泊まっていきなよ
千種のお宅で手料理を堪能した結真と璃羅は、満足げな表情でお腹を擦る。
食べ盛りなふたりはしっかりカレーを二回ずつおかわりして、デザートまでしっかり完食した。
ゆったりとした時間が漂う中、璃羅はよいしょと立ち上がると腕を交差させて身体をほぐす。
「うーっ、さてそろそろ帰るかな。千種さん、ごちそうさまでした」
「璃羅、帰るの?」
「うん。食後の運動がてら、ランニングして帰ろうかな」
「部活で走ってたのに、まだ走るの?」
「まあ、自転車も学校に置いてきちゃったし」
話をしながら腰を回したり、屈伸をして身体を整えていた。
璃羅は完全にランナーの顔つきになっていた。
「ねぇ、璃羅。もう外、暗いよ?」
「そりゃ、もう8時すぎだし」
「走って帰るなんて、危ないって。千種ちゃんもそう思うでしょ?」
洗い物を終えた千種が戻ってきたのは、ちょうどその時だった。
「そこまで遅くはないけど。家までどのくらい?」
「一時間はかからないと思いますよ」 「お迎えは頼めないの?」
「この時間だとお父さん、いつもお酒飲んでるんで」
「お母さんは?」
「今日、夜勤なんで」
璃羅の母は看護師をしている。
そのため、夜間勤務で家にいないことも多い。
「大丈夫です」と言って、璃羅はカバンを背負った。
その背中を頬を膨らませ、ジッと見つめる結真。
「璃羅。今日、泊まってきなよ」
「そんな急に言われても……明日も朝練があるし、着替えとかないし」
「うちで洗濯乾燥すればいいじゃん。着替えだって、私の着ればいいじゃん」
「えっ、ゆまちゃん。帰っちゃうの!?」
ショックを隠しきれない千種。
それに結真は当然のように頷く。
「うん。今日は我慢して。また今度、させてあげるから」
「そんなぁ……」
結真との夜を待ちわびていた千種は、がっくりと肩を落とす。
捨てられた子犬のように項垂れている千種には申し訳ないが、とにかく今は璃羅の心配だ。
「ゆまちゃんの匂いつきの服……」
「千種さん、なんかキモいですよ」
「うん、なんか視線がねっとりしてる」
良からぬ妄想でじゅるりとよだれを啜る千種の行動に、ふたりは引き気味だった。
「うわぁ……ケダモノ……」
「ケダモノなのは、そう」
「ガチで引くのやめてよぉ。うっ、メンタルにくる!」
結真たちの冷ややかな視線に、千種はうめいた。
「結真のうちに泊まりねぇ……」
千種ではなく、自分を気遣う結真に溜飲が下がる。
停戦はしたが、千種は親友を誑かした『悪い女の人』なのに変わりない。
悩んだ末に璃羅はスマホを取り出すと、家に電話をかけた。
◇◇◇
「お父さんがいいって」
璃羅のお父さんは泊まりをすんなり了承。結真の家に泊まっていくことになった。
「ねぇ、うちに泊まっていかない?璃羅ちゃんも一緒に。リビングを使ってもらって、ね?」
「しれっと私だけリビングに追いやられてるんですけど」
「うん、よしよし」
縋りつくように三人でのお泊りを提案する千種。だが結真との夜の時間は諦めておらず、素知らぬ顔で璃羅だけを別々にしようと画策する。
「こう言ってるけど、どうする?」
「結真とふたりになって何をする気ですか?」
「何って、それは……ねぇ」と千種は、流し目で意味ありげな視線を結真に送った。
「うっ」
口ごもる結真だが、もう璃羅には隠し事は極力しないと約束した。
「……ちゃんと約束したから璃羅には話す。千種ちゃんは近所のお姉さんで、友達で、セフレでそういうこともし合う関係で、彼女とはちょっと違うんだけど……」
千種との関係は結真にとって本当に複雑で、簡単には言い表せないものだった。
「上手く言葉にできてないよね。ごめん。だけど、璃羅やうさぎちゃんと同じ。いや正確にはちょっと違うんだけど」
璃羅はただ黙って聞いていた。結真が考え、伝えようと一生懸命頑張って紡ぐ言の葉を。
「えっと、そう!一緒に居たいって思える人たちなんだよ。璃羅も千種ちゃんも。もちろん、うさぎちゃんも!」
熱意のこもった実直な言葉の手触り。
それはストンと胸の奥へと落ちていく。
奔放な結真は自分の知らない絆をたくさん持っている。
その心の内に住まう璃羅の見知らぬ人たち。
自分はその中に含まれているだろうか。
結真の中で自分が占める割合など大したことはないとずっと思い込んでいた。
それはもう歯ぎしりしたくなるほどに。
結真の存在は璃羅の心の内の大半を占めているにも関わらず。
一番でなくてもいい。それでも結真の心の隅に自分の一部を留めてほしいと願っていた。部屋を一つ与えてもらえたらなんて。
しかし、間違っていた。
結真の心の中に自分の居場所はちゃんとあって、結真が思い描く大切なものの中に璃羅もいた。
それを確かに感じた。
自分の愚かな勘違いを璃羅は自嘲気味に笑い、結真の髪の毛をくしゃくしゃになるまで撫で回した。
「ちょっと、璃羅ー」
「まったく。やっぱり結真には私がいないとダメか」
「もう!そんなの当たり前じゃん!」
「そうか、そうか」
「璃羅ー!髪が崩れるー!」
結真が不機嫌そうに唸っても、璃羅は無でる手を止めることはしなかった。
「ねぇ、ふたりとも?私も仲間に入れて?お願い。ふたりの世界に引き篭られたら、お姉さん、寂しくて死んじゃうから」
「ふふ、ダメでーす。千種さんには、渡しません」
「もう!私は璃羅のものじゃないもん!」
璃羅に好き放題され、鼻息を荒くする結真。
「じゃあ、千種さんのでもないでしょ?」
「そんなぁ、ゆまちゃん?」
「私は誰の物でもないの!ふたりが私のものなのー」
結真の叫びは、とっても傲慢で我儘なものだ。
それなのに、璃羅も千種も一切嫌な気はしない。
そこには確かな絆があるからだ。




