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駆け巡る青春は稲妻のように  作者: 一二三楓


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8/11

踏み出す勇気


 キンコンカンコン、LHRの終わりを告げる鐘の音。


 「起立、礼」

 「それじゃあ、また明日。気をつけて帰るように」

 「はーい」


 生徒たちの元気な返事を聞くと、先生は軽く手を振って教室を出ていた。


 誰かが窓を開けると、昼下がりの爽やかな空気と花粉が舞い込んでくる。

 鼻がむずむずする。

 今日の花粉予報は『非常に多い』だった。


 「おっす、結真」

 「晴信じゃ〜ん」


 「ゆまが溶けてる」

 「おっ久しぶり。旭もいるじゃ〜ん。なんか、疲れちゃってさぁ」と机から身体を離した。

 

 「だらしねぇな」

 

 この男はいちいち細かい。姿勢が悪いだの、スカートで足を開くなだの、お母さんみたいなことを言ってくる。いや、晴信にしか言われたことがない。

 

 「うるさいなぁ」と結真は、シャツの第一ボタンを外して、ネクタイを少し緩めた。

 すると、シャツの隙間からしっとりとした胸元が露になる。

 

 思わず目が吸い寄せられ、変な声を上げる晴信と黙って俯く旭。

 結真はハッとして、ふたりに背を向ける。

 ほんのり顔を赤らめ、胸元を庇う。


 「見たでしょ。エッチ!」


 いつもはガサツなくせに、今日みたいに急に乙女な反応をされると調子が狂う。

 

 「いや、今のは不可抗力だろ!」

 「急にシャツを緩める結真が悪い」

 

 ムキになる晴信と静かに抗議する旭。

 両者とも素直に謝る気はないらしい。

 

 「ふーん。初心な童貞くん達には刺激が強かったかぁ」


 ふたりの態度に冷ややかな目でそう言い放つと、結真はニヤリと嗤う。


 「おまッ───」

 「───晴信。やめなよ」


 旭は、喧嘩腰になる晴信の肩を掴んだ。


 「見ちゃったのは事実だし、どうせ口喧嘩じゃ勝てないよ」

 

 諦めたように首を振る旭。

 それはわかっている。晴信は悔しそうに喉までせり上ってきていた言葉をグッと飲み込んだ。


 「それに晴信は童貞だけど、俺は違うから。胸については……眼福」

 「旭は正直だね」


 なぜか友に背中を刺された晴信は言葉を失い、旭を睨んだ。

 

 「ひぃ!知らんわ」と結真は小さな悲鳴をあげた。

 「何言ってんだ、バカ!お前も引いてんじゃねぇ!」

 

 旭の言葉にゾワッとした。

 晴信が童貞?興味ない。

 私の胸が眼福?普通にキモい。


 ふたりの視線から身体を守るように蹲り、援軍を召喚する。


 「璃羅ぁぁ、うさぎちゃあぁん、助けてぇ。晴信と旭が、セクハラしてくる〜~~」


 青筋を浮かべ、結真に駆け寄る璃羅。

 笑顔なのに、目が一切笑ってない兎萌。


 「はっ?晴信?」

 「旭くん、どういうことかな?」


 男子たちに雷が落ちた。

 懇々とお灸を据える璃羅たちの陰で、ざまあみろ、と密かにほくそ笑んでいた。

 これで当分、ふたりを弄るネタには困らない。濡れ手に粟とはまさにこのこと。

 

 そうして騒いでいるうちに自然と、結真の席の周りにはいつものメンツが集まっている。

 結真たちを見つめる視線も増えていた。

 


◇◇◇



 「にゃあちゃん。帰ろ〜」

 「あー、うん……」

 「何、見てるのって……ああ」

 

 音恋の視線の先には、結真たちの姿があった。


 「あの人たち、目立つよねぇ」と柔心は、意味ありげに呟いた。

 「うん……」


 「なんか中等部でも有名だったらしいよ。すごい人気なんだって。さっき席近い子に聞いたんだよねぇ」

 「そうなんだ……」


 生返事を繰り返す音恋は、まだじっと結真たちを見つめていた。


 「何、何?気になるの?」

 「べっ別に……」と音恋は目を逸らした。


 わかりやすいなぁ、と柔心はニヤニヤしていた。


 「だから、そんなんじゃ……」

 「はいはい、わかった。わかった」

 

 勢いよく音恋の手をがしっと掴むと、大きく息を吸い込んだ。


 「妙見さーん、ちょっといいかな!この子が話あるってー」

 「おい、ちょっ、柔心!ばか……何、やって!?」


 腐れ縁の突拍子もない行動に音恋は焦り、慌てて止めようとしたが、もう遅い。

 呼ばれた結真が首を傾げ、こちらにやってくる。


 「えっと、衣通さんと豊雛さんだよね。どうかしたの?」

 「どうも、はじめまして!この子がぁ、なんか話したそうにしてたから、声かけたんだぁ」

 「そう、なんだ。豊雛さん、どうかしたの?」

 「!?」


 (おぇぇ、ちょっ待てッ!いきなりはむりだって!心の準備が……)

 

 もう音恋はパニックで、頭がクラクラしていた。

 心臓の音もヤバい。高速ビートを刻んでしまっている。

 

 するとバシッ、と音恋の背中に衝撃が走る。


 「いっ痛ッ!にこぉ、コラァ、何するん!?」


 つい、いつもの調子で語気が強くなってしまう。

 やらかした。だけど一周まわって、すっと熱が引いていくのがわかる。

 落ち着きを取り戻し、何とか言葉を紡ぐことができた。


 「あっ、いや。急に、ごめん。妙見さんにちゃんと、御礼を言いたくて。さっきの自己紹介の……ときの、頑張ってって、言ってくれたやつ……アレ、めっちゃくちゃ、嬉しかった。ありがとう……」


 モジモジと、だけどはっきりと音恋は感謝を伝えた。

 

 「あぁ」と、ほんのり耳を赤く染め、結真はピアスを弄る。

 「この子、ずっと妙見さんのこと見つめててさぁ。ねぇ?」

 「もう、柔心は黙ってて」


 揶揄われ、今度は音恋が林檎のようになっていた。

 そんな姿を見せられたら、好感度が上がってしまう。


 「あっ、うん。どういたしまして?……なんかその前に衣通さんが他の子に、声掛けてるの見て、つい私も同じことしちゃったんだよねぇ」

 「こういうの照れるね」と結真はシャツの胸元を摘んでパタパタさせていた。 


 「えー、見られてたのか。恥ずかしなぁ」


 手で顔を隠して、柔心は大げさに腰をくねらせる。


 「おい、ヤメロ!その動き!」


 さっき背中を叩かれたお返しとばかりに、ベシッ、と力任せに柔心のお尻を引っぱたいた。


  少し離れたところから何やらヒソヒソ声が聞こえてくる。


 「おい、結真がてぇてぇしてるぞ」

 「ホントだ。てぇてぇしてる」

 「ゆまちゃん、かわいい」

 「甘酸っぱいねぇ」


 ニマニマ。

 クスクス。 

 うふふ。

 にやり。


 親友たち四人の生温かい視線。 

 また、ピアスを弄りながら意地悪な親友たちから目を逸らした。


 「お腹すいた……。晴信と旭のおごり」

 「なんでだよ」

 「セクハラ」

 「……」


 「まぁこれくらいにしとくか。今日学食はやってないよな」

 「やってない」

 「入学式だけだしな」

 「話、逸らした……。まあいいや。じゃあさ、みんなでランチでも行く?進学のお祝いも兼ねてさ!」


 どう?と結真が提案する。

 みんなも、すぐにいいねと賛成し、盛り上がる。


 「じゃあ、うちらはそろそろ帰るから……たのしんでね」


 御礼も言えたし、邪魔してはいけない。

 空気を読んで音恋はそっと結真たちに背中を向ける。

 

 「なんで?音恋ちゃんも柔心ちゃんも一緒に行くの!」と、結真はふたりの細い腕をぎゅっと握りしめた。

 

 驚いて固まる音恋と花が咲いたように笑顔の柔心。


 「えっ、行っていいの?」

 「もちろん!ハルたちもいいよね?」


 「あぁ、全然大丈夫だよ」

 

 みんなを代表して晴信が頷く。

 

 「音恋ちゃんもいいよね?」

 

 上目遣いでお願いすると、音恋も頷いてくれた。


 「……せっかくなんで、お邪魔します」

 「やった!じゃあ、行こう」


 ルンルン気分で、結真は机にかけてあったバックパックを背負った。



◇◇◇



 「で、どこ行くよ?」

 「あそこは?駅にあるイタリアのファミレス」

 「駅前のファミレスでいいんじゃない?席が分かれるのも嫌だし」 


 音恋と柔心も特に異論はなかった。


 「じゃあ、自転車取ってくるから校門前集合ね」

 

 そう言って、璃羅と男子二人は駐輪場に向かった。

 

 「ふたりは歩き?」

 「そうだよ!」と柔心は元気よく答えた。

 

 先程から音恋の口数が少ないのが、気になる。


 「うさぎちゃん、ちょっと────」

 「どうしたの?」

 「なんか音恋ちゃん、口数少なくない?」

 「そうかな?」

 「もしかして、嫌だったのかな?」

 そっと兎萌に耳打ちすると「気にしすぎだよ」と言われてしまった。


 でも気になる。

 ウジウジ悩むのは性に合わない。

 本人に聞くしかないと勇気を出し、音恋のことを呼び止めた。


 「あの、音恋ちゃん。ちょっといい?」

 「どうしたの?」

 「もしかして、こういう騒がしいの、イヤだった?」


 日当たりの悪い廊下はひんやりして、空気が重く感じる。


 「……そんなことないよ?」

 「じゃあ急な名前呼びが、引っかかってるとか?」


 音恋はそんなことを聞くのかと、不思議でたまらなかった。


 「もし嫌なことあったら、言ってほしいなぁ」

 

 そこでやっと理解することができた。

 結真はただ心配なのだ。音恋が戸惑い、固くなっていることが。


 「ごめん、違うの。誘ってくれたの、めっちゃ嬉しかったんよ。うち、ニコと違って緊張しいで……なに話せばいいか、まだ分かんなくて……でも、うちも妙見さんと……」


 そこで言葉を切った。

 軽く首を振り、しっかりと想いが伝わるように言葉を変える。


 「ううん、ユマちゃんと友達になりたいんよ!」

 

 そっと自分の胸を押さえ、口にした本音。

 恥ずかしくて、結真のことを見れそうにない。

 

 「私もだよ。音恋ちゃん」


 勇気を振り絞り、吐き出した想いが届いた瞬間だった。

 結真と音恋は、静かに笑い合った。

 ぎこちない関係ではなく、友達として。


読んでくれてありがとう。

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