表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

踏み出す勇気


 キンコンカンコンと、鳴り響くLHRの終わりを告げる鐘の音。


 「起立、礼」

 「それじゃあ、また明日。気をつけて帰るように」


 生徒たちの元気な返事を聞くと、先生は軽く手を振って教室を出ていた。


 誰かが窓を開ける。

 昼下がりの爽やかな空気と花粉が舞い込んでくる。

 結真はむずむずする鼻を擦り、スマホを睨むと、今日の花粉予報は『非常に多い』とあった。


 「おっす、結真」

 「晴信じゃ〜ん」


 「ゆまが溶けてる」

 「なんか、疲れちゃってさぁ」と、机に突っ伏していた。

 だらけきった姿に、「だらしねぇな」と晴信は、結真を白い目で見ていた。

 

 「うるさいなぁ」と言いつつ、煩わしそうに結真は上体を起こした。


 大きく身を反らせると関節が鳴る。

 うーんと、強ばりをほぐしていく。


 伸びをするたびにシャツが引っ張られ、形の良いお臍が露になる。


 「う〜ん。そうやって、細かいから、モテないんだよ」

 

 この男は普段から姿勢が悪いのだの、スカートで足を開くなだの、ねちねちと小言を言ってくるのだ。

 結真は鼻を鳴らし、シャツの第一ボタンを外してネクタイを乱暴に緩めた。


 シャツの隙間から露になるしっとりとした胸元。

 男子高校生の悲しい性なのか、ふたりの視線が吸い寄せられていく。


 思わず奇声を上げ、目を逸らす晴信と黙って俯く旭。


 変なふたりを見て、ハッとなった次の瞬間、結真はニヤリと小さく舌を出した。

 距離を取り、ふたりに背を向ける。

 そして、ほんのり顔を赤らめながら少し大袈裟に胸元を庇う。


 「見た?」


 あまりに乙女な反応に、慌てる晴信と旭。

 いつもはガサツなくせにと後ずさる。


 「いや、今のは不可抗力だろ!」

 「急にシャツを緩める結真が悪い」

 

 ムキになる晴信と静かに抗議する旭。

 言い争いが始まる。両者とも見てしまったことを素直に謝る気はないようだ。


 ふたりの態度に、結真の威圧感が増す。  

 腰に手を当て、視線を鋭くする。

 

 「ふーん。謝らないんだ」

 「だから、わざとじゃねぇって。お前が人の目も考えないからだろ」

 「言い訳すんな。まぁ初心な童貞くん達には刺激が強かったから、テンパってるのかなぁ」

 「おまッ───」


 煽り耐性の低い晴信が、どんどん喧嘩腰になっていく。


 「───やめなよ。これ以上はダメだ」


 旭は熱くなる晴信の肩を掴み、制した。


 「見ちゃったのは事実だし、どうせ口喧嘩じゃ勝てないよ」

 

 諦めたように首を振る旭。

 それはわかっていると晴信は、悔しそうに喉までせり上ってきていた言葉をグッと飲み下した。


 「胸については……眼福。ごめん」

 「旭は正直だね」

 「あと、童貞なのは晴信だけ。俺は違う」


 旭の言葉に、絶句する結真。


 晴信と旭が童貞かどうかに興味はない。

 普通にキモかった。

 耳を汚され、結真の身体に鳥肌が立つ。


 「ひぃ!知らんわ」

 「何言ってんだ、バカ!お前も引いてんじゃねぇ!」


 結真は悲鳴を上げ、すぐに助けを呼んだ。


 「璃羅ぁぁ、うさぎちゃあぁん、助けてぇ。晴信と旭が、セクハラしてくる〜~~」


 青筋を浮かべ、結真に駆け寄る璃羅。

 笑顔なのに、目が一切笑ってない兎萌。

 

 結真を庇うように立ちはだかるふたりの夜叉女。


 「はっ?晴信?」

 「旭くん、どういうことかな?」


 盛衰は決した。結真の勝利だ。


 懇々と男子ふたりにお灸を据える璃羅たちの陰に隠れ、「ざまあみろ」と結真は、密かにほくそ笑んでいた。

 これで当分、ふたりを弄るネタには事欠かない。

 

 そうして騒いでいるうちに自然と、結真の席の周りにはいつものメンツが集まっていた。

 同時に結真たちを見つめる視線も増えていた。

 


◇◇◇



 「にゃあちゃん。帰ろ〜」

 「あー、うん……」

 「何、見てるのって……ああ」

 

 音恋の視線の先には、結真たちの姿があった。


 「あの人たち、目立つよねぇ」と柔心は、意味ありげに呟いた。

 「うん……」


 「なんか中等部でも有名だったらしいよ。すごい人気なんだって。さっき席近い子に聞いたんだよねぇ」

 「そうなんだ……」


 生返事を繰り返す音恋は、まだじっと結真たちに熱い視線を送り続けていた。


 「何、何?気になるの?」

 「べっ別に……」


 弄られると思った音恋は、急いで目を逸らした。だが、目はまだ無意識に結真たちを追っている。

 そんな音恋の姿に、わかりやすいなぁと柔心のニヤニヤが止まらない。


 「だから、そんなんじゃ……」

 「はいはい、わかった。わかった」

 「なに、にやついて……気持ち悪い」

 「そうですねぇー」と、勢いよく音恋の手を掴み、柔心は大きく息を吸い込んだ。


 「妙見さーん、ちょっといいかな!この子が話あるってー」

 「おい、ちょっ、柔心!ばか……何、やって!?」


 腐れ縁の突拍子もなさに焦る音恋。慌てて柔心を止めようとしたが、もう遅い。


 名前を呼ばれた結真が首を傾げながら、こちらに走ってくる。

 その後ろには、眩しすぎるメンツが控えていた。


 「えっと、衣通さんと豊雛さんだよね。どうかしたの?」

 「どうも、はじめまして!この子がぁ、なんか話したそうにしてたから、声かけたんだぁ」

 「そう、なんだ。豊雛さん、どうかしたの?」

 「!?」


 (おぇぇ、ちょっ待てッ!いきなりは無理だって!心の準備が……)

 

 心臓が口から、「こんにちは」しそうになっている。ダンスの大会のときでも、こんなことにはならない。


 怖気付く音恋の背中に、バシッと衝撃が走る。


 「いっ痛ッ!何するん!?」


 つい、いつもの調子で音恋の語気が強くなる。

 

 「ほら、しゃんとする!」


 見兼ねた柔心が背を叩いたのだ。

 じーんと残る熱が、音恋を現実に引き戻した。


 「あっ、いや。急に、ごめん。妙見さんにちゃんと、御礼を言いたくて。さっきの自己紹介の……ときの、頑張ってって、言ってくれたやつ……アレ、めっちゃくちゃ、嬉しかった。ありがとう!」


 まだモジモジとしつつも、音恋ははっきりと自分の言葉を紡ぐ。

 

 「あぁ、うん」と、結真は面を喰らっていた。

 「この子、ずっと妙見さんのこと見つめててさぁ。ねぇ?」


 揶揄われて顔を朱に染める音恋と口角をつり上げる柔心。


 「あっ、うん。どういたしまして?……なんかその前に衣通さんが他の子に、声かけてるのを見て、つい私も同じことしちゃったんだよねぇ」


 左耳のピアスを弄り、「身体が勝手にね」と結真は、照れ笑いを浮かべた。 

 「えー、見られてたのか。恥ずかしなぁ」


 手で顔を隠して、柔心はあざとく腰をくねらせる。


 「おい、ヤメロ!その動き!」


 そう叫んだ音恋は、さっきのお返しとばかりに、ベシッ、と力任せに柔心のお尻を引っぱたいた。


 「いた〜い〜、暴力反対!」

 「どの口が、いうん!」

 

 「トムジェリ……」


 結真の控えめな呟き。少し離れたところからは、璃羅たちのひそひそ声が聞こえてくる。


 「おい、結真がてぇてぇしてるぞ」

 「ホントだ。てぇてぇしてる」

 「ゆまちゃん、かわいい」

 「甘酸っぱいねぇ」


 ニマニマ。

 クスクス。 

 うふふ。

 にやり。


 「今日のみんな意地悪だ……」


 四者四様の生温かい視線に居心地が悪くなった結真は、俯いたまま明るい色の前髪を撫で付ける。


 「お腹すいた……。晴信と旭のおごり」

 「なんでだよ」

 「セクハラ」

 「……」


 『セクハラ』というワードに、瞬時に黙り込む男子たち。

 心做しか、また璃羅と兎萌の迫力が増している。


 「こほん、今日学食はやってないよな」

 「やってない」

 「入学式だけだしな」

 「話、逸らした……。まあいいや。じゃあさ、みんなでランチでも行く?進学のお祝いも兼ねてさ!」


 「どう?」と結真が居合わせたメンバーに提案してみる。


 皆顔を見合わせて、すぐにいいねと賛成してくれた。もうどこに寄るかの相談を始めていた。


 「じゃあ、うちらはそろそろ帰るから……たのしんでね」


 御礼も言えたし、邪魔してはいけない。空気を読んで音恋はそっと結真たちに背中を向ける。

 

 「なんで?音恋ちゃんも柔心ちゃんも一緒に行くの!」と、結真はふたりの細い腕をぎゅっと握りしめた。

 

 驚いて固まる音恋と花が咲いたように笑顔の柔心。


 「えっ、行っていいの?」

 「もちろん!ハルたちもいいよね?」


 「あぁ、全然大丈夫だよ」

 

 みんなを代表して晴信が頷く。

 

 「音恋ちゃんもいいよね?」

 

 上目遣いでお願いすると、音恋も頷いてくれた。


 「……せっかくなんで、お邪魔します」

 「やった!じゃあ、行こう」


 ルンルン気分で、結真は机にかけてあったバックパックを背負った。



◇◇◇



 「で、どこ行くよ?」

 「あそこは?駅にあるイタリアのファミレス」

 「駅前のファミレスでいいんじゃない?席が分かれるのも嫌だし」 


 音恋と柔心も特に異論はなかった。


 「じゃあ、自転車取ってくるから校門前集合ね」

 

 そう言って、璃羅と男子二人は駐輪場に向かった。

 

 「ふたりは歩き?」

 「そうだよ!」と柔心は元気よく答えた。

 

 先程から音恋の口数が少ないのが、気になる。


 「うさぎちゃん、ちょっと────」

 「どうしたの?」

 「なんか音恋ちゃん、口数少なくない?」

 「そうかな?」

 「もしかして、嫌だったのかな?」

 そっと兎萌に耳打ちすると「気にしすぎだよ」と言われてしまった。


 でも気になる。

 ウジウジ悩むのは性に合わない。

 本人に聞くしかないと勇気を出し、音恋のことを呼び止めた。


 「あの、音恋ちゃん。ちょっといい?」

 「どうしたの?」

 「もしかして、こういう騒がしいの、イヤだった?」


 日当たりの悪い廊下はひんやりして、空気が重く感じる。


 「……そんなことないよ?」

 「じゃあ急な名前呼びが、引っかかってるとか?」


 音恋はそんなことを聞くのかと、不思議でたまらなかった。


 「もし嫌なことあったら、言ってほしいなぁ」

 

 そこでやっと理解することができた。

 結真はただ心配なのだ。音恋が戸惑い、固くなっていることが。


 「ごめん、違うの。誘ってくれたの、めっちゃ嬉しかったんよ。うち、ニコと違って緊張しいで……なに話せばいいか、まだ分かんなくて……でも、うちも妙見さんと……」


 そこで言葉を切った。

 軽く首を振り、しっかりと想いが伝わるように言葉を変える。


 「ううん、ユマちゃんと友達になりたいんよ!」

 

 そっと自分の胸を押さえ、口にした本音。

 恥ずかしくて、結真の方を見れそうになかった。


 結真の喉から微かな音が洩れる。

 押し寄せる感じをどう表現すればいいのか分からない。

 

 「……えっと、私もだよ」


 それは音恋が勇気を振り絞り、吐き出した想いが届いた瞬間だった。

 

 ぎこちない関係ではなく、友達として初めて顔を突き合わせ、笑い合う。


 「音恋ちゃん、よろしく」

 「ふふ。うちこそ、よろしく」


読んでくれてありがとう。

良かったら評価・ブックマークお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ