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百合、駆け巡る青春は稲妻のように  作者: 一二三楓


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3/20

高校生の始まり、お姉さんの悪戯

建国記念日かぁ


 買ってもらったばかりの傷一つない腕時計。

 時計の針は7時半を指していた。


「!?」


 せっかく早起きしたのに台無しだ。


 登校時間が差し迫る中、そっと息を吐いて肺を空にする。

 そして白く透明な空気を吸い込むと、心臓がようやく落ち着きを取り戻してくれる。

 取り込んだ春の成分が身体を巡り、足取りが軽い。


 今日はこれから入学式。

 内部進学生にとっては使う校舎が変わるくらいでも、受験を乗り越えた子たちにはビッグイベントだ。

 結真が中学受験をして入学した時もそうだった。

 期待と不安を胸にこの静麗学園中学高等学校にやってくる。

 

 結真は刺激的な学園生活に飢えている。だから胸の高鳴りが抑えられない。新しい出会いに。


(面白い子たちと友達になれるといいなぁ)


 閑静な住宅街を突っ切る緩やかな坂道。

 そして、その途中にあるコンビニ。中学からの親友との待ち合わせ場所だ。

 この気持ちを早く分かち合いたいと、坂道を一気に駆け抜ける。


 コンビニが見えてくる。

 息を切らし、膝に手をつく。

 

 視線の先。見覚えのある綿菓子のような黒髪が春風に揺れていた。


 空を眺め、佇む小柄な美少女。

 結真は彼女に向け、思いっきり手を振った。


「うさぎちゃん、おはよー!」


 うさぎちゃんこと財田兎萌《たからだともえ》は、結真に気づくとにこやかに手を振り返す。


「ゆまちゃーん!」


 こうして会うのは春休みぶり。久々の再会に、ふたりは小さく飛び跳ね、ハイタッチ。


「イェーイ。セーラー服、似合ってるね」

「ふふ。ゆまちゃんのブレザーも素敵」


 互いの制服姿をきゃっきゃと褒め合うふたり。


 静麗の女子制服はブレザーとセーラーのどちらかを選択できる。どちらも地元では人気で制服目当てで静麗を受験した、なんて話もよく耳にする。

 ひとしきりはしゃぎ、ふたりは手を繋いでコンビニの中へ。

 コンビニの中には、新商品や季節限定の文字が溢れている。

 つい目が彩り豊かなお菓子に吸い寄せられてしまう。


「ねぇ。これめっちゃ美味しそう」

「ホントだ。帰りに買っていこうかな」

「こんなんばっか食べてるとまた太っちゃう。今日の朝だって、スタイルの差に打ちのめされたばかりなのに……」

「結真ちゃん、いつもの買わないの?」

「あっ、うん。飲み物、買ってくるね」

「うん」


 商品棚からお気に入りのフルーツティーを手に取り、レジへと並ぶ。

 今日はさほど混んでおらず、お会計までスムーズだった。


「袋はいりますか?」

「いらないです。会計はスマホで」

「いつもありがとうございマス。いってらっしゃーい」と言って、よくいる美人な外国人の店員さんが笑顔で送り出してくれた。

「ありがとうございます。行ってきます!」


 店員さんの温かい言葉を背に受け、待ってくれていた兎萌の手をぎゅっと握る。

 

「お待たせー。それじゃあ、行こうか」

「うん」


 いつもなら静麗の生徒たちのざわめきで溢れているのに今日は違う。

 登校しているのは、新一年生だけ。

 誰もが着慣れない制服に身を包み、自分の気持ちと向き合うのに忙しくて余裕がない。

 表情も固く、視線を右往左往させていた。


「ねぇねぇ」

「うん?」

「学校にもピアスしてくことにしたんだ」

「あーコレ?うん、校則違反じゃないし、いつもつけてるものだからいいかなって。どうかな?」

「結真ちゃんのピアス姿、かっこいいから私、結構好きだよ」


 つけているピアスはどれもお気に入り。

 だから、褒めてもらえると素直に嬉しくなってしまう。

 

「えへへ。ありがとう」と言って、結真は少し下を向いて繋いだ兎萌の手を何度か握り込んだ。


 兎萌の瞳に映る結真の横顔は、通学路を彩るソメイヨシノと同じ色に染まっていた。


 丘の上に建つ校舎をぼんやり眺め、はしゃぐ心音に耳を傾ける。

 兎萌のことを好きになる男子たちの気持ちが少しわかってしまった。


(まったく。うさぎちゃんは罪な子だよ)



◇◇◇



 学校に着くまで、ひたすらおしゃべりに花を咲かせるふたり。


 春休みのこと。

 染め直した髪色のこと。

 アクセサリーやファッションのことと話題は尽きない。

 時間はあっという間。もう校門の前だ。

 乗降口の前に置かれたクラス分けが貼られた大きな掲示板。


「今年もクラス一緒かよ」

「マジかよ!またかよ」

「はぁ……私、知ってる人誰もいないんだけど」

「元気出せ。遊びいくし」

「……うん」


 そこに群がる同級生たちの一喜一憂する声。


「うちらもクラス一緒がいいね」


 笑いかけると、兎萌が生まれたての子鹿のように震え出した。


「ちっ、違うクラスだったら、どうしよ〜」


 顔がみるみる青くなり、結真の腕にしがみつく。


「よしよし」


 怯える小動物と化した兎萌。

 宥めようと頭をなでても不安そうに、目を潤ませてくる。

 不安が伝染してか、結真も少し落ち着かない。 クラスが別れて寂しいのは、何も兎萌だけではない。


「クラスが別々でも会いに来てくれる?」

「うん、絶対行く。毎日行くから。うさぎちゃんも会いに来るんだぞ?」

「絶対行くもん……。結真ちゃんに新しい友達ができても、奪い取っちゃうんだから」

「いやぁ、そのときは皆で仲良くしよ」


 それはさておき、先ほどから兎萌が必死に腕にしがみついてくるせいで、ずっと水風船のような立派なモノの温もりが伝わってきている。

 

 朝の光景がフラッシュバックし、結真は喉を控えめに鳴らした。

 幸い掲示板前の混雑に掻き消され、兎萌に悟られることはなかった。


 先客たちは仲のいい者同士、あれこれ喋っていてなかなかどいてくれない。

 肩や背中に人がぶつかり、前に進むのも一苦労。

 少しのムラムラとイライラ。


「全然、進まねぇじゃねぇか……」

「結真ちゃん、顔怖いよ?」

「だってさぁー。見終わったらどけばいいのに」

「それはそうだけど……」

「私、もう無理。ちょっと言ってくる」

「結真ちゃん……?」

「あのー、ちょっと。通してくんない?掲示板、見えないんだけど。後ろの子たち、困ってるんだけど」


 波紋が広がるように喧騒は一旦落ちつき、ふたりに視線が集まる。

 結真が不機嫌そうに舌打ちすると、やがて潮が引くように人だかりが割れていく。


「妙見さん、ありがとう。私たちもずっと見えなかったから」

「そうそう。でも、ごめんね。妙見さんに嫌なこと押し付けちゃったみたいで」

「いいって。どうせ陰口、言われるくらいでしょ」


 やっとたどり着いたクラス分け。

 自分たちの名前を探して、目を凝らす。

 半分くらい過ぎたところで見つけた『 妙見結真』と『財田兎萌』の名。

 兎萌と視線を交わすと、満面の笑みで嬉しそうに飛びついてきた。



◇◇◇



 『1-D』と書かれた教室のドアをそっと開けると、もうクラスメイトたちがだべっていた。


 これからお世話になるこの場所に向けて、「おはよう」と告げて、結真は堂々と中に入る。


「おはよう」

「おはよー」

「よう」


 気づいた子たちからの軽い反応。

 関係性の深浅はあれ、大概顔見知りだった。


(中高一貫だもん。そうなるよね)


 黒板に書かれている自分の席と名前を確認し、少し肩を落としながらリュックを置く。

 ひとりしばらく黄昏ていると、知っている子たちが結真のもとに寄ってきてくれる。

 中学最後のクラスとは、だいぶ違う顔ぶれと言葉を交わし、やっと新学期を実感できた。


 ちらりと横を窺うと兎萌も清楚系な子たちに囲まれている。

 そのエリアだけ他より少し空気が澄んでいる気がする。


「あんた、そんな真剣に何見てんの?」


 クラスの聖域を凝視していると知らぬ間に、もうひとりの親友が変なもの見るような目をして立っていた。

 

「おっ、璃羅じゃん。おはー」

「おは。で、何見てたの?」

「んー、聖域」

「また訳わからんことを。それにしても、ふたりは相変わらず人気だねぇ」

「いやいや、元・中学女子陸上部のエースで、高校陸上部期待の新人────二本松璃羅さんには敵いませんて」

「何それ、絶対からからかってるでしょ」

「そんなことないよ?」

「ほんと〜?」

「ホントだって。ないない。揶揄ってなぁーい」

「あっ、そ。そういえば、噂になっていたよ。妙見さんが玄関前でめっちゃキレてたって。すごい迫力だったーってさ」

「はぁ?何それ。知らなーい」

「まぁ、いいけど」


 なんの事やらと肩をすくめる結真とため息をつく璃羅。

 

「璃羅ちゃん、おはよう!なんの話ー?」

 

 トテトテと小走りで駆け寄ってきた兎萌は、璃羅の胸に顔を擦りつける。


「ちょっと……危ないって!」

 

 そう言いつつ、受け止めた璃羅の口元が微かに緩んでいるのを結真は見逃さなかった。


「じゃあ、私もー」


 一緒になって結真も抱きつき、三人仲良く団子状態に。

             

「結真まで……もう」

「なんか……すごくいい匂いする」

「わかる」

「制汗スプレーだよ。朝、ランニングしたから」

「……シトラスの匂い」

「ちょい、ストップ!恥ずいから、あんまり嗅がないで!」


 鼻をヒクヒクさせるふたり。

 堪らず悲鳴を上げる璃羅。

 仕方がない目配せをし、渋々璃羅から離れた。


「じゃあ、今度は結真ちゃん。ふむふむ、石鹸の香りと……。あとこれはぁ、バニラの香り?」

「ちょっと、うさぎちゃん?ひゃッ……!」

「いいぞ〜!もっとやれ〜!」

「ちょ、璃羅まで」

「あれ、結真ちゃんの首のところ……」


 首元を覗き込んだ兎萌がそっと皮膚の薄いところをなぞる。

 指が触れる感触に結真は、思わず身震いをした。


「兎萌、どうした?」

「ここ、何か赤くなってる」

「へっ……!?」


 結真は反射的に頸部を押さえた。 

 心臓が跳ね、耳が熱い。

 慌てて取り繕おうと躍起になっても言葉が上手く出てこない。


「こ、これは……。ちょっと、あの……」


 兎萌は不思議そうに首を傾け、璃羅は少し顔を赤らめ、怪訝な表情を浮かべていた。


「いや……ちょっと、シャツで擦れたのかな……まだ、新品のやつだから」

 

 結真は内心で、盛大にやらかしたと顔を覆いたくなっていた。


「あはは……ちょっとお手洗、行ってくるね!」


 そう乾いた笑いを残して結真は女子トイレにかけ込んだ。


「はぁ……」 


 誰もいないトイレの鏡の前で、項垂れる結真。

 鏡に映る自分の首元にはっきりと残る痕。


 昨日の夜か、今日の朝のか。


「いち、に、さん……」


 ネクタイを緩めてみると、胸元や鎖骨の辺りにも目立つのがある。


「千種ちゃん……これどうすんだよ」


 頭を抱えていると、なかなか戻って来ない結真を心配して璃羅が様子を見にきてくれていた。


「結真、大丈夫?」

「あっ、うん。大丈夫ダヨ?」

「本当に?」


 何とか平静を装ってみたものの、どうしても声が上ずってしまう。


「さっきのって……」

「多分、昨日の夜か、朝につけられた……」

「結真さん?」

「わかってる!やらかしたのは、わかってるからお願い……言わないで!」

「はぁ……まったく」

 

 璃羅の深いため息に、また顔が熱くなっていき、羞恥でどうにかなりそうになる。


「とりあえず、これでも貼っときな」と、璃羅は絆創膏を手渡した。


 結真が小さく、「ありがとう」と呟くと、自慢の親友は、何も言わずに教室へと先に去っていく。 


 首のところに璃羅からもらった絆創膏を貼り、もう一度鏡を覗き込んだ。

 そっと隠れた痣の部分をなぞると胸の奥が微かに疼く。未だ冷めやらぬ熱が内側をゆっくりと這い回っているかのように。


 


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