるように眉が八の字を描く。
示し合わせたかのように作られたこちらを煽るような小馬鹿した表情に、唇の端をヒクつかせる璃羅と青筋を立てる音恋。
「ゆまちゃん、にこちゃん。変な顔〜」とイラつく璃羅と音恋のふたりをよそに、兎萌はひとりズレた感想を洩らす。
兎萌の並外れた感性に吹き出しそうにながら結真は思う。
────ああ、清々しいくらいにくだらない、いつもの日常だ。




