春薫る、甘い朝
まだ薄明かりの四月の朝───
いつもと違うベッドの上で目を覚ました結真は、まだ眠気の残る頭をゆっくり動かす。
目に入る隣で寝息を立てる女性の姿。
彼女が寝返りをうつたび、栗色のふわりとした髪とバニラのような香りが広がる。
不意に頭の中を駆け巡る昨晩の激しいあれやこれや。
同じマンションに住む大学生───花宮千種のうちにお泊まりしたのだった。
昨日の出来事を思い出し、ほんのり耳が熱い。
ゆっくりと伸びをすると、いつもより身体がだるかった。
特に下腹部の辺りが疼くように重たい。
「スイッチが入ると容赦ないんだよなぁ」
髪をなでると、千種が小さく身動ぎする。
「ごめんね。起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫……どうしたの?」
「ん……うん、ちょっとだけ……触りたくなっちゃって……」
「そうなの?おいで、遠慮しないで。ほら」
まだ眠たそうな表情で、そっと手を広げ、迎え入れる千種。
全身を包む柔らかい感触。
シルク製のパジャマの肌触り。
子猫のように身体を丸め、結真は千種に全身を委ねた。
時計は、まだ朝の五時半。
千種のおかげで身も心も整った結真はベッドからそっと抜け出すと、洗面所へ向かった。
冷たい水で顔を洗い、鏡を見る。
そこにはすっきりとした表情の自分自身がいた。
軽く髪も整えてリビングに戻ると、美味しそうな匂いが漂ってくる。
鼻をヒクつかせると、お腹が小さく空腹を訴えてきた。
白と水色で統一されたキッチンでは、エプロン姿の千種が朝ごはんを作ってくれていた。
「何、作ってるの?」
「トースト、ベーコンエッグにポテトサラダ、あとはフルーツの盛り合わせ」
「うっ、すごい。私ひとりだと、どうしても簡単なものになっちゃうんだよね。トーストとヨーグルトだけとか」
本格的な朝食に、目を爛々と輝かせる結真。
「一人暮らしだとどうしても偏っちゃうよね。わかる。私だってゆまちゃんがいなかったら、こんなに張り切って作らないもの」
「あー、なんかごめんね。いつもご馳走になっちゃって」
「全然全然。ゆまちゃんと一緒にご飯食べるのは、私の楽しみなんだから。もう少し待っててね」
そう言われ、結真はリビングに腰を下ろした。
料理を作る音と共にゆっくり流れていく時間。
窓から差し込む朝の光に目を細めていると、千種がお盆を持って入ってくる。
「お待たせ」
「手伝うよ」
千種からそっとお皿を受け取る。
ふたり分の朝食が並べられていくテーブル。
結真のお腹がまた控えめに鳴った。
朝のニュースをBGMに焼きたてトーストを齧る。
サクサクとした食感と濃厚なバターの味わいがたまらない。気がつくと半分、なくなっていた。
「おかずもちゃんと食べてね」
ベーコンエッグを口にすると半熟の卵がとろけ、口の中に広がる。さらにマヨネーズたっぷりのポテトサラダを頬張る。どちらも、すごく美味しい。
「千種ちゃんの手料理に慣れたら、もうコンビニ食や自分の手抜きご飯には戻れないよー」
「コンビニのものばかりは良くないからね?」
「うー、わかってる。パンを焼いたりするくらいはするよ?」
「困ったら、うちにご飯食べに来て。いつでも歓迎だから」
「千種ちゃんは、女神様だよ!お腹いっぱい!ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
ソファーにもたれかかり、結真は満足感に浸っていた。
ふと棚を見ると、この前来たときよりもぬいぐるみが増えている。
「あっ、このパンダのぬいぐるみ、カワイイ」
そっとパンダのぬいぐるみを拝借して、なでたり、抱きしめたりしていると、「ゆまちゃん」とキッチンの方から声がした。
「なぁ〜に〜」
緩みきった返事に、くすくすと笑う千種はお揃いのマグカップを手に戻ってきた。
「コーヒー淹れたけど、飲む?」
「うっ、コーヒー苦いんだよね」
「ふふ、じゃあミルクと砂糖たっぷりのカフェラテね」
「お願いします……」
子供っぽくて、少し恥ずかしい。
だが千種なら、そんなところも可愛いと、きっと言ってくれる。
甘やかされている自覚はあるが、望まれていることなので今更、千種への態度を改めるつもりはない。
朝食を終えたテーブルに残るパンのかけらと、コーヒーの香り。
カップに口を付けるとまろやかな甘さが舌の上に広がっていく。
約束通り、苦味を感じないミルクたっぷりのカフェラテ。
ゆっくりとスプーンでカップを掻き混ぜていく。
「ふぅ」
とても穏やかな時間だ。
朝の光が差し込む中、結真のことを見つめて、柔らかく微笑む千種の顔に胸はじんわりと温かくなる。
「ふたりでゆったり朝を過ごすのって贅沢だよね」
「うん」
千種の落ち着いた声。でもどこか蠱惑的で、脳を甘くとろけるような感覚がしてしまう。
千種は昨日の夜もこんな感じだった。
そう思った瞬間、がっちりと顔を押さえられ、塞がれた唇。
突然のことに結真は思わず目を見開いた。
そして千種は結真からゆっくり顔を離すと、糸引く唇を指でなぞり、艶っぽく微笑んだ。
それを見て自分が今キスされたのだと結真は理解した。
耳が熱い。
心臓の音もなんか変だ。
「え、えっ……」
「ほら、食後のデザートをちょっと楽しもうかなって。甘い、カフェラテの味」
困惑する結真をそっと引き寄せ、今度は舌をねじ込んだ。舌を絡め、ときには啄むように何度も何度も。
繰り返される甘く蕩けるように濃厚なそれは、結真の理性を溶かすには十分だった。
「……ん、千種ちゃん……」
結真は何の抵抗もできず、されるがまま。
千種に押し倒され、首筋、鎖骨のあたりへと這うように身体をなぞられる感覚に身を委ねることしかできずにいた。
「あッ……やッ……」
震える身体。
痺れる脳。
心も体も芯から熱くなっていくのがわかる。
そして結真は快楽に誘われ、堕ちていく。
深く、深くへと。
◇◇◇
身体を支配する余韻のせいで、まだ上手く動けずにいた。
大きく上下する胸。まだ結真の息は上がったままだ。
────むせ返るほど甘く、濃密な時間。
「……ゆまちゃん、ちょっと汗かいちゃったから、一緒にシャワー浴びよっか」
息を整えながら千種が幸せそうに囁く。
その声には霧がかかり、まるで遥か彼方から語りかけられているようだった。
「ちょっとやり過ぎちゃったかな……」と、朦朧とする結真にそっと口付けをする千種。
抱き上げられ、そのままお風呂場へ。
先ほどまで重ね合っていた身体を洗ってもらっていると、なんとも言えない感情が込み上げてくる。
意識がハッキリとしてくる代わりに、ぶり返す熱と衝動。
どちらともなくまた唇を重ね、身体を寄せ合う。
再戦を終えて落ち着いた二人から洩れる吐息。
バスルームからあがり、髪や首筋に残る水分を拭き取っていると、同じように体を拭く千種が何やら微笑んだ。
そちらに目を向けると、飛び込んでくる起伏に富んだ身体。
「ふぅ、気持ちよかったね」
「……うん」
「どうしたの?」
「……いや、別に」
スタイルに自信のあった結真も千種の大人の色香に愕然。
自分の身体と見比べ、少し凹んだ。
「胸、大きくなった……よね?」と囁いて、千種は結真の胸を優しく揉みしだいた。
「ちょ、ちょっと……」
頬を赤らめ、千種から逃げるように身体をくねらせる。
「さっきまであんなに盛り上がってたのに」と、千種は頬を膨らませた。
「ブラがちょっとキツイかなってくらいだよ……」
「本当?今、何カップ?」
「……E」
「成長期だからね!今度、一緒に下着買いに行こっか!」
「……うん」
リビングへと戻ると、千種がドライヤーを持って待っていた。
「髪の毛乾かしてあげる」
洗いたての髪にドライヤーをあてて櫛で梳かしていくと、ふわふわで艶のある髪に仕上がっていく。
千種は、いつも幸せそうに結真の世話を焼く。
誰にも邪魔されない二人だけの時間。
「よしっ」と言って、千種は結真の肩を押した。
「髪の毛、ありがと」
「それじゃあ、そろそろ学校行く支度しないと、ね!」
「うん。そうする」
「高校生初日、楽しんでおいで」
額に触れるか、触れないかくらいの軽いキス。
今日、何度目か分からないキスを受け入れ、小さく頷く。
無意識におでこを摩りながら自分の部屋に戻った結真は、今日から3年間、お世話になる制服に袖を通す。
水色のシャツに、ブルーのチェック柄のスカート。襟を整え、裾をまっすぐにし、スカートと同じ色合いのネクタイを緩めに巻く。
紺のソックスを履き、最後にグレーのブレザーを羽織る。そして鏡に映る自分の制服姿をしっかりと確かめて、髪を整える。
「今日から高校生かぁ。感想は?」と鏡の中の自分に問いかける。答えは決まっている。
そんなのまだわからない。
今日から始まるんだから。
いつまでも浸っていられないと、ハッとした結真は、ジュエリーボックスの中を漁り始めた。
「これと、これと……」
右手にピンクゴールドの時計とシルバーのブレスレット。
そして、色もデザインもこだわって集めたピアスたち。
両耳用のアクアマリンの花の形をしたピアス。
右耳の穴にブラックのクロス。
左にはシルバーリングピアスを二つ。
自分らしさを演出してくれるピアスたち。
そういえば、学校にピアスしていくのは初めてだな、と思いながら結真はマンハッタンポーテージの黒いデイバッグを背負う。
マンションの外を暖かな陽射しが街を照らし、春の匂いのする風がどこからか桜の花びらを運んでくる。
澄んだ空気の中、結真は新しい日々の始まりを肌で感じていた。
読んでくれてありがとう
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恋にも愛にも友情にも、果ては青春にも何パターンもあって、この作品でそういったものを網羅は無理でも幾つか描いていけたらなと書き始めました。




