なんか揉めてる。カレーがうまい
今日も一日無理せずに。
白檀のオリエンタルな香りに包まれた部屋の三角隅で、結真は羅刹と夜叉の姿をぼうっと眺めていた。
薄く煙る御香で霞む結真の視界。
我こそ結真と最も『親しい』と豪語するふたりは、互いに一歩も引かずに仮初めの笑顔を張り付け、牽制し合っていた。
「花宮さんは、『私の結真』と、どういうご関係なんですか?」
「私はゆまちゃんと一緒にご飯をたべたり、一緒にお風呂に入ったり、熱い夜を過ごすような関係なの」
「熱い夜!?未成年にそんなことして!それ、犯罪ですよ!」
「残念。同意もあるし、愛もあるの」
「!?」
「!?」
千種が爆弾発言するたびに、璃羅の矛先がこちらに向く。
涙目を浮かべ、璃羅は悔しそうに千種と結真を交互に睨む。
キリキリと胃が痛い。
お腹を押さえながら結真は、濁った目をしていた。
「お腹すいた……」
不毛なマウント争いにも飽きて、結真は欠伸を洩らす。
また璃羅から鋭い視線が飛んでくると思いきや、聞こえてきたのは、きゅうっとかわいいらしい腹の虫の音だった。
耳まで朱に染めた璃羅は、羞恥に震えながらだらしないと自分のお腹を叩く。
「ふふっ、一時休戦。みんなでご飯にしましょう」と、毒気を抜かれた千種が微笑んで立ち上がった。
「わーい、ご飯だー」
無邪気に身体を揺らす結真。
「あっ、ちょっと……」
どうしていいか分からず、視線をさまよわせる璃羅の伸ばした手が空を切る。
千種は再び微笑んで、キッチンの方へ消えていった。
「璃羅。千種ちゃんのご飯美味しいから、楽しみだね」
正座したまま呆然と固まる璃羅の肩に、ウキウキ顔で結真は手を置いた。
璃羅はこのふたりには勝てないと、しみじみと負けを悟った。
周りを見渡すと、トートバッグのとはまた違うパンダのぬいぐるみがこちらを見て笑っている。
「パンダのくせに生意気」
そう呟くと、結真は言った。
「璃羅に千種ちゃんのことを早く紹介したかった。大丈夫、絶対仲良くなれるよ」と。
璃羅は唇を尖らせ、言う。
「そんなの分かんないし。でも結真にとって大事な人なら好きになれるかも、ね」と。
璃羅は結真の脇に視線を落とし、ツンと鼻を鳴らす。
「かもだから。かーも」
「このおお。素直じゃないなー」
キッチンから漏れ聞こえる微かな笑い声。それは喜怒哀楽の色んなものが混ざり合ったような不思議な笑い声だった。
「パンダいじめちゃだめだよ」
「いじめてないし、あいつがニヤついてたの」
「そういう、顔の作りだから」
食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。
まだまだ育ち盛りの結真と璃羅は、揃ってお腹を鳴らしながらキッチンを覗き込む。
「カレーだ!」
「カレー……」
スパイスのいい香りがする。
またもお腹が空腹を訴え、自然と唾液が出てきてしまう。
カレー鍋をじっと見つめる璃羅と結真の微笑ましい姿に千種は頬を緩める。
愛らしいふたりを見ていると、表情筋が締まらない。それは贅沢な悩みだった。
「璃羅ちゃんは、嫌いな食べ物はない?」
「えっ、あっ、はい。特には……」
「はい。璃羅ちゃんは、わさびとミントが嫌いです」
「じゃあ、サラダはわさびドレッシングで、デザートはチョコミントアイスね」
「そんな!酷くないですか!」
「ここは私の家よ?」
「えー、千種ちゃん。私、バニラがいい」
「なんでだよ!そもそも結真が余計なこと言ったせいじゃん」
「そうだよ。千種ちゃん、璃羅をいじめない」
「じゃあ、ゆまちゃんはチョコミント。璃羅ちゃんがバニラね」
「璃羅ー、好き嫌い良くない」
結真の手のひら返しに、璃羅の頬が引き攣る。
「あんた、どっちの味方なの?」
「バニラくれる人」
真面目くさった顔で、淡々と答える結真。
「おい!」と唸り、璃羅はお餅のような結真の頬をつねった。
「ごめんにゃはい。いたいれす」
ゆるく笑いながら、千種はサラダの盛り付けに取りかかる。
「冗談。嫌いなのはナシ。アイスも選べるから、ね?」
それを聞いて、璃羅は安心したように笑った。
「ふたりとも、テーブル片付けてきてくれる?」
「はい」
「はーい」
璃羅はテーブルの上のものをテキパキと端に寄せ、結真がウエットティッシュで拭いていく。
テレビに気を取られ、手が止まる結真を璃羅が突っついて働かせる。
「ほら、結真拭いて」
「あい。あっ、この曲。柔心が好きなやつ」
「ゆーまー!」
「はい、拭きました」
まるでアリとキリギリスのようなふたりは、千種特製のカレーができるのを首を長くして待っていた。
「お待たせ」
くりっとした形の良い目をこれでもかと見開いて、璃羅はカレーに釘付けになっていた。
「いい匂い」と、肺いっぱいにカレーの香りを吸い込む。
「璃羅、匂いだけじゃお腹いっぱいにはならないよ?」
「いや、わかってるから。いいでしょ、別に」
「こーら、喧嘩しない」
眉間に襞を寄せる千種に気圧され、ピクリとふたりの肩が小さく跳ねる。
「そんなに怯えなくてもいいじゃない」
ショックとばかりに千種の眉毛で八の字を描く。
「千種ちゃん、元気出せよ。カレー美味しい」
「いや、自由すぎだろ」
もう結真は口の周りを汚しながらお皿の半分くらい平らげており、もごもごと千種を薄い言葉で慰める。
璃羅は呆れて頭を振り、千種は小刻みに肩を揺らして苦笑い。
「花宮さん、本当にこのアホは大丈夫なんですか?」
「千種でいいから。ゆまちゃんは……まぁね」
濁された言葉に璃羅も心当たりがあった。
「結真だから」
「そうね。ゆまちゃんだから」
「早く食べないと冷めちゃうよ?千種ちゃん、おかわり!」
千種に空になったお皿を差し出す結真。
これである。
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