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親友は憂慮する


 お手洗いから戻ってくると結真の席で璃羅と兎萌が待っていた。


 「ゆまちゃん、おかえり。虫刺され大丈夫?」

 「あっ……うん、大丈夫」


 どうやら首に残る痕については、璃羅が上手く誤魔化しておいてくれたらしい。

 兎萌からそれ以上言及はなかった。

 

 “季節外れの虫刺され”には、これからも気をつけないといけない。


 「絆創膏ありがとうね」

 「あぁうん……ちょっといい?」


 そう言うと結真の手を引いて真剣な面持ちで教室をあとにする璃羅。

 黙ってついて行くと、人気の少ない廊下の柱の影でゆっくり足を止めた。こちらに振り向いた璃羅の視線が突き刺さる。


 「それで?」

 「それでって?」

 「その痣のこと……話す気、ある?」

 「これね……」と結真は、絆創膏を摩った。


 不安に揺れる瞳。

 沈黙の中、璃羅がスっと手を振りかざす。


 結真は思わず身をすくめた。

 さらにぎゅっと目を瞑り、歯を食いしばる。

 

 おかしい。いつまで経っても痛みも衝撃も飛んではこない。


 代わりにやってきたのは、結真を包み込む温もり。そして、胸を衝くシトラスの香り。


 「前にも言ったけど心配なの。酷いことされてないか……乱暴されたりとか……。その痕だって、そうだよ。好きな人や優しい人となら構わない。結真が認めた人なら何も言わない。それが愛の証ならね。でも傷だったらって思うと無理なの!見過ごせないの!」


 結真の心を繋ぎ止めようとするかのような、きつく結ばれた抱擁。

 どこまでも真っ直ぐな声なき声。

 

 「もう璃羅は心配性なんだから」

 「心配だよ。大切な……大切なんだから」

 「でも大丈夫。その人も璃羅と同じくらい優しい人から」

 「じゃあ……隠さないでよ……」

 「ごめんね」


 感じる罪悪感と、それ以上の愛情。


 (今日はなんだか朝から、『お姉ちゃん』のような存在の人たちに心を揺さぶられてばかりいる)


 「璃羅。今度、紹介する」

 「約束だから。約束は二回目だよ。破ったら、今度は本当に殴るから」


 璃羅の拳が柔い結真のお腹を叩く。

 力は込められておらず、痛みはない。

 代わりに込められていたのは───


 「はい、わかりました。うさぎちゃんにも紹介するから」

 「そうだね……」


 これで仲直りだよ、とふたりはおでこをつけ合わせ、一緒に笑みを浮かべた。


 ───予鈴だ。


 廊下に落ちていた冷たい影は、窓から注ぐ小さな陽だまりへと姿を変えていた。

 

 教室に戻る前にそっと耳元でもう一度、「ありがとう」と囁いてからハグをした。そしてふたりは仲良く手をつないで教室へと戻った。



◇◇◇

 


 ふたりが教室から出ていったあと───


 残された兎萌はほかのクラスメイトたちから距離を置いて、自分の席で読みかけの文庫本を取り出した。そして栞をさしたページを開く。

 

 今、世間で話題の青春ミステリーだ。

 女子高生が親友の死の真相を探っていくという内容で、少し自分たちに重ねてしまう。


 (もしも私が主人公なら。死んだ親友は───)


 兎萌は胸を押さえ、表情を曇らせた。

 『親友の死』を少し想像しただけで胸の奥が鋭く痛む。

 

 降って湧いた不吉な場面を慌てて自分の中から追い出した。


 気を取り直してページを捲る。


 1ページ、2ページ、3ページ、……と進んでいき、物語の一つの山場に差し掛かったタイミングで「よう、おはよう」と、ぶっきらぼうな声が鼓膜を揺らす。


 兎萌は読む手を止め、ゆっくりと顔を上げた。

 そこには璃羅と同じ陸上部の白金晴信しろがねはるのぶが自分を見下ろしていた。


 「おはよう」


 晴信とは璃羅を通じて中学の頃に知り合った。

 クラスは違ったが、結真とは馬が合うようで特に仲がいい。


 「同じクラスは何気に初めてだよな。これから一年間よろしくな」

 「こちらこそよろしくだよぉ」


 花柄の栞を挟んで小説を一旦閉じて身体を晴信の方に向ける。

 品よく膝に置かれた色白の手。


 「あいつら2人は?」

 「ゆまちゃんとりらちゃんならね、出てったよ。さっきまでいたんだけど」

 「そっか」

 「なんか用事だった?」

 「いや、おんなじクラスになったから声かけにきただけ」と言って晴信は、左頬をかいた。


 晴信がここにいるということは、もう一人よく知る男子がいるはず。

 掲示板のクラス分けを思い出し、兎萌は「あさひくんは?」と晴信にたずねてみた。


 「あぁ、あいつなら───」

 「───いるよ」


 噂をすれば、だ。晴信の背後に隠れていた瀬戸旭せとあさひが紙パックのコーヒー牛乳を片手に、ぬっと姿を現す。

 晴信に寄っかかって、あくびをする。


 「重っ。お前何でそんな眠そうなの……?」


 晴信の呟きを無視し、旭は棒付きキャンディを手渡す。

 目をキラキラさせながら包みを開け、兎萌は幸せそうに飴を頬張っていた。


 「あっ、コーラ味だー!」


 「つい、朝までゲーム実況みちゃって」

 「入学式はちゃんと起きてようね」

 「兎萌。あんまし、こいつを甘やかさないでくれ」


 晴信は軽めに旭の頭を小突く。

 その旭はぼんやり天井を眺めながら、紙パックの中身を啜っていた。


 「……ああ、大丈夫。今コーヒー飲んでるから」

 「何がだよ」

 「眠くならない」

 「いやコーヒー牛乳は、コーヒーに含まれないだろう。ボトルコーヒーとかにしろよ」

 「はぁ、苦いだろ」

 「だったら微糖にするとか、エナドリ飲むとかあるだろうが」

 「はぁ、甘いだろうが」

 「いや、コーヒー牛乳も甘いだろ!!」

 

 「仲いいんだね」と兎萌は、お行儀よくふたりの漫才を見守っていた。


 先生がやってきてようやく、兎萌の周りは静かになった。


 「SHRショートホームルーム始めるから席について」


 生徒たちが一斉にガチャガチャと椅子を鳴らして席につく。進学校なので、こういうところで手間取ることはない。基本的にはみんな真面目で、ちゃんとする時はちゃんとする。

 結真たちもいつの間にか戻ってきて、自分の席にいた。


 「みんな、まずは入学おめでとう。今日から君らの担任になる豊島麗奈とよしまれいなです。担当教科は日本史。これから入学式について説明するから───」

 

 先生から入学式の流れが説明され、あと式典なので服装はしっかりとするように言われた。今一度、各々が身だしなみを整える。

 

 担任の豊島先生は、クールな感じだけど怖い感じはしなかった。生徒との間には一線引いて、見守るスタンスなのかもしれない。そして、すごく美人なのだ。同性の兎萌でも一瞬、見惚れてしまうくらいだから、男子人気はきっとものすごいだろう。


 そんなことを考えているうちに、先生の服装チェックも入り、クラス全員が廊下に整列する。


 廊下にこだまする何百という足音。

 講堂を目指して進む生徒たち。

 もうすぐ、式が始まる。

 

 

 


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