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百合、駆け巡る青春は稲妻のように  作者: 一二三楓


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親友は憂慮する


 席に戻ると、璃羅と兎萌が待っていた。


「虫刺され、大丈夫?」

「あっ……うん、大丈夫」


 結真がいない間に、首のところの痣は『虫刺され』ということになっていた。

 上手く誤魔化しておいてくれたらしい。

 それ以上、兎萌に追求もされなかった。

 

 『季節外れの虫刺され』には、これからも注意しなければ。


「絆創膏ありがとうね」

「あぁうん……ちょっといい?」


 そう言って、璃羅は結真の手をぎゅっと掴んだ。

 手を引かれ、そのまま教室を出る。

 人気の少ない柱の影まで来ると、璃羅がこちらを振り向く。

 真剣な顔でじっと結真を見つめる。


「それで?」

「それでって?」

「その痣のことに決まってるでしょ」

「あぁ、これね……」


 どう答えたらいいものか言葉に困る。

 正直に話してもいいが、璃羅はいい顔はしないだろう。

 無意識に絆創膏の上から痕を摩る。


「それキスマークだよね?」

「あ〜、うん……」

「いつの?」

「いやぁ、いつかなぁ……。昨日……。今日かなぁ……」

「今日!?」

「いやぁ、昨日の夜に泊まって、朝まで一緒だったから」

「朝まで!?あんた、こないだ言ったよね。春休みのとき。夜遊びはほどほどにするって!」

「夜に出歩いてはいないって」

「……まさか、家に呼んでるの!?」

「呼んでる、というか、呼ばれてる、というか?近所というか?」

「…………はぁ?」

「怒んないでよ!そんなに!たまたま知り合って、新しい家のご近所だったの!」

「怒ってない!心配なんだよ!その痕だって、そう!ちゃんとあんたが認めた人なら何も言わない!でももし、もしだよ……乱暴された傷だったらって、思うと無理なの!見過ごせないの!」


 結真を包み込む温もりと、胸を衝くようなシトラスの香り。

 投げかけられたどこまでも真っ直ぐな言葉。

 

「……もう、璃羅は心配性だなぁ」

「当然でしょ。大切な……大切な友達なんだから」

「でも大丈夫。その人も璃羅と同じくらい優しい人から」

「じゃあ……隠さないで……」


 心を揺さぶる親友の思い。

 そして全てを話せていない罪悪感。

 結真は小さく、「ごめんね」と謝るしかなかった。


「そのキスマークつけた人、今度紹介して」

「えぇ……」

「紹介して!」

「……マジで言ってる?」

「当たり前でしょ!約束だから。破ったら、本気で殴るから」


 璃羅の拳が結真のお腹を叩く。

 力は込められておらず、痛みはない。

 代わりに込められていたのは────


「はい、わかりました。うさぎちゃんにも紹介するから」

「そうだね……」


 これで仲直りだよ、とふたりはおでこをつけ合わせ、一緒に笑みを浮かべた。


 ────予鈴だ。


 廊下に落ちていた冷たい影は、窓から注ぐ小さな陽だまりへと姿を変えていた。

 

 教室に戻る前にそっと耳元でもう一度、「ありがとう」と囁いてからハグをした。そしてふたりは仲良く手をつないで教室へと戻った。



◇◇◇

 


 ふたりが教室から出ていったあと────


 残された兎萌は自分の席で読みかけの文庫本を手に取っていた。

 他のクラスメイトたちから少し距離をおき、栞をさしたページを開く。

 

 兎萌が読んでいるのは、今世間で話題の青春ミステリー。女子高生が親友の死の真相を探っていくという内容で、少し自分たちに重ねてしまう。


(もしも私が主人公なら。亡くなった親友は────)


 胸を押さえ、表情を曇らせる。

 『親友の死』というワードを想像しただけで胸の奥が痛む。

 自分だったら、きっと耐えられない。


 降って湧いた不吉な場面を慌てて自分の中から追い出した。


 気を取り直してページを捲る。


 1ページ、2ページ、3ページ、……と進んでいき、物語の一つの山場に差し掛かった。


「よう、おはよう」 


 少々ぶっきらぼうな聞き覚えのある声に読む手を止めた。

 ゆっくりと顔を上げると、璃羅と同じ陸上部の白金晴信《しろがねはるのぶ》が立っていた。


「晴信くんだ。おはようー。久しぶりだね」


 璃羅に紹介してもらったことがある中学の頃からの知り合いだ。

 クラスは違ったが結真とは馬が合うようで特に仲がいい。


「同じクラスは何気に初めてだよな」

「そうだね。一緒だったことないね」

「まぁそんなわけだから、これから一年間よろしくな」

「こちらこそ、よろしくだよぉ」


 花柄の栞を挟んで小説を一旦閉じ、改めて晴信の方を向く。

 

「璃羅と結真は?」

「結真ちゃんと璃羅ちゃんならね、出てったよ。さっきまでいたんだけど」

「そっか」

「なんか用事だった?」


 品よく膝に手を乗せ、晴信の顔を見上げる兎萌。


「いや、大した用事じゃないから。おんなじクラスになったから、声かけにきただけ」と言って晴信は、左頬をかいた。


「そういえば旭くんは?旭くんも同じクラスだよね」

「あぁ、あいつなら────」

「────いるよ」


 噂をすれば、だ。晴信の背後に隠れていた瀬戸旭《せとあさひ》が紙パックのコーヒー牛乳を片手に、ぬっと姿を現す。

 そして彼に寄っかかったままあくびをする。


「重っ。寄りかかんな」

「やだ」

「やだじゃねぇよ」

「この方が楽だし」

「離れろ!てか、お前何でそんな眠そうなわけ?」

「財田さん、コレあげる」


 晴信を無視して、兎萌に棒付きキャンディを手渡す旭。


「えっ、いいの?ありがとう。あっ、コーラ味だー!」


 包みを開けてはしゃぐ兎萌。

 そして幸せそうに飴を頬張る。


「つい、朝までゲーム実況見ちゃって」

「入学式はちゃんと起きてようね」

「財田さん。あんまし、こいつを甘やかさないほうがいいよ」と言って、晴信は軽めに旭の頭を小突いた。

 ぼんやり天井を眺め、紙パックの中身を啜る旭。


「……ああ、でも大丈夫」

「何がだよ」

「今コーヒー飲んでるから眠くならない」

「いやコーヒー牛乳に、そこまでカフェインは含まれてないだろう。ボトルコーヒーとかにしろよ」

「はぁ、苦いだろ」

「だったら微糖にするとか、エナドリ飲むとかあるだろうが」

「はぁ、甘いだろうが」

「いや、コーヒー牛乳も甘いだろ!!」

「仲いいんだね」と兎萌は、お行儀よくふたりの漫才を見守っていた。


 先生がやってきてようやく、兎萌の周りは静かになった。


「SHR、始めるから席について」


 生徒たちが一斉にガチャガチャと椅子を鳴らして席につく。進学校なので、こういうところで手間取ることはない。基本的にはみんな真面目で、ちゃんとする時はちゃんとする。

 結真たちもいつの間にか戻ってきて、自分の席にいた。


「みんな、まずは入学おめでとう。今日から君らの担任になる豊島麗奈《とよしまれいな》です。担当教科は日本史。これから入学式について説明するから────」

 

 先生から入学式の流れを説明される。

 あと式典なので服装はしっかりとするように言われ、各々身だしなみを整える。

 

 担任の豊島先生は、クールな感じだけど怖い感じはしない。

 生徒との間には一線引いて、見守るスタンスなのかもしれない。

 そして、すごく美人だ。

 男子たちはすでに熱視線を送っていた。


 クラス全員が廊下に整列する。


 廊下に響く無数の足音。

 講堂を目指して進む生徒たち。

 もうすぐ、式が始まる。

 

 

 


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