33.そのタイミングは突然に
「あははは!あははっ!あ〜おかし〜!笑いすぎてお腹痛いわ〜!……ってあれ?ちょっと、どこ行くのハル?」
「いや、ちょっと見てほしい物があったの思い出してさ……そこで待ってて」
そう言って部屋を出て……数分も経たないうちにすぐ、手に小さめの紙袋を下げて戻ってきた。
「いや〜お待たせ」
「あら……なかなか高級そうな袋ね」
「ははっ、まぁね」
さっきまでのふざけたムードが一変、急に真顔になり黙り出したハル。
(えっ、何?この後何するっていうの?)
何やらすごく緊張しているらしく、私までピリピリとしたオーラが伝わってきた。
「あ、アンナ。あのさ……」
「何よ、急にかしこまっちゃって」
「その、……が……って……」
そう言いながら紙袋を漁るハル。
ガサガサという音が声より大きくて、全然聞き取れない。
「へっ?今なんて?」
「いや、その……えっと……」
まだなんかゴニョゴニョ言いながら、ようやく小さな黒い箱を取り出した。
(え?あれって……嘘でしょ、このタイミングで?いやまさか、嘘でしょ?!)
箱のサイズ、ベルベットのようなスベスベした質感、そして大事そうに優しく包む手つき。
どう見てもこれは……
「君に渡したい物があって……」
「えっ!い、今ぁ?!」
(嘘じゃなかった〜!)
思わず『今ぁ?!』なんて言っちゃったけど。
雰囲気も何もあったもんじゃなかった。
「うん、今」
おもむろにその場に跪き、パカっと箱を開ける。
出てきたのは……やっぱり指輪。
細くて華奢なプラチナの輪に、大ぶりのダイヤモンドがついている。
そのままおずおずと私を見上げて、しばらく目を泳がせていたけど……決心がついたようで小さく、よし!と言って私の瞳をじっと見つめた。
「アンナ!その……ぼ、僕と……結婚してくれないか?」
「……は、はい!」
思わず反射的にすぐ、はい!って言ってしまった。
(『言ってしまった』って言っても、別に嘘とかじゃないけど……嘘じゃないんだけど……)
せめて、そういった雰囲気とか心の準備は欲しかった。
「でも、何でこのタイミング?」
「今なら言えると思って……」
「まさか、ずっとタイミング見計らってたの?」
「うん」
(『うん』って!おいっ!いやいやいや!それにしたって、なんで今なのよ!)
もっと雰囲気とかさ……あるじゃない!夜景とかさ!
海辺でもお花畑でもいいし、もっと他にも色々あるじゃない!
「ア、アンナ……?」
ふと下を見ると、不安そうにこちらを見ている男と目があった。
(いや……この人にそんなのを求めるのは可哀想か)
「……ハル」
「は、はい!」
「これからもずっと、よろしくね」
「アンナ……!」
彼の嬉しそうな顔に私まで顔が綻ぶ。
恋愛のドキドキとはまた違った、ふわっと温まるような感覚。
誰かさんが連発してた『愛してる』なんて一度も聞く事なく、ゴールインしてしまった。
でもそんなの無くたって、心は満たされていて。
むしろ今の方が、あの時より何十倍も何百倍も愛を感じていた。
本当の幸せって、こういう事なのかもしれない。
(とはいえ、一回も無いのは嫌だから……せめて結婚式前までには言ってもらお〜っと)
「そういえば……前に、結婚なんてまだまだ先とか言ってなかったっけ?」
「あ〜、うん。あの時はそう思ってたよ」
「気が変わった?」
「いや……そうじゃなくて、もっと一緒にいたいと思って……」
「なら、別にただの幼馴染でもよかったじゃない。普段からよく一緒にいるわけだし」
「うっ……そう言われちゃ、そうなんだけど……」
「……」
「だけど……」
「だけど?」
「このままだと、誰かにアンナを取られちゃうような気がして……」
取られちゃう?私が?
「えっ……?誰に?」
「決まってるだろ?『他の男に』だよ」
他の男に私が取られる?
普段からそういった浮いた話のない、私が?
いつも自分から追いかけてばっかりで、誰からも言い寄られたことがない私が?
「独身でいる限り、アンナが誰かに言い寄られる可能性はゼロじゃないだろ?だけど、君を他の誰にも渡したくなくて……」
「……ぷっ」
大真面目にそう言う彼に思わず吹き出す。
「なっ……!わ、笑うなよっ!」
結婚する理由が、『取られちゃうのが嫌だから』なんて。
子供みたいでなんだかおかしくって。
愛してるからとかそういうのじゃなくて、まさかのそれ。
これもまた彼らしいっちゃ、彼らしいけど。
「ちょっと!笑うなってば、もう!ほんとの事なんだから!」
さらにこうやってムキになって怒るもんだから、余計におかしくて。
吹き出した笑いが段々と大きくなって、最後には一人で大笑いしてしまった。
さっきのサイラスの話といい、今といい……こんなに笑ったの久しぶりだ。
(これもハルのおかげ……かな?)
しょうもない事で、こうやって笑える幸せ。
ささやかだけど……なんだかホッとするような小さな幸せ。
迷い迷って、ようやくたどり着いた。
随分と回り道をしてしまったけれど、ようやく見つけることができた。
私の幸せがある場所……あなたの隣に。




